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東の祓魔師と側仕えの少年
61.おやすみ愛しい人
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——パチッ
「ん、」
「ハルオミ、目が覚めたかい?」
「フレイヤさん……」
気を失ってから、おそらく全て綺麗にしてベッドに寝かせてくれたのだろう。ちょうどフレイヤさんが水を持って僕のそばに立っていた。
「すまない。病み上がりの君に無茶を働いてしまった」
そんな、こちらこそ申し訳ない。
気だるさが体に纏っている。
ただ、あそこで気を失ってしまったことにとてつもなく勿体無さは感じる。あのままいけばもしかしたら…
「しかし君も君だよ。あんなふうに誘って……って、こら、そんなに可愛らしく頬なんか膨らませて。『あのまま気を失わなければもしかしたら』なんて考えているのではないだろうね」
ぎくっ。
「だって……せっかく全部解決したんだよ? ちょっとはできるかなあって…」
「……全く君は。そうやって私を煽らないでくれ。我慢ができなくなる」
やれやれと頭を抱える様子に喜びが止まらない。
なぜなら僕はフレイヤさんみたいに魅力的な体をしていないので、ああいうふうに欲情してしまうのは自分ばかりだと思っていたからだ。でもお風呂で触れ合っている時の彼は、とても熱い眼差しで僕を見ていた。
彼の余裕のない様子が、とても嬉しかった。
「我慢、しなくていいのに」
「駄目だ。それに解決したのは全てじゃない。まだ君の体調が万全ではないだろう。今は魔力が不安定でまだ体に定着していないんだ。もう少しすれば落ち着くだろうから、今は大人しくしていなければいけないよ」
フレイヤさんは諭すように言いながら、水を飲みなさい、と言って肩を抱き起こす。
「ありがとう」
体温が上がっているせいか冷たい水が喉を通る感覚が気持ちよかった。
2、3口飲んだらまた枕へと寝かされて、布団もしっかり首の辺りまでかけられた。
「もう寝る時間?」
「ああ。大丈夫、私も一緒に眠るから、一人にはしないよ」
「ありがとう」
フレイヤさんはいつも先回りして僕の不安を消してくれる。僕の隣に潜り込んだ大きな体からはやっぱり甘く優しい香りが漂ってきて酔いしれそうになる。
気持ちが落ち着いた途端に自分の不調を改めて感じてしまい、お風呂でなんてことやっちまったんだ、と自責の念に駆られた。
ふかふかの布団で隣にフレイヤさん。とても幸せな気持ちでぬくもっていると、ふわっと明かりが消えて視覚以外の感覚が強くなった。
彼は僕の髪の毛をやわやわと撫でて、それからポンポンとリズムよくたたいて寝かしつけようとしている。
「フレイヤさん」
「なんだい?」
「ううん、呼んでみただけ。声が聞きたくなったの」
「ハルオミ……やはり君には到底敵わないな」
低い声が響く。
このかすかな鼓膜の振動も彼から漂う香りも、ぴりぴりと体全体を震わす威力を持っており、僕はその心地いい刺激に身を預けた。
「フレイヤさんの匂い、とっても心地いい」
「初めて家族で集まった時もそんなことを言っていたね。あの時は心臓が止まりそうだった。私も全く同じことを思っていたから」
「そうなの?」
「ああ。君を見つけた日、私は討伐に出ていた。森のさらに奥深くへ足を進めようとした時鼻腔に不思議な香りを感じて、導かれるようにして屋敷へ戻っていた。そして君が来たんだよ。その瞬間、私はこの子に出会うために生まれてきたのだと直感が働いた」
心地いい声でとてつもなく甘美な物語をつむぐ。本当にこれは僕に向けられた言葉なのだろうか。そう疑ってしまうほど幸せで仕方がなかった。
「僕もだよ……僕もフレイヤさんに出会うためにここに来た。出会うために生まれてきた。そんな気がしてたんだ。フレイヤさんも同じことを感じてくれていたんだね」
「そうだ。……しかし君をすぐに側仕えにしたことは、実はとても後悔しているんだ」
「え、どうして?」
フレイヤさんは意外な告白をして来た。
側仕えとして役割を果たせず悩んだことはあったけど、なんとなくいい感じで今まで来れたと思っていたからだ。
彼の思いは違ったのだろうか。
曰く、こういうことらしい。
「側仕えとして役割を果たすためには、きっとそういう教育や仕込みを執事としただろう? それに側仕え同士でも触れ合いが推奨されていて、性交渉も一般的だという地域があるほどだ。そう考えるとここ東の地の性事情というのは他と比べて保守的ではある。しかしそれでも執事の性教育と側仕え同士の触れ合いは当たり前に行われている……だから、」
フレイヤさんなんだかとても饒舌だ。
ずいぶんと思うところがあったのだろう。
彼はさらに続けた。
「君を側仕えにするということはそういうこともあるだろうと織り込んではいたし、あっても受け入れるしかないと思っていた。しかしやはり最初は客人として迎え入れるとか、何か方法があったのではないかと後悔している」
「つまり……僕の体に触れたウラーさんやイザベラやパネースさんに、やきもちやいてるの…?」
「当たり前だろう。私は皆に嫉妬をしていた。ハルオミを独占したいと思いながらも、私自身で君を側仕えに任命したばかりにそのような振る舞いは出来なかった。側仕えとして君を迎え入れるのだから、君が誰かと触れ合うことには主として目を瞑らねばならないと思っていた。でも、やはり……」
「ああ……だからウラーさんに僕に触れないよう言ったんだね」
「そうだ。今思えば側仕えに対する常識や価値観など考えず最初から君を独占してしまえばよかった。そんなふうに後悔している」
声のトーンを落として自分を責めるように言うフレイヤさん。
というかフレイヤさん意外と世間の常識知ってるんだ……って、失礼か。
「フレイヤさんは僕のこと考えてくれたんでしょう? 僕の側仕えとしての立場を考えて、この国の常識に則った扱いをしてくれた。とても嬉しかったよ。ありがとう」
どれだけお礼を言っても彼の後悔は消えないようで、切ない笑みを暗闇に浮かべながら僕の頬を撫でた。
先ほど生じた僕の中の複雑な気持ちも、抱いていいものだったと知り安堵する。
「僕、これからはフレイヤさんにしか触れない」
「……本当かい?」
「うん、だってもう呪いは消えたから、フレイヤさん以外とする必要ないでしょう?」
「ハルオミ、やはり君は優しい子だ」
「優しくなんかないよ。だって、僕もフレイヤさんがいいもの……」
彼を癒そうと躍起になっていた時はなんとしてもテクニックを身につけねばと周りに頼っていたが、使命感ではなく愛情を自覚した途端、触れられるのは彼以外に考えられなくなっていたのだ。
しかしその気持ちが魔祓い師としてのフレイヤさんの肩身を狭くしてしまうものなら、無理矢理にでも蓋をせねばと思っていた。でもフレイヤさんも同じ気持ちなら、僕は今後彼としか性的な接触はしないだろう。
自分の感情に整理がついたところで、僕の思考は「この世界の常識」という部分にスポットライトがあたった。
「ねえフレイヤさん、ひとつ聞いても良い?」
「どうしたんだい?」
「ウラーさんが言ってたんだ。側仕えが単なる性処理の存在だという考えは古い、って。昔はそういう考え方だったの…?」
僕の問いに対して彼は少し沈黙し、こう答えた。
「そうだね。そういう時代が長かったし、今尚そのような感覚が抜けきらない国もある」
「そうなんだ……」
「もっ、もちろん! 私はハルオミにそのようなこと一度たりとも思ったことは無い!」
「ふふっ、それはよぉくわかってるよ。僕が誘ってるのにあれほどまでに手出しして来ないんだもの」
「返す言葉も無い……」
「そんなに落ち込まないでよ。僕を思ってのことだったって知った時はとても嬉しかった。本当にありがとう」
「礼を言うのはこちらの方だ。本当にありがとう、ハルオミ」
フレイヤさんの体重がふわりと体にかかり、優しく抱き込まれた。
僕は初めてフレイヤさんと出会った時のことを思い出していた。あの時もこんなふうに美しい花のような甘い匂いが全身をつつみ、天にものぼるような心地良さだった。
懐かしい記憶を思い浮かべながら、僕は夢へと中に旅立った。
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