1 / 34
第一章:生贄
1.不思議な力
しおりを挟む
◆◆◆
私は、元の世界では神社の息子として生まれた。祀られているのは水の神様。500年ほど前まではうちの神社で雨乞い神事なんていう儀式も行われていたようだ。
神社は兄が継いだので、私は平凡に大学に行き、平凡に就職し、平凡に生きていた。つまり平凡に幸せだった。
それはそれとして、私は昔から雨男だった。
遠足の時も修学旅行の時も社員旅行の時も。お前がいると絶対雨だな。そんなふうに言われながら生きる、クラスに一人、会社に一人、どのコミュニティにも一人はいる、よくいるそういう存在だった。
それもそれとして、私は気がついたら見知らぬ農村に居た。
いつも通り仕事を終えた金曜日。たまには実家に帰って来いという家族からの連絡に、それもそうだなと思いその足で帰省した。
帰省といっても電車を一度乗り換えるくらいの距離。ものの数十分で帰省できる場所に一人暮らしをしているが、サラリーマン業も忙しいのであまり実家に帰ることは無かった。
さっさと帰る予定だったのだが、その日はあまりにも満月が綺麗で、電車のホームで惹きつけられるようにぼーっと月を見つめていた。
何色と断定するにも勿体無いただただ美しいかがやきは周囲の雲へ滲み、暗闇へと溶け出しているようだった。
気がついたら一、二時間ほど経ってしまっていて、時刻は二十三時を過ぎていた。
どうせ帰宅が遅くなるなら一度お参りしてから帰ろうと思い、懐かしい鳥居をくぐった。そして何故か、急激な眠気に襲われた。そこまでは覚えている。
目が覚めたら、夕焼けも終わりに差し掛かる農村で数人の人間に囲まれるようにして見下ろされていた。
何が起きているかわからなくて最初は夢でも見ているのかと思ったが、地面の砂つぶが皮膚に食い込む感覚が、やけにリアルだった。
ちなみにどうしてここが異世界だと分かったかというと、私を囲う人間がそのように言うからだ。「やっと目を覚ましたぞ!」「異界からの転移か?」「まさか。人間が渡ってくるなど聞いたことがない」「しかしこの風貌、見たことがない。異界の人間でなければなんだと言うのだ」——と。
確かに周りを見ても私のような風貌の者は一人としていなかった。皆コーカソイドのような遺伝子を持っているのか、堀が深く髪の毛や目の色素も多彩であった。
それだけでも混乱していたのに、私はこの世界に来た際に雨を降らす魔力を得たらしい。
ここでも雨男として生きるのか、雨とは切ってもきれない縁があるなあ、と最初は呑気に感慨に耽っていた。
この縁が死ぬほど嫌になったのは、この地がかつて豪雨により村ひとつ消えた歴史があると知ってからだ。
雨を恐れた村人は私を小屋に閉じ込めた。
直接屋外に面している牢屋だから、行き交う人が皆特異な目で私をうかがうのだ。
悲しくなった。
見世物になったのは人生で初めてだった。体感してみないとわからないものだな。これほど恐ろしい気分だとは思わなかった。
砂埃の立つ地面に転がされ、行きかう人からは好奇と嫌悪の視線を向けられる。人間としての尊厳が、毎日少しずつ削られていった。
魔力みたいなものを得るのも勿論初めてだった。
私は毎日小雨を降らしていた。しかしどのように降らしていたのかは思い出せない。
ほんの小雨だけでも村の住人は嫌がった。
——このままではいつまた町が消えるかわからない。
——忌々しい歴史を繰り返すのはもう御免だ。
そういう村人の声が毎日聞こえた。
私は人間が怖くて、能力を封印した。
どのように封印したかも覚えていない。
こんな力消えてしまえと強く願い続けているうち、いつの間にか雨は降らなくなり、私もこんな忌々しい能力は忘れ去ることにした。
安心した。のはたったの二日やそこらだった。
私は突然小屋から出された。これで自由が訪れるのかと思ったら、目隠しをされて馬車に乗せられた。
馬車ではずいぶん走った。揺れがひどくて目隠しの中で眩暈がした。頭も痛い、寒気もする。
馬車で連れてこられたのは、暗い、寒い、陽の光も僅かしか入らぬ高い塔の中だった。
そして、この塔に幽閉されてから約二年が経った。時間なんて到底分からないのだけど、多分そのくらいというただの感覚。もしかしたらもっと長いかもしれないし、もっと短いかもしれない。
どちらにしろ私にとっては途方もない時間に感じた。
最初はあの村の人たちについに殺されるんだと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
外を歩く軍人のような人の微かな会話の声などから察するに、この塔がある場所とあの村とは全く別の場所だと分かった。見回りの軍人たちが「今回の生贄はあの村から攫ってきた」と言っていたからだ。
確かに馬車ではだいぶ長い距離を移動した気がする。おそらく日を跨いだような気もする。
あの村で閉じ込められていたのと、私がここで閉じ込められているのは全く別問題ということだ。
「マジで黒い髪だ、初めて見たぜ……これでこの村も安泰だな」
私を手荒く塔に放り込んだ軍人達は物珍しそうに私を見た。
「おい。土地神様の生贄だ、手ェ出すなよ」
「わかってるって」
何か良くない会話をしているのは直感でわかった。「生贄」なんて物騒な言葉がたびたび聞こえてくるんだもの。
私はここへ来てから毎日、少しのパンと、肉を煮込んだスープみたいなものと、それから水を与えられた。栄養は足りないが、別にどうでも良かった。
私は多分このまま死ぬのだと思う。
食事を持って来たり様子を見に来たりする軍人達の話に数日間耳を澄ませ、やっと状況を掴んだ。
ここでは百年に一度、土地神に生贄を捧げるらしい。
何のための生贄かまでは聞き取れなかった。おそらく会話の内容からして天災や不作の類のものだと思う。しかしなぜ私が選ばれたのかはわからない。
黒い髪と何か関係があるのだろうか。
考えるのもめんどくさくなった。
私は、元の世界では神社の息子として生まれた。祀られているのは水の神様。500年ほど前まではうちの神社で雨乞い神事なんていう儀式も行われていたようだ。
神社は兄が継いだので、私は平凡に大学に行き、平凡に就職し、平凡に生きていた。つまり平凡に幸せだった。
それはそれとして、私は昔から雨男だった。
遠足の時も修学旅行の時も社員旅行の時も。お前がいると絶対雨だな。そんなふうに言われながら生きる、クラスに一人、会社に一人、どのコミュニティにも一人はいる、よくいるそういう存在だった。
それもそれとして、私は気がついたら見知らぬ農村に居た。
いつも通り仕事を終えた金曜日。たまには実家に帰って来いという家族からの連絡に、それもそうだなと思いその足で帰省した。
帰省といっても電車を一度乗り換えるくらいの距離。ものの数十分で帰省できる場所に一人暮らしをしているが、サラリーマン業も忙しいのであまり実家に帰ることは無かった。
さっさと帰る予定だったのだが、その日はあまりにも満月が綺麗で、電車のホームで惹きつけられるようにぼーっと月を見つめていた。
何色と断定するにも勿体無いただただ美しいかがやきは周囲の雲へ滲み、暗闇へと溶け出しているようだった。
気がついたら一、二時間ほど経ってしまっていて、時刻は二十三時を過ぎていた。
どうせ帰宅が遅くなるなら一度お参りしてから帰ろうと思い、懐かしい鳥居をくぐった。そして何故か、急激な眠気に襲われた。そこまでは覚えている。
目が覚めたら、夕焼けも終わりに差し掛かる農村で数人の人間に囲まれるようにして見下ろされていた。
何が起きているかわからなくて最初は夢でも見ているのかと思ったが、地面の砂つぶが皮膚に食い込む感覚が、やけにリアルだった。
ちなみにどうしてここが異世界だと分かったかというと、私を囲う人間がそのように言うからだ。「やっと目を覚ましたぞ!」「異界からの転移か?」「まさか。人間が渡ってくるなど聞いたことがない」「しかしこの風貌、見たことがない。異界の人間でなければなんだと言うのだ」——と。
確かに周りを見ても私のような風貌の者は一人としていなかった。皆コーカソイドのような遺伝子を持っているのか、堀が深く髪の毛や目の色素も多彩であった。
それだけでも混乱していたのに、私はこの世界に来た際に雨を降らす魔力を得たらしい。
ここでも雨男として生きるのか、雨とは切ってもきれない縁があるなあ、と最初は呑気に感慨に耽っていた。
この縁が死ぬほど嫌になったのは、この地がかつて豪雨により村ひとつ消えた歴史があると知ってからだ。
雨を恐れた村人は私を小屋に閉じ込めた。
直接屋外に面している牢屋だから、行き交う人が皆特異な目で私をうかがうのだ。
悲しくなった。
見世物になったのは人生で初めてだった。体感してみないとわからないものだな。これほど恐ろしい気分だとは思わなかった。
砂埃の立つ地面に転がされ、行きかう人からは好奇と嫌悪の視線を向けられる。人間としての尊厳が、毎日少しずつ削られていった。
魔力みたいなものを得るのも勿論初めてだった。
私は毎日小雨を降らしていた。しかしどのように降らしていたのかは思い出せない。
ほんの小雨だけでも村の住人は嫌がった。
——このままではいつまた町が消えるかわからない。
——忌々しい歴史を繰り返すのはもう御免だ。
そういう村人の声が毎日聞こえた。
私は人間が怖くて、能力を封印した。
どのように封印したかも覚えていない。
こんな力消えてしまえと強く願い続けているうち、いつの間にか雨は降らなくなり、私もこんな忌々しい能力は忘れ去ることにした。
安心した。のはたったの二日やそこらだった。
私は突然小屋から出された。これで自由が訪れるのかと思ったら、目隠しをされて馬車に乗せられた。
馬車ではずいぶん走った。揺れがひどくて目隠しの中で眩暈がした。頭も痛い、寒気もする。
馬車で連れてこられたのは、暗い、寒い、陽の光も僅かしか入らぬ高い塔の中だった。
そして、この塔に幽閉されてから約二年が経った。時間なんて到底分からないのだけど、多分そのくらいというただの感覚。もしかしたらもっと長いかもしれないし、もっと短いかもしれない。
どちらにしろ私にとっては途方もない時間に感じた。
最初はあの村の人たちについに殺されるんだと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
外を歩く軍人のような人の微かな会話の声などから察するに、この塔がある場所とあの村とは全く別の場所だと分かった。見回りの軍人たちが「今回の生贄はあの村から攫ってきた」と言っていたからだ。
確かに馬車ではだいぶ長い距離を移動した気がする。おそらく日を跨いだような気もする。
あの村で閉じ込められていたのと、私がここで閉じ込められているのは全く別問題ということだ。
「マジで黒い髪だ、初めて見たぜ……これでこの村も安泰だな」
私を手荒く塔に放り込んだ軍人達は物珍しそうに私を見た。
「おい。土地神様の生贄だ、手ェ出すなよ」
「わかってるって」
何か良くない会話をしているのは直感でわかった。「生贄」なんて物騒な言葉がたびたび聞こえてくるんだもの。
私はここへ来てから毎日、少しのパンと、肉を煮込んだスープみたいなものと、それから水を与えられた。栄養は足りないが、別にどうでも良かった。
私は多分このまま死ぬのだと思う。
食事を持って来たり様子を見に来たりする軍人達の話に数日間耳を澄ませ、やっと状況を掴んだ。
ここでは百年に一度、土地神に生贄を捧げるらしい。
何のための生贄かまでは聞き取れなかった。おそらく会話の内容からして天災や不作の類のものだと思う。しかしなぜ私が選ばれたのかはわからない。
黒い髪と何か関係があるのだろうか。
考えるのもめんどくさくなった。
3
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
花屋の息子
きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。
森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___?
瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け
の、お話です。
不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。
攻めが出てくるまでちょっとかかります。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる