神は生贄に愛を宿す

丑三とき

文字の大きさ
7 / 34
第一章:生贄

7.生贄儀礼①

しおりを挟む





「すごい……本当に月の周りに光の輪っかがある…初めて見た。夜なのにとても明るいんだね」

 小屋の窓の中から夜空を見上げると、煌々と輝く光の輪が、丸く大きな月を守るように周りを囲っていた。

 月を見るのは数年ぶりで、直視するとその明るさに目がチカチカと痛んでしまうほどだった。

「綺麗だろう。だが俺にとってはどうも複雑だ。自身へ贄が捧げられようとしている合図だからな」

 フェンリスは袴や狩衣にも似た、裾や袖の広い真っ白な衣装を身に纏っている。装束も相まって、月に照らされた彼は本当に神々しく見えた。

「だが今はお前がこうしてここに居てくれる。本当にありがとう」

「私も、フェンリスがいてくれてよかった。ありがとう」

 お互いへの感謝を伝えて、どちらからともなく微笑みあった。それからフェンリスはベッドに座る私の隣に腰掛けて、「さあ、アマネもこれに着替えろ」と、巫女装束のようなゆったりした服を渡してきた。

「私も、着替えるの?」

「ああ。儀礼の装束だ」

 偽りの生贄とはいえ、民衆にちゃんとした形で儀式を見せないと信じてもらえないのだろう。

「わかった、着替える」

 とは言ったものの、広げてみると巫女装束とは作りが違って複雑だ。着物に似ているようで羽織のように前が全て開かないし、袴みたいな穿き物もただの一枚布っぽくてよくわからない。

「こ、これ、どうやって着るの?」

 全部広げちゃってどうしたらいいか収集がつかなくなってしまう。まるで初めて着物を触って畳み方がわからなくなった外国人の気分だ。そんな私を見てフェンリスが笑い、「手伝おう」と言った。

 着替えるついでに、彼は私の傷をもう一度診てくれた。骨も問題なく回復に向かっているようで、手足も違和感なく動かすことができた。痛みから解放されると、今度は今まで気にならなかったことが気になり出す。

 服を脱いだ背中のわりと下の部分まで直に髪の毛が触れて、ちくちく刺激する。数年間切っていなかったから当たり前だけど、こんなに伸びちゃったんだな。

「髪が気になるか?」

「うん、こんなに伸びたの、はじめてだから」

「そうか。儀礼が済んだら整えてやろう」

「ほんと?   フェンリス、髪切れるの?  お願いしたいな」

「ああ、いつも自分で適当に……いや、お前の髪は綺麗なので適当にしてしまうのは勿体無いな」

「ふふふっ、いいよ、適当で」

「駄目だ。専用の鋏を揃えよう。切るのはそれからだ」

 変なところ真面目で几帳面なんだから。「それまではこれで我慢してくれ」と、丁寧に頭の高い位置で結んでくれた。私は初ポニーテールに心なしか興奮して、何度も自分の言われた髪を撫でた。

フェンリスは、「汗をかいているな。火が強かったか?」と、私のうなじに滲んだ汗をタオルで拭って暖炉の火に目をやった。

「ううん、ちょうどいいけど、色々さ…緊張とか興奮とか、色々あって……」

「お前にとっては未知のことだらけだ、そうなるのも無理はない。拭いてやろう。背中をこちらに」

 言われるがままにフェンリスの方に背中を差し出すと、丁寧に優しく、タオルで肌を傷つけまいという緊張が手から伝わってくるほどに優しく拭かれた。

「体調が完全に回復すれば風呂に入れてやるから、それまで辛抱してくれ」

「お風呂?  神様もお風呂入るの?」

「ああ、ごく偶にだが入る」

「へぇ、たのしみだな」

 お風呂って世界にもいろんな形のがあるけど、ここでは湯船に浸かるのかな、それともシャワーだけかな。それとも、サウナみたいな蒸し風呂タイプ?  リラックスできるなら何でも良いなあ。久しぶりにお風呂、入りたい。

 お風呂に思いを馳せていると背中を拭き終わったフェンリスが問うた。

「痛くなかったか?」

「うん、ありがとう」

 複雑な装束は、フェンリスの手によってぱぱぱっと手際よく着せられた。手順を覚えようと思っていたけど、着物を着るよりも複雑で難しくて、途中からはその見事な手際に見惚れているだけだった。

 ついに始まるのだという緊張が私を取り囲う。

「そういえば……何にも考えずに生贄になるって言ってしまったけど、村の人たちは今日儀式があることを知っているのかな?  生贄に逃げられたと騒ぎになっていないかな?」

「問題無い。祭壇を人間の目に認識できるようにしておいた」

「祭壇?」

「ああ。神域の外にあり普段は人間には見えないが、"月暈の日に祭壇が出現すれば滞りなく儀式が始まる"と、人間にはそういう合図になっているそうだ。今も続々と祭壇の前に人が集まっている」

「見てきたの?」

「いや、分かる」

「……そっか」

「唇が震えている。……不安か?」

「正直、少し。でも大丈夫。フェンリスがいてくれるなら大丈夫」

「ずっとそばに付いている。俺の言う通りにすればいい」

「うん、わかった」

 月の明かりが当たって不思議な輝きを見せるフェンリスの瞳が私を貫くと、忙しなかった心臓も落ち着きを見せ始めた。



「行こう」

「うん」

 フェンリスは顔を隠すように四角いベールのような面布を付け、私をヒョイっと片手で抱き上げた。

「え……こ、これで行くの?  自分で歩けるよ」

 フェンリス、身長も体格も大きいなと思ってはいたけどいざ密着してみると本当に大きい。私なんか片手で持ち上げられてしまうくらいに。

 慌てて彼に抗議すると、「治ったとはいえ元は骨も襤褸襤褸の酷い怪我だったんだ。歩くのは、もう少し動くことに慣れてからだ」と言い返された。

 保護者のように世話を焼くフェンリス。
 
 そのまま彼の腕に抱かれて小屋を出ると、そこには非日常的な風景が広がっていた。

「わ……」

 広大な土地に、大きな社が寝殿造のように縦に横にといくつも並んで渡り廊下で繋がっている。所々の装飾が異国っぽさを醸し出し、平安時代にいるような、近未来にいるような、不思議な感覚だった。

 フェンリスは建物が並ぶ方とは逆側に足を進める。大きな池には長い木造の橋がかかり、ギシ、ギシ、と歩くたびに木の音が低くしなった。

 独特な雰囲気に、ここが神域であると改めて思い知らされる。
 生活感あふれる小屋に寝かせてくれたのは彼なりの配慮だったのかもしれない。厳かな雰囲気にどんどん落ち着きがなくなっていく。

「ひ、広いね」

 なんとか自分で自分を和ませようと呟くと、フェンリスも気遣って「お前は迷子になりそうだな。明日、改めて案内しよう」とちょっと揶揄うようにおどけて言ってくれた。


 橋を渡り切ったところに、高さ四、五メートルほどもあるアーチ状の石碑が設置されていた。おそらく日本で言う鳥居のようなものだと思う。神域と俗世との結界の役割をなしているんだ。

 それにしても、どこにも人の姿は見えないし声も聞こえないけれど、彼はどこへ行こうとしているのだろうか。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。 そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。 倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。 そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。 体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。 2026.1.5〜

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...