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第二章:村人
24.夢
しおりを挟むビリエル君のお野菜を使ってフェンリスが作ってくれたお浸しは、もう絶品だった。柔らかい中にも歯応えが残って、少しの苦味が出汁の風味を引き立てている。
ビリエル君が汗水流して育て上げた野菜の味に、私はより気持ちが引き締まる思いだった。
よし、がんばるぞ、と意気込むとフェンリスに「今日はもう何も頑張るな」とツッコミを入れられ、早々にお風呂に押し込まれた。
ちなみにいつ倒れても大丈夫なようにとフェンリスの監視付きで入浴した。湯船用の椅子も用意してくれたのでゆっくり浸かることができたが、腕を組んで仁王立ちで見られながら入るのはかなり恥ずかしかった。
いっそ一緒に入ってくれた方が……とも思ったけれど、万が一朝のような事件が起きてしまっては申し訳ないので言い出せなかった。
無事に入浴を済ませ、うるうるサラサラになった髪の毛をフェンリスに乾かしてもらい、小屋の中のベッドに突っ込まれる。顎まで布団をかけられて、まるで寝かしつけられる子供のようだ。
「暖炉が使えるのがこの場所だけなのでな。気温が高くなってきたとはいえ朝晩は冷え込む。主殿に暖炉を備えるまでは狭いが我慢してくれ」
ぽん、と布団越しに胸を撫でられ、うっとり心地よさを感じる。
「ありがとう。でも態々主殿に暖炉を作ってもらうのは申し訳ないからここで良いよ。狭いのも好きだよ? 落ち着くから」
「そうか。では、今日はもう早く寝ろ。もし何か必要なものがあればすぐに呼べ」
「ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ」
小屋の中に自分の安堵のため息が響く。一人の空間ってなんだか久しぶりな感じする。
今までずっと一人だったのにフェンリスに助けられてからは一秒一秒が濃くて、閉じ込められていた数年を取り戻しているようだ。
今日は楽しかったな。
何もかもフェンリスにお世話になりっぱなしの一日だった。久しぶりにいっぱい歩いて、疲れたけど充実していた。
体の疲れと心の安堵が混じり合って心地の良い倦怠感に包まれ、いつのまにか気を失うように眠っていた。
◆————◆————◆
埃のにおいと、硬くて冷たい床。肺に舞い込むじめっとした空気。光が差さないから気を抜くと自分を見失ってしまいそうになる。
広くて暗くて何も無い。
途方もない絶望の時間は、ギリ、ギリ、とゆっくり首を絞められているよう。苦しいだけで死ぬこともできない。
私はどこにいるのだろう。
いつからいるのだろう。
いつまでいるのだろう。
冷たくて硬い床が骨に当たって痛い。
痛くて泣きたいのにあと少しのところで感情にストッパーが挟まったようになってもどかしい。
助けて、怖い。
誰か助けて。ここから出たい。空が見たい。澄んだ空気が吸いたい。あたたかい声が聞きたい。
私は誰に助けを求めているのだろう。
誰も助けてくれないのなら、いっそ死んでしまいたい。
◆————◆————◆
「っ!!!!……はぁっ、ハァ、はぁ、」
パチパチと薪の爆ぜる音が鼓膜を触る。起き上がると暖炉の薪がオレンジ色に燃えているのが見えた。窓の外には月が見えた。上を見上げると天井が見えた。
「ハァ、はぁっ……夢か……」
嫌な夢だったな。
塔の中にいる時は幸せな夢ばかり見ていたのに、どうして幸せな時に嫌な夢見ちゃうんだろう。
もう一度目を瞑ろうとするが、またあの情景が蘇ってきそうで恐ろしくなってしまった。
布団から抜け出し、暖炉のそばに体育座りをしてみる。
嫌な夢なんてさっさと忘れてしまえばいいんだ。
膝に顎を乗せて暖かい火をじっと見つめていると、こめかみを汗が伝った。
寒いのか暑いのかもわからない。
自分の感情がわからない。
だめだだめだ。考え始めたら余計にわからなくなる。
「散歩、してみよっかな」
それがいい。気分転換に頭を覚まそう。小屋の周りくらいなら迷子にならないだろう。
立ち上がって、思い切り扉を開く。
「うわぁ! びっくりした……」
ちょうど外から扉を開けようとしていたフェンリスと鉢合い、腰を抜かしそうになったところを抱き止められた。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫…」
「廁か?」
「……ううん、ちょっと…」
「眠れないんだな」
「…………」
沈黙が流れる。
きっと心配して来てくれたんだろう。俯いてなんと答えようか迷っていると、突如体が浮き、フェンリスの首筋がすぐ目の前に来ていた。
「わっ」
持ち上げられた私はそのままおとなしく身を任せる。彼は毛布で私を包み、小屋を出てしばらく歩き主殿へと運んだ。
「しっかりと毛布をかけておけば暖炉がなくとも問題はないだろうが、寒ければ言え」
連れてこられたのは、一切無駄のない最低限の家具にシンプルな装飾の寝室。
「ここは……?」
「俺の寝室だ」
私はフェンリスサイズの大きなベッドに寝かされ、顎のあたりまで布団をかけられた。
「ここで寝ろ」
「い、いいの? お邪魔しちゃって」
「今更気にするな。元々ずっとあの小屋に置いておくつもりはなかった。今からここも自分の部屋だと思って好きに使え」
フェンリスは私の隣に体を滑り込ませ、仰向けになって目を閉じた。目を閉じたまま、「悪い夢を見たらすぐに起こしてやる」と言った。
一瞬にして心が毛布に包まれたようにあたたかくなる。人肌がすぐそこにある。
誰かと一緒に居るって、こんなに幸せなことだったんだ。
「うん、ありがとう」
私はくすぐったい気持ちになりながら、フェンリスにならって目を閉じた。
静けさが耳を劈く。
お腹が空いていなくても、少し食べると呼び水になってもっとお腹が空くみたいに、どれだけ辛さに慣れていても、一度幸せを感じれば私の体はもっともっとと幸せを求めてしまうのだった。
私は更なる温もりを求め、無意識に言葉を発していた。
「フェンリス、もう少し……近づいてもいい?」
目を閉じて返事を待つ。
彼の声が聞こえるよりも先に、体が向こうに引き寄せられる。
「わぁっ」
驚いて目を開けば、緑色の瞳がすぐそこにあった。
「大丈夫だ。もうあの塔に戻ることは無い。お前は俺が逃がさん」
彼は欲しい言葉を全部くれる。
もしこの幸せなひとときが夢だったらどうしよう。たまにそんなことを考えてしまう。
気を抜いたらあの塔に引き摺り込まれてしまいそうで怖かった。
でもこうやって抱きしめられているだけで、何があっても彼が私を繋ぎ止めてくれるという安心感に変わった。
「フェンリス?」
「ん?」
彼は顔にかかった私の髪を指で払う。
「今日はわがままを聞いてくれてありがとう。とっても素敵な一日だった。フェンリスのおかげで、すごくすごく楽しかった」
「……幸せだったか?」
彼の瞳は、私の全てを見透かしているような不思議な魅力を纏っている。
「あの少年にお前が言ったこと、自分自身にもしっかりと心得ておけ。お前も自分の幸せを見つけろ。そしてずっと幸せに生きろ。分かったな?」
フェンリスの声の振動が耳に気持ちよく響く。
「うん、分かった」
私の返答に、彼は満足気に微笑んだ。
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