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第二章:村人
25.不思議なヒヒ
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ここで生活し始めて、何日か経った。
私はいまだに社で迷うが、小さな声で心の中のフェンリスに向けて「すみません、迷いました」と言うとすぐに迎えに来てくれるので大きな問題は無かった。
一度、社の中にいきなりヒヒが現れて喋り出した時は、驚きすぎて悲鳴と共に無意識に生理的な涙が流れた。
すると雨が降り出したので、泣くと雨が降るというロジックは本物であることが立証された。感情は関係ないらしい。
さて、謎の"喋るヒヒ"だが、彼はトトさんの眷属で、トトさんの身の回りの世話をしているそう。
ちなみにトトさんは頻繁に我が家を訪ねてくるのでその度にフェンリスの機嫌が悪くなる。
でも私はトトさんが来るとヒヒさんをもふもふ出来るので嬉しい。
「ヒヒさん、今日もイケメンですね」
「恐縮です」
ニホンザルよりも武士感があって凛々しい顔つきのヒヒさんはビリエル君くらいの大きさで、座って脚の間に抱き込むと丁度よくフィットするのである。よこっちょにテロンと投げ出された長い尻尾が何とも愛らしい。
ちなみにヒヒさんの声はフェンリスくらい低くて格好良い。そこにダンディーさも加わってさらに渋さが強調されている。
主殿の縁側に座って背後から彼をもふもふ触っていると、トトさんがじとーっと見てきた。
「アマネ君さあ、ヒヒに夢中すぎない? 俺にも気づいてくれてる?」
「勿論です! トトさんが来るとフェンリスの顔が渋くなるので、すぐに分かります」
「……あ、そう」
「それで、今日は何の用だ。用が無いなら帰れ」
「まだ来たばっかじゃんか! それに用ならあるよ、アマネ君にね~」
「私ですか?」
「アマネ君さ、あの親子とはどうなのよ?」
トトさんは肘をついて寝転んで、興味深げに聞いて来た。
「あの親子? ビリエル君とパウルさんのことですか? 作物の病気の治し方を教えて、実践してもらっています」
「……うまくいってんの?」
「石灰を撒く方法を教えたのですが、最初はそれでもちょっと病気が広がっちゃって、枯れたところもあるんです」
「まあそんなすぐには治んねーもんなー」
「そうなんですよね……、心配になったビリエル君がお祈りに来てくれて、私も畑を見に行きました。それで、病気が広がった時今までどうしてたか聞いたら『肥料を増やしてる』って言うから、それはやめてって言って、枯れた葉や白い部分が増えた葉を一緒に千切って処分して、株もとをもう一度綺麗に掃除して、また石灰を撒いてもらって……っていう感じです。それがつい一昨日のことだからどうなったかはまだ……」
「やっぱ人間は作物が枯れると祈るのか」
ははっ、とトトさんは呆れたように笑う。
「でも、みなさん農作物を育てる基本的なノウハウはありました。きっとトトさんが長い時間をかけて人間の方達に知識を授けてくれたからです」
肥料の作り方や連作障害のことや害獣対策のことも、基本的なところの知識はあった。けれど今まで枯れたり病気になると悪霊のせいだと思っていたたせいで知識のアップデートが比較的遅めなのだと思う。
でも逆に言うと、経験を積めば新しいことを吸収できる余地は充分にあると思った。
トトさんは見放したように「ま、人間の根気なんざいつまで続くか知ったこっちゃないけどな」と言うが、わざわざ状況を聞きに来てくれたということは彼も人間が心配なのだろう。優しさが隠しきれていなくて微笑ましい気持ちになってしまう。
トトさんは肘をついた姿勢で腰あたりをポリポリ掻きながら、
「フェンリス、茶まだ?」
とぶっきらぼうに言い放った。
勿論フェンリスの表情はさらに渋くなる。
「お前に出す茶などあるか。早く帰れ」
「いや~ん、ひど~い! アマネ君はこんなに歓迎してくれてるのにぃ~」
トトさん、絶対わざとフェンリスの気分を逆撫でして楽しんでる。
「アマネが歓迎しているのはヒヒだけだ」
フェンリス、こっちに飛び火を飛ばさないで……! 確かにトトさんが来たらすぐにヒヒさんの姿探しちゃう癖ついてしまったけれども!
私はヒヒさんに後ろからむぎゅっと抱きついた。案の定トトさんは標的を私に変えて来た。
「ねぇアマネ様~、そんなにヒヒに夢中になってないでさ、今日は雨乞いしないのかい?」
「あ、雨乞いって……別に、乞うてる訳では……」
ただ単に泣いてるだけなので雨乞いなんて言われると恥ずかしくなる。この間だってヒヒさんが喋っただけで驚きすぎて雨降っちゃったし。
「それにしても、雨が降るとお供え物増えちゃって大変だね~」
「え。なんで知ってるんですか?」
ビリエル君お家に行った次の日も、ヒヒさんに驚いて泣いた次の日も、雨の日の翌日はお供え物が多くなる。
ちなみにお供え物はお野菜とか、お饅頭みたいなお菓子などが多い。
「人間のくだらねえ行動パターンは何百年も同じだからな」
ケッ、と嫌悪感を剥き出しにするトトさんに、今度はフェンリスが突っかかった。
「ふっ。ありがたいことだな。それほど我が土地を気にかけてくれていたのかトト。もう見限ったのだと思っていた」
「は!? 別に気にかけてねぇし。目に入って来るだけだし」
「天界から地上の様子を伺うには任意の土地に意識を集中させる必要がある。自然と目に入って来てしまうほど毎日この土地を見ていてくれていたのだな」
「ウルセェな。毎日なんて誰が言ったよ」
「雨が降ると供物が増えると言っただろう。普段から供物の量を把握しているとは……さすが叡智の神だ」
「あ"!?」
煽ってる、煽ってる……。フェンリスに煽られすぎてトトさん不機嫌になってる。トトさん、人のことはよく煽るけど煽り耐性は無いみたい。
「ヒヒさん。神様同士の喧嘩って、意外とねちっこいんですね」
「お恥ずかしい限りです」
「ヒヒさんはいつもどっしりしていてかっこいいですね。ほっぺもぷにぷにしていいですか?」
「勿論です。お好きなだけどうぞ」
「わ~い」
後ろから、人間よりもちょっと硬めの頬をぷにぷにして顔周りの毛もわしゃわしゃと撫でる。何をされても堂々としているヒヒさんは常にダンディで、理想の男性すぎる。こんな大人に私もなりたいな。
静かに火花を散らしている神様二人の喧嘩が終わるまで、私はヒヒさんとの戯れを楽しんだのだった。
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