神は生贄に愛を宿す

丑三とき

文字の大きさ
26 / 34
第二章:村人

26.それぞれの幸せ

しおりを挟む
 

 お風呂上がりにタオルで髪をガシガシ乾かしていたら、いつもフェンリスにタオルを奪い取られる。

 そして櫛でかなり丁寧に梳かされた後、神力で一瞬にして乾かされる。

 いつもの流れで寝る準備を済ませたら、どこからかハサミを取り出したフェンリスに「傷んだ部分を切るぞ」と言われる。

 そのまま縁側に連行されたかと思えばフェンリスの目の前に背中を向けて座らされた。

 ………なんか私、かなりされるがままだなあ。

 ちなみに私の髪の毛はいまだに長いままで、いつもフェンリスが邪魔にならないように結んでくれる。

「適当に短く切っちゃっていいよ」と言っても、「勿体無い」の一点張りで甲斐甲斐しく私の髪の毛の世話をする。

 よほど黒髪が珍しいのだろう。見たのは私で二人目だと言っていた。

 いつもいつも、お風呂上がりにも丁寧にヘアオイルをつけてくれて刺激を与えぬよう乾かしてくれる。おかげで私は枝毛知らずだ。日本でこんな贅沢なメンテナンスをしようものなら月三万はくだらないと思う。

 されるがままに毛先を切られながら、今日一日を振り返る。

「トトさん、今日も台風のように賑やかだったね」

「あいつが来ると疲れる」

 フェンリスは顔に疲労感を滲ませながら呟く。疲れてるけど楽しそうだった。あの二人、やっぱ仲が良いんだな。

「フェンリスは幸せ?」

 ハサミが髪を断つ音が、少しの間途切れた。

「この前私に言ってくれたでしょう?  お前の幸せを探せって。フェンリスはどう?  幸せ?」

 さらに数秒の沈黙の後、再びシャキ、とハサミの音が聞こえくる。

「……俺は百年以上、余裕がなかった。この土地の人間がこのままでは滅びるかもしれないという懸念は一秒たりとも拭えたことがない。己が幸せかどうかなど、しばらくの間考えたことがなかった」

「そっか」

「だが、お前と出会ってからは確かに幸せだと感じている」

「私と?」

 フェンリスはハサミを横に置いてパサパサと切れ毛を払い、ゆっくりと櫛を入れていく。

「あの塔でお前と過ごす時間は幸せだった。こうしてお前の髪を手入れしているこの瞬間も、間違いなくこれが幸せというものだと分かる。お前は俺に幸福をくれた」

 彼の幸せの根源が私であるとその低い声が紡いだ瞬間、全身の血を沸かせるように心臓が波打った。一瞬の間呼吸を忘れた。その反応の正体が分からず後ろを振り向いてみる。いつものフェンリスがそこにはいた。

 これが、幸せというものなのだろう。

「私もフェンリスと過ごしている時間が幸せ。心がふんわりして、あったかくなる。フェンリスが私に幸せをくれたんだ。お揃いだね、私たち。同じものを同じ相手に与え合ってるっていうことだよね」

 こういうのを、なんていうんだっけ。

 まるで"幸せ"以外の感情をあの塔に置き忘れてしまったみたいに、私は名前のない不思議な暖かさに酔いしれた。

 フェンリスはご機嫌そうに「光栄なことだ」と笑った。

 彼はまだ、私を半神にしたことを心のどこかで申し訳なく思っているに違いない。誠実で実直な彼はいつも他者の気持ちばかり優先する。

 そんな彼が自分の欲で、自分の意思で私を半神にしてくれた。その事実を絶対に後悔させたくない。

 私は「よし」と気を引き締めた。するとフェンリスが笑った。

「ふっ、何を意気込んだかは知らんが、目が閉じそうだぞ。眠いなら眠いと言え」

「ふふっ。ん~、うん。ちょっと眠たいかも」

 フェンリスといると安心感からすぐ眠くなっちゃうんだよな~。
 笑いながらの正直な申告にフェンリスもまた目を細め、最後に私の髪をひと撫でしていつものように抱え上げた。

 抱えられ慣れてしまった自分に複雑な感情を抱き、「もう元気になったから自分で歩ける」と抗議する。

「あの少年よりも華奢な奴が何を言っている」

「え?  私ビリエル君よりも華奢なの?」

「自覚がないのか」

「まだ八歳だよビリエル君。流石にわたしの方が…それに、毎日フェンリスの美味しいご飯食べてるからお肉付いてきた!  ほら見て?」

「数日で目に見えるほど肥える訳がないだろう。せめて軽々と抱えられなくなってから言え」

「いじわるだなあフェンリスは」

 不貞腐れたように唇を尖らせると、慌てたようにフェンリスがバッと私の顔を見た。

「意地悪……?  俺は今、意地の悪いことを言ってしまったのか。お前を傷つけたのか?  すまない。華奢であろうとお前は変わらず美しい。軽く小さな体も愛らしい。決して貧相などという意味ではなく、ただ心配だと……」

「ちがうちがう傷ついてない!  全く傷ついてないから恥ずかしいことあんまり言わないで……」

 たまに暴走したように猛省するとフェンリスはこうなる。美しいだの愛らしいだの言われるが私はアラサーの男。あまりにもストレートな感情がくすぐったすぎて直視できず、彼の首元に顔を埋めて羞恥から逃げる。

「傷つけたわけではないのならいいが……」

 ぶっきらぼうな感じなのにいきなりあんなふうになるから、心臓がびっくりしてバクバク打ちつける。

「傷ついてないけど…恥ずかしかったから、今日は成体の狼姿で私にもふもふされる刑に処します」

「和やかな刑だな。受けよう」


 翌日白い毛だらけの布団を洗濯する羽目になることは承知で、私は大きな大きな狼に抱きつきながら、ふわふわと雲の浮かぶ空を駆け回る夢を見た。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。 そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。 倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。 そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。 体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。 2026.1.5〜

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...