28 / 34
第二章:村人
28.伝え続ける
しおりを挟む村の人たちは、自宅に戻って雨を貯めるための水桶を開けに行ったり畑の様子を見に戻ったものが数名、後の人たちは残って恵みの雨の中をはしゃいだ。
私もしっかりと濡れてしまったので「雨がおさまるまでうちで雨宿りして行ってください」というパウルさんのお言葉に甘えることにした。
これまでの経験からいくと私の雨は最低半日は降るからすぐにはおさまらないだろうけど、彼らともっと話をしてみたかったのだ。
ごめんねフェンリス。
縁側に座って、フェンリスが入ったカバンをそぉっと横に置き、借りたタオルで頭や服を拭く。
ひと通り水滴を拭うと三十代くらいの女性がお茶を出してくれた。
「どうぞ、アマネ様」
「ありがとうございます。あの……もしかしてビリエル君のお母さんですか?」
「はい。ハンナと申します。ビリエルが私のことも色々とお話ししたのでしょう。お恥ずかしい限りです……」
ビリエル君と同じブルーの目を俯かせ、自信なさげな声を細く発した。
「お元気になったと伺いました。本当に良かったです。あと、ビリエル君から先日お野菜をいただいたんです。とっても美味しくて、ほっぺたが落ちちゃいそうでした。本当ならみなさんご家族の食卓に並ぶはずだった貴重なお野菜をいただき、本当にありがとうございます」
私はおハンナさんに頭を下げた。
すると彼女は薄い唇を震わせて言葉にならない呼吸を漏らす。震える唇を隠すように手で口元を覆ったかと思うと、そのまま涙を流し始めてしまったのである。
「だ、大丈夫ですか?」
「母ちゃん、どうしたの?」
ビリエル君が心配そうに駆け寄って母親の顔を覗く。
「ごめんなさいビリエル君、私、お母さんのこと泣かせてしまったみたい……あの、大丈夫ですか? 何か心無いことを言ってしまったようで……」
「違うんです! グスッ……ちがいます、アマネ様のせいではありません、わたしの、私たちのせいで、あなたをあんな目に遭わせたのに、あなたはこれほどまで親切に……」
「……ハンナさん」
外で雨に当たっていた村人たちも、彼女が涙を流すのを見てこちらに集まってきた。
「アマネ様、とんだ無礼を申し訳ございません。本当なら何よりも先に貴方様に謝らなければならんのに、俺たち興奮しちまって」
「貴方様を酷い目に遭わせてしまい、本当に……なんとお詫びをしても足りません」
「贄を捧げる風習を途絶えさせてはいけないと思って私たち、儀礼でもあなたに酷い言葉をかけた」
「そもそも別の村から攫ってくるのが間違いだったんだ。俺たちの土地のことは、俺たちでなんとかしなきゃならねぇのに……」
「違います!」
私は村の方達の必死な声を全て受け止めるために一人ひとりの顔を見ながら話を聞いていた。だけど咄嗟に声が出てしまった。
違うという私の訴えに村人たちは不安そうな顔をする。
「違います、別の村から攫ってくる事も間違っているけれど、そもそもフェン……土地神は贄を必要としていない。皆様も土地神の言葉をお聞きになったでしょう? 必要無いんです。誰も犠牲になる必要無いんです」
「あの御言葉は、本当なのでしょうか…?」
「どうも不安で……いや、土地神様やアマネ様が嘘を仰っていると言いたいのではなくて! これまでの歴史を途絶えさせては、祟りが下るのでは、と……」
「今まで千年近くにわたって生贄を捧げてきた、だから土地が滅びずに済んだ。そう思っていた。いきなり贄は要らないと言われてもな……御言葉を信じてはいるんです! ただ、不安になって」
曇った顔が並ぶ。そりゃそうだ。
人間がそう簡単に順応できれば、戦争も飢饉も起きない。
きっとこれまでトトさんが「贄は要らない」と伝えてきた人たちも、信じていない訳ではなかったんだ。
神様の言葉を信じようとしたけどどうしても不安の方が勝ってしまったんだ。
この土地は、贄を捧げさえすれば土地が存続したという経験を経てきた。そういう歴史の上に成り立っているのだから、贄を捧げなくても土地は滅びないというのはこの人たちからすれば単なる迷信になってしまう。
やっぱり経験が要るんだ。実績が要るんだ。
私は息を吸い込んだ。
「証明してみせます!」
「アマネ様……?」
「私は結局半神になったので、今年の生贄とはなりませんでした。でも皆さんの土地は存続します。存続させましょう。生贄なんて捧げなくても大丈夫だって証明してみせます。だから皆さんも一緒に、百年先まで伝え続けてください。私を信じてください……お願いします」
村の皆さんに向かって頭を下げる。水滴がポタポタと髪から滑り落ちた。
最初に声を上げたのはビリエル君だった。
「僕はもうしんじてる、アマネ様をしんじてる! 父ちゃんもだよね? 父ちゃんも僕も、もう誰にもひどいことしたり言ったりしないってアマネ様と約束したんだ。だからみんなもしようよ! もう誰もアマネ様みたいな辛い思いしないように、約束しよう?」
ビリエル君の言葉に動かされたように、パウルさんも口を開いた。
「みんな言ってたじゃねぇか。新たな生贄が必要なら自分がなる、って……でもそういう事じゃねぇんだ。罪悪感をどう懺悔するかじゃない、誰が犠牲になるかじゃない。誰も犠牲にならないことが大事なんだ! 今回のことで分かったよ、俺。今まで悪霊のせいにしてきたものが、自分の手で、俺のこの手で、ビリエルのこのちっちぇえ手で治せたんだ! アマネ様が、諦めないことを教えてくれたからできたんだ」
「パウルさん……」
「わたしも、アマネ様を信じます」
「ハンナさん」
「アマネ様の話をしている時は、ビリエルの目がキラキラ輝くんです。今までちょっと失敗したらすぐ不貞腐れていたのに、できるまで何回もやるんだ、って……この子のその言葉を聞いて、わたしもこのまま寝込んでいてはダメだと思うようになりました。まだ調子は少し良く無い時もあるけれど、わたしも、できることをやろうと思います」
「母ちゃん……僕、なんでも手伝うからね? 水汲みも畑仕事も、お料理だって母ちゃんと同じくらい上手くなる!」
家族三人の決意に、村の人たちは固く拳を握りしめた。
「俺も、できることをする。不安だが、パウルにゃ負けてられねえしな!」
「ばか、勝負じゃないよ!」
「ははっ、俺も! 今回は匙投げちまったが、見てろよ、今にここの畑より豊作にしてやる!」
「だから勝負じゃねえって!」
「俺たちの"手"で豊作にするんだ! 土地神様にすがりついてばかりじゃ、子孫に顔が立たねえしな」
「アマネ様、ありがとうございます。アマネ様が居なかったらうちの畑の病気も治らなかった」
「うちもです。アマネ様のおかげです!」
「いえ、私じゃなくて、皆さんおひとりおひとりが頑張ったおかげです。私の知識は豊富ではありませんが、工夫することなら得意です。困ったことがあったらお社に来てください。なにか助言ができるかもしれません。あっ、お供え物は無くても大丈夫ですからね!」
皆の指揮が高まれば高まるほど、皆の表情が明るくなればなるほど、体中に充実感がみなぎる。
私のこの人間への介入が正しいかは分からない。けれど今ここにある笑顔は絶対に守らなければいけないと思った。
1
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
花屋の息子
きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。
森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___?
瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け
の、お話です。
不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。
攻めが出てくるまでちょっとかかります。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる