神は生贄に愛を宿す

丑三とき

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第二章:村人

28.伝え続ける

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 村の人たちは、自宅に戻って雨を貯めるための水桶を開けに行ったり畑の様子を見に戻ったものが数名、後の人たちは残って恵みの雨の中をはしゃいだ。

 私もしっかりと濡れてしまったので「雨がおさまるまでうちで雨宿りして行ってください」というパウルさんのお言葉に甘えることにした。

 これまでの経験からいくと私の雨は最低半日は降るからすぐにはおさまらないだろうけど、彼らともっと話をしてみたかったのだ。

 ごめんねフェンリス。


 縁側に座って、フェンリスが入ったカバンをそぉっと横に置き、借りたタオルで頭や服を拭く。

 ひと通り水滴を拭うと三十代くらいの女性がお茶を出してくれた。

「どうぞ、アマネ様」

「ありがとうございます。あの……もしかしてビリエル君のお母さんですか?」

「はい。ハンナと申します。ビリエルが私のことも色々とお話ししたのでしょう。お恥ずかしい限りです……」

 ビリエル君と同じブルーの目を俯かせ、自信なさげな声を細く発した。

「お元気になったと伺いました。本当に良かったです。あと、ビリエル君から先日お野菜をいただいたんです。とっても美味しくて、ほっぺたが落ちちゃいそうでした。本当ならみなさんご家族の食卓に並ぶはずだった貴重なお野菜をいただき、本当にありがとうございます」

 私はおハンナさんに頭を下げた。
 すると彼女は薄い唇を震わせて言葉にならない呼吸を漏らす。震える唇を隠すように手で口元を覆ったかと思うと、そのまま涙を流し始めてしまったのである。

「だ、大丈夫ですか?」

「母ちゃん、どうしたの?」

 ビリエル君が心配そうに駆け寄って母親の顔を覗く。

「ごめんなさいビリエル君、私、お母さんのこと泣かせてしまったみたい……あの、大丈夫ですか?  何か心無いことを言ってしまったようで……」

「違うんです!  グスッ……ちがいます、アマネ様のせいではありません、わたしの、私たちのせいで、あなたをあんな目に遭わせたのに、あなたはこれほどまで親切に……」

「……ハンナさん」

 外で雨に当たっていた村人たちも、彼女が涙を流すのを見てこちらに集まってきた。

「アマネ様、とんだ無礼を申し訳ございません。本当なら何よりも先に貴方様に謝らなければならんのに、俺たち興奮しちまって」
「貴方様を酷い目に遭わせてしまい、本当に……なんとお詫びをしても足りません」
「贄を捧げる風習を途絶えさせてはいけないと思って私たち、儀礼でもあなたに酷い言葉をかけた」
「そもそも別の村から攫ってくるのが間違いだったんだ。俺たちの土地のことは、俺たちでなんとかしなきゃならねぇのに……」

「違います!」

 私は村の方達の必死な声を全て受け止めるために一人ひとりの顔を見ながら話を聞いていた。だけど咄嗟に声が出てしまった。

 違うという私の訴えに村人たちは不安そうな顔をする。

「違います、別の村から攫ってくる事も間違っているけれど、そもそもフェン……土地神は贄を必要としていない。皆様も土地神の言葉をお聞きになったでしょう?  必要無いんです。誰も犠牲になる必要無いんです」

「あの御言葉は、本当なのでしょうか…?」
「どうも不安で……いや、土地神様やアマネ様が嘘を仰っていると言いたいのではなくて!  これまでの歴史を途絶えさせては、祟りが下るのでは、と……」
「今まで千年近くにわたって生贄を捧げてきた、だから土地が滅びずに済んだ。そう思っていた。いきなり贄は要らないと言われてもな……御言葉を信じてはいるんです!  ただ、不安になって」

 曇った顔が並ぶ。そりゃそうだ。
 人間がそう簡単に順応できれば、戦争も飢饉も起きない。

 きっとこれまでトトさんが「贄は要らない」と伝えてきた人たちも、信じていない訳ではなかったんだ。

 神様の言葉を信じようとしたけどどうしても不安の方が勝ってしまったんだ。

 この土地は、贄を捧げさえすれば土地が存続したという経験を経てきた。そういう歴史の上に成り立っているのだから、贄を捧げなくても土地は滅びないというのはこの人たちからすれば単なる迷信になってしまう。

 やっぱり経験が要るんだ。実績が要るんだ。

 私は息を吸い込んだ。

「証明してみせます!」

「アマネ様……?」

「私は結局半神になったので、今年の生贄とはなりませんでした。でも皆さんの土地は存続します。存続させましょう。生贄なんて捧げなくても大丈夫だって証明してみせます。だから皆さんも一緒に、百年先まで伝え続けてください。私を信じてください……お願いします」

 村の皆さんに向かって頭を下げる。水滴がポタポタと髪から滑り落ちた。
 最初に声を上げたのはビリエル君だった。

「僕はもうしんじてる、アマネ様をしんじてる!   父ちゃんもだよね?  父ちゃんも僕も、もう誰にもひどいことしたり言ったりしないってアマネ様と約束したんだ。だからみんなもしようよ!  もう誰もアマネ様みたいな辛い思いしないように、約束しよう?」

 ビリエル君の言葉に動かされたように、パウルさんも口を開いた。

「みんな言ってたじゃねぇか。新たな生贄が必要なら自分がなる、って……でもそういう事じゃねぇんだ。罪悪感をどう懺悔するかじゃない、誰が犠牲になるかじゃない。誰も犠牲にならないことが大事なんだ!  今回のことで分かったよ、俺。今まで悪霊のせいにしてきたものが、自分の手で、俺のこの手で、ビリエルのこのちっちぇえ手で治せたんだ!  アマネ様が、諦めないことを教えてくれたからできたんだ」

「パウルさん……」

「わたしも、アマネ様を信じます」

「ハンナさん」

「アマネ様の話をしている時は、ビリエルの目がキラキラ輝くんです。今までちょっと失敗したらすぐ不貞腐れていたのに、できるまで何回もやるんだ、って……この子のその言葉を聞いて、わたしもこのまま寝込んでいてはダメだと思うようになりました。まだ調子は少し良く無い時もあるけれど、わたしも、できることをやろうと思います」

「母ちゃん……僕、なんでも手伝うからね?  水汲みも畑仕事も、お料理だって母ちゃんと同じくらい上手くなる!」

 家族三人の決意に、村の人たちは固く拳を握りしめた。

「俺も、できることをする。不安だが、パウルにゃ負けてられねえしな!」
「ばか、勝負じゃないよ!」
「ははっ、俺も!  今回は匙投げちまったが、見てろよ、今にここの畑より豊作にしてやる!」
「だから勝負じゃねえって!」
「俺たちの"手"で豊作にするんだ!  土地神様にすがりついてばかりじゃ、子孫に顔が立たねえしな」
「アマネ様、ありがとうございます。アマネ様が居なかったらうちの畑の病気も治らなかった」
「うちもです。アマネ様のおかげです!」

「いえ、私じゃなくて、皆さんおひとりおひとりが頑張ったおかげです。私の知識は豊富ではありませんが、工夫することなら得意です。困ったことがあったらお社に来てください。なにか助言ができるかもしれません。あっ、お供え物は無くても大丈夫ですからね!」

 皆の指揮が高まれば高まるほど、皆の表情が明るくなればなるほど、体中に充実感がみなぎる。

 私のこの人間への介入が正しいかは分からない。けれど今ここにある笑顔は絶対に守らなければいけないと思った。

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