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第二章:村人
29.「あいしてる」
しおりを挟むパウルさんの、「ほら帰った帰った! そんなに囲っちゃアマネ様が落ち着いてお過ごしになれないだろうが!」という号令により、村の人たちはそれぞれ帰路についた。
私は一人ひとりの笑顔を確かにこの心の中に仕舞い込み、ひとつずつ大切に思い出しながらお茶をいただいた。
ほとんどの部分が水を吸い込み、吸収力の悪くなったタオルを肩から外す。ずっと私の側に引っ付いて今も隣に座っているビリエル君が可愛くて、気がついたら彼の頭を撫でていた。
「アマネ様……?」
「あっ……ごめん無意識だ。ビリエル君の栗色の髪の毛、濡れたら黒っぽく見えるなあって思ってつい。私とお揃いだね」
「アマネ様とおそろい! へへっ、うれしいなあ……でも、アマネ様も濡れるともっと黒くなってますよ」
「ほんと?」
「はい。こんな髪の毛の色見たことないです。やっぱり大人の人たちが言ってたことまちがってなかったんだ」
「大人の人が、何か言ってたの?」
「はい。言いつたえ? っていうのがあるんです。"黒い髪の者は、この地に幸福をもたらす"って。アマネ様といるとしあわせな気持ちになるから、本当だ! って思って」
「そっか……そんな言い伝えが」
確かに私を攫って来た人たちも黒髪がどうとか言っていた気がする。恐怖であまり覚えては居ないけど、私が生贄に選ばれたのも何か関係があるのだろうか。
……ま、もう済んだことだ。今更確認する必要も無いし、知りたいとも思わない。
私はビリエル君の細っこい髪の毛が愛おしくなって撫で続けた。
「ふふっ。アマネ様ってなんかお兄ちゃんみたい」
「お兄ちゃん?」
「僕にはいないけど、もしお兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって……あ、ごめんなさい僕、神様にお兄ちゃんって、しつれいでした……」
「ううん、失礼なんかじゃないよ。嬉しいな、家族みたいに思ってもらえるなんて」
もう一度頭を撫でると、ビリエル君は目を垂らして
「へへへっ」
と笑った。
「アマネ様は土地神様の家族なんでしょう? およめさん? はんりょ? って、父ちゃんと母ちゃんみたいなことですよね」
「へっ!?!?」
「ちがうん、ですか?」
子供らしい純粋な疑問に思わず大声が出てしまった。
そっか。そうだ。私人間の間じゃ完全にフェンリスに嫁入りしたことになってるんだった。どうしよう、忘れてた。
ちがうんですかって、そんなこと聞かれたら……
「ち、ちがわ、な、いよ……」
『っ!!』
カバンの中でフェンリスがビクッと動いた。ごめんフェンリス。本当にごめん。でもビリエル君の純粋な眼差し見てくれたらわかると思う。これ、裏切れないよ。違うって言えないよ。ごめん許して。
案の定、ぱあぁぁっと表情を煌めかせるビリエル君。
「土地神様っておとこの人? でしょ? アマネ様もおとこの人ですよね。でも父ちゃんはおとこで、母ちゃんはおんなだから、おとことおとこでもはんりょになれるんですか?」
「こ、ここのにんげんの、法律はよく分からないけど、お互いにすき、なら…問題ないんじゃ、ないかな……たぶん、おそらく、わかんないけど」
カタコトになってしまうほどの苦し紛れの文句を聞いて、再びぱあぁぁっとお花が開いたような素敵な笑顔を見せてくれるビリエル君。曇りが一切ない。眩しすぎる。
「そっか! そうなんですね!」
なんだかいけないことを教え込んでいるような気がする。いや全然全くもって「いけないこと」では無いのだけれど。
ビリエル君が将来何かそういう事で悩んだら私のせいかもしれない。
「アマネ様は、土地神様のどんなところがすきなんですか?」
「え!?」
彼から質問されるたびに胸を打ち抜かれたような動揺が生まれて、再び大きな声を発してしまった。
どうしよう。
こういう時って何が正解なの?
子供の純粋な気持ちってどうやったら壊さずに済むの?
「えーっ…と……えっとね、とても優しい、ところ、だよ」
「土地神様ってやさしいんですか? どんなふうに? 母ちゃんみたいに?」
「母ちゃん……あっ、うん、母ちゃんみたいかもしれない」
「そうなの!?」
「うん。私の髪の毛こんなに長いでしょう? でもいつも土地神様がお手入れしてくれるからサラサラなんだ。あとね、土地神様って料理も上手なの」
「土地神様、料理もするんですか!?」
「意外でしょ? なるべく人間が経験しているのと同じような生活がしたいんだって。お庭の木も自分で切るし、お風呂にも入る」
「知らなかった! お庭の木も自分で切るんだ」
「うん。そうだ、この前お庭掃除もしてたよ。箒でこうやって落ち葉掃除してた」
私は箒で地面を掃く真似をして見せた。
「えぇ~? ほんとに? 僕も掃除のお手伝いすることあります!」
「じゃあ土地神様と一緒だね! 私もお手伝いするんだけどね、この前お庭の橋に躓いて膝を擦りむいてしまったの」
「えっ、アマネ様だいじょうぶ?」
「うん。全然大丈夫だった! 土地神様って傷の手当も上手なんだよ。擦りむいた傷なんてちょちょいのちょいって手当してくれるから痛くなかった」
「僕も怪我したら、母ちゃんが治してくれます! へぇ~、ほんとに土地神様ってお母さんみたいなんだ」
「ふふっ。そうだよ。だからね、土地神様は滅多なことでは怒ったりしないよ」
私はたまに「早く寝ろ」「庭を走るな」と怒られるけど、それだって優しさゆえのものだと知っている。
だからみんながフェンリスのこと優しいって知ってくれれば、生贄なんて要らないって分かってくれるかもしれない。
「そっか。土地神様、母ちゃんみたいにやさしいんだ」
彼はそう呟きながら、なぜかとても悲しそうな顔をした。
「この前、儀式の時、ちゃんとお礼を言えばよかったな。ひどいことばのかわりに、『いつも守ってくれてありがとう』って言ったらよかったな……」
ビリエル君の瞳には後悔の念が浮かんでいる。
私は彼の栗色の毛をもう一度撫でた。
「伝わってるよ。ビリエル君の気持ちも頑張りも、土地神様にしっかり伝わってる。だから大丈夫」
ビリエル君なら何かを変えられるという、そんな朧げな希望が見える。誠実で優しい八歳の子供に期待を寄せてしまうのはもしかしたら良くないかもしれない。けれど彼のような心を持つ人を大切にしていかなければ、百年後の未来は良くならないと思う。
「伝わってるかなあ」
「土地神様は、みんなの気持ちをきちんと受け止めてくれる。だからこれからも、ありがとうやごめんなさいをきちんと言おうね。そしたら土地神様も喜ぶと思う」
「そっか……わかりました! この前土地神様につたえられなかった『ありがとう』を、周りの人たちにたっくさん伝えます! そしたらいつか土地神様にもとどくかな?」
「うん! きっと届く! 思いはね、言葉にすれば相手にも届くけれど、自分の耳にも届くでしょう? だから言葉に出した思いはずっと大切にしていけるんだ」
「じゃあアマネ様も、土地神様に"あいしてる"っていっぱい言うんですか?」
「あいっ…!?!?」
「……ちがうんですか? 父ちゃんが、母ちゃんのことあいしてるってよく言うんです。だからアマネ様も言うのかと思って……」
期待を込めた瞳。
ビリエル君、それわざとやってる……? なら大したものだ。大人をこんなふうに困らせて……いやいや、私が勝手に困っているだけじゃないか。
「えー、っと………い、い、言っ…ていかなきゃね! これからくさん。お父さんと、お母さんを見習わないとね」
「そうですよ! たくさんあいしてるって言えば、あいしてる気持ちがもっと大切になっていくでしょ?」
愛してる、なんて葉の浮く言葉、誰にも言ったことも言われたこともない。言おうとしたことすらない。
子供ならではの曇りなき疑問に恥ずかしくはなれど、その言葉を拒絶できない不思議な感覚に胸がぎゅっとなった。
「そうだね」
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