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第二章:村人
30.雨傘
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それから数十分、ビリエル君と他愛もない話を続けた。
分かっていたことではあるが中々雨がやまないので、これ以上長居するのも申し訳ないと思いお暇しますと申し出た。
「もう帰っちゃうんですね、アマネ様」
ぷくっと控えめにほっぺを膨らませているのが子供らしくて可愛い。
「ふふっ、また来てもいい?」
「もちろんです! 瓜が元気に育ったら、僕が料理を作ってあげますね!」
「ほんとに? それは楽しみだなあ」
隣に置いておいたカバン(フェンリス入り)を提げながらパウルさんとハンナさんにも挨拶しようと周りを見渡すが、そういえば先ほどから二人の姿が見えない気がする。
「お父さんとお母さんどこ行っちゃったんだろうね」
ビリエル君に聞いても首を傾げるばかり。タオルやご馳走になったお茶のコップを返したいけど……
立ち上がってビリエル君と二人でキョロキョロしていると、奥の部屋からパウルさんが出てきた。
「アマネ様! もうお帰りになられるのですか」
「はい。雨が中々やみそうにないので、強くならないうちに帰ります」
「なら、これ持ってってください! いやあ~間に合ってよかった! 家内と急いで仕上げをしたんです」
「これ……この傘、パウルさんとハンナさんが作ったんですか?」
日本の番傘のような木でできた傘を、開いた状態で私に差し出す。私のように笠を改造したような即席のものでは無く、しっかりと一から放射線状に組まれた骨組みは均等で美しかった。
「わたしは手伝っただけで、ほとんど主人が作ったんですけどね」
「アマネ様の雨傘を見本にしながら、ああでもないこうでもないって言いながら拵えてみたんです。しっかし、開閉できるようにはもうちょ~っと俺の知識と経験が足りなくてですね、あともう少し工夫すれば出来るはずなんです!だから今んところは、これで」
へへっと頬を人差し指で描きながら照れるようにパウルさんが言った。
確かに開閉はできないけれど、私が作ったものより遥かに強度も高く綺麗な仕上がりで、さすが建築の知識がある人は違うなあ、と感嘆の声が漏れる。
そしてもう一つ違う点。私は和紙と油を使ったけれど、この傘は日本と同じようなナイロンっぽい素材をしている。
「この素材は?」
「これはテントの素材を使ってみました。狩猟に出る奴が簡易住居にする素材です。そういや防水の素材だったなと思って、隣の集落のやつに使わないテントを譲ってもらったんです。糊じゃあ貼れないから、こう…骨組みに沿わせて張って先端に引っ掛けてですね、それから強度を」
「あなた、そんな誇らしげに語ってアマネ様を引き止めないの。ごめんなさいアマネ様。この人、アマネ様に雨傘を作って差し上げるんだって、ここ最近本業よりも張り切っちゃって」
「私に?」
「はい! 雨傘なんて初めて見たけど、もしこれからもこの土地に雨が降り続けるなら必要じゃないですか。だから俺、雨傘を教えてくださったアマネ様にちゃんと出来てるか見て欲しくて」
「気が早いって言ったんですけどね。これから先も雨が降り続けるって決まった訳じゃないのに」
ハンナさんの言葉はネガティブだけれど語る口調は朗らかで笑顔で、明るい未来を見据えている様子が感じ取れた。
「雨は降るさ! 信じていたら必ず降る! 後ろ向きなことばっか考えても気が病むだけだからな。まあ不安は正直尽きないけど、良いことばっか考えるようにするって決めたんです。思い返せば俺たち今まで泣き言ばっか言ってたからな」
「ふふっ、そうね。後ろ向きなことしか考えていなくて、でもそれも仕方ないって思っていたけれど、アマネ様が前しか見ていないから。わたしたちもアマネ様のようになりたいって思ったんです」
彼らを鼓舞するつもりが、私のほうがエネルギーをもらっていたことに気がついた。ビリエル君とパウルさんとハンナさんの笑顔を見るだけで、お腹の底から活量が湧いてくるような気がする。
「ありがとうございます。私もこの先、ずっと土地を守り続けると約束します。だから皆さんの力を貸してください。皆さんの笑顔が私の糧になるんです。これからも、よろしくお願いします」
「「「はい!」」」
家族三人の元気な声に背中を叩かれ、私は晴れやかな気分で帰路を歩み出した。
みんなの姿が見えなくなったあたりで、フェンリスがぴょこっとカバンから顔を出した。今世紀最大級に可愛い。
「ごめんねフェンリス。雨、カバンまで染み込んじゃったね」
キョロッ、キョロっと周りを見渡し(宇宙規模で可愛い)、低い声で
「問題ない。お前もまとめて乾かすぞ」
と言った。
「あ、そっか。乾かせるんだったね。よろしくお願いします」
お風呂上がりに髪の毛を速攻で乾かしてくれるのと同じ要領で、体を撫でたそよ風が水滴を拭い去る。
さて、ビリエル君からのいたいけな質問にYes回答をしてしまった気まずさはさておき、勝手なことを言ってしまった罪悪感にひとまず謝る。
「今日は色々と、勝手なことを言ってごめんなさい」
「勝手なこと?」
「伴侶、とか……色々」
「ああ……それは俺が蒔いた種だろ、謝るのはこちらの方だ。言いづらいことを言わせてすまない」
確かに言いづらかった。
口の中でモゴモゴしちゃったし、伴侶だの愛してるだのって勿論スラスラ言えないし、あとシンプルに恥ずかしいし。
だけど口に出してしまえば、気持ちと気持ちの隙間をピッタリ埋めるような、足りないものが補われるような、渇いていた喉が潤うような充足感を感じた。
「ううん。なんだか今日は、楽しかったよね。全部楽しかった」
「そうだな」
「みんな優しかった」
「……大丈夫だったか」
「え?」
「皆、あの儀礼に来ていた者達だ」
フェンリスの声がより低く地を這う。
彼を提げたカバンの重みに意識が集中して、脳裏にはあの夜祭壇から見下ろした光景が蘇った。
"生贄が消えたと聞いた時はどうなるかと思った"
"よかった…本当によかった!"
自分に向けられる感情が何なのか分からなかった。敵意でもない、依存とも違う、正体不明の感情が怖かった。
でも実際に皆さんと会って目を見て声を聞くと、ただ一人ひとりの尊い命だった。
「大丈夫だよ。私、この土地の人たち好きだ。みんな純粋で朗らかで頑張り屋さんだった。……フェンリス」
「何だ」
「私を半神にしてくれてありがとう」
「っ、アマネ」
「これからも、一緒に頑張ろうね」
立ち止まってカバンから覗く緑色の瞳に語りかけると、いつもと同じ声で、庭掃除を終えた私に向けるあの声で、「ありがとう」と言ってくれた。
分かっていたことではあるが中々雨がやまないので、これ以上長居するのも申し訳ないと思いお暇しますと申し出た。
「もう帰っちゃうんですね、アマネ様」
ぷくっと控えめにほっぺを膨らませているのが子供らしくて可愛い。
「ふふっ、また来てもいい?」
「もちろんです! 瓜が元気に育ったら、僕が料理を作ってあげますね!」
「ほんとに? それは楽しみだなあ」
隣に置いておいたカバン(フェンリス入り)を提げながらパウルさんとハンナさんにも挨拶しようと周りを見渡すが、そういえば先ほどから二人の姿が見えない気がする。
「お父さんとお母さんどこ行っちゃったんだろうね」
ビリエル君に聞いても首を傾げるばかり。タオルやご馳走になったお茶のコップを返したいけど……
立ち上がってビリエル君と二人でキョロキョロしていると、奥の部屋からパウルさんが出てきた。
「アマネ様! もうお帰りになられるのですか」
「はい。雨が中々やみそうにないので、強くならないうちに帰ります」
「なら、これ持ってってください! いやあ~間に合ってよかった! 家内と急いで仕上げをしたんです」
「これ……この傘、パウルさんとハンナさんが作ったんですか?」
日本の番傘のような木でできた傘を、開いた状態で私に差し出す。私のように笠を改造したような即席のものでは無く、しっかりと一から放射線状に組まれた骨組みは均等で美しかった。
「わたしは手伝っただけで、ほとんど主人が作ったんですけどね」
「アマネ様の雨傘を見本にしながら、ああでもないこうでもないって言いながら拵えてみたんです。しっかし、開閉できるようにはもうちょ~っと俺の知識と経験が足りなくてですね、あともう少し工夫すれば出来るはずなんです!だから今んところは、これで」
へへっと頬を人差し指で描きながら照れるようにパウルさんが言った。
確かに開閉はできないけれど、私が作ったものより遥かに強度も高く綺麗な仕上がりで、さすが建築の知識がある人は違うなあ、と感嘆の声が漏れる。
そしてもう一つ違う点。私は和紙と油を使ったけれど、この傘は日本と同じようなナイロンっぽい素材をしている。
「この素材は?」
「これはテントの素材を使ってみました。狩猟に出る奴が簡易住居にする素材です。そういや防水の素材だったなと思って、隣の集落のやつに使わないテントを譲ってもらったんです。糊じゃあ貼れないから、こう…骨組みに沿わせて張って先端に引っ掛けてですね、それから強度を」
「あなた、そんな誇らしげに語ってアマネ様を引き止めないの。ごめんなさいアマネ様。この人、アマネ様に雨傘を作って差し上げるんだって、ここ最近本業よりも張り切っちゃって」
「私に?」
「はい! 雨傘なんて初めて見たけど、もしこれからもこの土地に雨が降り続けるなら必要じゃないですか。だから俺、雨傘を教えてくださったアマネ様にちゃんと出来てるか見て欲しくて」
「気が早いって言ったんですけどね。これから先も雨が降り続けるって決まった訳じゃないのに」
ハンナさんの言葉はネガティブだけれど語る口調は朗らかで笑顔で、明るい未来を見据えている様子が感じ取れた。
「雨は降るさ! 信じていたら必ず降る! 後ろ向きなことばっか考えても気が病むだけだからな。まあ不安は正直尽きないけど、良いことばっか考えるようにするって決めたんです。思い返せば俺たち今まで泣き言ばっか言ってたからな」
「ふふっ、そうね。後ろ向きなことしか考えていなくて、でもそれも仕方ないって思っていたけれど、アマネ様が前しか見ていないから。わたしたちもアマネ様のようになりたいって思ったんです」
彼らを鼓舞するつもりが、私のほうがエネルギーをもらっていたことに気がついた。ビリエル君とパウルさんとハンナさんの笑顔を見るだけで、お腹の底から活量が湧いてくるような気がする。
「ありがとうございます。私もこの先、ずっと土地を守り続けると約束します。だから皆さんの力を貸してください。皆さんの笑顔が私の糧になるんです。これからも、よろしくお願いします」
「「「はい!」」」
家族三人の元気な声に背中を叩かれ、私は晴れやかな気分で帰路を歩み出した。
みんなの姿が見えなくなったあたりで、フェンリスがぴょこっとカバンから顔を出した。今世紀最大級に可愛い。
「ごめんねフェンリス。雨、カバンまで染み込んじゃったね」
キョロッ、キョロっと周りを見渡し(宇宙規模で可愛い)、低い声で
「問題ない。お前もまとめて乾かすぞ」
と言った。
「あ、そっか。乾かせるんだったね。よろしくお願いします」
お風呂上がりに髪の毛を速攻で乾かしてくれるのと同じ要領で、体を撫でたそよ風が水滴を拭い去る。
さて、ビリエル君からのいたいけな質問にYes回答をしてしまった気まずさはさておき、勝手なことを言ってしまった罪悪感にひとまず謝る。
「今日は色々と、勝手なことを言ってごめんなさい」
「勝手なこと?」
「伴侶、とか……色々」
「ああ……それは俺が蒔いた種だろ、謝るのはこちらの方だ。言いづらいことを言わせてすまない」
確かに言いづらかった。
口の中でモゴモゴしちゃったし、伴侶だの愛してるだのって勿論スラスラ言えないし、あとシンプルに恥ずかしいし。
だけど口に出してしまえば、気持ちと気持ちの隙間をピッタリ埋めるような、足りないものが補われるような、渇いていた喉が潤うような充足感を感じた。
「ううん。なんだか今日は、楽しかったよね。全部楽しかった」
「そうだな」
「みんな優しかった」
「……大丈夫だったか」
「え?」
「皆、あの儀礼に来ていた者達だ」
フェンリスの声がより低く地を這う。
彼を提げたカバンの重みに意識が集中して、脳裏にはあの夜祭壇から見下ろした光景が蘇った。
"生贄が消えたと聞いた時はどうなるかと思った"
"よかった…本当によかった!"
自分に向けられる感情が何なのか分からなかった。敵意でもない、依存とも違う、正体不明の感情が怖かった。
でも実際に皆さんと会って目を見て声を聞くと、ただ一人ひとりの尊い命だった。
「大丈夫だよ。私、この土地の人たち好きだ。みんな純粋で朗らかで頑張り屋さんだった。……フェンリス」
「何だ」
「私を半神にしてくれてありがとう」
「っ、アマネ」
「これからも、一緒に頑張ろうね」
立ち止まってカバンから覗く緑色の瞳に語りかけると、いつもと同じ声で、庭掃除を終えた私に向けるあの声で、「ありがとう」と言ってくれた。
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