神は生贄に愛を宿す

丑三とき

文字の大きさ
31 / 34
第三章:天界

31.もふもふの日

しおりを挟む
 


 今日はもふもふの日です。

 もふもふの日とは、私が「フェンリスを撫でたくて撫でたくてたまらない病」を発症した時の治療方法で、寝る時にフェンリスに獣体になってもらい、眠りに落ちるまで心置きなくお触りさせていただく、というかなり自分勝手な日のことです。

 特に「この日がもふもふの日だ!」という決まりはない。だいたい髪の毛を乾かしてもらっている時に私が「本日、よろしいでしょうか」とお伺いを立て、フェンリスから「分かった」とお許しをいただければそれが合図。

 うきうきと弾む心を隠すことなく寝室に向かいフェンリスにアイコンタクトを送ると、人間体の彼が光に包まれて、ライオンほどの巨躯の狼に変身する。

 私は待ちきれなくなってすぐさま彼の首元に抱きついて顔を埋める。気分はアニメ映画の山犬の少女。

「んん~~っ、たまんない。もう吸っちゃう。すぅ~~はぁ~」

「こら、行儀が悪い」

「ごめんつい可愛くて」

 狼を愛でるのにお行儀の良さや悪さがあるのかはわからないが、あまりにもがっつきすぎたと反省して、ベッドの上で正座をする。

 のっそりと大きな体でベッドに乗り、私が撫でやすいようにふせの姿勢でベッドに座る。これが「よし」の合図だ……多分。

 まずは首あたりをこしょこしょと撫で、様子見。フェンリスが気持ちよさそうに目を細めたら、次は鼻の上あたりをワサワサ。

「"あなたはどうしてそんなに可愛いんだい?"
 "それはね、アマネにもふもふされるためだよ"」

「……なんだそれは」

「いいからいいから」

 怪訝そうな顔をするフェンリスに構わず私は撫でる手を背中に持っていき、大きな大きな背に抱きつくようにして撫でた。
 しかしフェンリスはお腹派なのだ!
 手を段々とお腹側に移動させると、彼はごろんっとお腹を出して転がってくれた。

「うわ!  上向になると前脚がちょっと曲がるの可愛いですね!  も~あざとい狼ですね~よしよしよしッ」

 私は、全身の中でも特に皮膚の柔らかいお腹に優しく優しく手を往復させてるが、我慢できなくなって一緒に寝転んで抱き枕よろしく抱きついた。

「いつも思うが、これは楽しいのか?」

「楽しいなんてもんじゃないです、楽園です!」

「……お前が良いなら良いが」

 納得してくれたフェンリスの首元にもう一度顔を埋め、今度はバレないように狼吸いした。

「お日様の匂いがする~ん~たまらないねぇ」

 おそらく側から見たら変態にしか見えないだろうけど、ここは私とフェンリスだけの空間!  心置きなく楽しむことができるのです。

 私は名残惜しくも首元から顔を上げて、フェンリスに目線を合わせた。もちろん抱き枕にしたまま。

 目は鋭くつりあがって、鼻先は厚みがあって少し長い。精悍な顔立ちで、牙なんか剥こうものなら一瞬で食べられてしまいそうなのに、今は私にされるがままなのがめっちゃ可愛い。むしろこっちが食べちゃいたい。

「これがアニマルセラピーってやつかあ……」

 私はフェンリスに抱きつきながらも器用に枕もとからブラシを取り出し、彼の背中をブラッシングする。日頃の感謝を込めて丁寧に梳かせばフェンリスの喉から気持ちよさそうにぐるるる、と低い音が鳴った。

「いつもありがとうねフェンリス」

「特に礼を言われるようなことはしていない」

「ううん。毎日髪のお手入れしてくれるし、毎日美味しいご飯作ってくれる」

「それを言うのなら、お前も庭仕事や掃除を担ってくれているだろう。手際がいいので助かっている」

「それは私がやりたくてやってるだけだもの。あとフェンリス、私が怖い夢見たらぎゅって抱きしめてくれるでしょう?  あれとっても安心するんだ」

 私はいまだに塔の中の夢を見る。冷たくて硬い床、暗くじめっとした空間、看守の視線。逃げるように覚醒したところで恐怖は拭えないので、丸まって悪夢の余韻に耐えているといつもフェンリスはそっと抱きしめてくれる。

「……辛いなら俺を起こせばいいものを、お前はなぜいつも一人で我慢する」

「我慢なんて、別に……」

「しているだろう」

「だって怖い夢見たからってフェンリス起こすの、子供みたいで情けないんだもの」

「俺の体毛に顔を埋めて顔を緩ませている今のお前の方が、随分と子供らしいぞ」

「っ……か、返す言葉もございません」

「フッ…普段遠慮が無いくせに、態々辛い時に限って遠慮するなと言っているんだ」

 彼は丸っこい前脚を私の頭に乗せて、爪が当たらぬようにしているのかそっと往復させる。

「辛い時にいつもフェンリスに頼ってると、甘えてばかりになっちゃいそうだから」

「それの何が悪い?」

「いつまでもくよくよしてちゃフェンリスを支えられないじゃん。村の人たちもこれから頑張っていこうって張り切ってるから、私も乗り越えなくちゃ」

 ビリエル君たちがもっと笑顔になれるように力を尽くしたい。

「もっと強くならないと。辛い気持ちなんて、もう忘れないと」

 ブラシをギュッと握り拳に決意を込める。
 大丈夫。もう良い大人なんだから、じきに一人で耐えられるようになる。そう思いを込めて一層拳を握りしめた。

 途端、それまで私にされるがままだったフェンリスが起き上がって私に獣体を覆い被せてきた。

「わっ……ど、どうしたの…」

 緑色の鋭い目に射抜かれ一瞬心臓が止まりそうになる。彼の低い声が響いた。

「俺は百年前に生贄を救えなかったことを、いまだに悔やみ自責に駆られることもある。到底乗り越えられてなどいない」

 その落ち込んだ声色に、私は切なくなって彼の頭をそっと撫でた。

「それは……フェンリスのせいじゃないし、そんなに辛いことがあったなら長い間乗り越えられなくて当然だよ」

「ならお前もだ。たった数日前の辛い出来事を忘れてすぐ前を向くなど出来なくて当然だ。確かに村人たちは前を向きはじめた。だが、それとお前の悪夢とは別問題だ。辛いと感じたらすぐに頼れ。罪悪感など感じるな。でなければ、今後『もふもふの日』とやらは一切禁ずる」

「えっ!?」

 突然の悲報に大きな声が出てしまう。それはとんだ処罰だ……このふわふわのサラサラの白い毛をもう愛でられないのは絶対に嫌だ。

「そ、それは……」

「そばにいながら頼られないというのは、意外に悲しいものだぞ」

「!」

 フェンリスは普段キリッと吊り上がっている目を気持ちしょんぼりとさせて、声色も落としはじめた。私には分かる、これはわざとだ。わざとこんなふうに可愛こぶって私の心を揺さぶっている。

 悔しいが、彼の言っていることも正しかった。私はフェンリスに頼られると嬉しい。私の前で弱音を吐いてくれたら、信頼されてるんだって嬉しくなる。

 フェンリスも、同じ気持ちなのかな。例えば私が泣き言を言って甘えたりしても、彼は迷惑じゃないのかな。 
 
「返事は?」

 色々思考がとっ散らかってしまってどうにもこうにも返答を出すことができず、

「善処します……」

 と答えてしまった。

 曖昧すぎる返答にフェンリスは遠慮がちに笑う。

「まぁ、初めから出来なくても良い。ただ、お前が泣き言を言おうとどんなに甘えようと、迷惑でも何でもない。それだけは覚えておけ。いいな?」

「……うん」
 
 フェンリスの言葉にいちいち心が温かくなるのは何でだろう。彼は私の上から体を退かし、隣に寝転んだ。その姿は、勇猛な狼とあれどいえどやはり可愛らしい。
 人間のフェンリスも同じで、体が大きくて格好良いのにたまに可愛く感じる。

 一体何なんだこのくすぐったい気持ちは。

 難しいことを考えるのは苦手なので、私も彼に向き合って寝転び、首をわさわさしているうちにいつのまにか眠っていた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。 そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。 倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。 そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。 体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。 2026.1.5〜

花屋の息子

きの
BL
ひょんなことから異世界転移してしまった、至って普通の男子高校生、橘伊織。 森の中を一人彷徨っていると運良く優しい夫婦に出会い、ひとまずその世界で過ごしていくことにするが___? 瞳を見て相手の感情がわかる能力を持つ、普段は冷静沈着無愛想だけど受けにだけ甘くて溺愛な攻め×至って普通の男子高校生な受け の、お話です。 不定期更新。大体一週間間隔のつもりです。 攻めが出てくるまでちょっとかかります。

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...