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第三章:天界
31.もふもふの日
しおりを挟む今日はもふもふの日です。
もふもふの日とは、私が「フェンリスを撫でたくて撫でたくてたまらない病」を発症した時の治療方法で、寝る時にフェンリスに獣体になってもらい、眠りに落ちるまで心置きなくお触りさせていただく、というかなり自分勝手な日のことです。
特に「この日がもふもふの日だ!」という決まりはない。だいたい髪の毛を乾かしてもらっている時に私が「本日、よろしいでしょうか」とお伺いを立て、フェンリスから「分かった」とお許しをいただければそれが合図。
うきうきと弾む心を隠すことなく寝室に向かいフェンリスにアイコンタクトを送ると、人間体の彼が光に包まれて、ライオンほどの巨躯の狼に変身する。
私は待ちきれなくなってすぐさま彼の首元に抱きついて顔を埋める。気分はアニメ映画の山犬の少女。
「んん~~っ、たまんない。もう吸っちゃう。すぅ~~はぁ~」
「こら、行儀が悪い」
「ごめんつい可愛くて」
狼を愛でるのにお行儀の良さや悪さがあるのかはわからないが、あまりにもがっつきすぎたと反省して、ベッドの上で正座をする。
のっそりと大きな体でベッドに乗り、私が撫でやすいようにふせの姿勢でベッドに座る。これが「よし」の合図だ……多分。
まずは首あたりをこしょこしょと撫で、様子見。フェンリスが気持ちよさそうに目を細めたら、次は鼻の上あたりをワサワサ。
「"あなたはどうしてそんなに可愛いんだい?"
"それはね、アマネにもふもふされるためだよ"」
「……なんだそれは」
「いいからいいから」
怪訝そうな顔をするフェンリスに構わず私は撫でる手を背中に持っていき、大きな大きな背に抱きつくようにして撫でた。
しかしフェンリスはお腹派なのだ!
手を段々とお腹側に移動させると、彼はごろんっとお腹を出して転がってくれた。
「うわ! 上向になると前脚がちょっと曲がるの可愛いですね! も~あざとい狼ですね~よしよしよしッ」
私は、全身の中でも特に皮膚の柔らかいお腹に優しく優しく手を往復させてるが、我慢できなくなって一緒に寝転んで抱き枕よろしく抱きついた。
「いつも思うが、これは楽しいのか?」
「楽しいなんてもんじゃないです、楽園です!」
「……お前が良いなら良いが」
納得してくれたフェンリスの首元にもう一度顔を埋め、今度はバレないように狼吸いした。
「お日様の匂いがする~ん~たまらないねぇ」
おそらく側から見たら変態にしか見えないだろうけど、ここは私とフェンリスだけの空間! 心置きなく楽しむことができるのです。
私は名残惜しくも首元から顔を上げて、フェンリスに目線を合わせた。もちろん抱き枕にしたまま。
目は鋭くつりあがって、鼻先は厚みがあって少し長い。精悍な顔立ちで、牙なんか剥こうものなら一瞬で食べられてしまいそうなのに、今は私にされるがままなのがめっちゃ可愛い。むしろこっちが食べちゃいたい。
「これがアニマルセラピーってやつかあ……」
私はフェンリスに抱きつきながらも器用に枕もとからブラシを取り出し、彼の背中をブラッシングする。日頃の感謝を込めて丁寧に梳かせばフェンリスの喉から気持ちよさそうにぐるるる、と低い音が鳴った。
「いつもありがとうねフェンリス」
「特に礼を言われるようなことはしていない」
「ううん。毎日髪のお手入れしてくれるし、毎日美味しいご飯作ってくれる」
「それを言うのなら、お前も庭仕事や掃除を担ってくれているだろう。手際がいいので助かっている」
「それは私がやりたくてやってるだけだもの。あとフェンリス、私が怖い夢見たらぎゅって抱きしめてくれるでしょう? あれとっても安心するんだ」
私はいまだに塔の中の夢を見る。冷たくて硬い床、暗くじめっとした空間、看守の視線。逃げるように覚醒したところで恐怖は拭えないので、丸まって悪夢の余韻に耐えているといつもフェンリスはそっと抱きしめてくれる。
「……辛いなら俺を起こせばいいものを、お前はなぜいつも一人で我慢する」
「我慢なんて、別に……」
「しているだろう」
「だって怖い夢見たからってフェンリス起こすの、子供みたいで情けないんだもの」
「俺の体毛に顔を埋めて顔を緩ませている今のお前の方が、随分と子供らしいぞ」
「っ……か、返す言葉もございません」
「フッ…普段遠慮が無いくせに、態々辛い時に限って遠慮するなと言っているんだ」
彼は丸っこい前脚を私の頭に乗せて、爪が当たらぬようにしているのかそっと往復させる。
「辛い時にいつもフェンリスに頼ってると、甘えてばかりになっちゃいそうだから」
「それの何が悪い?」
「いつまでもくよくよしてちゃフェンリスを支えられないじゃん。村の人たちもこれから頑張っていこうって張り切ってるから、私も乗り越えなくちゃ」
ビリエル君たちがもっと笑顔になれるように力を尽くしたい。
「もっと強くならないと。辛い気持ちなんて、もう忘れないと」
ブラシをギュッと握り拳に決意を込める。
大丈夫。もう良い大人なんだから、じきに一人で耐えられるようになる。そう思いを込めて一層拳を握りしめた。
途端、それまで私にされるがままだったフェンリスが起き上がって私に獣体を覆い被せてきた。
「わっ……ど、どうしたの…」
緑色の鋭い目に射抜かれ一瞬心臓が止まりそうになる。彼の低い声が響いた。
「俺は百年前に生贄を救えなかったことを、いまだに悔やみ自責に駆られることもある。到底乗り越えられてなどいない」
その落ち込んだ声色に、私は切なくなって彼の頭をそっと撫でた。
「それは……フェンリスのせいじゃないし、そんなに辛いことがあったなら長い間乗り越えられなくて当然だよ」
「ならお前もだ。たった数日前の辛い出来事を忘れてすぐ前を向くなど出来なくて当然だ。確かに村人たちは前を向きはじめた。だが、それとお前の悪夢とは別問題だ。辛いと感じたらすぐに頼れ。罪悪感など感じるな。でなければ、今後『もふもふの日』とやらは一切禁ずる」
「えっ!?」
突然の悲報に大きな声が出てしまう。それはとんだ処罰だ……このふわふわのサラサラの白い毛をもう愛でられないのは絶対に嫌だ。
「そ、それは……」
「そばにいながら頼られないというのは、意外に悲しいものだぞ」
「!」
フェンリスは普段キリッと吊り上がっている目を気持ちしょんぼりとさせて、声色も落としはじめた。私には分かる、これはわざとだ。わざとこんなふうに可愛こぶって私の心を揺さぶっている。
悔しいが、彼の言っていることも正しかった。私はフェンリスに頼られると嬉しい。私の前で弱音を吐いてくれたら、信頼されてるんだって嬉しくなる。
フェンリスも、同じ気持ちなのかな。例えば私が泣き言を言って甘えたりしても、彼は迷惑じゃないのかな。
「返事は?」
色々思考がとっ散らかってしまってどうにもこうにも返答を出すことができず、
「善処します……」
と答えてしまった。
曖昧すぎる返答にフェンリスは遠慮がちに笑う。
「まぁ、初めから出来なくても良い。ただ、お前が泣き言を言おうとどんなに甘えようと、迷惑でも何でもない。それだけは覚えておけ。いいな?」
「……うん」
フェンリスの言葉にいちいち心が温かくなるのは何でだろう。彼は私の上から体を退かし、隣に寝転んだ。その姿は、勇猛な狼とあれどいえどやはり可愛らしい。
人間のフェンリスも同じで、体が大きくて格好良いのにたまに可愛く感じる。
一体何なんだこのくすぐったい気持ちは。
難しいことを考えるのは苦手なので、私も彼に向き合って寝転び、首をわさわさしているうちにいつのまにか眠っていた。
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