苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

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恐るべき執着心

129 明確な拒絶と板挟み

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体を動かそうとしなくても、吹き飛ばされたときにあちこちぶつけたせいで身体中が痛い。

 額からまな温い何かが垂れてくる。脇腹が痛い。

 ローシュテールがすぐそこまで来ているのに、体を起こそうにも痛みで力が入らない。

 せめてもの抵抗で、ローシュテールを睨み付ける。

「はぁ……なあ、ローレス。何が気に入らないんだ?アーネチカもだ。アーネチカは平民の出だから表だって愛情表現はできなかったが、それでも誠意をもって接していたんだ。なのに、いきなりいなくなって……」

「それは__」

 レイスが口を開こうにも、それに気がついていないのかローシュテールは話し続ける。

「もしやローザベッラのことか?もしかして注意をしたと言うのに、まだ二人のことを苛めるのを止めなかったのか?アイツ、まったく、これだから温室育ちの甘ちゃんは、困ったものだ」

 ローザベッラ婦人のこと__屋敷にいたときに聞いたローザベッラ婦人がレイス親子に対していびりをしていたと言う話しか。

 だが、僕が知っている情報を統括してみれば諸悪の根元のようなものは完全にローシュテールだ。

 貴族と平民、正妻と側室。その扱いが逆転してしまったから、ローザベッラ婦人のプライドを刺激した。

 ローシュテール、自分が何をやったのか。その事の重大さを、一切理解していないらしい。

 反吐が出る……。

「ローザベッラが言うには扱いに差を出してアーネチカやローレスを優先していることが不満と言うが、俺はなるべく相応に扱いはしたが、ローザベッラやロンテをぞんざいに扱った覚えはないと言うのに」

 ローシュテールは芝居がかった仕草で肩をすくめ、ため息を吐く。

「確かにローザベッラとは政略結婚だ。それに引き換えアーネチカは俺が口説きおとして、アーネチカも了承した上で嫁に迎え入れた。貴族の娘だろうから覚悟していたことだろうに、何があんなに不満だったのか……」

 不愉快なローシュテールの話を聞いて一つ得したことは、狂人の戯言だし正確性はないが、アーネチカさんとローシュテールの結婚が権力なんかを使った無理矢理のものではないと判明したことだ。

「ローレス、害虫達を排除したら一緒に帰ろう。アーネチカの居場所はわかっている。すこし荒いところはあるが、知り合いに任せたから大丈夫だろう。ローザベッラのことも気にしなくて良い、俺からキツく言っておく」

 戦闘をしていた最中の荒々しい言動はどこへやら、声は優しく、表情は人好きのする笑みに変わっていた。

「嫌だ!何を言われたって、何を聞かされたって、ブレイブ家には、戻らない!」

 レイスの言葉に、ローシュテールの表情が固まる。

「……はぁ、しかたがない。なあ、ロンテ」

 ロンテ先輩はいきなり名前を呼ばれて驚き、どうすれば良いのかわからずに、視線をレイスとローシュテールの間を行き来させる。

「お前はお父様の味方だよな?」

「あ……う……」

「お前はブレイブ家に帰ってくるだろ?あそこはお前の、ロンテの家で、帰る場所だ」

 ローシュテールが一歩踏み出す。

 それにあわせてロンテ先輩はずりずりと体を引きずり、ローシュテールが摘めて来た分、後退する。

「なんで逃げるんだ?」

 人好きのする笑みは怒りの表情に変わり、声は低く、怒りのこもったものに変わる。

「あ……お、俺は……」

「家に帰ってくるだろう?ローレスを説得してくれよ。お兄ちゃん、意地になってしまってるからな」

 ロンテ先輩の表情は恐怖、一色に染まり、体は震えている。

 背中の着ずのことを考えればおかしいことでもないだろう。

「なあ、頼むよ。情けない父のためにローレスとの仲介役をしてくれないか?」

 ロンテ先輩はローシュテールの口から“父のために”と言う言葉が出た瞬間、体の動きを止め、何かに迷うように視線をさ迷わせながらレイスを見る。

「と、うさまの、ため……?」

「ロンテ?」

 ロンテ先輩は迷っているんだろう。

 今まで自分を見てくれなかった家族の一人が、ようやく自分のことを見てくれたかもしれないんだ。

 これを気に、もっと自分を見てくれるかもしれない。

 褒めてくれるかもしれない、兄と比較しないかもしれない、普通に話してくれるかもしれない。

 当たり前で、当たり前ではない願いを、叶えられるかもしれない。

 でも、兄は家に帰りたくないのだと言っている。

 兄は無条件に欲するものをくれる。

 兄は危ないことをしてまで、苦しむ己を助けようとしてくれる。

 父と兄を天秤にかける。

 揺れて、揺れて、揺れて、揺れて、どちらにも傾かない。

 どうすれば良いかわからない。

 板挟みになった思いは、己を苦しめる。

 予想だけど、きっとそう考えているんだろう。

 自分を頼ってくれている。

 それは自分を見てくれていると、そう錯覚させるにも十分なことだ。

 ただ、実際はそうではない。

 体よく利用されているだけなのだ。

「ロンテ、あそこに戻ったら、どうなるか何てわかってるだろ?兄様と一緒に逃げるんだ!」

 視界の端で戌井が魔法を使って木刀もどきを作り出していた。

「ロンテ、手伝ってくれたご褒美は何が良い?なんでも好きなものを言いなさい。できる限りの、用意してやろうな」

 僕はローシュテールの見えない、自分の体の下で事故魔法を発動させる。

「お、俺……俺は……もう、父様のことがわかりません」

 ロンテ先輩が一筋の涙をこぼす。

 父に対しての恐怖からなのか、体はガタガタと震え、声も震えている。

「昔は、違いました。頭も撫でてくれましたし、痛いこともしませんでした。今はまるで別人のようです……。あ、兄様は俺のために契約の魔法をしても良いと言ってくれました。……俺はもう、どうしたら良いのか……どうしたいのか、わかりません」

 自分が不利になるかもしれない、しかも魔法剥奪のペナルティも受け入れると言った。弟で嬉しいと、誇らしいと、好きだと言った。

 それと引き換え虐待に、理不尽な扱い、母の願いとの板挟み。理不尽な罵倒だってあっただろう。

 “家族”からの愛を欲していたロンテは愛をくれる兄と、切望の対象である父に板挟みにされてしまって、もうどうしたら良いかわからなくなっている。

 ロンテ先輩の言葉にローシュテールは一瞬ポカンとして、一人で勝手に納得する。

「そうか、兄と父に挟まれたら、どうしたら良いかわからなくなるのもしかたがないさ。家族喧嘩何て初めてだものな」

 なんでこんな時に、当たってそうなことを言うんだか……。

「しかたがない、自力でどうにかしよう。ロンテは少し待っていなさい」

 ローシュテールの言葉に、まるで糸の切れたマリオネットのようにパタリと倒れそうになるのをレイスが受け止める。

「……気絶してる」

 安堵なのか、恐怖の許容量を越えたのか、ロンテは気を失ってしまっている。

 レイスはロンテ先輩をゆっくりと横たえると、前にでて杖を構える。

「俺が憧れてた父親はどこに消えたんだろうな」

「ここにいるよ。さあ、家族喧嘩の前に害虫駆除をしないと。ローレスもロンテと一緒に待っていなさい」

「コイツらは俺の大事なダチだ。手を出そうとしているのに易々と“はい、そうですか”ってなるわけ無いだろ」

「退きなさい」

「嫌だね!」

「退け!」

 ローシュテールは豹変して、怒鳴るが一向に言うことを聞かないレイスに痺れを切らしたローシュテールは本気かどうかは知らないがレイスに剣を振るった。

 ローシュテールが本気でなかったからなのか、レイスは防衛魔法を展開する余裕があった。

「う、ぐうっ!」

 防衛魔法でローシュテールの剣を受け止めるも、重さに負けてヒビが入り出す。

 ピュン__

「チッ」

 ローシュテールの肩に向けて放った、僕の自己魔法で作り出したレーザーは察知されてしまい肩口を軽く焼ききるだけになってしまった。

 ローシュテールの目が僕を見る。

 一瞬でも、視界の中に僕しかいない状態を作ったローシュテールに左右から回り込んだ戌井とアルマックが攻勢を仕掛ける。

 ローシュテールは二人の攻撃を避けて、二人がお互いを攻撃してしまう状態を作るが、戌井の自己魔法で無理矢理距離を取り回避する。

 戌井とアルマックの攻撃は空を切ったが手を緩める理由にはならなかった。

 レイスがローシュテールに殴りかかる。

 僕は自己魔法で作ったレーザーを放ち、物理と魔法を駆使しつつ近接で戦う三人を援護する。

「退きなさい!」

「巻き込むわよ!」

 ローシュテールが僕たち四人に気を取られている間に、レイとララの二人係で作り出した複合魔法が放たれる。

 僕たちは急いで離れる。

 ローシュテールは防衛魔法を展開する。

 ローシュテールの展開した防衛魔法は複合魔法に耐えられないようで、あちこちにヒビが入っていく。

 あと少し、だと言うのに防衛魔法は一向に割れない。

 それどころか何重にも防衛魔法を張り出した。

 複合魔法はローシュテールの展開した防衛魔法をわって行く。

 ローシュテールは表情を歪めているのを見るに、余裕がなくなってきているかもしれない。

 それでも多少眉をしかめた程度だった。

 複合魔法でもダメなのか。

 そう思った瞬間、ローシュテールの頭上から人間大の大きさの影が落ちてきてローシュテールの防衛魔法を何枚もわる。

 ……可笑しい。
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