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子は鎹
150 クリームシチュー
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カルタ視点
残り一ヶ月もしないで三学期が終わる。
まだ冬の風が残っていて、いくらか寒いし寒さのせいで体が震える。
祝日の今日、僕は戌井ともに図書館で情報収集に勤しんでいた。
だけど、微妙に集中できなくて目の疲れもあって頭が痛くなってくる。
「ん~……。はぁ、もう日が暮れてきたね。てか、もうそろそろ閉館時間じゃない?」
戌井が伸びをして、窓から空を見上げて言った。
確かに、もう日が暮れてきて空が濃い青に変わってきていて、時計を見れば残り数十分で閉館時間になってしまう。
「いい加減帰ろっか」
「あぁ」
広げていたものを片付けて、図書館をあとにする。
今日は珍しく、朝から今まで戌井と一緒だった。
いつもならレイスやファーレンテイン、その他が顔を見せるのに、今日は見なかった。
バイスの町にいる頃には良くある光景だったが、メルリス魔法学校に来てからは誰かしらがいることが多くて、戌井と二人きりは少なくなって気がする。
「今日の晩御飯どうしよっかな~。ローレス達はみんな用事あるらしいから私と篠野部だけになっちゃうよね。私は特に何も思い浮かばないし、篠野部は何が良い?」
「どうせ食堂に何かあるだろ」
「今日祝日だから食堂の人いないよ?」
「……あ、そういえばそうだった」
いつも通り図書館で調べものをしていたからすっかり忘れてしまっていたが、今日は食堂がしまっているんだった。
「なに食べたい?外食でも良いし、作っても良いよ」
「え……」
何が食べたい……。
いきなり言われても咄嗟に何も思い付かない。
「ていうか、篠野部は何が好きなの?」
僕の好きなもの……。
そう考えて頭をよぎったのは小さい頃に母親が作ってくれたクリームシチューだった。
「クリームシチュー……」
頭のなかに浮かんだときには、口からポロリと転がり出ていた。
「いいよ。じゃあ、クリームシチューにしよっか。あ、パンまだ買えるかな」
冬が過ぎて春にになってきて、微妙に暖かくなってきているから却下されるかと思ったが戌井は乗り気になっている。
のりのりの戌井と、どうにも体が重たい僕は一緒に、いつもの商店街に行き材料を次から次に買っていく。
もう僕も戌井も慣れきってしまって偽梨や凄まじい色の魚や果物を見たとしても驚くことはなくなっていた。
パンも材料も無事に買えた僕たちは魔法学校に戻り、夕食の仕度をする。
シチューはすぐに出来た。
自分達以外いない食堂で、僕と戌井は向かい合って座ってクリームシチューを食べる。
「ん~、寒いときはやっぱり暖かいものだよね~。我ながら美味しい」
クリームシチューをすくって一口、食べる。
やっぱり、お母さんの料理に似ている気がする。
長い間食べていないから確信は持てないけど、物理的な暖かさじゃなくて心が暖かくなるような、家庭的な味っていうのかな……。
確か、昔は冬になると家族三人でお母さんの特製クリームシチューを良く食べていたんだったっけ。
「篠野部、うまい?」
「……うん」
僕が素直にうなずいたことが珍しいのか、予想していなかったのか、戌井は鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしてしまった。
つい、それをジト目で見てしまう。
「あ、ごめん。なんか篠野部がしおらしいもんだから……」
「はぁ、しおらしい……な」
十年近くも昔の事を思い出していて、感傷に浸っていたから“しおらしい”なんて感想を持たれてしまったんだろう。
「なんか買い物に行くときから様子が変だぞ?どうした?しんどい?」
「別に体調は悪くない」
「ならいいけど……」
寒気を誤魔化すように僕はクリームシチューを平らげた。
戌井は相変わらず僕と目を合わせようとはしない。
多分、僕のことは苦手か、嫌いなんだろう。
その癖して僕のことを気にかけているような言動を取るんだから、どうしたいのか全くわからない。
愛されて育っただろう戌井は、的にでもならない限り人を邪険に扱うことはしたくないんだろうな。
愛されて……愛……。
「戌井」
「ん、なに?」
浮わついた思考が、普段は考えないようなことを僕に考えさせて、しかも口を軽くした。
「愛って、なんだと思う?」
口にだした瞬間、しまったと思った。
水を拭いた皿がカチャリと音を立てた。
「え……。哲学?」
案の定、隣で洗い物をしていた戌井は困惑している。
僕はなんだこんなことを言ってしまったんだろうか。
昔の事を思い出したからなのか?
「はぁ……。いや、きにしないでくれ。頭を使ったせいなのか、なんか変だ」
「いや普通に気になるんだけど……」
まあ、誤魔化せないよな……。
「う~ん……」
「律儀に考えなくても良いぞ。寝言を聞いたとでも思え」
「え~。篠野部が、そんな顔して普段は絶対言わないようなこと言ってるの凄い気になるんだけど……」
「“そんな顔”?」
「迷子みたいな?多分。そこまで表情変わってないから、見間違いかもしれないけど……」
迷子……。
「君、単純にからかいたいだけなんじゃないのかい?」
「あ、バレた?」
「はぁ、君って奴は……」
にははと笑う戌井に呆れからくるため息をこぼす。
「それで、さっきのやつの私の答えなんだけどさ」
「さっき?」
「愛って何って話し」
「……」
気にしなくても良いと言ったのに……。
「大事に思うこと、かな?」
「答えって言う割には疑問系だな」
「いや~、考えたけど、こういうのに“正解”ってないきがしてさ」
まあ、こういう手合いの話しは人それぞれ答えが違うのが世の常か。
「大切にって、具体的にどういう意味だ?」
「ん~……。守るとか、その人のために怒れるとか?あとは情があるかどうか」
「曖昧だな。愛してなくても出来そうなことだ」
人間は保身のためなら、それくらい出来そうだ。
そう思う僕はひねくれてるんだろう。
「そう?守ることも、怒ることも情がないと難しいと思うけど……。じゃあ、篠野部は全く知らない人がやっちゃダメなことやったら、どうするの?」
「ことと次第によっては通報、そこまでのものじゃないなら放置」
「巻き込まれるのめんどくさいだけでしょ……」
「ふん」
「肯定してるようなもんじゃん……」
「じゃあ、反対に私だったら?」
「……」
驚きから、言葉が出てこなかった。
戌井の奴、僕が自分のことをどう思っているのか知らないのか。いや、知らない上に能天気だから、こんなリスキーなこと言えるんだろうな。
「うぬぼれでなければ、放置はされない気がするな~?」
「……」
「ローレスを追いかけようとしたときだって止めてたじゃん。私もローレスも篠野部と全く絡んでなかったら放置してたでしょ?」
……なにも言えない。
「用はアレだよ。“相手のため”って行動、怒るのも守るのも、そうじゃん?それって、“大切”に思ってるから、“情”があるからすることだと思うんだよね」
「……」
大切……。
「親でも恋人でも友人でも、そこら辺関係ない気がするよ。親子愛、恋愛、友愛、家族の情、恋慕の情、友情。どれも根本は同じだと思うんだよねえ。“情”があったり、“大切”だと思うってことは種類は違えど愛に繋がると思う、よ?」
根本は同じ、か。
大事に思う……。
唯一の家族と言って良いお母さんはもちろん大切だ。
レイスやファーレンテイン達は……わからない、けどいなくなるのは嫌だ。
戌井は……羨ましい、けど……戌井もいなくなるのは嫌だ。
「いなくなるのが嫌だと思っているのは、大切に思っているからなのか?」
「多分?私、心理学とかやってないから、他人の心まではわからないし、はっきりとはいえ無いけど……」
なら、戌井達のことも大事に思っている?
……。
否定できない、なら、そう言うことなんだろう。
「でも、色々混じっている気がする……」
「まあ、シンプル愛だけで人間動けたら“痴情の縺れ”なんて言葉は存在しないだろうね……。色々と感情が混ざるの変な話じゃないでしょ。私だって、未だにカリヤ先輩やロンテ先輩に思うところはあるけど、普通に友人と言うか、先輩後輩してるし」
確かに、あの二人に向けている感情は複雑なところがあるが、関係が悪いと言うことはない。
嫉妬や怒りが入り乱れていてもおかしくはないのか。
愛憎って言葉があるほどだもんな。
「う~ん、うまく言語化できたような出来てないような……。話し半分で聞いといてね?」
「あぁ……」
ここでふと考える。
戌井に“無償の愛”は、と聞いてみたらどんな言葉が帰ってくるんだろう、と。
「……なら、無償の愛はなんだと思う?」
「子供が親に与えるもの」
「親じゃなくて?」
「うん」
さっきまでの必死に言語化しようとするが故の曖昧さは、どこに消えたのか、真剣な顔で言いきった。
「なんで?」
無償の愛は、親が子供に与えるものじゃないのか?
違うなら、違うなら、僕は……。
「篠野部!」
視界が霞んで思考が沼に沈んでいきかけたとき、戌井の大きい声がいやに頭に響いた。
「篠野部、大丈夫?何回呼んでも反応しなかったんだけど……」
「なんだ、いきなり。大丈夫だ」
「顔、赤いよ」
「は?」
景色を反射する泡の浮かぶ水面には、顔を真っ赤にして汗をかいている僕が写っていた。
手に持っていた皿をおいて、頬に手をやれば顔が異様に熱いことに気がついた。
ぐらりと体が傾いて、咄嗟にシンクに手をつきしゃがみこんだ。
戌井の慌てた声が聞こえるが、増した喉の痛みが喋るのを億劫にさせる。
「触るよ」
泡を落としているが、まだ水気のある戌井の手が僕の額に触れた。
熱に気がついた時から体がだるいし、戌井の手の冷たさが心地よくて手を払う気にはなれなかった。
「やっぱり熱い……。あとは私がやるから……いや、寮まで送ってく」
「いや、いい……。これくらい……」
「ふらついてしゃがみこんだくせに何いってんの。これで一人で送り出して途中での道で倒れなんかしたら悪化まっしぐらじゃん。私の良心が痛むんですけど」
戌井の言葉を無視して立つ上がろうとしても体に力だ入らなくて、たたらを踏む。
「おぉ!?マジでダメじゃん。えぇっと……せ、先生?先生いるっけ?先生がダメならレーピオかナーズビア呼ばないと……」
あたふたしている戌井を働かない頭で見つめる。
「うらやましい」
「え?」
あぁ、だるさから目蓋が落ちていく……。
「篠野部!?寝ないで!?私篠野部のこと運べないから!先生呼んでくるから意識飛ばさないでよ!」
「うるさい……」
慌てて走り去っていく戌井を見送って、目をつぶった。
残り一ヶ月もしないで三学期が終わる。
まだ冬の風が残っていて、いくらか寒いし寒さのせいで体が震える。
祝日の今日、僕は戌井ともに図書館で情報収集に勤しんでいた。
だけど、微妙に集中できなくて目の疲れもあって頭が痛くなってくる。
「ん~……。はぁ、もう日が暮れてきたね。てか、もうそろそろ閉館時間じゃない?」
戌井が伸びをして、窓から空を見上げて言った。
確かに、もう日が暮れてきて空が濃い青に変わってきていて、時計を見れば残り数十分で閉館時間になってしまう。
「いい加減帰ろっか」
「あぁ」
広げていたものを片付けて、図書館をあとにする。
今日は珍しく、朝から今まで戌井と一緒だった。
いつもならレイスやファーレンテイン、その他が顔を見せるのに、今日は見なかった。
バイスの町にいる頃には良くある光景だったが、メルリス魔法学校に来てからは誰かしらがいることが多くて、戌井と二人きりは少なくなって気がする。
「今日の晩御飯どうしよっかな~。ローレス達はみんな用事あるらしいから私と篠野部だけになっちゃうよね。私は特に何も思い浮かばないし、篠野部は何が良い?」
「どうせ食堂に何かあるだろ」
「今日祝日だから食堂の人いないよ?」
「……あ、そういえばそうだった」
いつも通り図書館で調べものをしていたからすっかり忘れてしまっていたが、今日は食堂がしまっているんだった。
「なに食べたい?外食でも良いし、作っても良いよ」
「え……」
何が食べたい……。
いきなり言われても咄嗟に何も思い付かない。
「ていうか、篠野部は何が好きなの?」
僕の好きなもの……。
そう考えて頭をよぎったのは小さい頃に母親が作ってくれたクリームシチューだった。
「クリームシチュー……」
頭のなかに浮かんだときには、口からポロリと転がり出ていた。
「いいよ。じゃあ、クリームシチューにしよっか。あ、パンまだ買えるかな」
冬が過ぎて春にになってきて、微妙に暖かくなってきているから却下されるかと思ったが戌井は乗り気になっている。
のりのりの戌井と、どうにも体が重たい僕は一緒に、いつもの商店街に行き材料を次から次に買っていく。
もう僕も戌井も慣れきってしまって偽梨や凄まじい色の魚や果物を見たとしても驚くことはなくなっていた。
パンも材料も無事に買えた僕たちは魔法学校に戻り、夕食の仕度をする。
シチューはすぐに出来た。
自分達以外いない食堂で、僕と戌井は向かい合って座ってクリームシチューを食べる。
「ん~、寒いときはやっぱり暖かいものだよね~。我ながら美味しい」
クリームシチューをすくって一口、食べる。
やっぱり、お母さんの料理に似ている気がする。
長い間食べていないから確信は持てないけど、物理的な暖かさじゃなくて心が暖かくなるような、家庭的な味っていうのかな……。
確か、昔は冬になると家族三人でお母さんの特製クリームシチューを良く食べていたんだったっけ。
「篠野部、うまい?」
「……うん」
僕が素直にうなずいたことが珍しいのか、予想していなかったのか、戌井は鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしてしまった。
つい、それをジト目で見てしまう。
「あ、ごめん。なんか篠野部がしおらしいもんだから……」
「はぁ、しおらしい……な」
十年近くも昔の事を思い出していて、感傷に浸っていたから“しおらしい”なんて感想を持たれてしまったんだろう。
「なんか買い物に行くときから様子が変だぞ?どうした?しんどい?」
「別に体調は悪くない」
「ならいいけど……」
寒気を誤魔化すように僕はクリームシチューを平らげた。
戌井は相変わらず僕と目を合わせようとはしない。
多分、僕のことは苦手か、嫌いなんだろう。
その癖して僕のことを気にかけているような言動を取るんだから、どうしたいのか全くわからない。
愛されて育っただろう戌井は、的にでもならない限り人を邪険に扱うことはしたくないんだろうな。
愛されて……愛……。
「戌井」
「ん、なに?」
浮わついた思考が、普段は考えないようなことを僕に考えさせて、しかも口を軽くした。
「愛って、なんだと思う?」
口にだした瞬間、しまったと思った。
水を拭いた皿がカチャリと音を立てた。
「え……。哲学?」
案の定、隣で洗い物をしていた戌井は困惑している。
僕はなんだこんなことを言ってしまったんだろうか。
昔の事を思い出したからなのか?
「はぁ……。いや、きにしないでくれ。頭を使ったせいなのか、なんか変だ」
「いや普通に気になるんだけど……」
まあ、誤魔化せないよな……。
「う~ん……」
「律儀に考えなくても良いぞ。寝言を聞いたとでも思え」
「え~。篠野部が、そんな顔して普段は絶対言わないようなこと言ってるの凄い気になるんだけど……」
「“そんな顔”?」
「迷子みたいな?多分。そこまで表情変わってないから、見間違いかもしれないけど……」
迷子……。
「君、単純にからかいたいだけなんじゃないのかい?」
「あ、バレた?」
「はぁ、君って奴は……」
にははと笑う戌井に呆れからくるため息をこぼす。
「それで、さっきのやつの私の答えなんだけどさ」
「さっき?」
「愛って何って話し」
「……」
気にしなくても良いと言ったのに……。
「大事に思うこと、かな?」
「答えって言う割には疑問系だな」
「いや~、考えたけど、こういうのに“正解”ってないきがしてさ」
まあ、こういう手合いの話しは人それぞれ答えが違うのが世の常か。
「大切にって、具体的にどういう意味だ?」
「ん~……。守るとか、その人のために怒れるとか?あとは情があるかどうか」
「曖昧だな。愛してなくても出来そうなことだ」
人間は保身のためなら、それくらい出来そうだ。
そう思う僕はひねくれてるんだろう。
「そう?守ることも、怒ることも情がないと難しいと思うけど……。じゃあ、篠野部は全く知らない人がやっちゃダメなことやったら、どうするの?」
「ことと次第によっては通報、そこまでのものじゃないなら放置」
「巻き込まれるのめんどくさいだけでしょ……」
「ふん」
「肯定してるようなもんじゃん……」
「じゃあ、反対に私だったら?」
「……」
驚きから、言葉が出てこなかった。
戌井の奴、僕が自分のことをどう思っているのか知らないのか。いや、知らない上に能天気だから、こんなリスキーなこと言えるんだろうな。
「うぬぼれでなければ、放置はされない気がするな~?」
「……」
「ローレスを追いかけようとしたときだって止めてたじゃん。私もローレスも篠野部と全く絡んでなかったら放置してたでしょ?」
……なにも言えない。
「用はアレだよ。“相手のため”って行動、怒るのも守るのも、そうじゃん?それって、“大切”に思ってるから、“情”があるからすることだと思うんだよね」
「……」
大切……。
「親でも恋人でも友人でも、そこら辺関係ない気がするよ。親子愛、恋愛、友愛、家族の情、恋慕の情、友情。どれも根本は同じだと思うんだよねえ。“情”があったり、“大切”だと思うってことは種類は違えど愛に繋がると思う、よ?」
根本は同じ、か。
大事に思う……。
唯一の家族と言って良いお母さんはもちろん大切だ。
レイスやファーレンテイン達は……わからない、けどいなくなるのは嫌だ。
戌井は……羨ましい、けど……戌井もいなくなるのは嫌だ。
「いなくなるのが嫌だと思っているのは、大切に思っているからなのか?」
「多分?私、心理学とかやってないから、他人の心まではわからないし、はっきりとはいえ無いけど……」
なら、戌井達のことも大事に思っている?
……。
否定できない、なら、そう言うことなんだろう。
「でも、色々混じっている気がする……」
「まあ、シンプル愛だけで人間動けたら“痴情の縺れ”なんて言葉は存在しないだろうね……。色々と感情が混ざるの変な話じゃないでしょ。私だって、未だにカリヤ先輩やロンテ先輩に思うところはあるけど、普通に友人と言うか、先輩後輩してるし」
確かに、あの二人に向けている感情は複雑なところがあるが、関係が悪いと言うことはない。
嫉妬や怒りが入り乱れていてもおかしくはないのか。
愛憎って言葉があるほどだもんな。
「う~ん、うまく言語化できたような出来てないような……。話し半分で聞いといてね?」
「あぁ……」
ここでふと考える。
戌井に“無償の愛”は、と聞いてみたらどんな言葉が帰ってくるんだろう、と。
「……なら、無償の愛はなんだと思う?」
「子供が親に与えるもの」
「親じゃなくて?」
「うん」
さっきまでの必死に言語化しようとするが故の曖昧さは、どこに消えたのか、真剣な顔で言いきった。
「なんで?」
無償の愛は、親が子供に与えるものじゃないのか?
違うなら、違うなら、僕は……。
「篠野部!」
視界が霞んで思考が沼に沈んでいきかけたとき、戌井の大きい声がいやに頭に響いた。
「篠野部、大丈夫?何回呼んでも反応しなかったんだけど……」
「なんだ、いきなり。大丈夫だ」
「顔、赤いよ」
「は?」
景色を反射する泡の浮かぶ水面には、顔を真っ赤にして汗をかいている僕が写っていた。
手に持っていた皿をおいて、頬に手をやれば顔が異様に熱いことに気がついた。
ぐらりと体が傾いて、咄嗟にシンクに手をつきしゃがみこんだ。
戌井の慌てた声が聞こえるが、増した喉の痛みが喋るのを億劫にさせる。
「触るよ」
泡を落としているが、まだ水気のある戌井の手が僕の額に触れた。
熱に気がついた時から体がだるいし、戌井の手の冷たさが心地よくて手を払う気にはなれなかった。
「やっぱり熱い……。あとは私がやるから……いや、寮まで送ってく」
「いや、いい……。これくらい……」
「ふらついてしゃがみこんだくせに何いってんの。これで一人で送り出して途中での道で倒れなんかしたら悪化まっしぐらじゃん。私の良心が痛むんですけど」
戌井の言葉を無視して立つ上がろうとしても体に力だ入らなくて、たたらを踏む。
「おぉ!?マジでダメじゃん。えぇっと……せ、先生?先生いるっけ?先生がダメならレーピオかナーズビア呼ばないと……」
あたふたしている戌井を働かない頭で見つめる。
「うらやましい」
「え?」
あぁ、だるさから目蓋が落ちていく……。
「篠野部!?寝ないで!?私篠野部のこと運べないから!先生呼んでくるから意識飛ばさないでよ!」
「うるさい……」
慌てて走り去っていく戌井を見送って、目をつぶった。
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