苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

文字の大きさ
153 / 234
子は鎹

151 窓からこんにちわ

しおりを挟む
あの後、戌井が先生を呼んできて僕は保健室に連れていかれた。

 医者には重めの風邪と知恵熱だと診断され、数日の安静を余儀なくされた。

 四十度の熱が出て、咳や鼻水が出るし、頭や間接が痛む。

 熱があることを自覚したら、次から次へと症状が出てきたんだからたまったものじゃない。

 しかも、そのせいで普段は考えないようなことを考えたり、普段は言わないことを言ってしまった。

 愛だなんだと色々と喋って……。

 思い出したくないな……。

「ゲホッ、ゲホッ……」

 あぁ、喉が痛い……。

 どこか他人事に思いつつ、見慣れない上段ベッドの裏側を眺めつつける。

 戌井の前で動けなくなった翌日、医者から帰った後、僕は気絶するように眠ってしまったから、あれから何がどうしたか知らない。

 それにしたって、季節の変わり目とはいえど寝込むほどの風邪をひくなんていつぶりなんだろうか。

 最後は確か小学生のころだった覚えがある。

「はぁ……」

 布団を被っているのに寒い。

 一度、熱は収まったはずなのに、また熱がぶり返しているのだろうか。

 治癒魔法は病気にも効くが、今回は僕の“治癒魔法が効きにくい”体質が災いして薬を処方してもらうだけにとどまってしまった。

 この前のように無理にでも治してしまえばいいと思ったのだが、それも出来ない。

 怪我の時は乗り物酔いの時のようになっていたが、病気の場合には下手すると悪化してしまう可能性もあるので治癒魔法を強くかけられなかったのだ。

 だから、外が騒がしく皆が授業を受けている今もベッドに寝っ転がっているのだ。

 寝て時間を潰そうと思っても昨日の夕食後から少し前まで寝ていたから、眠るに眠れない状態だ。

 暇潰しに本を読もうと思って取り出したら、知恵熱でもあるんだから本を読まずに頭を休ませなさいと言われて取り上げられてしまった。

 不服であるが、当然といえば当然のことなので文句は言えない。

 二段目のベッドの裏を見続けて数時間、時計を見る限り今は昼食時だろう。

 ほどなくして保険医が昼食を持ってきたが、この状態でパンとスープを食べられる気になれなかったので断ってしまった。

 本来なら食べた方がいいんだろうけど、果物と昼の分の薬だけもらって、またベッドに寝転がる。

 保険医だっていつまでも僕に構っている暇はないんだろう、果物を一口二口食べたのを確認して部屋を出ていった。

 また室内が静かになって、一人になった。

「……」

 別に、小さい子供のようなことを言うつもりはないが風邪を引くと一肌が恋しくなると言うのは今の状態を言うんだろうか。

 柄にもなく寂しいと思ってしまっている。

 こんなことを思うのも、小学生以来か。

「……」

 眠れもしないからボーッと天井を眺めながら時間が過ぎ去るのを待つ。

 すると窓の外から音が鳴った。

 風でも吹いたのかと思ったが、音がノックをするようなものだったので気になって窓の方を見る。

「開けて~」

 そこには窓の縁に足をかけて、自己魔法の糸で体を支えている戌井がいた。

「は!?」

 な、なんで戌井がここにいるんだ!?

 熱のせいで幻覚でも見たのかと思って目を擦ってみても、窓の向こう側に戌井がいるのは変わらない。

 慌てて窓の鍵をはずして窓を開け、戌井を中に招き入れる。

「と、とりあえず中にはいれ」

「おじゃましま~す」

 戌井の身体能力ならば、三階の窓に上がってくることも可能なのかもしれないが、いくらなんでも予想外が過ぎるだろう……。

「はぁ、一体なんのようだ?」

 ベッドの上に座り、戌井の行動を見る。

 戌井の片手にはお盆を持っており、その上にはスプーンと少し深めのシチューを入れるのに使いそうな皿が乗っかっていた。

 皿の上には蓋の変わりにしているのか、鍋用の蓋が乗っていた。

「篠野部が果物しか食べてないって聞いてさ、おじやだったら食べるかなと思ってさ。いる?」

 差し出されたのは皿には戌井の言う通り、おじやが入っていた。

 湯気が立っていることを考えると作ってからそれほど時間が立っていないようだ。

「……何で?」

「ちゃんと食べないと治るものも治らなくなるよ。それに、こういう時ってスープとかよりもお粥やおじやを食べたくなるのか日本人じゃない?私だけ?」

 ぐぅ……__

 戌井の言葉に返事をするように、情けない音が僕の腹部から聞こえてきた。

「ふふ、私だけじゃないみたいだね」

「……うるさい」

「まあ、まあ。果物だけよりもましでしょ?食べな」

 おじやが入った皿が差し出され、それを受けとる。

 おじやは暖かくて、卵が入っていて、出しでも使っているのか和風の優しい味をしていた。

「……これ、僕が食べなかったらどうするつもりだったんだ?」

「ん?そうしたら私が食べるだけだよ?おじや好きだし」

 余ったら自分の昼食にするつもりだったのか。

「味はどう?美味しい?」

「悪くない……ケホッ」

「素直にうなずいてくれた昨日とは大違いだね」

「うるさい、昨日がおかしかったんだ」

 本当に……。

 余計なことを考えて、勝手に思考の沼に落ちかけて、僕らしくもないことを戌井に聞いたりして、考えたことがそのまま口から出ていっていたような感じで。

 多分、あのときが一番熱が上がっていたんだろう。

 だから思考がおかしくなって、あの有り様。

 見られたのが戌井だけなのが幸いと思うべきなのか、戌井に見られてしまったのを最悪だと思うべきなのか、わからない。

「はぁ……」

「ため息はいて落ち込むほどなの……?」

「そうだ。ケホッ……あのときの僕は頭がおかしかった」

「熱があるとあんなもんじゃない?」

「普段熱が出たことがないからわからない」

「健康優良児かな?」

「ケホッ、ケホッ……。今がこれだし、健康優良児でもないだろう」

 肩凝りからくる頭痛なんてしょっちゅうあるしな。

「なんか、篠野部って体調不良隠してそうだよね」

「はぁ……」

 戌井は心が読めたりするんだろうか……。

 雑談もほどほどにしつつ、僕はおじやを食べきると薬を飲んでベッドに寝転んだ。

「寝る」

「ん、おやすみ~」

 そう言いつつも戌井は立ち上がるどころか、作成途中の編み物を取り出して作業を進めていっている。

 特になにかうるさいと言うわけでもないが、何でここに居続けるんだろうと言う疑問が浮かんできた。

「帰らないのか?」

「帰った方がいい?」

「別に……ケホッ」

「じゃあ、もう少しいる」

「あっそ」

 戌井は本当にそこにいるだけだった。

 無意識だろう鼻歌を歌いつつ、編み物を進めているだけだった。

 鼻歌も特に気にならなかったし、何をするでもなく目を閉じていると、いつのまにか眠っていた。



 鍋で食材を煮込む音と、食材を切る音が聞こえる。

「おかあさん、ごはんなあに?」

 幼児といても良いくらい小さな僕が台所にいる、まだ元気だった頃の母に近づいてく。

「あら、カルタ。今日はクリームシチューよ」

「クリームシチュー!やった=!」

 好物が出て子供らしく喜ぶ僕を微笑ましげに見つめる母。

 玄関から音がしたら、火を止めて二人して玄関に向かっていく。

「おとうさん、おかえりなさい」

「あなた、おかり」

「あぁ、ただいま」

 ありふれた、幸せな家庭の光景。

 次から次に流れていく幸せな光景に、嫌気がさした。

 一瞬暗転したかと思えば、状況は大きく変わっていた。

 泣き崩れる母に、それを冷めた目で見つめてどこかに行く父。

 逆行が眩しくて人物までは特定できないが、外には誰かが立っている。

 二人を少しはなれたところで、見ている幼い僕。

 冷や汗が流れる。

 喉が真綿で閉められるような感覚に陥る。

 視界がぶれる。

 あぁ、これは思い出したくすらない悪夢だ。

 それを理解したと同時に、僕は飛び起きた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

処理中です...