苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬

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子は鎹

152 夢の中の他人

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ひどい夢を見て飛び起きたはずだった僕の視界に入ったのは真っ白な四角が永遠と続く空間だった。

 寮の一室にいたはずなのに、目が覚めたはずなのに、不自然な空間にいる事態に困惑するしかなかった。

 しかも、何がおかしいって体のだるさや節々の痛み、寒気がないことだ。

 今の状態は平時のそれであり、この空間のこともあって到底現実だとは思えない状態だった。

 立ち上がって、周囲を見渡せば異様に目立つものがあった。

 真っ白でどこまでも続きそうな空間に全身真っ黒な人形の何かがポツンと立っていた。

「……はは」

 マネキンか何かかと思ったが喋ったから少なからず生きているのが確定した。

 声からして女性だろうか、泣きそうな笑顔で僕のことを見ていた。

 色がないとでも言おうか、隠されていない右目と右の揉み上げ部分の三つ編みにくくりつけられたリボンの二つだけは色が残っている。

 左目は長い前髪に隠れていて見えないし、左腕の不自然にへこんで袖がくくられているところから見るに左腕は無いんだろう。

 紙は短い方で、白黒なせいでわかりにくいが……声からして少し年上の女性、と言ったところだろうか。

 こんな人物は見たことがないが、無意識の産物なんだろうか。

 それとも夢に関する魔物……はないか。

 仮に誰にも気づかれずに魔法学校に入って僕に干渉してくるような魔物なら、僕が太刀打ちできるわけもない。

「……あ~」

 何を言おうかと迷っているのか、口を開いては閉じてを繰り返している。

「誰だ?もしかして、あのろくでもない夢を見せたのはアンタ?」

「え?なんの話?」

 ……違う、のか?

 不機嫌な僕を他所に、さっきまでの迷っていた様子はどこへやら、その表情には綺麗な笑顔が張り付いていた。

「私はカライト、君を助ける者だよ」

 から、いと?

 僕の知り合いに、その名字の人がいたけど死んでいたはず……。

 というか僕を助ける者っていったいどういう意味なんだ。

 風邪のせいで見ている夢なのか?風邪だからこんな変な夢を見ているのか?

「風邪のせいで見ている夢だと思っているでしょ。違うよ、これは魔法の産物だよ。夢から夢に移動したって言うか……。まあ、そんな感じ」

 人の夢に張り込む魔法があったから、それの応用ってところだろうか。

 それはそれで、何で魔法学校側の警備をすり抜けてカライトが僕にその魔法をかけれているんだって疑問が浮かんでくるんだが……。

「……目的は?」

「篠野部カルタくん、君が死なないことだ」

「は?」

「君は遠くない未来、戌井永華が原因で死の未来を辿ることになる」

 まだ、うさんくさい道端の占い師の方が信用できそうだ。

「正確な原因は戌井永華じゃないかもしれないけど、私からすれば、あの女の愚行のせいだし、君を殺したのは事実だから、そう言わせてもらうよ」

「ずいぶんなことを言うな」

「恨んでるからね。ずっと、ずうっと」

 カライトの表情がニコニコと張り付けた笑顔だったのが、嫌悪や増悪の色をにじませた忌々しいものを語るような表情に変わっていた。

 その表情から、戌井がカライトに相当なことをしたのがうかがえる。

「戌井が僕を殺した?バカは休み休み言え。僕は生きてる」

 戌井はそんなことをするような達の人間ではないだろう。

 敵対したものにたいしては攻撃性が上がるかもしれないが、殺しに行こうとすることなんて今まで一度たりとも見ていていない。

 それどころか、僕が戌井に殺される理由がない。

 確かに戌井は僕のことを苦手に思っているだろうが、それが理由になるとは思えないし、僕は戌井に恨まれる予定も希望もない。

 仮に僕が戌井に恨まれるようなことをしようとしたとして、よほどのことでなければ周囲の人間が止めるだろう。

 というか、僕たちの目的が達成できるまでは殺意を持たれていたとしても手を出されないように思う。

「君のことじゃないよ。私がいたところの“カルタ”の話だよ」

 黒いのは表情をころっと笑顔に変えた。

「は?ますます言っている意味がわからないな」

「あ~……説明すると色々と今の君が知らないで良いこと話しそうだからやめとくね」

 知らなくていいことってなんだよ……。

 というか、ますます信用できないな。

 このカライトとか名乗る、黒いの。

「意味不明な話の説明もない、あからさまに怪しい黒ずくめの言うことを簡単に信用するとでも思っているのか?」

「思わないね。この時期の君は結構疑り深いし、初対面で“あからさまに怪しい”と思っている私の言葉なんて、さっきの君の言葉の通り微塵も信じる気にはならないだろうね」

「じゃあ、どうする?」

 諦めて僕の夢から消えてくれたら良いんだけど……。

「じゃあ、一つ、未来のことを当てて上げよう。そうすれば私のことを無視はできないでしょ?」

「当てればな」

 当たらなければ信用しないし、こいつの__カライトの言うこと場は気にしなくても良い判断できるだろうさ。

 この夢が覚めてすぐに先生達に相談して、夢の中に現れないように対策をうってもいいかもしれないな。

「そうだなあ。誰が良い?」

「は?」

「誰に関する内容が良い?」

 あぁ、そう言う意味……。

 誰するのが良いか……。

 信用する気は微塵もないが、手近な者の方がいいだろうな。

 だって、すぐにカライトが嘘を言っていることを証明できるんだからな。

 僕の回りにいる、わかりやすい結果をもたらしそうな人物……。

「戌井、戌井だ」

「は?アイツ?」

 あからさまに嫌そうな顔をして、本当に戌井のことが嫌いなんだな。

 なんか、戌井は好かれている印象が強いからカライトの反応と言い、三人組と別れるときの皇さんの反応と言い、新鮮だな。

「正当がわかるんなら手近な者の方が楽だろ。手近で言えば魔法学校の人間だが、その中でもわかりやすいのは戌井だ。セット扱いされてる節がある、何かあれば知らされるだろう」

「あ~……。うん、まあ……わかりやすいのは、そうなるね」

 どこまでこちらの事情を知っているのかはわからないが、納得している様子を見ると学内のことについては把握しているのかもしれない。

「…………はぁ、信用第一か」

 長い葛藤の末に、仕方ないと納得したらしい。

「一番近場に起きることで言い?」

「それでいい」

 あんまり遠い未来のことを教えられても、先延ばしになって話が進まないだけだからな。

「戌井永華は近々、薄情なことに君のことを忘れてしまう」

 僕は、その言葉に意味が理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。

「なんて、言った?」

「戌井永華は、君を、忘れる」

 戌井が僕のことを忘れる?

 ゾクリと嫌なものが背を撫で付けた。

 嫌なことを思い出す。

 僕はまた、忘れられてしまうのか?また?

 夢の中だと言うのに、冷や汗が流れてくる。

 体が端から冷えて、手が震える。

 いや、いやいや。

 戌井が僕を忘れる?

 二年近くも共に行動している相手のことを忘れるなんてこと無いだろう?

 戌井がそんなことをするとは思えないし、そうなる理由も全くもってわからない。

「信じられないって?まぁ、そう思うことも仕方がないさ。でも、事実だよ。近い将来、戌井永華は君のことを、篠野部カルタのことを忘れる」

 混乱する思考を押さえ込み、震える手を無視して、口を開く。

「……質の悪い、予言だな」

「そう思われるのもおかしくはないね。でも本当、夏休みの最初のころに忘れる。その後大事が起きるんだけど……まぁ、その時になったら話すよ。まずは、戌井永華が君を忘れるかどうか、そこからだね」

「待て、戌井が何で僕を忘れる?」

「君からしたらトラウマを刺激するようなものだろうね。だから、私の言ってることは真実なら阻止したいんだろうね。まあ、教えないけど」

「なんで……僕を助けるものなんだろう?なら教えてくれたって良いじゃないか!」

「戌井永華のせいで君が死ぬ、それを変えるためには私はここにいる。だから君が死ぬような未来は避けるけど、戌井永華との間に溝が出きるのは大歓迎だから教えない」

 混乱していたから頭から抜けていたが、カライトは戌井のことを相当恨んでいるだった。

「っ……!身勝手だな」

「好きに言ってくれて良いよ。事実だし」

 どうにかして情報を聞き出さないと……。

「僕と戌井を含めた六人が狙われているが、それが関係しているのか?」

「さあ?」

「外的要因?」

「知らない」

「……僕は、戌井が僕を忘れた先で死ぬのか?」

「いや、もっと先だよ。年単位で先」

 戌井が僕のことを忘れた理由は言わないが、僕が死んだことに関しては喋ってくれるのか……。

「おっと、そろそろ私はお暇しようかな。これ以上は余計なこと喋っちゃうかもしれないし」

「待て!」

 カライトの言葉と共に視界が薄れていく。

「じゃあ、頑張ってね」

 次第に境界線すら見えなくなって、視界は暗転してしまった。



 暗転した次の瞬間、見慣れない天井__いや、上段ベッドの裏側が見えた。

 寒気はましになっているが、体のだるさと間接の痛みがある。

 起きたのか……。

「……」

 夢の中の存在、カライト。

 あれが言っていたとが本当だとしたら、戌井はなんで僕のことを忘れるんだろうか。

 眠る前まで戌井が座っていた方を見ても戌井の姿は見当たらない。

 体を起こしてみれば、机の上には置き手紙と冷却の魔方陣の敷物の上に置かれた果物を乗せた皿があった。

 置き手紙には、そろそろ授業が始まるから出ていくこと、寮の人にばれそうになったら適当にごまかしておいてほしいこと、果物は冷えていた方がうまいだろうから冷やしておくことが書かれていた。

「……そっか、授業か」

 手紙を置いて、果物が乗っている皿をとる。

「……冷たい」

 果物はよく冷えていた。
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