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狼と魔女
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しおりを挟むテオが自分を助け出した背後にそんな事情があったとは知らなかった。
思わずほお、と感嘆のため息を吐く。自分は利用価値があるから助けられたのか、とか、頼られても何もできない、とか、いろいろ頭に浮かぶには浮かんだが、卑屈に落ち込む気分ではなかった。むしろ、ぴったりとつながったテオの行動の背景と、ようやく与えられた情報に、物語のたねあかしをされたときのような興奮を覚える。
「まあ、そういうわけだからつきあってもらうぜ白髪の魔女殿」
話を区切るように頭を振って、うってかわった強いまなざしで少年はシュネーを見据えた。
反射で背筋を伸ばす。視界の端でさらりと自分の白色が揺れた。
「覚えてないようだが、あんたはまず間違いなく先日のルイーネ焼き討ちの残党だろう。……きっと何かの役に立つ。一緒にシェーンヴァルツまで来てもらうからな」
何かの役に立つとは言い方が悪いが、彼も必死なのだろう。
人ひとり拐かしてでも己の仲間を守りたいのだ。
例えばそう、シュネーを守ったあの骨の魔女のように。―――対して自分はどうだろう?
「ご存知の通り、私は花紋の扱い方もわからず、あなたの言う正体のわからないものとも全くもって親しくない。正直あまり助けにはなれないと思うけれど」
「それでも一緒に来てもらう。抵抗するなら手足を縛ってでも連れていく」
物騒ねとぼやいてシュネーは肩をすくめた。
「まさか。抵抗なんてしないわよ。むしろよろしくお願いするわ」
片眉を上げる青灰の瞳の少年に向き合い、さっきのはただの保険よと言い添えた。
すっかり土っぽくなってしまった裾を払って立ち上がる。
すらりとした立ち姿はどこか風格すら感じさせた。
「危ういところを助けてもらった恩もある。それにあなた言ったでしょう、
『二つに一つ。旅をして助かるか、それともここで火あぶりか』
あのとき私は助けてと言った。だから、あなたについていくことに異論はない」
それに私にはあなたのように守るものがあるわけではないと付け足した。守るべきものもなければ、ましてや帰る場所さえわからない。そもそも彼の提案を蹴ったところで自分は見知らぬ土地で途方に暮れることになるだけなのだ。
それなら、誰かの力になる道を選んだ方が断然いい。
すっと右手を回して少年につきつける。
「私のこの手をあなたに預ける。―――どうか導いて」
蒼灰の瞳が真ん丸に見開かれる。
シュネーはわざと傲然と顎を上げ、騎士の忠誠を求める女王のようにテオを睥睨した。
ぶわりと風が吹き抜ける。
黄金の日を透かして緑の枝葉が一斉に舞い踊る。
記憶を持たない少女と使命を負った少年を囲んで世界が一気に動き出す。
「―――上等だ」
やがて狼種の少年はにやりと口角を引き上げた。
右手を振りぬいて、ぱんと少女の手を握る。
その手に重みをかけずに跳ね起きて、今度は少年が少女を見下ろした。
「あんたの記憶が戻るまで。ひっぱってでも、ひきずってでも導いてやろう。
厄災を祓い、人間の侵略から仲間を守る。
あんたはこれからそのために旅をする。おれも、あんたを人間に売ることはしない」
「上々ね。好待遇に感謝するわ」
いちど互いの手を強く握りしめ、ぱっと離した。
お互いの目に宿る強い光を確信して、ここに魔女と狼の約定が成立。みえない約束の縁が二人を結び付ける。
少年は一歩後ろに下がると、ひらりと手を振った。
「契約成立、と。さっそくだがこれからのことを相談だ。ザフ村の連中の追手はここまで来ない。だが、まず間違いなく中央協会か近くの王立騎士団の屯所に連絡はいっているだろう。さて、狼と白髪の魔女の組み合わせは目立つことこの上ない。どうするべきだと思う?」
「―――宝石を隠すなら宝石の中。紙を隠すなら紙の中。ようはまぎれてしまえばいい話ではなくて?」
腕を組んだシュネーは即答する。森の澄んだ空気が思考を明らかにしてくれる。
テオはくるりと振り向いて「そのとおり」と人を食ったように笑って見せた。
「まあ正確には木を隠すなら森の中、だけどな。向かうは森を抜けた先の海洋交易と陸上交易の中継地点。おれたちなんて簡単にかすむほど妙な奴らが集まった、交易中継都市・ガザ」
ちゃんとついてこいよと皮肉っぽく笑い、テオは身をひるがえした。
―――シュネーも、そのあとに続こうとして、はたと気づいた。
「ねえ…テオ」
わずかながら声音の温度が下がるのが感じられた。
焦点を意図的にぼやかして半眼になる。すすす、と無意識のうちに両手を上げて、きちんと光が入らないように目を押さえた。
訝し気な彼の声を鼓膜にとらえた数拍のちに、シュネーは盛大に金切り声を上げた。
「どうしてあんた服着てないのよばかぁぁあ!!!」
「何っ!?」
慌てて周囲を確認した少年は、先ほど少女に渡した風呂敷包が地面に広げっぱなしだったことに気が付いた。
げ、と口の端をひきつらせて少年は呻いた。
「しまった、狼のときの感覚が抜けてなかったから全然気付かなかった……」
「いいから、さっさと着替えて頂戴!!」
深閑とした森が、ひと時の間だけ騒々しく沸き立った。
***
のち、このとき彼の手を取ったことを振り返って彼女は思う。
何の因果か運命か、奇妙なめぐりあわせというものは、確かに存在したのだと。
後回しにし続けてきたあの日のケリは、きっちりつけなければならないと、それこそ天を統べる神とやらが、遠回しに警告してきたかのような一日だった。
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