アムリタ

立花立花

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第一章 雪が融けるまで

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 世界には人間以外の種族が存在する。
 高い知能を持つ長命の森人。獣さながらの身体能力を持つ獣人。
 かつてはさらにさまざまな種族がいたとされているが、今はすでに血が絶えており歴史書に名が残っているだけだ。

 森人である薬師は各地を巡り、日銭を稼ぐために薬を作っては売っていた。
 薬を作れるだけの知能を持つ人間や獣人は数少なく、医学に携わっているのはほとんどが森人であった。しかし、この世界の大半を占めるのは人間だ。そのため生産が追い付かず、薬はとても貴重なもので、庶民にはとうてい買うことができないものとなっていた。
 貴族や一部の金持ちしか満足に薬を買うことができない。そんな状況を国のお偉方はなんとかしようと躍起になっているようだが、そう簡単に解決する問題ではなかった。
 ああすればこうすればと議論を重ねていくうちに時は過ぎ、下々の者たちは病にかかって死んでいく。それが今の現実だ。

 薬師はとある小さな町で冬を過ごしていた。
 この町、リトワイトに来たのは秋の終わり、色づいた木々から葉が落ちる頃だった。町はずれの丘から見える美しい夕日が気に入りしばらく滞在しているうちに冬となり、次の目的地も決まっていなかったので、リトワイトで次の春を待つことに決めた。

「今日もありがとうございます」

 やせ細った年配の女性がベッドに腰かけながら深々と頭を下げ、礼を言う。

「いいや、大したことじゃない。気にしないでくれ」
「大したことじゃないなんて、そんな。あなた様のおかげで今日もご飯が食べられるのです。7日前のつらさがまるで嘘のよう」

 女性は14日ほど前に体調を崩し、ろくに食事もとれないまま床に臥せっていたらしい。発熱、頭痛、咳。それらの症状に悩まされ、7日が過ぎた。まだ10を過ぎたばかりの子どもを残して逝くわけにはいかないと、苦しみながら水を飲み、ミルクに浸したパンを食べて凌いでいたらしい。そこへちょうど薬師が訪れたのだ。
 噂を聞いて女性の家を訪れ、薬を分け与えた。熱と痛みを止め、炎症を抑える薬だ。
 薬を飲んだ女性はみるみるうちに回復し、ベッドから起き上がれるようになった。7日間ろくに食べていなかったため体力こそ落ちていたが、日常生活は問題なく送れる程度に回復した。

「薬はあくまで苦しみを感じなくさせるもの。体を治すのはあなた自身の力だ」

 薬師はそう言い、今日の分の薬はもう渡したからと立ち上がる。見送ろうとして慌ててベッドから立ち上がろうとする女性を片手で制し、早々と家を後にした。
 静かに扉を閉め、一度、宿に戻ろうかと歩き始めようとした時。

「あの」

 弱々しい声に呼び止められた。
 声の出所を探すと、薬師の足元で少年が不安そうな顔をしえこちらを見ていた。

「なにか用か?」

 しゃがみこみ、少年の顔を覗き込む。年の頃は12、3歳くらいだろうか。

「あの……ええと……」

 少年は薬師の圧に怯えているらしく、目線をさ迷わせながらなかなか本題を切り出せない。薬師は子どもは苦手ではなかったが、どうにも扱いが下手であった。
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