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四章 遠州細川家の再興
灰吹法の功罪
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種子島の普及と共に高騰すると分かっていた火薬の原料である硝石。海禁政策 (海上貿易の制限)の影響により明との取引は密貿易が主体となっている。供給量が安易に増えない現状で需要がより増せば、そうなるのは当然とも言えた。しかも、歴史通りであれば、数年後には密貿易業者である倭寇への取り締まりも厳しくなる。これまで以上に硝石確保が困難となるのは間違いない。本格的な火器運用には逆風としか言えない環境である。
本格的に厳しくなるまでにはまだ数年の猶予はあると思うが、こうなる事を見据えて俺は早い段階から馬路村にて硝石の試験製造をさせていた。元々一〇年を目処に試作品ができれば良いと考えていたが、聞けばもう増産に入っているという。嬉しい誤算ではあるが、何故そんな大事な話が俺に回ってこなかったのか不思議でしかない。
「これまで国虎様から硝石の状況を聞かれませんでしたから」
一切の迷いもなくそう応える一羽は本日も平常運転であった。
「ちょっと待て。増産体制に入ったなら追加の補助金を出す予定だっただろう。その申請が無かったから俺はずっと硝石ができていないものだと思っていたぞ。馬路家は補助金の存在を知らないんじゃないのか?」
「いえ。そもそも馬路家から『追加の補助金はいらない』と連絡が入りましたので」
……もう、何が何やら。
聞けば硝石の試験製造自体はもっと早い段階で完了していたそうだ。だが、長く品質が安定しなかったらしい。そうした経緯があり、本格的な増産体制に入った現状でも仕上がりの品質に自信が持てないというのが、追加の補助金を申請しなかった理由となる。
「そこまで拘らなくて良いと思うけどな。品質が安定しない物でも焙烙玉に使用するという使い道はあるというのに……」
「何でも良質の硝石を納品して国虎様に恩返しがしたいらしいです」
「そんな凄い事をしたつもりはないが、まあ良いか。一羽、馬路家から硝石が納入されるようになれば、多めに補助金を渡してやれよ。それと更に増産を依頼してくれ」
「かしこまりました」
今もなお食糧援助は続けているが、その分馬路家からは木材に始まり、ゆず、鹿やウサギの動物関連商品、木酢酸、木炭等の様々な物品を安く仕入れさせてもらっている。収支を考えれば圧倒的にこちらの利が大きい。その上で定期的に奈半利で大量の生活物資まで買ってくれるお得意様でもある。それで良いのだろうか。
……それこそ余計なお世話だな。くだらない事を考えるよりも、取引量を増やす方が馬路家のためになるか。今後は硝石製造にも頑張って貰おう。
「という事で津田殿、今すぐは無理だが近い将来安芸家内で安定的に硝石が入手可能となる。生産が軌道に乗れば津田殿にも売るぞ。下手にここで値上げすると安芸家から買う時に困る事になるな」
「……本当、ボウズ達と話していると悩むのが時々馬鹿らしくなる。何でもアリだな。硝石が作れる物だとは思わなかったぞ。『作り方を教えてくれ』と言いたいが、そこまで無理は言わない」
「それは助かるな」
「分かった。硝石の値上げは無しだ。その代わりに安芸家から買う時には価格を勉強しろよ……とここまで言って気が付いたが、本当に売ってもらって良いのか?」
とその時、突然腕を引っ張られる。何かと思ったら犯人は親信であった。
「種子島で無双するなら土佐から硝石は出さない方が良いぞ」
算長と距離を取ると、「硝石は売らない方が良い」という提案を耳打ちしてくる。一見とても真っ当な考えに聞こえるが、実はこの提案には大きな落とし穴があった。
「言いたい事は分かるが、どの道飛騨で培養法が確立されるのだからすぐに独占の価値は低くなる。それにな、俺にとっては硝石の問題よりももっと大きな問題がある」
「何かあるのか?」
「ああ、弾丸となる鉛の問題を解決しないといけない」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
鉄砲は火薬だけではどうにもならない。発射する弾丸まで揃って初めて機能する。その二つを揃えるには算長の力が絶対に必要だった。
「内緒話は済んだか? 大方親信のボウズが『流出させるな』とでも言ったんだろう。俺もボウズが『根来に売る』と言いだした時、まさかと思ったからな」
「俺としては硝石はそう大きな問題ではないからな。それよりもこっちの方がもっと重要だ。津田殿……『灰吹法』と言って分かるか?」
「よく知ってるな。鉛の確保が難しくなっているのはそれが原因だ」
「灰吹法」──天文二年 (一五三三年)に朝鮮からやって来た技術者がもたらした金や銀を抽出及び精錬を行なう技術。元々は七世紀後半には日本に伝わったとも言われるが (技術自体は旧約聖書にも記載されているほど古い)、姿を消してしまっていた。
その灰吹法が世界遺産にも登録された事でも有名な「石見銀山」にて大活躍をし、多くの銀の抽出に成功する。その後、天文一一年 (一五四二年)には但馬国 (兵庫県朝来市)の「生野銀山」でも使用され、そのまま日本各地へとその技術が広まった。
その特徴は金や銀の抽出及び精錬に多くの鉛を使用する事であり……結果、日本全体が鉛不足へと陥ってしまう。それでもこの時代の人々は「灰吹法」の使用を止めずに金や銀を手にし続け、最終的には抽出に必要となる鉛を海外にまで頼らなくてはいけなくなる有様であった。
つまり「灰吹法」とは「黄金の国ジパング」の立役者でありながら、国内から鉛を根こそぎ奪った悪魔の技術でもある。
もし、日本の鉱山の産出量が微々たるものであったなら、きっとこんな事は起きない。だが、「石見銀山」や「生野銀山」に代表されるように日本には世界レベルで見ても有数の鉱山が幾つかある。産出量もそこらの鉱山とは桁違いと言えよう。「ジパング」の名は伊達ではない。なら、「灰吹法」の使用を止めない限りは鉛の消費も桁違いになるのは必然である。
お陰で算長の持っていた鉛の入手先は全てそちらへ奪われてしまったと嘆いていた。
「知っていたならもっと早くに教えてくれよ!」
「……落ち着け、親信。俺もいきなりこうなるとは思っていなかった。想像以上に鉛が無くなるのが早い。津田殿に鉛の値上げを言われて状況を理解したくらいだぞ」
「それで『鉛の方が重要』だと言ったのか」
「その通りだ。早急に目処を付けないと取り返しのつかない事態になる」
そう、大きな穴というのは鉛の確保で後れを取ってしまう事である。火薬と弾丸、この二つが揃わなければ真の意味での優位を保てない。下手をすると鉛の入手で足元を見られる可能性さえもあり得る話だ。
だから俺はまだ完成していないにも関わらず気前良く算長に硝石を売ると言った。もしここで俺達が硝石を独占してしまえば、絶対に鉛では融通をしてくれないだろうと考えたからだ。それなら事前に算長を俺達の側に引き込み悪巧みに参加させる。こちらの方がより合理的だと言えよう。
「ボウズ、そうは言うがな、俺だって今までの鉛の仕入先から断られたんだぞ。こうなった以上は、他で確保しようにもすぐに『灰吹法』に掠め取られるのは目に見えている。かと言って倭寇は海禁政策の問題で当てにならないとなったら、後はシャム (タイ)から持ってくるしかない。幾ら硝石を融通してくれるとは言え、こればかりはどうにも……って、ちょっと待て、何だその顔は!」
「気付いたか。シャムまで行く気があるなら、俺の悪巧みに乗った方が得だと思うぞ」
「絶対碌な事じゃないだろう。けど、今回は乗るしかなさそうだな。それで俺は一体どこに行けば良いんだ?」
「そう焦るなよ。行く場所は国内……それも対馬だ」
「はぁ? 対馬で取れるのは銀だろう? しかも、もう取れないと聞いているが……もしかして鉛の取れる所もあるのか? それは何処だ?」
「だから、そう焦るな。その今は採掘していない鉱山で鉛も取れるんだよ。正確にはその近場になると思うが。『時間差』と言えば理解できるか?」
「あっ…………」
俺の言葉に算長は言いたい意味を理解してくれたようだ。
元々、銀鉱山は銀しか取れないというのはまずあり得ない。多くは銀だけではなく鉛や亜鉛も取れる。勉強家の算長なら鉛を扱うに当たり、その辺の知識を予習していると踏んでいた。そして、この「時間差」という意味は、「灰吹法」が伝わる以前は国内での鉛の需要が少なく採取していなかったという事を示す。この二つを合わせて導かれる解答は……。
そう、対馬には銀鉱山としては役割を終えたが (一五世紀に大友家が調査し、銀は取れないと結論を出す)、鉛鉱山として見れば手付かずになっている鉱床がある。当然、「灰吹法」を使用すればまだ銀も抽出できる可能性さえも残っている。「安く買い叩ける廃鉱山で一山当ててくれ」という博打打ちも真っ青の内容が今回の俺の依頼であった。
「本来なら安芸家の事業としたいんだがな。余所者の俺達が対馬で人を集めたら、戦と勘違いされる。かと言って閉山した鉱山の再開発をその辺の商人に依頼するには色々足りない。津田殿にしかできない案件だ。初期投資はかなり必要になると思うが、当たれば大きいぞ」
対馬の銀山は日本最古の銀山とも言われている。それが一三世紀まで採掘が続いていたのだから、かなり深くまで掘っていると見た方が良い。そこからの再開発となれば多くの人員や資材が必要となる。鉱山開発のノウハウを持つ技術者等も揃えなければならない。根来衆のような技能集団でなければできない仕事だ。
「それに根来寺として土地を借りる、もしくは寺領として土地を買い取る (実際には袖の下を渡して土地を寄進)という形なら、むしろ領主に喜ばれるんじゃないか? 確か根来寺は不動産もしていたよな。なら、お手のものだろう」
「ボウズが言っているのは『誰かが鉛が出ると気付く前に根来で土地を押さえて再開発をしろ』という事か……。確かに元の鉱山の規模から考えれば、鉛も相当埋まっているだろうな。精錬も根来で何とかなるか。分かった。分の良い博打なのは間違いない。今回は乗ってやる」
「ありがたい。……という事で、対馬からの鉛は安く俺達に売ってくれよ。後、余裕があるならシャムにも買い付けをしておいた方が良いぞ。どの道鉛の需要が減る事は無いからな。確実に利益は出せる筈だ。雑賀衆に依頼するのも一つの方法ではあるな」
「はっ……ははっ。ボウズ達と話していると悩むのが本当に馬鹿らしくなるな」
硝石だけではなく弾丸を輸入してまで使っていた鉄砲。今回の件で、運用が面制圧ではなく命中率重視になった理由を垣間見たような気がした。ランニングコスト、これがその方向性を決めたのだろう。本来であれば弓よりも訓練期間が短いのが利点だというのに専門化するという矛盾。これも俺達が行なった特殊部隊化の思想に通じるのかもしれないと思ってしまった。
「それにしても世知辛い世の中だなあ」
「対馬の鉱山押さえて独占しようと考えるボウズが何言ってるんだ」
「そうだぞ。廃鉱山で錬金術なんてこの時代は国虎くらいしか発想できない」
「……安芸様が一番の悪人だと思います」
相変わらず俺の仲間達はとても優しい。
本格的に厳しくなるまでにはまだ数年の猶予はあると思うが、こうなる事を見据えて俺は早い段階から馬路村にて硝石の試験製造をさせていた。元々一〇年を目処に試作品ができれば良いと考えていたが、聞けばもう増産に入っているという。嬉しい誤算ではあるが、何故そんな大事な話が俺に回ってこなかったのか不思議でしかない。
「これまで国虎様から硝石の状況を聞かれませんでしたから」
一切の迷いもなくそう応える一羽は本日も平常運転であった。
「ちょっと待て。増産体制に入ったなら追加の補助金を出す予定だっただろう。その申請が無かったから俺はずっと硝石ができていないものだと思っていたぞ。馬路家は補助金の存在を知らないんじゃないのか?」
「いえ。そもそも馬路家から『追加の補助金はいらない』と連絡が入りましたので」
……もう、何が何やら。
聞けば硝石の試験製造自体はもっと早い段階で完了していたそうだ。だが、長く品質が安定しなかったらしい。そうした経緯があり、本格的な増産体制に入った現状でも仕上がりの品質に自信が持てないというのが、追加の補助金を申請しなかった理由となる。
「そこまで拘らなくて良いと思うけどな。品質が安定しない物でも焙烙玉に使用するという使い道はあるというのに……」
「何でも良質の硝石を納品して国虎様に恩返しがしたいらしいです」
「そんな凄い事をしたつもりはないが、まあ良いか。一羽、馬路家から硝石が納入されるようになれば、多めに補助金を渡してやれよ。それと更に増産を依頼してくれ」
「かしこまりました」
今もなお食糧援助は続けているが、その分馬路家からは木材に始まり、ゆず、鹿やウサギの動物関連商品、木酢酸、木炭等の様々な物品を安く仕入れさせてもらっている。収支を考えれば圧倒的にこちらの利が大きい。その上で定期的に奈半利で大量の生活物資まで買ってくれるお得意様でもある。それで良いのだろうか。
……それこそ余計なお世話だな。くだらない事を考えるよりも、取引量を増やす方が馬路家のためになるか。今後は硝石製造にも頑張って貰おう。
「という事で津田殿、今すぐは無理だが近い将来安芸家内で安定的に硝石が入手可能となる。生産が軌道に乗れば津田殿にも売るぞ。下手にここで値上げすると安芸家から買う時に困る事になるな」
「……本当、ボウズ達と話していると悩むのが時々馬鹿らしくなる。何でもアリだな。硝石が作れる物だとは思わなかったぞ。『作り方を教えてくれ』と言いたいが、そこまで無理は言わない」
「それは助かるな」
「分かった。硝石の値上げは無しだ。その代わりに安芸家から買う時には価格を勉強しろよ……とここまで言って気が付いたが、本当に売ってもらって良いのか?」
とその時、突然腕を引っ張られる。何かと思ったら犯人は親信であった。
「種子島で無双するなら土佐から硝石は出さない方が良いぞ」
算長と距離を取ると、「硝石は売らない方が良い」という提案を耳打ちしてくる。一見とても真っ当な考えに聞こえるが、実はこの提案には大きな落とし穴があった。
「言いたい事は分かるが、どの道飛騨で培養法が確立されるのだからすぐに独占の価値は低くなる。それにな、俺にとっては硝石の問題よりももっと大きな問題がある」
「何かあるのか?」
「ああ、弾丸となる鉛の問題を解決しないといけない」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
鉄砲は火薬だけではどうにもならない。発射する弾丸まで揃って初めて機能する。その二つを揃えるには算長の力が絶対に必要だった。
「内緒話は済んだか? 大方親信のボウズが『流出させるな』とでも言ったんだろう。俺もボウズが『根来に売る』と言いだした時、まさかと思ったからな」
「俺としては硝石はそう大きな問題ではないからな。それよりもこっちの方がもっと重要だ。津田殿……『灰吹法』と言って分かるか?」
「よく知ってるな。鉛の確保が難しくなっているのはそれが原因だ」
「灰吹法」──天文二年 (一五三三年)に朝鮮からやって来た技術者がもたらした金や銀を抽出及び精錬を行なう技術。元々は七世紀後半には日本に伝わったとも言われるが (技術自体は旧約聖書にも記載されているほど古い)、姿を消してしまっていた。
その灰吹法が世界遺産にも登録された事でも有名な「石見銀山」にて大活躍をし、多くの銀の抽出に成功する。その後、天文一一年 (一五四二年)には但馬国 (兵庫県朝来市)の「生野銀山」でも使用され、そのまま日本各地へとその技術が広まった。
その特徴は金や銀の抽出及び精錬に多くの鉛を使用する事であり……結果、日本全体が鉛不足へと陥ってしまう。それでもこの時代の人々は「灰吹法」の使用を止めずに金や銀を手にし続け、最終的には抽出に必要となる鉛を海外にまで頼らなくてはいけなくなる有様であった。
つまり「灰吹法」とは「黄金の国ジパング」の立役者でありながら、国内から鉛を根こそぎ奪った悪魔の技術でもある。
もし、日本の鉱山の産出量が微々たるものであったなら、きっとこんな事は起きない。だが、「石見銀山」や「生野銀山」に代表されるように日本には世界レベルで見ても有数の鉱山が幾つかある。産出量もそこらの鉱山とは桁違いと言えよう。「ジパング」の名は伊達ではない。なら、「灰吹法」の使用を止めない限りは鉛の消費も桁違いになるのは必然である。
お陰で算長の持っていた鉛の入手先は全てそちらへ奪われてしまったと嘆いていた。
「知っていたならもっと早くに教えてくれよ!」
「……落ち着け、親信。俺もいきなりこうなるとは思っていなかった。想像以上に鉛が無くなるのが早い。津田殿に鉛の値上げを言われて状況を理解したくらいだぞ」
「それで『鉛の方が重要』だと言ったのか」
「その通りだ。早急に目処を付けないと取り返しのつかない事態になる」
そう、大きな穴というのは鉛の確保で後れを取ってしまう事である。火薬と弾丸、この二つが揃わなければ真の意味での優位を保てない。下手をすると鉛の入手で足元を見られる可能性さえもあり得る話だ。
だから俺はまだ完成していないにも関わらず気前良く算長に硝石を売ると言った。もしここで俺達が硝石を独占してしまえば、絶対に鉛では融通をしてくれないだろうと考えたからだ。それなら事前に算長を俺達の側に引き込み悪巧みに参加させる。こちらの方がより合理的だと言えよう。
「ボウズ、そうは言うがな、俺だって今までの鉛の仕入先から断られたんだぞ。こうなった以上は、他で確保しようにもすぐに『灰吹法』に掠め取られるのは目に見えている。かと言って倭寇は海禁政策の問題で当てにならないとなったら、後はシャム (タイ)から持ってくるしかない。幾ら硝石を融通してくれるとは言え、こればかりはどうにも……って、ちょっと待て、何だその顔は!」
「気付いたか。シャムまで行く気があるなら、俺の悪巧みに乗った方が得だと思うぞ」
「絶対碌な事じゃないだろう。けど、今回は乗るしかなさそうだな。それで俺は一体どこに行けば良いんだ?」
「そう焦るなよ。行く場所は国内……それも対馬だ」
「はぁ? 対馬で取れるのは銀だろう? しかも、もう取れないと聞いているが……もしかして鉛の取れる所もあるのか? それは何処だ?」
「だから、そう焦るな。その今は採掘していない鉱山で鉛も取れるんだよ。正確にはその近場になると思うが。『時間差』と言えば理解できるか?」
「あっ…………」
俺の言葉に算長は言いたい意味を理解してくれたようだ。
元々、銀鉱山は銀しか取れないというのはまずあり得ない。多くは銀だけではなく鉛や亜鉛も取れる。勉強家の算長なら鉛を扱うに当たり、その辺の知識を予習していると踏んでいた。そして、この「時間差」という意味は、「灰吹法」が伝わる以前は国内での鉛の需要が少なく採取していなかったという事を示す。この二つを合わせて導かれる解答は……。
そう、対馬には銀鉱山としては役割を終えたが (一五世紀に大友家が調査し、銀は取れないと結論を出す)、鉛鉱山として見れば手付かずになっている鉱床がある。当然、「灰吹法」を使用すればまだ銀も抽出できる可能性さえも残っている。「安く買い叩ける廃鉱山で一山当ててくれ」という博打打ちも真っ青の内容が今回の俺の依頼であった。
「本来なら安芸家の事業としたいんだがな。余所者の俺達が対馬で人を集めたら、戦と勘違いされる。かと言って閉山した鉱山の再開発をその辺の商人に依頼するには色々足りない。津田殿にしかできない案件だ。初期投資はかなり必要になると思うが、当たれば大きいぞ」
対馬の銀山は日本最古の銀山とも言われている。それが一三世紀まで採掘が続いていたのだから、かなり深くまで掘っていると見た方が良い。そこからの再開発となれば多くの人員や資材が必要となる。鉱山開発のノウハウを持つ技術者等も揃えなければならない。根来衆のような技能集団でなければできない仕事だ。
「それに根来寺として土地を借りる、もしくは寺領として土地を買い取る (実際には袖の下を渡して土地を寄進)という形なら、むしろ領主に喜ばれるんじゃないか? 確か根来寺は不動産もしていたよな。なら、お手のものだろう」
「ボウズが言っているのは『誰かが鉛が出ると気付く前に根来で土地を押さえて再開発をしろ』という事か……。確かに元の鉱山の規模から考えれば、鉛も相当埋まっているだろうな。精錬も根来で何とかなるか。分かった。分の良い博打なのは間違いない。今回は乗ってやる」
「ありがたい。……という事で、対馬からの鉛は安く俺達に売ってくれよ。後、余裕があるならシャムにも買い付けをしておいた方が良いぞ。どの道鉛の需要が減る事は無いからな。確実に利益は出せる筈だ。雑賀衆に依頼するのも一つの方法ではあるな」
「はっ……ははっ。ボウズ達と話していると悩むのが本当に馬鹿らしくなるな」
硝石だけではなく弾丸を輸入してまで使っていた鉄砲。今回の件で、運用が面制圧ではなく命中率重視になった理由を垣間見たような気がした。ランニングコスト、これがその方向性を決めたのだろう。本来であれば弓よりも訓練期間が短いのが利点だというのに専門化するという矛盾。これも俺達が行なった特殊部隊化の思想に通じるのかもしれないと思ってしまった。
「それにしても世知辛い世の中だなあ」
「対馬の鉱山押さえて独占しようと考えるボウズが何言ってるんだ」
「そうだぞ。廃鉱山で錬金術なんてこの時代は国虎くらいしか発想できない」
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相変わらず俺の仲間達はとても優しい。
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