国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山

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六章 大寧寺ショック

イエズス会御一行様

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 戦国時代、もしくは中世における奴隷というのは特別な商品ではない。それこそ全世界において日常的に売買が行われている。誰もがそれを当たり前だと受け入れていた。

 しかし九州人の奴隷は、この日の本でも特別な存在だろう。他の地域は同じ日の本内で売買が成立していたのに対して、九州の奴隷だけは海外にも流出していた。それも相場としてはかなり安価で。

 一般的に奴隷の購入は新車一台を買うのと同じと言われている。なのに九州人奴隷はその一〇〇分の一程度の価格で仕入れられた。最終的には相場の価格になるとすれば、その利益率は桁外れである。途中で複数の仲買人を通していても旨味は十分と言えよう。

 利益率の高い商品として知られているアダルトグッズのピンク〇ーターやファストフードのポテトも、これには負けてしまう。

 つまり九州人奴隷が海外に売られた理由の一つに、その低価格さがあったのは間違いない。それも同じ九州の奴隷商がポルトガル奴隷商人に対して、全てを知った上で行っているという性質の悪さだ。決して外国人が九州で奴隷狩りを行っているという訳ではない。

 有名な黒人奴隷も状況は同じである。黒人が黒人を平気で白人に売り飛ばす。奴隷販売の実態は全世界共通と言えるのではないか。

 かと言って売る側に全ての責任を押し付けるのもまた違う。援助〇際やパ〇活に頼らなくとも素直に風俗に行けば良いのと同じだ。買う側にも当然ながら問題はある。

 何故なら、奴隷の海外出荷には一度キリスト教の教会を通さなければならない。そこで洗礼を施した上で聖職者が証書を発行する必要があった。違法に商品化された奴隷は売買が禁止されている。

 要するにポルトガル奴隷商人とキリスト教の聖職者が結託して書類を偽造していた。これで海外流出の責任を九州の奴隷商にのみ求めるというのは無理があるというのが分かる。もし聖職者全てに良識が備わっていたなら、海外へ売り飛ばされるを未然に防げていただろう。

 こうした奴隷販売の面だけを見ると、キリスト教など日の本には必要ないという結論が出てもおかしくはない。聖職者自体が賄賂目的で書類偽造をするのだから、そうなるのも頷ける。

 ただ、ここで面白い話がある。そもそも日の本にキリスト教を布教しようとやって来たイエズス会は、何が目的なのかというものだ。ヨーロッパではカトリック教会に対する宗教改革運動が沸き起こっていたこの時期に、アジアの東の果ての国の情勢がこの運動に影響を与えるとは考え難い。

 答えは日の本そのものを征服、もしくは日の本人全てをキリスト教化して兵隊化するのを目論んでいた。宗教改革運動などどこ吹く風。単なる侵略目的である。

 ここまで知ると、より一層キリスト教に対して嫌悪感を覚えるのが通常の感覚だろう。しかしその先行する感情を取っ払うと見えてくるものがある。

 ──征服を目的としているのに、何故その最前線で偽造書類作成という小金稼ぎをしているのかと。

 キリスト教によって国の在り方自体を変えようとしているのに、それが徹底できない。アジアの果てだからと、本国の目が届かないのを良い事に私腹を肥やすのに邁進する。本国にはエリートを配置して、僻地にはできない者ばかりが左遷されていく。

 本気で日の本を征服しようとしているのか疑いたくなる。

 ましてやこの時代は戦国時代だ。海千山千の猛者が全国には数多くいる。それを信仰のみでどうにかできると考えるのがそもそも間違っていると言えよう。

 この組織の隙が分かったからこそ、俺はイエズス会の聖職者を土佐へ招き入れる決断をした。

 不良聖職者には適度な甘い汁を吸わせておけば良い。酒と女と博打で雁字搦めにするのが定番だ。博打で借金でも負わせれば従順にもなろう。そうすれば交易も活発化できるし、上手く転がせば土佐の港を国際港化するのも見えてくる。

 南蛮貿易がキリスト教の布教とセットだというのが完全に仇となった形である。表向きキリスト教を保護すれば、面倒でも当家との交易に関わらざるを得ない。日の本人をアジアの猿だと見下しながら、その猿知恵にまんまと絡めとられる。

 ──詰まる所、キリスト教はちょろい。現本部となっている平戸ひらどから離れている土佐に於いては。

 対キリスト教対策として、杉谷 与藤次すぎたによとじには存分に働いてもらおう。

 また奴隷の海外流出さえも、全てでは無いにしろ、当家が横から掠め取るのも可能だ。南九州に遠征時したのはこれも理由の一つである。戦の乱取りで捕らえた者や間引きで殺される予定の赤子をポルトガル奴隷商よりも高く買い取る。その種は既に撒いた。

 面倒な手続きを行って畿内からの移民を入れるよりも、後腐れない奴隷を九州から買い取れば、安い上に海外流出にも歯止めをかけられる。まさに一石二鳥だろう。これがあるから俺は、どんなに土佐が人手不足であろうと山科 言継やましなときつぐ様の提案には乗らなかった。

 イエズス会との付き合いで懸念しなければならないのが、政治介入である。要するにキリスト教の布教のために予算を使えというものだ。優遇は聖職者へのおもてなしという形でしっかりと行う。

 これに付いてはある程度は応じようと考えている。領内の寺社を破壊したり、強制改宗のような強引なものは断るつもりだが、新たな教会を作れという程度なら何も問題は無い。何故なら土佐国は国土の約九割が山である。それを逆手に取って、山中の小さな村にでもこじんまりとした教会を作る。こうすれば便利な集会所ができたと地域の民には感謝されること請け合いだ。

 キリスト教は心の友。そう考える俺についに吉報が訪れる。イエズス会の聖職者というカモがネギを背負って土佐の地にやって来た。

「この度は名君として誉れ高い細川様にお会いでき、光栄の極みです。福昌ふくしょう寺の忍室文勝にんしつもんしょう様より書状を頂いた時には驚きました。まさか土佐国の細川様がデウスの教えに興味を示されているとは思いもしませんでした。とても素晴らしきお考えです」

 そんな思惑など知らぬ一行は終始ご機嫌である。しかもまだこの時期は日の本でのキリスト教の認知度は低いだけに、名指しで指名された事自体が嬉しい。そう見て取れる。

 だからこそ今回のイエズス会の面々は気合が入っていた。人数こそ五人と少ないものの、代表者は宣教師コスメ・デ・トーレスと名乗り、通訳はロレンソ了斎りょうさいと名乗る。大物二人の御登場だ。

「堅苦しい挨拶は要らない。それよりも具体的な話をしないか?」

「と言いますと?」

 とは言えその気合の入り方が、俺にはひどく滑稽に見える。一行は直垂ひたたれ姿で部屋へと入ってきたのだ。代表のコスメ・デ・トーレスも同じくである。キリスト教なら服装は司祭服や修道服と思っていただけに、違和感が物凄い。烏帽子まで被っていたら間違いなく爆笑ものだったろう。どこからどう見ても、およそキリスト教関係者とは思えない。

 しかも、本人達は明らかに大真面目だというのが尚性質が悪い。 

 そういった事情から、極力余計な事を考えないようにと早速本題へと入る。笑ってはいけないイエズス会御一行様である。

「まずは手始めに、この浦戸にキリスト教の教会兼治療院を作るから責任者を派遣してくれ。費用は全てこちらが出す。ただ、初めての試みだから、廃寺の再利用になるのは我慢してくれよ。そこを拠点に布教活動をしても良い」

「ま、まさか!? 本当ですか?」

「喜び過ぎだ。廃寺の再利用なのだから、立派な建物ではないぞ」

「いえ、それでもこのような格別の御厚意を頂けるとは思いませんでしたので、天にも昇る嬉しさです。全ては神の御導きかと」

「病に侵された民への治療と並行して教えを説けば、信徒も増やしやすいだろう。頑張ってくれ。それと当家から治療院に人を派遣するから、まずは南蛮の言葉と神の教え、それと医療の手解きを頼む」

 ここが今回の肝の一つとなる。現代的に言えば潜入工作員となろう。協力すると見せかけて相手の懐に入り込むという、使い古された手だ。その上で工作員には女性も数名混ぜる。おあつらえ向きに土佐の売春宿には杉谷家中の忍びを数名潜ませているため、そこから人員を回してもらおうかと考えている。まんまハニートラップではあるが、どんなに見え透いていてもあっさりと引っ掛かるのが男の悲しき性だ。

 この提案へ反対しない時点でこちらの勝ちがほぼ決まったようなものである。

「とても素晴らしきお考えです。派遣する担当者に伝えておきます」

「もう一点。こちらの望む物品を調達してきてくれ。一つ調達する毎に報奨金を出す。可能なら、鉱物は定期的に納品してくれると助かる。浦戸うらどの港は喫水も深く、桟橋も作っているのでポルトガルの船もそのまま寄港できる筈だ。面倒なら坊津ぼうのつの港でも構わないがな」

「細川様、目録を受け取った信徒より聞きましたが、そこには硝石や鉛、鉄砲が含まれてないようです。そちらは必要ではないのでしょうか?」

「ああ、問題無い。それよりも天竺 (インド)にあるトロナ鉱石が何としても欲しい。これが最優先だ。今度領内でガラスの製造をしようと考えていてな。そのために必要となる大事な素材だと業者に伝えれば、入手はそう難しくないと思うぞ。後は南米産の植物も欲しいが、これは本国と連絡を取る際のついでにでも手配してくれれば良い。焦らずゆっくり待つさ」

 この点は意外としか言いようがない。キリスト教の布教を目的としてやって来た一行だけに、いきなり交易の話は通らないと思っていた。こちらは断られるのを前提として、より深い協力を望むなら交易をして欲しいという段取りで進めるつもりであった。

 それがいざ蓋を開ければ、筆頭右筆の谷 忠澄たにただすみから渡された目録を控えていた信徒が何の警戒も無く受け取り、目を通していく。通訳のロレンソ了斎は目が悪いのか、目録を見た者から耳打ちをされてただ頷く。その後は責任者のコスメ・デ・トーレスと二言程度言葉を交したかと思うと、あっさりと交易の話が具体的になっていた。

 互いの役割がきっちりした見事な連携と言えよう。

 まさかこちらから言うより先に、イエズス会側から当家へ武器供与の提案があるとは驚かされる。現在拠点としている平戸には、倭寇の重鎮王直おうちょくもいる。供給先はそこだと見た方が良い。

 キリスト教はこの時代の日の本人にとっては怪しげな存在である。そうである以上、神の教えだけで権力者の協力を得るのはまず無理だ。日常的にこうした手札を使っていると考えた方がしっくりくる。

 とんだ神の使いだな。

 そうなればこちらの希望する物品を、イエズス会側はどう判断するだろうか? 目録を読んでも警戒感を表さない辺り、現状ではそこまで気にしていないように見受けられる。天竺でなら楽に手に入る素材だと誘導をしたのが功を奏した形だと思いたい。

 この時期の天竺のゴア州にはローマ教会の大司教座が設置されており、アジアに於いてのキリスト教布教を管轄する最重要拠点となっている。それを分かった上で、俺は天竺で手に入る素材を敢えて最優先だと位置付けた。

 ジャガイモやトマト等の南米産植物の獲得はあくまでオマケである。そう簡単に手に入るとは思ってはいない。

 いずれはゴア州の白人相手に、その先にはヨーロッパ本国に土佐の産物を売りつけるつもりではあっても、まずは定期航路として浦戸もしくは坊津にポルトガル船が立ち寄る実績を作る必要がある。その布石としたのが今回の狙いだ。

 鉄砲やその関連商品では仕入れ先は明になるだろう。それも倭寇からでは、こちらの思惑が全て水の泡となる。

「その南米産の植物というのは、同封されているこの絵ですね。南米はスペインの領分ですので、時間は掛かると思います。それにしても細川様の見識は素晴らしきものですね。どこで御存じになったのでしょうか?」

「ん? そう凄い事か。キリスト教に興味があったのだから、調べれば分かると思うぞ。天竺はガラス大国として有名だしな」

「なるほど。そう言えば、私共に土佐に来て欲しいと願ったのは細川様でしたか。それ程までにデウスの教えに熱心ならば、いっそ細川様自身が洗礼を受けてはどうでしょうか?」

「それは後の話だ。今はこの土佐に教会を作る方が先決となる」

「ごもっともです」

 こうしてイエズス会との初会合は、それぞれの思惑を胸に秘めながらも大成功の形で終わる。その実、全てはここからが始まりだ。南蛮貿易でのぼろ儲けを現実にするためにも、しっかりと仕込みを行わなければならない。

 何とか吹き出さずに全てを終えた俺を、自分自身で褒めたいと思う。


▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽


「国虎様、あのような得体の知れぬ宗派を土佐に招き入れて大丈夫なのですか? 土佐にある寺社と揉め事を起こすやもしれません。その点はどうお考えなのでしょう?」

「そうだな。忠澄には早速仕事をしてもらわないとな。もう分かっていると思うが、教会兼治療院には杉谷家の者を派遣する。それによって、土佐内で悪さをできないようにするつもりだ。後は言葉を覚えられるのも大きい。ここまでは大丈夫だな」

「……えっ!? 国虎様、一体何の話でしょうか?」

「そうか。事前に伝えれば皆が悪印象しか抱かないと思って、最低限の話しかしなかったか。イエズス会の連中も帰ったし、ここらで種明かしをするぞ。皆冷静になって俺の話を聞いてくれよ」

 家臣達にはキリスト教を仏教の新しい宗派という程度にしか伝えていなかったが、今回の面会を終えてそのうさん臭さに気付いたようだ。忠澄は皆の考えを代表する形で俺に尋ねてきた。

 そこからはキリスト教が仏教ではなく南蛮で興った全く別物の宗教である点、日の本にやって来た目的は日の本征服にある点、更に僧とも言える聖職者はクズが多い点と全てを洗いざらい話す。

 当然ながら俺の話を聞いた途端、家臣達は大激怒をした。それはそうだ。征服を目的とした宗教がこの日の本にやって来れば穏やかでいる方がおかしい。

 だがそこで俺が「そんな悪しき宗教をぶっ潰した所で俺達には何の得にもならない。それよりもキリスト教に関わる者から利を奪い取るのが真の目的だ。連中に一泡吹かせてやろうぜ」と言った瞬間に空気が大きく変わり、爆笑の渦に包まれる。

「ようやく分かりました。それが杉谷家に繋がるのですね。さすがは国虎様。細川 晴元殿や近衛 稙家様を上回る悪知恵です」

「忠澄、それはけなしているようにしか聞こえない。まあ、良いか。続きを話すぞ」

「はっ」

「キリスト教そのものに対しては杉谷家に一任しておけば大丈夫だ。問題は土佐内で布教するに当たって、領内の寺社と対立する恐れがある。これをどうにかしなければならない」

「どうお考えなのでしょうか?」

「これはキリスト教の治療院に対抗する施設を近辺に作る形で対処する。具体的には禅宗の延寿堂の分所設立並びに一般開放だ。相国寺に医僧の派遣を依頼をする。どう思う? 片や良く分からない治療所と片や大陸の医療技術を学んだ禅宗僧のいる治療所だ。圧倒的に後者の方に信頼が置けるだろう。しかも延寿堂自体は昨日今日できたものではない。鎌倉時代から続く、禅宗僧のための治療所だぞ。技術の積み重ねが違う」

「お待ちください。延寿堂の医療技術は相国寺の秘中の秘ではないのですか? 幾ら当家が復興資金を出すとは言え、素直に了承するとは思えませんが」

「大丈夫だ。京や博多、鎌倉では伝統的に禅宗の医僧が積極的に民に対して医療行為を行っている。それをここ土佐でもしてもらおうというだけだ。浄貞寺の僧には手伝いをさせながら、医術を学んでもらう。まあ、費用負担は当家でしなければならないのが痛いがな。当家は王直から漢方薬が手に入るようになっている。それを卸売りすると言えば、相国寺も嫌とは言えないと思うぞ」

「それで早速仕事を、と言ったのですか」

「悪いが依頼の書状を頼むぞ。寺社との対立は医療勝負で代理させる。どんなにキリスト教の素晴らしさを説いても、医術で仏教が勝てば領内の寺社も留飲を下げるさ」

「確かに。医療勝負という分かり易い形とすれば、どちらがより多くの民を救えるかというのがはっきりします。これなら領内の寺社も過激な行動は取らぬでしょう。領内の寺社には延寿堂への協力を促し、一致団結させようというお考えですね」

 仏教と言えば、どうしても呪い的な祈祷を行っている印象がある。それによって病魔を退散させると。

 例えば織田 信長おだのぶながの父が危篤状態になった際、祈祷によって病から回復させようと寺に依頼したという。結果は残念な形となったが。

 しかし、これはあくまでも仏教の一面だ。仏教自体は大陸から伝わったというのに、大陸の医術が伝わっていないというのは明らかにおかしい。

 実際は禅宗、中でも五山の東福とうふく寺は鎌倉時代末期より独自に大陸と交流を続け、当時の最新医療を学び続けていた。相国寺等の他の五山もその流れに続く。日明貿易で五山の僧が使者となっていた理由も、これが背景と考えて良いだろう。

 要するに日の本の仏教、とりわけ禅宗は高い医療技術を持っている。それが医僧という存在だ。しかもこの医僧は全国各地に派遣され、地域医療を担う形となる。曹洞宗そうとうしゅうの寺院が地方と繋がっていったのは、医僧の役割も大きかったと思われる。

 但し、全国全てに医僧が散らばっていたという訳ではないし、その腕にはばらつきがあるのも当然だ。

 なら異国の宗教に対する対抗策として、これを利用するのはとても都合が良い。同じ争うなら、医療分野で競争する方がより多くの者に恩恵が行き渡る筈だ。互いの教義で言い争うような不毛な行為をした所で誰もが得をしないし、禍根が残るだけである。

 キリスト教は排除するのものではなく利用するもの。その利用の仕方は、交易による利益だけでは勿体無い。親の脛と同じで、とことんまで齧り尽くす。これが正しい付き合い方と言えるだろう。

 土佐へ聖職者が派遣されてくるその日が待ち遠しい。
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