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七章 鞆の浦幕府の誕生
急がば回れ
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陶 晴賢の討伐完了後、俺達は阿波や土佐、伊予といった各々の国へと戻る。それに併せて大新宮は、当初の予定通り備中国へと旅立っていった。
約束していた安芸毛利家の降伏は、日を改めてとなる。
毎度の事ながら、土地を手放すという決定には必ず反対者が出るものだ。そういった聞き分けの無い者達を掃討するには、今の俺達では疲弊している。今回の戦いは長丁場で且つ激戦だったため、まずは休息が必要との判断をした。
また、安芸毛利家自体も家中の説得が不十分だという状況から、猶予が欲しいとの要望が出ていたのもある。
安芸毛利家はあくまでも安芸国内での盟主という立場であり、明確な主従関係を結んでいない者も多いらしい。地域の豪族が表向き家臣として組み込まれているのだとか。そうなれば当家への降伏は、自分達の処遇を勝手に決めたとして裏切り行為に捉えられる可能性もあるらしく、このまま強行すれば家中が空中分解する恐れもあるのだという。
現時点で領地を手放す条件に納得しているのは一族のみであり、他の家臣や一族の下に付く陪臣等はこれからなのだとか。俺としてはそこまで気を遣わずとも、力づくで領地を接収した後に再度俸禄で雇い直せば良いと考えている。これは、それだけの力が現在の当家にはあるからだ。しかし当事者側から見れば、そう簡単な話ではない。
例えば企業の合併がある。子会社化によって取り込む場合は分かり易いものだが、対等合併や上位にホールディングスを作り子会社化する場合であっても、対等というのは実はあり得ない。必ず元の企業の資本力を背景とした、目に見えない上下関係が発生する。いざ蓋を開けてみれば、激しい派閥争いによって退社に追い込まれる事例が数多くあるのが実情だ (左遷や系列子会社への出向となる場合もある)。
毛利 元就殿はこの派閥争いをを警戒しているのだろう。お手て繋いで皆で仲良くというのは幻想だと言わんばかりだ。
要するに、当家内で派閥を形成できるだけの人的資源を確保するまで待って欲しいという話である。この老獪さが他の武家とは一線を画す。
万年人手不足の当家に派閥争いをする余裕は無いと思いつつも、立場が変われば景色も変わるもの。それに俺自身も、一度は苦い経験をした身であるためにこの要望を受け入れざるを得なかった。但し期限は今年中とする。来年に入っても領地を返上しない者に付いては、容赦無く踏み潰すとした。
また、俺にはもう一つ急いで安芸国を後にしなければならなかった理由があった。それは伊予国を任せている安芸 左京進との面会となる。今回の戦いでは、部隊の派遣に佐田岬半島西端の三崎浦への出兵、その上芸予叢島の制圧とかなりの負担を強いた。
瀬戸内海の東西を分ける要衝の芸予叢島を今後伊予安芸家に任せるため、その最終確認である。もし資金面等で困った事態が発生しているなら、いち早く援助を行わなければならない。この地の維持がこれからの俺達の生命線となる。
ただそんな心配を余所に、当の安芸 左京進はけろっとしていたのだから苦笑するしかない。俺の湯築城訪問を喜び、母方の祖父である与松 元盛や重臣の岡 了順達と共に和やかに会食をしていると、数日前までの戦が夢であったかのような錯覚を覚えてしまう。
それでもしっかりと芸予叢島や三崎浦を制圧して、兵を駐留させているのだから流石としか言いようがない。三崎浦の制圧も、俺の言いつけを守って三崎氏に先に仕掛けさせたのだから完璧な成果だ。
三崎浦への措置は、本来なら亡き畑山 元明が提案してくれた穏便な形で済ますつもりであった。それがこのようになったのは、あの当時とは状況が変わったからとなる。剥き出しとなった豊後大友家の野心に対抗するためには、こちらも相応の手段が必要という訳だ。
「大洲地域の話を聞いた時は、苦労しているんじゃないかと思ったんだがな。取り越し苦労だった訳か」
「ここまで順調なのは全ては国虎様のお陰かと。元より米の取れる国ではありますが、それに加えて塩と悪銭の交換で国が潤っておりまする。この二つの政が切っ掛けで、民達は当家に対してとても協力的です」
「あー、なるほど」
加えて元雑賀衆の岡 了順を重臣に迎えたのも大きかったという。始まりは人手不足を補うために正妻の実家に協力を求めた程度だったのが、その縁で本願寺教団の治水技術者を招へいできたそうだ。遠州細川家が和泉国にある貝塚道場と懇意にしているのもあってか、驚く程協力してくれているらしい。
そうした効果により、米の収穫量も上がって収益もうなぎ登りだとか。肥料や有機農薬も飛ぶように売れているという。まさに好循環を絵に描いたような状況だ。
「ですので次の遠征には某も参陣致します。是非お声掛けくだされ」
「その話を聞くと、左京進には違う役目を与えたくなるな。参陣はこれまでと同じく一部部隊の派遣だけで大丈夫だ。こっちを優先して欲しい」
「そのお役目は大事なものでしょうか? 某としては、次の遠征で石見銀山を手に入れたいと考えておりまする」
「随分と貪欲だな。そう焦る事はないと思うぞ。いや悪い、役目の話だな。左京進には三崎浦に大規模な軍事拠点を建設してもらいたい」
「……兵の駐留だけでは駄目なのでしょうか?」
「ちょっと難しい話になると思うが聞いてくれ。三崎浦を伊予国に取り込む施策だ。もう一つは南九州の斯波 元氏への支援となる」
「斯波……一族の元山田殿ですか。確か、南肥後に攻め込んだとか」
「ああ。肥後相良家の代替わりの隙を突いて攻め込んだと報告を受けている。これだけなら問題は無いが、その後は平戸や長崎のある肥前国や大宰府のある筑前国も攻め取る構想だそうだ。ここまででどう感じる?」
「はっ。このような真似をすれば、豊後大友家が黙っていないのは確実かと」
「……やはり左京進もそう思うか。俺も同意見だ。豊後大友家当主の大友 義鎮は肥前守護を手にしている。近く九州探題の職も手に入れるだろう。目指す所は九州の王だ。斯波 元氏の行動は、それを邪魔するようにしか見えないだろうからな」
俺には、大友 義鎮が何を思い九州探題を手に入れようとしているかは分からない。ただそれでも第三者的な視点から見れば、その行為は幕府の否定であり自主独立を目指したものである。例え近衛 稙家にとっては些末な話であろうと、俺にはこの事態を放置する訳にはいかなかった。
そのためにも、まずは斯波 元氏の行動を支援する所から始める。
「そのための軍事拠点建設という訳ですな。これが豊後大友家への牽制となり、斯波殿への支援になると」
「そうだ。後、城と言わずに軍事拠点と言ったのは、港や城下町も含めての大規模なものを意識していると考えて欲しい」
「随分と壮大ですな。理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「簡単に言えば、三崎浦の民の生活の面倒を見るためとなる。駐留する兵達の面倒を見るついでに、三崎浦の民の生活を成り立たせて欲しい。具体的には生活物資の安定供給や雇い入れ、産物の買取となる。生活物資は販売する形で良い。これによって豊後国への依存を断ち切る」
三崎浦という地は特殊な立ち位置だ。伊予国にありながら、生活物資は隣の国の豊後国に依存をしている。これでは、三崎浦が豊後大友家の一部だと言ってもおかしくはない。
よって、三崎浦は豊後大友家がいつでも取り返せる地となる。例え兵を駐留させようと、民の向いている先は常に豊後大友家だ。これなら利権を餌に簡単に一揆を扇動できてしまう。それを防ぐためには、民の生活自体を伊予国で完結させなければならない。
だがそれさえ成し遂げれば、今度は三崎浦が豊後大友家の喉元に突き付けた刃へと転じる。距離にすれば八里弱 (三一キロメートル)はあるものの、船なら一刻 (二時間)以内に豊後国へと辿り着く。言わば橋頭保を築くようなものだ。何より陸続きでない点が良い。
「今回の一件で反応があると思ったんだが、三崎浦に兵を駐留させている現状でも豊後大友家が文句一つ言ってこないのは、三崎浦の民の生活を握っているという強みがあるとしか考えられない。施設が完成の暁には、その強みを取り除けるだけではないぞ。漁に出る気分で豊後国の港に火を付けられる。夜間にこっそり上陸すれば、略奪し放題だ。その行動に怒って攻めようにも、背後には薩摩斯波家や総州畠山家がいる。悲鳴を上げたい気分になるだろうぜ」
「つまりは長期の戦いを想定した付城 (最前線基地)ですな。それを某に作れと。確かに重要なお役目です。是非とも国虎様の期待に応えさせて頂きまする」
「伊予国はとても重要な地だからな。それに左京進は芸予叢島の管理もある。第一に考えて欲しいのは、敵を寄せ付けない鉄壁の防衛だ。俺が気軽に遠征できるのは、伊予をしっかりと纏める左京進あってこそだと常々思っている。資金が足りない場合は遠慮するなよ」
「はっ。お心遣い感謝致す」
伊予国は係争地である。歴史的にも常に九州や中国地方の脅威に晒されてきた。しかし逆を言えば、伊予国が盤石であれば九州や中国地方に脅威を与える存在となる。今回の大規模軍事拠点建設案は、そういった視点に立ったものと言えよう。
確かに左京進の言う石見銀山の奪取もとても魅力的な提案だ。しかし石見国は、周防大内家と出雲尼子家との係争地である。幾ら陶 晴賢が討ち死にしたとは言え、周防大内家自体が滅亡した訳ではない。まだまだ力は残っている。そんな中へ無理に割って入るよりも、周防大内家の反撃に備えるよう守りを固めるのが、今の俺達の最優先事項であった。
それに次の遠征は、安芸国や備後国の接収が主となる。小競り合いに終始するのが分かっているだけに、左京進の力を振るう場面はまず訪れない。左京進にはもう少し大きな戦で活躍の場を与えたいと考えている。
「そういった訳でな、左京進は瀬戸内の海と九州に睨みを利かせて欲しい。頼りにしているぞ。俺の方も水軍拡充はやりたいんだがな、如何せん人が集まらない。お陰で今回の厳島攻略では、阿波海部家に大動員してもらって何とかしたくらいだからな」
「国虎様……それでは阿波国の海が手薄になっているのではないですか?」
「水際対策は行っている。それに幸か不幸か、阿波国には本山 梅慶がいるからな。万が一三好が乗り込んできても、これで何とかなる筈だ」
「それなら三好が攻めてきても、後れを取る事はないでしょう」
「だから俺もこうして、左京進達とのんびりできている。あっ、そうそう。落ち着いてからで良いから、東予の新居郷を調べておけよ。銅山があるぞ。それと他にも何かあるかもしれないから、山伏を使って国内を調べておけよ。資源は金銀や銅だけではないからな」
「確かに。これまでは国内の整備を優先してきましたが、そろそろ産物開発や資源採掘に手を出しても良い頃合いやもしれませぬ」
「土佐とは違い、伊予は米が獲れるからな。それが羨ましい。今はどれくらいあるんだ?」
「正確には分かりませぬが、石高は四〇万石は超えているかと」
「凄いな。さすがは四国一の裕福な国だ」
そんな話を聞いてしまうと、安芸 左京進が俺の知っている頃よりもややぽっちゃりして見えてしまうのは何故だろうか。環境の変化により、飽きる程米が食べられるようになったのが影響しているのかもしれない。
この時代の人々は、あり得ないくらい米ばかり食べる。おかずは少量しか食べない。
それなのに俺の食事は、野菜や海藻を含むおかずが多くなって穀物の量は減る。しかも俺の好みで、主食の米には必ず麦が混ざっている。病気に掛からないように日々の食事には気を遣っているとなれば、皆も同じような献立にせざるを得ない。
安芸 左京進はこの特殊な環境から解放されただけだ。きっと悪気はない。あくまでもこの時代の常識的な献立で、日々の食事をしているだけである。
ただそうは言っても、この食生活が脚気の原因になってしまえば笑うに笑えない。食事指導として、豚肉、卵、蕎麦辺りを食べるよう言っておく必要がありそうだ。「江戸わずらい」をいち早く先取りする事もないだろう。
ともあれ、伊予国への訪問には大きな意義があった。左京進を始めとした伊予安芸家の皆は、俺にこれまでの成果を見せたいと長く逗留を望んだが、後ろ髪を引かれる思いでその話を断る。落ち着いたら和葉やアヤメと共に遊びに行くとして、この地を後にした。
こうして俺は数か月ぶりに阿波国の撫養城へと戻る。
しかしながらそこで待っていたのは、凱旋を喜ぶ明るい表情ではなく、皆の悲嘆に暮れた表情であった。
「一体何があった」
「申し上げます! 本山 梅慶様が討ち死にされました! 我等が不甲斐ないばかりに、無念でなりません」
「相手は三好か?」
「いえ、元阿波水軍頭領 森 元村と激戦の上、相打ちです。見事な最期でした」
「実質三好じゃねぇか!! 畜生! あいつ等、よくもやってくれたな!」
目を離せばすぐにちょっかいを出してくる。これがあるからこそ、淡路国は俺達にとって邪魔な存在であった。
約束していた安芸毛利家の降伏は、日を改めてとなる。
毎度の事ながら、土地を手放すという決定には必ず反対者が出るものだ。そういった聞き分けの無い者達を掃討するには、今の俺達では疲弊している。今回の戦いは長丁場で且つ激戦だったため、まずは休息が必要との判断をした。
また、安芸毛利家自体も家中の説得が不十分だという状況から、猶予が欲しいとの要望が出ていたのもある。
安芸毛利家はあくまでも安芸国内での盟主という立場であり、明確な主従関係を結んでいない者も多いらしい。地域の豪族が表向き家臣として組み込まれているのだとか。そうなれば当家への降伏は、自分達の処遇を勝手に決めたとして裏切り行為に捉えられる可能性もあるらしく、このまま強行すれば家中が空中分解する恐れもあるのだという。
現時点で領地を手放す条件に納得しているのは一族のみであり、他の家臣や一族の下に付く陪臣等はこれからなのだとか。俺としてはそこまで気を遣わずとも、力づくで領地を接収した後に再度俸禄で雇い直せば良いと考えている。これは、それだけの力が現在の当家にはあるからだ。しかし当事者側から見れば、そう簡単な話ではない。
例えば企業の合併がある。子会社化によって取り込む場合は分かり易いものだが、対等合併や上位にホールディングスを作り子会社化する場合であっても、対等というのは実はあり得ない。必ず元の企業の資本力を背景とした、目に見えない上下関係が発生する。いざ蓋を開けてみれば、激しい派閥争いによって退社に追い込まれる事例が数多くあるのが実情だ (左遷や系列子会社への出向となる場合もある)。
毛利 元就殿はこの派閥争いをを警戒しているのだろう。お手て繋いで皆で仲良くというのは幻想だと言わんばかりだ。
要するに、当家内で派閥を形成できるだけの人的資源を確保するまで待って欲しいという話である。この老獪さが他の武家とは一線を画す。
万年人手不足の当家に派閥争いをする余裕は無いと思いつつも、立場が変われば景色も変わるもの。それに俺自身も、一度は苦い経験をした身であるためにこの要望を受け入れざるを得なかった。但し期限は今年中とする。来年に入っても領地を返上しない者に付いては、容赦無く踏み潰すとした。
また、俺にはもう一つ急いで安芸国を後にしなければならなかった理由があった。それは伊予国を任せている安芸 左京進との面会となる。今回の戦いでは、部隊の派遣に佐田岬半島西端の三崎浦への出兵、その上芸予叢島の制圧とかなりの負担を強いた。
瀬戸内海の東西を分ける要衝の芸予叢島を今後伊予安芸家に任せるため、その最終確認である。もし資金面等で困った事態が発生しているなら、いち早く援助を行わなければならない。この地の維持がこれからの俺達の生命線となる。
ただそんな心配を余所に、当の安芸 左京進はけろっとしていたのだから苦笑するしかない。俺の湯築城訪問を喜び、母方の祖父である与松 元盛や重臣の岡 了順達と共に和やかに会食をしていると、数日前までの戦が夢であったかのような錯覚を覚えてしまう。
それでもしっかりと芸予叢島や三崎浦を制圧して、兵を駐留させているのだから流石としか言いようがない。三崎浦の制圧も、俺の言いつけを守って三崎氏に先に仕掛けさせたのだから完璧な成果だ。
三崎浦への措置は、本来なら亡き畑山 元明が提案してくれた穏便な形で済ますつもりであった。それがこのようになったのは、あの当時とは状況が変わったからとなる。剥き出しとなった豊後大友家の野心に対抗するためには、こちらも相応の手段が必要という訳だ。
「大洲地域の話を聞いた時は、苦労しているんじゃないかと思ったんだがな。取り越し苦労だった訳か」
「ここまで順調なのは全ては国虎様のお陰かと。元より米の取れる国ではありますが、それに加えて塩と悪銭の交換で国が潤っておりまする。この二つの政が切っ掛けで、民達は当家に対してとても協力的です」
「あー、なるほど」
加えて元雑賀衆の岡 了順を重臣に迎えたのも大きかったという。始まりは人手不足を補うために正妻の実家に協力を求めた程度だったのが、その縁で本願寺教団の治水技術者を招へいできたそうだ。遠州細川家が和泉国にある貝塚道場と懇意にしているのもあってか、驚く程協力してくれているらしい。
そうした効果により、米の収穫量も上がって収益もうなぎ登りだとか。肥料や有機農薬も飛ぶように売れているという。まさに好循環を絵に描いたような状況だ。
「ですので次の遠征には某も参陣致します。是非お声掛けくだされ」
「その話を聞くと、左京進には違う役目を与えたくなるな。参陣はこれまでと同じく一部部隊の派遣だけで大丈夫だ。こっちを優先して欲しい」
「そのお役目は大事なものでしょうか? 某としては、次の遠征で石見銀山を手に入れたいと考えておりまする」
「随分と貪欲だな。そう焦る事はないと思うぞ。いや悪い、役目の話だな。左京進には三崎浦に大規模な軍事拠点を建設してもらいたい」
「……兵の駐留だけでは駄目なのでしょうか?」
「ちょっと難しい話になると思うが聞いてくれ。三崎浦を伊予国に取り込む施策だ。もう一つは南九州の斯波 元氏への支援となる」
「斯波……一族の元山田殿ですか。確か、南肥後に攻め込んだとか」
「ああ。肥後相良家の代替わりの隙を突いて攻め込んだと報告を受けている。これだけなら問題は無いが、その後は平戸や長崎のある肥前国や大宰府のある筑前国も攻め取る構想だそうだ。ここまででどう感じる?」
「はっ。このような真似をすれば、豊後大友家が黙っていないのは確実かと」
「……やはり左京進もそう思うか。俺も同意見だ。豊後大友家当主の大友 義鎮は肥前守護を手にしている。近く九州探題の職も手に入れるだろう。目指す所は九州の王だ。斯波 元氏の行動は、それを邪魔するようにしか見えないだろうからな」
俺には、大友 義鎮が何を思い九州探題を手に入れようとしているかは分からない。ただそれでも第三者的な視点から見れば、その行為は幕府の否定であり自主独立を目指したものである。例え近衛 稙家にとっては些末な話であろうと、俺にはこの事態を放置する訳にはいかなかった。
そのためにも、まずは斯波 元氏の行動を支援する所から始める。
「そのための軍事拠点建設という訳ですな。これが豊後大友家への牽制となり、斯波殿への支援になると」
「そうだ。後、城と言わずに軍事拠点と言ったのは、港や城下町も含めての大規模なものを意識していると考えて欲しい」
「随分と壮大ですな。理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「簡単に言えば、三崎浦の民の生活の面倒を見るためとなる。駐留する兵達の面倒を見るついでに、三崎浦の民の生活を成り立たせて欲しい。具体的には生活物資の安定供給や雇い入れ、産物の買取となる。生活物資は販売する形で良い。これによって豊後国への依存を断ち切る」
三崎浦という地は特殊な立ち位置だ。伊予国にありながら、生活物資は隣の国の豊後国に依存をしている。これでは、三崎浦が豊後大友家の一部だと言ってもおかしくはない。
よって、三崎浦は豊後大友家がいつでも取り返せる地となる。例え兵を駐留させようと、民の向いている先は常に豊後大友家だ。これなら利権を餌に簡単に一揆を扇動できてしまう。それを防ぐためには、民の生活自体を伊予国で完結させなければならない。
だがそれさえ成し遂げれば、今度は三崎浦が豊後大友家の喉元に突き付けた刃へと転じる。距離にすれば八里弱 (三一キロメートル)はあるものの、船なら一刻 (二時間)以内に豊後国へと辿り着く。言わば橋頭保を築くようなものだ。何より陸続きでない点が良い。
「今回の一件で反応があると思ったんだが、三崎浦に兵を駐留させている現状でも豊後大友家が文句一つ言ってこないのは、三崎浦の民の生活を握っているという強みがあるとしか考えられない。施設が完成の暁には、その強みを取り除けるだけではないぞ。漁に出る気分で豊後国の港に火を付けられる。夜間にこっそり上陸すれば、略奪し放題だ。その行動に怒って攻めようにも、背後には薩摩斯波家や総州畠山家がいる。悲鳴を上げたい気分になるだろうぜ」
「つまりは長期の戦いを想定した付城 (最前線基地)ですな。それを某に作れと。確かに重要なお役目です。是非とも国虎様の期待に応えさせて頂きまする」
「伊予国はとても重要な地だからな。それに左京進は芸予叢島の管理もある。第一に考えて欲しいのは、敵を寄せ付けない鉄壁の防衛だ。俺が気軽に遠征できるのは、伊予をしっかりと纏める左京進あってこそだと常々思っている。資金が足りない場合は遠慮するなよ」
「はっ。お心遣い感謝致す」
伊予国は係争地である。歴史的にも常に九州や中国地方の脅威に晒されてきた。しかし逆を言えば、伊予国が盤石であれば九州や中国地方に脅威を与える存在となる。今回の大規模軍事拠点建設案は、そういった視点に立ったものと言えよう。
確かに左京進の言う石見銀山の奪取もとても魅力的な提案だ。しかし石見国は、周防大内家と出雲尼子家との係争地である。幾ら陶 晴賢が討ち死にしたとは言え、周防大内家自体が滅亡した訳ではない。まだまだ力は残っている。そんな中へ無理に割って入るよりも、周防大内家の反撃に備えるよう守りを固めるのが、今の俺達の最優先事項であった。
それに次の遠征は、安芸国や備後国の接収が主となる。小競り合いに終始するのが分かっているだけに、左京進の力を振るう場面はまず訪れない。左京進にはもう少し大きな戦で活躍の場を与えたいと考えている。
「そういった訳でな、左京進は瀬戸内の海と九州に睨みを利かせて欲しい。頼りにしているぞ。俺の方も水軍拡充はやりたいんだがな、如何せん人が集まらない。お陰で今回の厳島攻略では、阿波海部家に大動員してもらって何とかしたくらいだからな」
「国虎様……それでは阿波国の海が手薄になっているのではないですか?」
「水際対策は行っている。それに幸か不幸か、阿波国には本山 梅慶がいるからな。万が一三好が乗り込んできても、これで何とかなる筈だ」
「それなら三好が攻めてきても、後れを取る事はないでしょう」
「だから俺もこうして、左京進達とのんびりできている。あっ、そうそう。落ち着いてからで良いから、東予の新居郷を調べておけよ。銅山があるぞ。それと他にも何かあるかもしれないから、山伏を使って国内を調べておけよ。資源は金銀や銅だけではないからな」
「確かに。これまでは国内の整備を優先してきましたが、そろそろ産物開発や資源採掘に手を出しても良い頃合いやもしれませぬ」
「土佐とは違い、伊予は米が獲れるからな。それが羨ましい。今はどれくらいあるんだ?」
「正確には分かりませぬが、石高は四〇万石は超えているかと」
「凄いな。さすがは四国一の裕福な国だ」
そんな話を聞いてしまうと、安芸 左京進が俺の知っている頃よりもややぽっちゃりして見えてしまうのは何故だろうか。環境の変化により、飽きる程米が食べられるようになったのが影響しているのかもしれない。
この時代の人々は、あり得ないくらい米ばかり食べる。おかずは少量しか食べない。
それなのに俺の食事は、野菜や海藻を含むおかずが多くなって穀物の量は減る。しかも俺の好みで、主食の米には必ず麦が混ざっている。病気に掛からないように日々の食事には気を遣っているとなれば、皆も同じような献立にせざるを得ない。
安芸 左京進はこの特殊な環境から解放されただけだ。きっと悪気はない。あくまでもこの時代の常識的な献立で、日々の食事をしているだけである。
ただそうは言っても、この食生活が脚気の原因になってしまえば笑うに笑えない。食事指導として、豚肉、卵、蕎麦辺りを食べるよう言っておく必要がありそうだ。「江戸わずらい」をいち早く先取りする事もないだろう。
ともあれ、伊予国への訪問には大きな意義があった。左京進を始めとした伊予安芸家の皆は、俺にこれまでの成果を見せたいと長く逗留を望んだが、後ろ髪を引かれる思いでその話を断る。落ち着いたら和葉やアヤメと共に遊びに行くとして、この地を後にした。
こうして俺は数か月ぶりに阿波国の撫養城へと戻る。
しかしながらそこで待っていたのは、凱旋を喜ぶ明るい表情ではなく、皆の悲嘆に暮れた表情であった。
「一体何があった」
「申し上げます! 本山 梅慶様が討ち死にされました! 我等が不甲斐ないばかりに、無念でなりません」
「相手は三好か?」
「いえ、元阿波水軍頭領 森 元村と激戦の上、相打ちです。見事な最期でした」
「実質三好じゃねぇか!! 畜生! あいつ等、よくもやってくれたな!」
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