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#11 境界線
#11.3 再開、そして前進
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歩道の片隅で惚けている俺である。かれこれ、いや、どのくらいの時間が経ったのかは分からないが、だいぶ時は過ぎたと思う。それまでの間、例のフラッシュバックは起きていない。というよりアレはもう終わったものだと思う。街の様子はいたって普通であり平穏そのものだ。
ほんの一瞬、僅かな距離で運命が二分され、取り残されたことで生還したのか。どの道、時間を戻せない以上、俺が出来ることは何も無い。一緒に帰ると約束したリンダは、何を思ったのか俺だけをこの世界に残し、どこか違う世界に旅立った。それは今まで俺達が居た世界なのか、それとも別の世界か。それを考えても分かるはずもない。ただ気掛かりなのは、それでリンダは満足なのか、ということだ。俺の喪失感は置いといて、どこぞに行ってしまったリンダは、今は何を思っているだろうか。あれは機械で『もの』だからと割り切るには余りにも切なすぎる。さて、どうしたものか。このまま嘆いていても何も変わらないのは、いや、理解しなければならないだろう。
気候はいたって快適である。防寒服を着ているせいで汗を掻くほど暑い。空は快晴、風は微風。歩道といっても人の往来も車も殆ど通らない。どこかの国のように、この国は忙しくはないのだ。
ここはD国、西の外れ。その隣の三国は戦争中だが、ここは違う。何事も起こらず、そう、何事とは極端な事が起きていないという意味だ。俺が国中を駆けずり回ったことも、暗闇に閉じ込められた世界とも無縁な、ごく平凡な時間がここには在る。そして非日常が終われば次は日常の始まりである。立ち止まっているだけでは何も成し得ないのは、あらゆる世界で共通だ。そろそろ重い腰を上げなければならないだろう、やれやれだ。
「ケイ」
俺の名を呼ぶ一人の男が目の前に立っている。その厳つい顔は忘れられないだろう。
「ジョンか」
「再会できて良かった」
その男、ジョンは消えた時と同じ服装、同じ顔をしている。顔はともかく、今までどこをフラついていたのだろうか。それにしてもこんな場所で出会ったという割に、大して感動しないのはジョンだからだろうか。
「リンダが居なくなった」
「そうか」
ジョンの素っ気ない返答に腹立たしい思いの俺である。俺はただ『居なくなった』と言っただけである。何時どこでどのように、という疑問が生じないとでもいうのか。
「随分と冷たい奴だな」
「それはすまない。だが、ああ、なんでもない」
本来ならジョンに詰め寄りたいところだが、それは八つ当たりというものだろう。唯一リンダの存在を共有出来るものと俺が勝手に思っていただけである。だが、この不満、どこかに誰かにぶつけないと収まらない気がして仕方がない。それはジョンを相手にというよりも、次第に自分に返ってきている気もする。何も出来なかった、考えが至らなかった自分自信が一番、腹立たしいのだろう。けれど今は他人に全ての責任を押し付けたい気持ちもある。そうすれば、いくらかは自分が楽になれそうな気がするのである。ああ、俺は小さい男であるのだな。
「せっかく会ったんだ。どうすかな」
「それは決まっている。帰国しなければ、ケイの国に」
至極まっとうな意見である。それが本来の目的なのだからだ。だが、直ぐにこの場を離れる気になれない。どうせ待てど暮らせどリンダが戻ってくるわけでもなく、さりとて探すこともできない。探すとしたら、ほんの数メートル先である。そこにリンダが居た痕跡すら無い。見えないということは存在しないのと同義であろう。出来ればその辺に隠れていては、くれないだろうか。
「リンダを探すのは無理か?」
「一度消えたら難しいだろうな」
「いや、二度目だ」
「二度か、まあ、いいだろう」
何がいいのかさっぱりである。相変わらず要領を得ないジョンに対して、未だお約束のように省略された部分を尋ねなければならないようだ。
「それは、どういう意味だ?」
「帰国すれば分かる。本当のリンダに会えるだろう」
「本当のリンダ? ますます分からないぞ」
「言葉で説明するのは難しい、自分の目で見て判断してくれ」
異様な世界から解放され、取り敢えず困難な状況は乗り越えた。謎の部分は全然解明されてはいなが、その謎の現象はどうであれ終わった。しかしリンダを喪失するという大きな代償があった。その代償をチャラにするような、希望のような期待を抱かせる魔法の呪文を聞いた。それに騙されて良いものだろうか。全てが終わっていないのなら前進するしかないだろう。その本当のリンダとやらを確認するまでは。
「行こう、ジョン。善は急げだ」
「ケイ、車はどこにある? 歩いて行ける距離ではない」
「車なら、その先に止めてある」
「そうか」
「但し、ガス欠だ」
ほんの一瞬、僅かな距離で運命が二分され、取り残されたことで生還したのか。どの道、時間を戻せない以上、俺が出来ることは何も無い。一緒に帰ると約束したリンダは、何を思ったのか俺だけをこの世界に残し、どこか違う世界に旅立った。それは今まで俺達が居た世界なのか、それとも別の世界か。それを考えても分かるはずもない。ただ気掛かりなのは、それでリンダは満足なのか、ということだ。俺の喪失感は置いといて、どこぞに行ってしまったリンダは、今は何を思っているだろうか。あれは機械で『もの』だからと割り切るには余りにも切なすぎる。さて、どうしたものか。このまま嘆いていても何も変わらないのは、いや、理解しなければならないだろう。
気候はいたって快適である。防寒服を着ているせいで汗を掻くほど暑い。空は快晴、風は微風。歩道といっても人の往来も車も殆ど通らない。どこかの国のように、この国は忙しくはないのだ。
ここはD国、西の外れ。その隣の三国は戦争中だが、ここは違う。何事も起こらず、そう、何事とは極端な事が起きていないという意味だ。俺が国中を駆けずり回ったことも、暗闇に閉じ込められた世界とも無縁な、ごく平凡な時間がここには在る。そして非日常が終われば次は日常の始まりである。立ち止まっているだけでは何も成し得ないのは、あらゆる世界で共通だ。そろそろ重い腰を上げなければならないだろう、やれやれだ。
「ケイ」
俺の名を呼ぶ一人の男が目の前に立っている。その厳つい顔は忘れられないだろう。
「ジョンか」
「再会できて良かった」
その男、ジョンは消えた時と同じ服装、同じ顔をしている。顔はともかく、今までどこをフラついていたのだろうか。それにしてもこんな場所で出会ったという割に、大して感動しないのはジョンだからだろうか。
「リンダが居なくなった」
「そうか」
ジョンの素っ気ない返答に腹立たしい思いの俺である。俺はただ『居なくなった』と言っただけである。何時どこでどのように、という疑問が生じないとでもいうのか。
「随分と冷たい奴だな」
「それはすまない。だが、ああ、なんでもない」
本来ならジョンに詰め寄りたいところだが、それは八つ当たりというものだろう。唯一リンダの存在を共有出来るものと俺が勝手に思っていただけである。だが、この不満、どこかに誰かにぶつけないと収まらない気がして仕方がない。それはジョンを相手にというよりも、次第に自分に返ってきている気もする。何も出来なかった、考えが至らなかった自分自信が一番、腹立たしいのだろう。けれど今は他人に全ての責任を押し付けたい気持ちもある。そうすれば、いくらかは自分が楽になれそうな気がするのである。ああ、俺は小さい男であるのだな。
「せっかく会ったんだ。どうすかな」
「それは決まっている。帰国しなければ、ケイの国に」
至極まっとうな意見である。それが本来の目的なのだからだ。だが、直ぐにこの場を離れる気になれない。どうせ待てど暮らせどリンダが戻ってくるわけでもなく、さりとて探すこともできない。探すとしたら、ほんの数メートル先である。そこにリンダが居た痕跡すら無い。見えないということは存在しないのと同義であろう。出来ればその辺に隠れていては、くれないだろうか。
「リンダを探すのは無理か?」
「一度消えたら難しいだろうな」
「いや、二度目だ」
「二度か、まあ、いいだろう」
何がいいのかさっぱりである。相変わらず要領を得ないジョンに対して、未だお約束のように省略された部分を尋ねなければならないようだ。
「それは、どういう意味だ?」
「帰国すれば分かる。本当のリンダに会えるだろう」
「本当のリンダ? ますます分からないぞ」
「言葉で説明するのは難しい、自分の目で見て判断してくれ」
異様な世界から解放され、取り敢えず困難な状況は乗り越えた。謎の部分は全然解明されてはいなが、その謎の現象はどうであれ終わった。しかしリンダを喪失するという大きな代償があった。その代償をチャラにするような、希望のような期待を抱かせる魔法の呪文を聞いた。それに騙されて良いものだろうか。全てが終わっていないのなら前進するしかないだろう。その本当のリンダとやらを確認するまでは。
「行こう、ジョン。善は急げだ」
「ケイ、車はどこにある? 歩いて行ける距離ではない」
「車なら、その先に止めてある」
「そうか」
「但し、ガス欠だ」
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