ケイコとマチコ、ときどきエリコ

Tro

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#9 世界に吹く風(お迎え編)

#9.4 サチコの風

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青い空、その遥か上空の季節風に跨り、どこか遠くに旅する迎える風シルフィード、それがケイコです。行き先は、もちろん風まかせ。でも、探しています。この世界のどこかでケイコのお迎えを待ち侘びている迷子の風シルフィード、マチコという名のアホの子を。きっと、どこかの隅っこで今頃、泣いていることでしょう。でも、もう大丈夫。お姉さんであるケイコが、きっと見つけてくれます、たぶん、きっと、おそらく。

だから、もう少しだけ待っててね、と夢現つのケイコです。



ということで、また季節風の中で眠ってしまったケイコです。そうして目覚めると、星が瞬く夜空が見えてきました。どうやら眠っているうちに夜になったのでしょう。何時ものように、その星を掴もうとした時、です。その星たちがクルクルと回り始めたではありませんか。

「なんじゃあああ、こらあああ」

何時ものように叫ぶケイコの現在位置は、どこかの砂漠、それも蟻地獄のように渦巻状になった砂の穴、のようなところです。そこにケイコがズボッとはまっている、という訳です。

そして、何故か砂が渦を巻き始め、砂の渦と一緒になってクルクルと回っている最中です、クルクル。

「(このままでは、埋まってしまう)うぎゃー」

相手が砂とあって、容易に抜け出せない(正確には、そう思い込んでいる)ケイコです。どんどん渦の中心に引き込まれていきます。危し! ケイコ、です。

「(こんなところで足止めを食らうとは)うぎゃー」

いくら砂を掴んでも、指の隙間から砂が溢れるばかり。背中まで、どっぷりと砂に埋まり身動きの取れないケイコ、危し! です。

「(私の旅は、ここまでなのかー)うぎゃー」

自慢の羽も動かすことは出来ず、夜空の星がクルクルと回るのが見えるだけです。そしてとうとう、ケイコの肩付近まで砂に埋まってしまいました。万事休す、のケイコです。

ピラハニホヘホー・プー。

そんな時、どこからか奇怪な音が聞こえてきました。しかし、それは必死で足掻くケイコの気のせいなのかもしれません。なにせ、ザザザー・ゴゴゴーの砂の渦です、それどころではないのです。

ピラハニホヘホー・プー。

今度はハッキリと聞こえました。それも夜空の星を掻き消すかのような眩しい光がケイコを照らしています。

「おい! お前、掴まれー」

誰かが砂に沈み込んで行くケイコに救いの手を差し出しました。その手は眩しい光の向こうから伸びています。ですが、その手を取ろうともしないケイコ、一生懸命「うぎゃうぎゃ」言っているだけです。

「ちっ、慌てるなって」

伸びた手が、うぎゃうぎゃケイコの腕を引っ張り上げ、「えいっ」の掛け声で絨毯の上にケイコを載せたのでした。

えっ、絨毯? そうです。絨毯です。それも空飛ぶ絨毯、それに乗った地元の子シルフィードがケイコを砂の渦から引き上げたのです、恩人です。そして眩い光の正体は、絨毯の前方に漂う雷雲が車のヘッドライトのように周囲を照らしていたのです、バチバチ。

「うぎゃー、埋まるかと思ったじゃないかー」

早速、絨毯の上で寛ぐケイコです。そして恩人の顔を見るなり、

「マチコおおお!」と叫ぶと、
「マチコ? 私はサチコだよ」と返事が返ってきました。

でも、ケイコが見間違えたのも無理はありません。暗いせいもあるかもしれませんが、マチコに似ています……ところどころ、ですが。それに名前も一字しか違わないじゃないですか……似ています。

「マチコおおお!」とサチコに抱きついて叫ぶケイコに、
「だから~、違うって~」と、くっ付いて離れないケイコを振りほどきました。

そうして絨毯の上でゴロンとしたケイコがマジマジとサチコを観察。全体的には、なんとなくマチコに似ていますが、着ている服が違っています。白いロングコートのようなものを羽織り、背中には赤く『殺 血 恋』と書いてありました。そして額にはハチマキが。

そこには『暴 風』と記されているようです。ということは、アレの方でしょうか。これにて観察は終了です。そして、

「うむ、確かにマチコではないようじゃな。まずは礼を申す、ありがとう。そして私は、ケイコ。以後お見知りおきを」と冷静を取り戻したケイコです。

急にかしこまったケイコに、

「いや~、たまたま通り掛かっただけだから、礼なんていらないよ。
ほんと、たまたまだから。
それに~、今日は運が悪くてさー、なんか嫌な予感がしたんだよねー。
そうしたらさー、胸騒ぎっていうのー、そんな気がしてさー、胸騒ぎよー。
ほら、そうしたらさー、ほんとに変な声が聞こえたんだよねー、風の便りってやつだよねー。
ほら、やっぱりなーって思ったのよ、胸騒ぎの通りだって。
ほら、この辺がさー。
それで来てみたらさー、あんたが、アハハ、埋まってるじゃないのよー。
ほら、やっぱりだーってね。
だからねー、いいのよー、序でだからさー」と目をキョロキョロさせながらの長いサチコの話でした。

そんなサチコの話を聞いていなかったケイコです。それよりも絨毯の方が気になって仕方がない、という風に何度も絨毯をナデナデしているようです。その絨毯ですが、正確に言えば絨毯の切れ端といった具合でしょう。でなければサチコにとって、とても大きな代物になってしまいますから。

「この手触り、絶品じゃ」

ケイコの一言に目を輝かせるサチコです。そして満面の笑顔でまた語り始めるようです。

「そうでしょう、そうでしょう。いゃ~、こいつはね~、あんた、分かるんだね~、うんうん。
それでねー、こいつと出会っ時がねー、何て言うのかなー、そうそう、運命っていうのー、見つけたってもんじゃーないんだおよー。初めから私と出会う運命だったのよ。それでそれでね——」

話の途中ですが、「サチコや、お前さん、何か、忘れてやしないかい?」と割り込むケイコ。むかし、お婆ちゃんから教わった、長い話をぶった斬る極意を発動させました。因みに『お婆ちゃん』とは仲の良かった『お婆ちゃん』です。

「はっ、そうだ、そうだよ。こんなことをしている場合じゃないんだよー」と我に返ったサチコ、本当に何かを思い出したようです。そして、「悪い、ゆっくりと話をしている場合じゃなかったよー」に、

「お構いなく」と答えるケイコ、
「そうだ、あんたも一緒に来るかい? ここに残ってもしょうがないでしょう。ちょっと急ぎの用があるんだよね。それが終わったらゆっくりと出来るんだけどね。いや、すぐに終わる用なんだよ、それがね——」と、まだまだ続きそうなサチコです。それに、
「是非もなし、急ごう」のケイコ、
「あ、ああ、そうだね、行こう」のサチコです。

ピラハニホヘホー・プー。

こうして空飛ぶ魔法の絨毯は、サチコとケイコを乗せて夜の砂漠を疾走していきます。因みに空飛ぶ絨毯は、もれなく魔法の絨毯です。それと、『ピラハニホヘホー・プー』はラッパのようなものにサチコが風を吹きこんで鳴らしているようです。なんでも、これが出発の合図だとか。あと、警笛代わりにもするそうです。



一見、平らのように見える砂漠も結構、起伏が激しく、上を下へと大忙しです。それならもっと高く飛べば良いのでは、と思いがちですが、起伏に合わせて飛ぶのがサチコのスタイルです。

その魔法の絨毯、本当は魔法ではなくサチコが風で移動させているのです。それでも先程の例のように、魔法の絨毯ということになります、はい。

さて、サチコとケイコは絨毯の上で行儀よく正座して座っています。前の方にサチコ、そのサチコの腰に手を回してくっ付いているケイコです。上下左右に目まぐるしく動き回る絨毯に目を回しそうなケイコ、器用に絨毯を操るサチコ、夜の砂漠を疾走していきます。

こうして暫く進むと前の方に小さな光の点が幾つか見えてきました。すると、そちらに進行方向を変えるサチコです。そうして小さな光の点が、眩しい光の集団になって見えてきました。そしてこちらの光も見えたのでしょう、その集団が一斉に、

ピラハニホヘホー・プププー、です。

「何事じゃ、サチコ殿」

異様な音に震え上がるケイコは、それを押し隠しながらサチコの耳元で囁きました。それに、

「あー、あれね。あれはねー、集会よ」とケイコに聞こえるように大声で答えます。
「集会とな?」

「そう、そうなのよ。あれがねー、今夜の相手なのよー、聞いてくれる? それがねー、生意気にも私にねー、挑んできたのよー、どっちが速いかってね。もうー、当然、私なんだけねー、それが分からないアホの子なのよー」

「なるほど、マチコと同じじゃな」

「それでね、今夜、勝負しましょうってことになってねー、仕方ないから相手をしてあげることになったのよー、それがね——」

サチコの話はまだまだ続きそうですが、既に目的の場所に着いたようです。魔法の絨毯に乗った不良の子シルフィードたちに周囲を囲まれたケイコとサチコです。それぞれの光がケイコとサチコを照らしていて眩しいです。そして、その光の奥から、

「おっそいよー、サチコー。遅刻だよー」と姿は見えませんが、声だけが聞こえてきました。それに、

「ごめーん、ちょっと野暮用でねー」と答えるサチコです。その間にも、ピラハニホヘホー・プププーと、まるで野次のように警笛を鳴らす集団、うるさいです。

そうして光の中から歩いて出てきたのは、これまたサチコと同じような出で立ちの不良の子シルフィードです。そして、

「さっさと始めましょう。もう、眠いんだからねー」とサチコに催促と抗議をする不良の子のです。それに、
「わかったよ、始めましょう」とサチコが返すと、そのサチコの後ろに居るケイコが気になったようです。そこで、

「ちょっと、その子は何なのよ。どこの子?」と問いかけられ、ドキドキ・ソワソワのケイコです。その代わりにサチコが答えようとすると、「いいわ。そっちがその気なら、こっちも合わせるから。それでいい?」と同意を求めてきました。

どうやら、これから始まる『競争』とは、魔法の絨毯によるスピード競争のようです。そしてコンビで絨毯に乗る方が有利なのでしょう。そんな競争に巻き込まれたケイコです。

「それは~、ちょっとね~。この子は関係ないのよ~」とサチコが不良の子の申し出を断ろうとした時、ケイコがサチコの肩をポンポンと叩きました。そして、

「良いのじゃ。これも何かのえん、どこまでも付き合うぞ」のケイコに、
「でも~」と言葉短めのサチコ、
「サチコ殿に救われた身じゃ。その借りを返させてはくれんかのぉ」と固い決意を見せるケイコです。

そんな心意気を見せられては、もはや是非も無いサチコです、「じゃあ、お願いね」とサチコも覚悟を決めたようです。そして不良の子に向き直ると、「始めますかー」と大きな声で競争の開始を叫んだのでした。

ピラハニホヘホー・プププーと沸き立つ魔法の絨毯集団です。そしてサチコも高らかに警笛を鳴らしたのでした。

◇◇

競争は至って簡単。二列に並んでヨーイ・ドン。それから少し遠くに見えるピラミッドまで速く、そして一番近づいた方が勝ちのチキンレースです。勿論、勢いがつきすぎてしまえばピラミッドの壁に衝突してしまうという大変危険な勝負、ど根性が試されます。

「準備はいい? 行くわよ」

サチコたちの隣に並んだ不良の子が仲間を伴い、やる気満々でサチコを煽って? います。それに、

「何時でもいらっしゃい」と余裕のサチコ、その後ろでガタガタと震える(これは武者震いじゃ)のケイコです。そして——

よーい・どん。

魔法の絨毯による競争が始まりました。一斉にピラハニホヘホー・プププーの大合唱、とても賑やかです。

そこは、月明かりと無数の星たちが支配する夜の砂漠。そして遠くに見えるピラミッドが、その大きな影と共に存在感をあらわにしています。

最初は不良の子たちが先行、出遅れるサチコとケイコです。やはり即席のコンビでは、団結力の強い不良の子たちと差が出てしまうのは致し方ないことでしょう。それでも頑張って先行に食らいつくサチコたちです。

コースの前半は平坦な道程が続きます。といってもそれは遠目で見た場合です。実際は小さな起伏が沢山あり、それを素直に通っていくサチコたちは小刻みに揺れていきます。一方、不良の子たちは賢く起伏の上を飛んで行き、その差は開く一方です。

しかし、そんな状況でも悔しがるサチコとケイコではありません。起伏を登る時は体を沈め、降りる時はサチコが「ぎゃっ」と叫び、続いて「ふん」とケイコが叫ぶことで、お互いの呼吸を合わせていきます、ぎゃっふん。

「余り引き離せないわね」

先行する不良の子が振り返りながら呟きます。それはまだまだ余裕があるからなのでしょう。その余裕を見せ付けるためでしょうか、後ろに乗る子が立ち上がり、前の子の肩を掴みました。そしてお尻をフリフリ、序でにペンペンも加えています。これで魔法の絨毯は蛇行を始め、速度が落ちたことでサチコたちとの差が縮まりました。

そうなると、目の前をウロチョロする不良の子たちが邪魔になるサチコたちです。上下に忙しく動き回るサチコたちにとって、避けるという手間が増える分、速度を落とさなければ——、いいえ、華麗に避けていくサチコたちです。そのおかげで不良の子たちと並ぶことが出来たのです。

では、何故そんな芸当がサチコたちは出来たのでしょうか。それはケイコの活躍が大いに貢献していたのです。

思い出してください。あの、トロッコ列車で疾走した経験を持つケイコです。サチコが「左、お願い」と叫ぶと絨毯の上を左に移動するケイコ、「こう、だね」と小気味良い動作と掛け声で奮闘していきます。そして、「右、お願い」「こう、だね」と息ぴったしのサチコたちです。

意外な展開に焦る不良の子たちです。「何やってるのよー」「へへへ」と怒号が飛び交います。まさに余裕をぶっこいた結果でしょう。そこで体勢を立て直し、本気を出す不良の子たち、ビューンです。

それでも波に、いえ、風に乗ったサチコたちが一歩リード、不良の子たちを蹴散らして行きます、ヒャッハーお尻ペンペンです。

◇◇

月の明かりに照らされて、不気味な存在を放つピラミッド。そこに二筋の光が急速に近づいています。それはまさしく、サーキットを走る二匹の狼。勝ったほうが世界を支配できると言わんばかりの熾烈な争い、がんばれサチコとケイコ、適当にね、の不良の子たちです。

「やるわね、サチコ」
「あんたもね」

激しい攻防の中、自然にサチコと不良の子との間に、微妙な友情が芽生えたようです。それはしのぎを削るもの同士、何か通じるものがあるのでしょう。そしてケイコにもそれが当てはまるようです。

「私、ケイコー」
「私はねー」

お互いの絨毯が並びかけた時、手を振ってお互いの健闘を祈るケイコと不良の子でしたが、急に減速し始めたサチコの絨毯です。もうピラミッドは目前、ここで遅れをとっては負けてしまいます。

「臆したわねサチコ、お先に」と絨毯の端をヒラヒラさせてカッ飛んで行く不良の子たち、「うううっ」と唸るサチコです。

「どうしたのじゃ、サチコ。このままでは」

プルプルと震えるサチコを心配したケイコが声を掛けましたが返事がありません。そこで再度、「どうしたのじゃ、サチコ。まさか、アレなのか」と尋ねると、
「そう」と小さな声で答えるサチコです。

それを聞いて目を閉じるケイコです。そして、ゆっくりと絨毯に座ると雑念を払い、精神を研ぎ澄まして参ります。心には無風の境地、魂には安らぎを与え、未来を引き寄せて行くので御座います。そうして流れ行く時の中で掴んだ『勇気』を讃えます。

「サチコよ、こちらを向きなさい」と、きっぱりのケイコ。
「だって~」と高速移動中のため目が離せないという意味も込めているサチコに容赦なく、

「さあ、早う」と急かせるケイコに、渋々応じるサチコ、お互い正座したままでの対面です。そして、「私は、信じておる」とサチコの目を覗き込むように見つめます。しかし、

「だって~」と繰り返すサチコに、
「ばっかもーん」と声を張り上げるケイコです。それに、
「だって~、怖いんだもーん」と半泣きのサチコ、それを見かねたケイコが、
「私は、信じておるのじゃー」と言い切り、立ち上がるケイコです。

その時、ですね。不用意に立ち上がったものですから、ケイコはゴロンゴロンと後ろに転がり、かろうじて絨毯の端を掴みながらヒラヒラとしています。そして不運はまだ続きます。これに動揺したサチコは心が乱れ、その乱れが絨毯に及びます。そうすると、ええ、暴走を始めた絨毯、速いです。

「えっとー、誰だっけ~、大丈夫?」とケイコのところに駆け寄ろうとしたサチコです。
「ケイコじゃー。それよりも前を見るのじゃー」と自分を助けようとしたサチコを制止したケイコです。

その理由は、あっという間に不良の子たちの絨毯を追い越し、ピラミッドが目前に迫っていたからです。早く止まるか、どうにかしないとピラミッドの壁に衝突してしまいます。

「あんぎゃー」

振り向いて前を見たサチコが、迫り来る壁に絶叫、その勢いでゴロンゴロンと後ろに転がり、ケイコ同様、絨毯の端に掴まりヒラヒラとなってしまいました。ええ、まだ続きます。ケイコとサチコが絨毯の端を掴んでいるものですから、前の方が軽くなり、そのまま猛スピードで上昇し始めたのです、ビューンと。

「「サチコー」」

その様子を見ていた不良の子たちの声も、もうサチコたちには届かないでしょう。そのくらい急上昇したサチコたちは、ええ、運の良いことにピラミッドの斜面を駆け登るように『ぶっ飛んで』行ったのです。

「あんぎゃー」のサチコに、
「おんぎゃー」のケイコ、仲良く夜空に舞い上がりました。そしてピラミッドを超えて、まだまだ上昇を続ける魔法の絨毯です。

「サチコー、なんとかセーイ」と必死の形相で訴えるケイコに、
「だって~」とヒラヒラのサチコです。

しかし、こんな状態が何時迄も続くものではありません。ほら、ケイコの手が、手が、手が、ああ、とうとう絨毯を離してしまいましたよ。

「うんぎゃー」のケイコに、
「えーと、誰だっけ、掴まってー」と手を伸ばすサチコです。

「ケイコじゃー」と叫ぶケイコの体は、何かの風に煽られているのか、足が持ち上がっています。そう、それは空中で逆立ちをしているようなものです、器用です。

そのケイコの手を掴もうとしたサチコ、あともう少しで届くというところで、ケイコも手を伸ばします。そしてあと少し、少し、というところで指が触れただけで離れてしまいました。

「えーと、誰だっけー」と手を伸ばすサチコです。それに、

「ケイコじゃー」と答えたケイコは、ケイコは、緊張という肩の荷を降ろし、サチコに手を振るのでした。「サチコよ、お前さんだけなら、この危機を乗り越えることが出来るじゃろう。私のことは忘れて絨毯を、己の心を操るのじゃ」と離れていくケイコです。

「ダメよー、諦めちゃー」と叫ぶサチコに、
「良いのじゃ。もともと、お迎えに来たのだからのぉ。そろそろ行かねばなるまいて。さらばじゃ、達者でなー」と言い残すと、例の『吹いたら止まらない風』がケイコを空高く舞い上げているようです。

そうして、どんどんと離れていくケイコに、「ケイコー」と、やっと名前を覚えることが出来たサチコ。それに「私たちは勝負に勝ったのだ、それを忘れるでないぞー」と、どこかに吹き飛んでいくケイコです。

その姿を半泣きで見送るサチコは絨毯から手を離し、ヒラヒラと地上に舞い降ります。そして主を失った絨毯もヒラヒラと力無く舞い落ちていくのでした。

空高く、どこまでも吹き飛んでいくケイコは、また季節風と出会い、サチコとの別れを惜しみつつ、気持ちをガチャポンと入れ替え、マチコを迎えに行く旅を続けるのでした。
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