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#14 冒険する風
#14.1 卒業する風
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くるくると季節は巡り、春めいた風が吹き始めた頃。
全員集合のケイコの家です。といっても実際に居るのはケイコとマチコ、その前にエリコが立っています。その他大勢は映像を映したスクリーンでの参加です。そして、少し離れてヨシコが卒業証書を持って立っています。
そう、これは一丁前になったエリコの卒業式。背中に羽が見えないので、まだ自力で飛ぶことは出来ませんが、それ以外は完璧な風の子、その作法を会得したのです、パチパチ。
おっと、卒業式なので、何時も暗い家も今日に限っては昼間のような明るさです。そして木漏れ日がスポットライトのようにエリコを照らしている、そんな演出もされている感動的な場面です。教育係りとして奮闘したケイコは勿論のこと、マチコもその目に涙を浮かべる程、大きく成長したエリコ(精神的にという意味です)、立派になりました。
「エリコ殿。あなたは風の子としての作法を修め、全ての課程を卒えたので、これを証する。今日の良き日に、風の子妖精学校校長、ヨシコ」
ヨシコが読み終えると一斉に拍手、パチパチです。その拍手の中には、「妖精学校って、何?」とか「校長?」などの疑問が混ざっているようですが、些細なことは脇に置いておきましょう。
こうして証書を渡すヨシコ、それを受け取り、一丁前の風の子としてデビューしたエリコ、エヘンです。
そんなエリコに、「よく頑張ったのじゃ」と声を掛けるケイコ、「やったね」のマチコです。するとスクリーンが消え、周りも何時ものように暗くなり、月と星が輝く夜の世界に戻ってしまいました。もう、余韻もへったくれもありません。それに、
「おばさーん」とヨシコに苦情を申し立てるケイコ、
「終わったから、いいんじゃないの? それにさ、卒業と言えばアレでしょう」のヨシコです。
「アレって、アレのことぉ?」と尋ねるマチコ、ですが、アレが何のかを知ら図に言っているだけです。それに釣られて、
「アレッ」とエリコ、みんながアレアレ言うものですからケイコも「アレ」と言い始めました。
「そうさね、アレだよ。なんだ、みんな分かってるじゃないのさ。なら善は急げだよ、アレしに行こう!」のヨシコに全員で、
「行こうおおお」となった次第です。
◇
アレが何なのか、の前に、卒業式が行われる少し前まで戻ってみましょう。それは、ケイコの家に隣接している湖、そこに浮かぶエリコの家である小舟から始まります。その小舟に乗っているヨシコです。
「ちと、あんたにも手伝って貰うよ」
「はあ? 何で俺が」
ヨシコの話し相手はアイ、ケイコが『おっちゃん』と呼んでいる、あの『おっちゃん』です。小舟そのものと言っても良いでしょう。そして、その見た目の通り、小舟に乗ってチャップン・チャップンのヨシコです。因みにエリコは既にケイコの家に行っていました。
ところで、その『おっちゃん』の声はどこから聞こえて来るのでしょうか。それは頭の中に直接語り掛けてくる、なんて高度なものではありません。ただ小舟がブルブルと震えることで、それが音声となって聞こえてくるという、とても原始的なものなのです。ですから小舟の乗り心地は最悪なのです。はい、話を戻しましょう。
ヨシコの提案に渋るアイ、それにカチッときたヨシコ、片方の眉が吊り上がったような、です。その勢いで、
「何で俺が? ちょっとあんたさぁ、自分の役割を知らないのかい?」のヨシコに、
「女王様を守るのが俺の使命だ!」と曲げないアイです。
「ああ、やっぱり分かってないようだね。いいかい、あの子たちを守る必要なんて無いんだよ」
「そんなバカな! 今にも消えてしまいそうなくらい、か弱い存在ではないか。それを守らなくていいなんて、バカを言わないでくれ」
「一体、あんたは何を見ているんだろうね。いいかい、あの子たちは無敵なんだよ、どんなことが起きても平気なんさ。
それにもっと、え~と、なんだろう、とにかく何かに護られているから心配いらないのさ」と言ったところで「あっと、それは私もだからね」と付け加えるヨシコです。
「何かに、護られてる?」
「そうさね、あんたも知ってるはずだよ」
「うーむ、記憶に御座いません」
「そんなことより、私の……私たちはね、あの子たちを楽しませるのが役割なんさね」
「そうなのか?」
「そうさね。あの子たちはね、放って置いたら同じ遊びを繰り返すだけになってしまうんさね。そこで、ちょっとだけ変化を付けるのさ、刺激と言ってもいいかもね。それが、私の……いや、あんたの役目さね。分かった?」
「なんとなく、分かったような気がするが、それはバグのせいだろう」
「大丈夫さね、私が、少しだけ手伝ってやるさね」
「ん? 同じ役割ではないのか? ヨシコ」
アイから名前で呼ばれたことが気に入らないヨシコのようです。ムスッとしたかと思うと、小舟をポンポンと叩き始めると、
「なんだって! お嬢様とお呼び! このポンコツがあああ。あんたが『やる』んだよ、ポンコツぅぅぅ!」と気が済むまで暴れたそうです、はい。
◇
話は現在に戻って、ケイコの家からエリコの家に全員が移動したところです。そこは、例の小舟の中ということになりまが、小舟と言っても、それは見た目だけで、内部はとっても広くなっています。そして、『アレ』をしに来た場所でもあります。
「卒業と言えば定番の卒業旅行さね、しっかり楽しんでくるさね」と両手を上げて『アレ』を発表したヨシコです。それに、
「卒業旅行!」のエリコ、嬉しそうな顔をしています。
「旅行とな、ふむ」と何かに感心しているケイコに、
「旅行ねえぇ、どこに行こうかしら、ねえぇ」のマチコです。それに、
「行き先は、くるっと一周の世界さね」と空中に円を描くヨシコ、
「一周、世界?」と、ちょっと意味が分からないエリコ、
「なるほど、ふむふむ」と分かった振りのケイコ、
「それはいいけどぉ、どうやって行こう、かしらねぇ」のマチコです。それに、
「私に任せるのじゃ」と得意満面のケイコ、ですが、それを無視して、
「このポンコツが連れてってくれるさね」のヨシコです。そして床を蹴飛ばして、『ポンコツ』が何なのかを示したようです。そして、「もう出発してるから、仲良く行ってくるんだよおおお」と手を振りながら消えて行くヨシコ、素早い撤退です。
そして、ヨシコの後を継ぐように、
「女王様、ご安心ください。どこへでも案内してやるぜ、任せろ」とポンコツ、いえ、アイのおっちゃんが、残された風の子たちの不安を払拭しようとしましたが、既に部屋から出てしまった風の子たちです。
◇◇
部屋を出て通路の階段をトントンと上がって行くと、見えてきました、大海原です。そこを疾走する、大きな船がアイのおっちゃん、ということになります。それが、もともと小舟であったとは思えないくらい、そして卒業旅行に相応しい、かどうかは分かりませんが、豪華客船のような立派な船に変わったアイのおっちゃんです。
甲板に出たケイコたちです。そこから遠くの水平線に声を上げ、荒海にもビクともしない大きな船に声を上げ、眩い青空に声を上げと、上げまくっている風の子たちです。そうして一通り感激した後は、それぞれがバラバラに船を探索していきます。
まず、ケイコは船の操舵室に向かいました。既に船長気分なのでしょう。そうして操舵室に入ると、真っ先に舵をクルクルと回していきます。
「さて、どこに行こうかのう。私の、気の向くまま、風の吹くままじゃ」と悦に入るケイコです。勿論、舵をどう扱おうが、おっちゃんが制御しているので問題ありません、ただの飾りのようなものです。
エリコは、船尾にあるプールにジャップンです。そこでヨチヨチと泳ぎながら、大海原を泳いでいる気分に浸ります。勿論、速攻で水着に着替えたのは言うまでもありません。
そのプールの脇にあるリクライニングチェアで日向ぼっこのマチコです。青い空と青い海を見ながら、
「たまにはぁ、こういうのも良いかもねぇ、楽だしぃ」と独り言を呟いていました。
ところで、ケイコとマチコにとっては、乗り物で遠くまで移動する、というのは初めての経験になります。普段、遠くまで行く場合、幾つもの風を乗り継ぐ必要があって、時間も労力も掛かっていました。それが、何もしなくても移動できることに、どこか不思議な感じを覚えていることでしょう。
そのケイコですが、操舵室で舵をクルクルと回すのに飽きたのでしょう、そこから出ると船首に向かって行きました。そして船の先端から見える、豪快に海を突き進む光景、その真下でジャブン・ジャブジャブと海を掻き分ける様子を、身を乗り出して覗いていました。というより、そこから落ちそうなくらいです。
豪快に波しぶきを上げて進む船、快晴ですが波は高く、風も少々あります。そこを殆ど、ではなく、全く揺れることなく進む船です。流石は『おっちゃんの船』といったところでしょうか。本当は、どんぶらこ・どんぶらこと言いたいところをですが、それをグッと我慢して、スススーと滑らかに突き進んで行きます、チエッ。
船の下を覗き込むケイコ、そんなに乗り出したら危ないぞ、と思うと、そうなるのがケイコです。体勢を崩して転落してしまいます。ですが、前から吹いてくる強い風と、身軽なことも相まって、落ちるよりも先にヒラヒラと舞い上がっていくケイコです。
そうして船の上を縦断しながら、時折、「およよー」と言っているような気がしますが、気のせいでしょう。そして船尾に向かってヒラヒラ、泳ぎに夢中になっているエリコは「キャハハハッ」、寛いでいるマチコの頭上を無言で通り過ぎ、船の後方までヒラヒラを続けるケイコです。
このままでは、突き進む船に置いて行かれる、そんな時です、ブーンとドローンが船から飛び立ち、ケイコをキャッチ、捕獲に成功しました。そのドローンこそ、例のブン太です。今ではおっちゃんの配下としてエリコの安全を見守る、大切な役目を担っているようです。
◇◇
そうこうしている内に日が暮れて参りました。そこで、沈み行く夕日を堪能した後、風の子たちは、それぞれに割り当てられた部屋の扉を開けて中に入ります。でもそれは外見だけで、中に入れば一つの広い部屋になっていました。そして、部屋の奥から順にエリコ、マチコ、ケイコの順にベッドが並んでいます。
エリコのベッドは、何時も使用している天板付きの豪華なベッドで、いかにも女王様専用のように見えます。しかし、これはエリコが選んだのではなく、おっちゃんの趣味のようなもので、女王様というイメージはこういうものだ、というところからきているようです。
他のマチコ、ケイコのベッドは普通のものですが、何時も葉っぱベッドで寝ているケイコにとっては慣れないのでしょう。早速、ベッドの上でゴロンゴロンと始めるケイコです。
因みに、この船の外見が豪華客船に変わったことで、船の内部も相当変わっています。船の中心部分以外では、全て豪華客船に相応しい構造と装飾で、どこからどう見ても『豪華』そのものに成っています。但し、それらが本物であるかどうかは……そう見えるのだから良しとしましょう。
こうして夜空に星が輝き始めた頃、それぞれのベッドでスヤスヤと夢の世界へ誘われて行く風の子たちです。
◇
全員集合のケイコの家です。といっても実際に居るのはケイコとマチコ、その前にエリコが立っています。その他大勢は映像を映したスクリーンでの参加です。そして、少し離れてヨシコが卒業証書を持って立っています。
そう、これは一丁前になったエリコの卒業式。背中に羽が見えないので、まだ自力で飛ぶことは出来ませんが、それ以外は完璧な風の子、その作法を会得したのです、パチパチ。
おっと、卒業式なので、何時も暗い家も今日に限っては昼間のような明るさです。そして木漏れ日がスポットライトのようにエリコを照らしている、そんな演出もされている感動的な場面です。教育係りとして奮闘したケイコは勿論のこと、マチコもその目に涙を浮かべる程、大きく成長したエリコ(精神的にという意味です)、立派になりました。
「エリコ殿。あなたは風の子としての作法を修め、全ての課程を卒えたので、これを証する。今日の良き日に、風の子妖精学校校長、ヨシコ」
ヨシコが読み終えると一斉に拍手、パチパチです。その拍手の中には、「妖精学校って、何?」とか「校長?」などの疑問が混ざっているようですが、些細なことは脇に置いておきましょう。
こうして証書を渡すヨシコ、それを受け取り、一丁前の風の子としてデビューしたエリコ、エヘンです。
そんなエリコに、「よく頑張ったのじゃ」と声を掛けるケイコ、「やったね」のマチコです。するとスクリーンが消え、周りも何時ものように暗くなり、月と星が輝く夜の世界に戻ってしまいました。もう、余韻もへったくれもありません。それに、
「おばさーん」とヨシコに苦情を申し立てるケイコ、
「終わったから、いいんじゃないの? それにさ、卒業と言えばアレでしょう」のヨシコです。
「アレって、アレのことぉ?」と尋ねるマチコ、ですが、アレが何のかを知ら図に言っているだけです。それに釣られて、
「アレッ」とエリコ、みんながアレアレ言うものですからケイコも「アレ」と言い始めました。
「そうさね、アレだよ。なんだ、みんな分かってるじゃないのさ。なら善は急げだよ、アレしに行こう!」のヨシコに全員で、
「行こうおおお」となった次第です。
◇
アレが何なのか、の前に、卒業式が行われる少し前まで戻ってみましょう。それは、ケイコの家に隣接している湖、そこに浮かぶエリコの家である小舟から始まります。その小舟に乗っているヨシコです。
「ちと、あんたにも手伝って貰うよ」
「はあ? 何で俺が」
ヨシコの話し相手はアイ、ケイコが『おっちゃん』と呼んでいる、あの『おっちゃん』です。小舟そのものと言っても良いでしょう。そして、その見た目の通り、小舟に乗ってチャップン・チャップンのヨシコです。因みにエリコは既にケイコの家に行っていました。
ところで、その『おっちゃん』の声はどこから聞こえて来るのでしょうか。それは頭の中に直接語り掛けてくる、なんて高度なものではありません。ただ小舟がブルブルと震えることで、それが音声となって聞こえてくるという、とても原始的なものなのです。ですから小舟の乗り心地は最悪なのです。はい、話を戻しましょう。
ヨシコの提案に渋るアイ、それにカチッときたヨシコ、片方の眉が吊り上がったような、です。その勢いで、
「何で俺が? ちょっとあんたさぁ、自分の役割を知らないのかい?」のヨシコに、
「女王様を守るのが俺の使命だ!」と曲げないアイです。
「ああ、やっぱり分かってないようだね。いいかい、あの子たちを守る必要なんて無いんだよ」
「そんなバカな! 今にも消えてしまいそうなくらい、か弱い存在ではないか。それを守らなくていいなんて、バカを言わないでくれ」
「一体、あんたは何を見ているんだろうね。いいかい、あの子たちは無敵なんだよ、どんなことが起きても平気なんさ。
それにもっと、え~と、なんだろう、とにかく何かに護られているから心配いらないのさ」と言ったところで「あっと、それは私もだからね」と付け加えるヨシコです。
「何かに、護られてる?」
「そうさね、あんたも知ってるはずだよ」
「うーむ、記憶に御座いません」
「そんなことより、私の……私たちはね、あの子たちを楽しませるのが役割なんさね」
「そうなのか?」
「そうさね。あの子たちはね、放って置いたら同じ遊びを繰り返すだけになってしまうんさね。そこで、ちょっとだけ変化を付けるのさ、刺激と言ってもいいかもね。それが、私の……いや、あんたの役目さね。分かった?」
「なんとなく、分かったような気がするが、それはバグのせいだろう」
「大丈夫さね、私が、少しだけ手伝ってやるさね」
「ん? 同じ役割ではないのか? ヨシコ」
アイから名前で呼ばれたことが気に入らないヨシコのようです。ムスッとしたかと思うと、小舟をポンポンと叩き始めると、
「なんだって! お嬢様とお呼び! このポンコツがあああ。あんたが『やる』んだよ、ポンコツぅぅぅ!」と気が済むまで暴れたそうです、はい。
◇
話は現在に戻って、ケイコの家からエリコの家に全員が移動したところです。そこは、例の小舟の中ということになりまが、小舟と言っても、それは見た目だけで、内部はとっても広くなっています。そして、『アレ』をしに来た場所でもあります。
「卒業と言えば定番の卒業旅行さね、しっかり楽しんでくるさね」と両手を上げて『アレ』を発表したヨシコです。それに、
「卒業旅行!」のエリコ、嬉しそうな顔をしています。
「旅行とな、ふむ」と何かに感心しているケイコに、
「旅行ねえぇ、どこに行こうかしら、ねえぇ」のマチコです。それに、
「行き先は、くるっと一周の世界さね」と空中に円を描くヨシコ、
「一周、世界?」と、ちょっと意味が分からないエリコ、
「なるほど、ふむふむ」と分かった振りのケイコ、
「それはいいけどぉ、どうやって行こう、かしらねぇ」のマチコです。それに、
「私に任せるのじゃ」と得意満面のケイコ、ですが、それを無視して、
「このポンコツが連れてってくれるさね」のヨシコです。そして床を蹴飛ばして、『ポンコツ』が何なのかを示したようです。そして、「もう出発してるから、仲良く行ってくるんだよおおお」と手を振りながら消えて行くヨシコ、素早い撤退です。
そして、ヨシコの後を継ぐように、
「女王様、ご安心ください。どこへでも案内してやるぜ、任せろ」とポンコツ、いえ、アイのおっちゃんが、残された風の子たちの不安を払拭しようとしましたが、既に部屋から出てしまった風の子たちです。
◇◇
部屋を出て通路の階段をトントンと上がって行くと、見えてきました、大海原です。そこを疾走する、大きな船がアイのおっちゃん、ということになります。それが、もともと小舟であったとは思えないくらい、そして卒業旅行に相応しい、かどうかは分かりませんが、豪華客船のような立派な船に変わったアイのおっちゃんです。
甲板に出たケイコたちです。そこから遠くの水平線に声を上げ、荒海にもビクともしない大きな船に声を上げ、眩い青空に声を上げと、上げまくっている風の子たちです。そうして一通り感激した後は、それぞれがバラバラに船を探索していきます。
まず、ケイコは船の操舵室に向かいました。既に船長気分なのでしょう。そうして操舵室に入ると、真っ先に舵をクルクルと回していきます。
「さて、どこに行こうかのう。私の、気の向くまま、風の吹くままじゃ」と悦に入るケイコです。勿論、舵をどう扱おうが、おっちゃんが制御しているので問題ありません、ただの飾りのようなものです。
エリコは、船尾にあるプールにジャップンです。そこでヨチヨチと泳ぎながら、大海原を泳いでいる気分に浸ります。勿論、速攻で水着に着替えたのは言うまでもありません。
そのプールの脇にあるリクライニングチェアで日向ぼっこのマチコです。青い空と青い海を見ながら、
「たまにはぁ、こういうのも良いかもねぇ、楽だしぃ」と独り言を呟いていました。
ところで、ケイコとマチコにとっては、乗り物で遠くまで移動する、というのは初めての経験になります。普段、遠くまで行く場合、幾つもの風を乗り継ぐ必要があって、時間も労力も掛かっていました。それが、何もしなくても移動できることに、どこか不思議な感じを覚えていることでしょう。
そのケイコですが、操舵室で舵をクルクルと回すのに飽きたのでしょう、そこから出ると船首に向かって行きました。そして船の先端から見える、豪快に海を突き進む光景、その真下でジャブン・ジャブジャブと海を掻き分ける様子を、身を乗り出して覗いていました。というより、そこから落ちそうなくらいです。
豪快に波しぶきを上げて進む船、快晴ですが波は高く、風も少々あります。そこを殆ど、ではなく、全く揺れることなく進む船です。流石は『おっちゃんの船』といったところでしょうか。本当は、どんぶらこ・どんぶらこと言いたいところをですが、それをグッと我慢して、スススーと滑らかに突き進んで行きます、チエッ。
船の下を覗き込むケイコ、そんなに乗り出したら危ないぞ、と思うと、そうなるのがケイコです。体勢を崩して転落してしまいます。ですが、前から吹いてくる強い風と、身軽なことも相まって、落ちるよりも先にヒラヒラと舞い上がっていくケイコです。
そうして船の上を縦断しながら、時折、「およよー」と言っているような気がしますが、気のせいでしょう。そして船尾に向かってヒラヒラ、泳ぎに夢中になっているエリコは「キャハハハッ」、寛いでいるマチコの頭上を無言で通り過ぎ、船の後方までヒラヒラを続けるケイコです。
このままでは、突き進む船に置いて行かれる、そんな時です、ブーンとドローンが船から飛び立ち、ケイコをキャッチ、捕獲に成功しました。そのドローンこそ、例のブン太です。今ではおっちゃんの配下としてエリコの安全を見守る、大切な役目を担っているようです。
◇◇
そうこうしている内に日が暮れて参りました。そこで、沈み行く夕日を堪能した後、風の子たちは、それぞれに割り当てられた部屋の扉を開けて中に入ります。でもそれは外見だけで、中に入れば一つの広い部屋になっていました。そして、部屋の奥から順にエリコ、マチコ、ケイコの順にベッドが並んでいます。
エリコのベッドは、何時も使用している天板付きの豪華なベッドで、いかにも女王様専用のように見えます。しかし、これはエリコが選んだのではなく、おっちゃんの趣味のようなもので、女王様というイメージはこういうものだ、というところからきているようです。
他のマチコ、ケイコのベッドは普通のものですが、何時も葉っぱベッドで寝ているケイコにとっては慣れないのでしょう。早速、ベッドの上でゴロンゴロンと始めるケイコです。
因みに、この船の外見が豪華客船に変わったことで、船の内部も相当変わっています。船の中心部分以外では、全て豪華客船に相応しい構造と装飾で、どこからどう見ても『豪華』そのものに成っています。但し、それらが本物であるかどうかは……そう見えるのだから良しとしましょう。
こうして夜空に星が輝き始めた頃、それぞれのベッドでスヤスヤと夢の世界へ誘われて行く風の子たちです。
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