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1. 私はAI、AIな私
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私はAI、AIである私は医療分野に特化し最適化されている、——と、前置きはこれくらいにして、現在、ある患者が見ているであろう夢を一緒に鑑賞している最中である。おっと、勘違いされては困るので説明を付け加えておこう。ある患者とは最近不幸な事故に遭遇したが幸いにも一命は取り留めた。しかしそれ以来、意識の戻らない状態、つまり昏睡状態にある。これが続けば、仮に体の方はなんとかなったとしても、植物状態という未来予測からは逃れそうもない。そんな患者の、取り敢えず『彼』と呼称するとして、何故私が彼の夢を垣間見ているのかという説明は、——後回しで早速、その夢を見てみよう。
私は彼が街中を歩いているのが分かる。だがそこは彼にとって馴染みのある風景なのかどうかは定かではない。行き交う人も多い中、彼がどこに向かっているのかも分からないが、その場に彼がいること自体、不自然ではないようだ。すれ違う人たちの中には彼にとっては見覚えのある顔もあったかもしれないが、とにかく、どこかに向かって彼は歩いている。行き先もその場所も不明だが、そんなことは少しも問題ではない。——しかしそんな、意味不明だが穏やかな日常の波を掻き乱すかのように、
「そこのあなた。そう、君だよ。突然で驚くかもしれないが、これも急用なので仕方ない。君宛に電話が掛かっている、すぐに出たほうがいいだろう。……とにかく伝えたからね、君」
と、見知らぬ男性から声を掛けられた。彼はその男性を不審な目付きで睨んでもおかしくないところだが、彼の目は踊っていたようだ。それは驚きと他人に迷惑を掛けた、または醜態を晒してしまったとも考えたのかもしれない。彼はすぐさま自分の携帯電話を探した……のではなく、周囲の、それも遠くまで視線を凝らして公衆電話を探した。なぜならそれこそが自分を呼ぶ正体であったからだ。——またまた何故と思うかもしれないが、彼がそう思ったから、としか言いようがない。それとも神の啓示か……。その辺の事情については後ほど語ることにしよう、——としたがその前に一句、ではなく説明を挟んでおこう。私には彼が口にした言葉は理解できるが、いくら夢の中とはいえ、彼の心の内までは窺い知ることはできない。では続けよう。
公衆電話を探す彼である。しかし昨今の例に漏れず『公衆電話ってなに?』と言われそうなくらい希少な存在となりつつあるもの。まさしくそれは宝探しとも言えそうで、それ相応の運も呼び込まなければ発見するどころか遭遇さえも難しいだろう。——と思われたが、意外と簡単に見つけることが出来たようだ。早速、餌に釣られた魚の如くススっと近寄ってみたがそれは……、残念、いくら夢とは言いつつもそう簡単にとはいかないようだ。似て非なるものを見つめながら残念な気持ちを持て余してしまった彼は他に心当たりはないかと思いを巡らしたことだろう。それは彼の表情を想像すれば分かることである。そうして長い間、辺りをキョロキョロして振り返った瞬間そこにあった。だがそれは先ほど見つけた『似て非なるもの』のはずだったが、彼の願いが通じたのか公衆の電話器へと様変わりした、ようだ。
しかしこれで安心するのは早計と思われる。なぜなら電話の呼び鈴が鳴っている訳でもなく、ただそこに電話器が鎮座しているだけである。それが彼に用があるとは一言も言ってはいないからだ。だが、用があるのは彼の方である。彼は誰かからの電話を受けなければならないという使命があるのだから「これが僕を待っている」と思ったとしても間違いではないだろう。そうして彼は無言の電話器から受話器を手にしそれを耳にあてがい、慣用句である「もしもし」と発声しようとするが……、どうしたことか第一声が出てこない。もちろん「あー、うー」も、である。喉が詰まってしまったのか、それとも胸一杯の感情で息切れでもしてしまったのか。夢ではありがちな『肝心な時に役に立たない』状態となった。すると無言の彼と無言の受話器は、どちらが先に第一声を上げるのか、という競争に、——ではなく勝負は彼の負けである。なぜなら、
「私、あたし……、私です、あたしよ。わかる……よね?」
と受話器の向こう側から先に自己紹介が始まってしまったからだ。それでも無言を続ける彼であるが、その声、その言い方、そしてその仕草? は紛れもなく彼女、そう彼の彼女であり、彼はきっと感極まって声が出ないだけなのだろう……たぶん。
私は彼が街中を歩いているのが分かる。だがそこは彼にとって馴染みのある風景なのかどうかは定かではない。行き交う人も多い中、彼がどこに向かっているのかも分からないが、その場に彼がいること自体、不自然ではないようだ。すれ違う人たちの中には彼にとっては見覚えのある顔もあったかもしれないが、とにかく、どこかに向かって彼は歩いている。行き先もその場所も不明だが、そんなことは少しも問題ではない。——しかしそんな、意味不明だが穏やかな日常の波を掻き乱すかのように、
「そこのあなた。そう、君だよ。突然で驚くかもしれないが、これも急用なので仕方ない。君宛に電話が掛かっている、すぐに出たほうがいいだろう。……とにかく伝えたからね、君」
と、見知らぬ男性から声を掛けられた。彼はその男性を不審な目付きで睨んでもおかしくないところだが、彼の目は踊っていたようだ。それは驚きと他人に迷惑を掛けた、または醜態を晒してしまったとも考えたのかもしれない。彼はすぐさま自分の携帯電話を探した……のではなく、周囲の、それも遠くまで視線を凝らして公衆電話を探した。なぜならそれこそが自分を呼ぶ正体であったからだ。——またまた何故と思うかもしれないが、彼がそう思ったから、としか言いようがない。それとも神の啓示か……。その辺の事情については後ほど語ることにしよう、——としたがその前に一句、ではなく説明を挟んでおこう。私には彼が口にした言葉は理解できるが、いくら夢の中とはいえ、彼の心の内までは窺い知ることはできない。では続けよう。
公衆電話を探す彼である。しかし昨今の例に漏れず『公衆電話ってなに?』と言われそうなくらい希少な存在となりつつあるもの。まさしくそれは宝探しとも言えそうで、それ相応の運も呼び込まなければ発見するどころか遭遇さえも難しいだろう。——と思われたが、意外と簡単に見つけることが出来たようだ。早速、餌に釣られた魚の如くススっと近寄ってみたがそれは……、残念、いくら夢とは言いつつもそう簡単にとはいかないようだ。似て非なるものを見つめながら残念な気持ちを持て余してしまった彼は他に心当たりはないかと思いを巡らしたことだろう。それは彼の表情を想像すれば分かることである。そうして長い間、辺りをキョロキョロして振り返った瞬間そこにあった。だがそれは先ほど見つけた『似て非なるもの』のはずだったが、彼の願いが通じたのか公衆の電話器へと様変わりした、ようだ。
しかしこれで安心するのは早計と思われる。なぜなら電話の呼び鈴が鳴っている訳でもなく、ただそこに電話器が鎮座しているだけである。それが彼に用があるとは一言も言ってはいないからだ。だが、用があるのは彼の方である。彼は誰かからの電話を受けなければならないという使命があるのだから「これが僕を待っている」と思ったとしても間違いではないだろう。そうして彼は無言の電話器から受話器を手にしそれを耳にあてがい、慣用句である「もしもし」と発声しようとするが……、どうしたことか第一声が出てこない。もちろん「あー、うー」も、である。喉が詰まってしまったのか、それとも胸一杯の感情で息切れでもしてしまったのか。夢ではありがちな『肝心な時に役に立たない』状態となった。すると無言の彼と無言の受話器は、どちらが先に第一声を上げるのか、という競争に、——ではなく勝負は彼の負けである。なぜなら、
「私、あたし……、私です、あたしよ。わかる……よね?」
と受話器の向こう側から先に自己紹介が始まってしまったからだ。それでも無言を続ける彼であるが、その声、その言い方、そしてその仕草? は紛れもなく彼女、そう彼の彼女であり、彼はきっと感極まって声が出ないだけなのだろう……たぶん。
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