逆・異世界転生 Ⅰ

Tro

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#5 シルキーの涙

貴女はシルキー

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貴女はシルキー。

遠い、遠い昔、人里離れた小さな家にお婆さんが一人で住んでいました。お婆さんは生涯独身で、家と職場を行き来する毎日を送っていました。家が人里離れていたからではありませんが、いえ、そうだったかもしれません、余り人と話すことを好まない性格だったのでしょう、一人暮らしでも平気なお婆さんでした。

そんなお婆さんも時折、家の中で誰かと会話している姿がありました。その話し相手とはペットやお人形などではなく、人の目には見えない存在のようでした。そのようなものでしたから、決してお婆さんの問い掛けに、そのものが返事をすることは一度もありませんでした。

では、お婆さんは寂しくて、つい独り言を呟くようになってしまったのでしょうか。いいえ、そこには貴女、シルキーが居たようです。その存在は人の目には見えなくとも、シルキーが微かに奏でる、絹の擦れる音がお婆さんには聞こえていたようです。

シルキーとは家政婦の妖精、とでも言えば良いでしょうか。それは貴女の名前ではなくて、着ている服の生地からそう呼ばれているようです。貴女は家人のために早起きしては火を起こし、留守の間は家の掃除を、そして誰もいない家を守りながら家人の帰りを待つ、とても控えめで勤勉な方のようです。

ですが、それはもう終わってしまいました。ある朝、冷たい雨が降りしきる中を出かけたお婆さんは、それを最後に戻ることはありませんでした。ですが、それを知らない貴女はずっとお婆さんの帰りを待ち続けたのでした。

「いつも側に居てくれてありがとう」

お婆さんの短い声が聞こえた、そんな気がした貴女です。それは、暗い部屋の中、外の雨音にかき消されそうになりながら、でも何度でも聞こえてくるのです。

「もし、話すことが出来たら最初に貴女の名前を聞きたいわ。だって、そうしたら、ねえ」

貴女は部屋の窓からずっと外を見ていました。そして耳を澄ましては雨音の中からお婆さんの足音を聞き取ろうとしていました。それは何時かきっと聞こえてくる、雨の中を小走りして玄関のドアを開けるのでしょう。そうして、「ただいま」と言いながら、雨に濡れた服の雫を払うのでしょう。そして、そして――。

貴女は泣きながら、でも声は出さないで何時か訪れるその日を待ちました。『止まない雨はない』と言い聞かせながら、お婆さんとの日々を繰り返し思い出すのです。それは、そう、雨が止むまで、心が晴れるまで思い続けるのでした。



「あんぎゃぁぁぁぁぁ」

どれくらいの月日が過ぎたのでしょうか。誰も居なくなった家の天井が崩れ、それが椅子に座ったままのシルキーを直撃しました。もちろん椅子は壊れましたが、そこから見上げる空はピーカンの青空、少々暑いくらいです。

長い眠りから覚めた気分のシルキーがその場で立ち上がると、周囲は廃墟となっていました。それ程までお婆さんの帰りを待っていた、ということでしょう。ですが哀しさ一杯で文字通り周りが見えていなかったようです。

強い日差しに照らされるシルキー、これで漸く気が晴れたことでしょう。その光が心の暗闇も明るく照らしたはずです。ほら、貴女の足元には、くっきりはっきりと影が写っているではないですか。

「ほんぎゃぁぁぁぁぁ」

まあまあ、貴女が驚くのも無理はないでしょう。なにせ影が出来るほど良いお天気ですから。えっ、そこではないって? あらまあ、そうですね、やりましたね。貴女はとうとう強靭な肉体と精神を手に入れました、おめでとうございます。

どうやら哀しみに暮れている間に、貴女は影が出来るほどの存在感を会得したようです。まあ、肉体と表現いたしましたが、貴女の存在がはっきりくっきりした、ということでしょう。さあ、もう貴女は自由です、お好きな人生? 余生を送ってくださいまし。

えっ、そうですか、そうですよね。散らかし放題の家をこのままに出来ないと。はい、分かります、分かりますとも。貴女の性格、癖のようなものでしょうか、散らかったままでは気が収まらない、はい、そうですね。

シルキーは額に汗を掻き掻き、フーとため息ついでにサーと朽ち果てた家を片付け、更地にしてしまいました。まあ、お見事でございます、流石はシルキーですね。



一仕事を終えたシルキーは、今まで暮らしていた家を後にします。と言っても建物はもうありませんけど。それを背中に感じながら、あのお婆さんとの思い出を胸に旅立つのです。そう、次のご奉仕先を探す旅なのですね。それは習性、いえ、宿命なのでしょう。きっとそれは貴女という存在が、そうさせるのですね。

人里離れた場所に居たものですから、延々と道を歩くシルキーです。その向う先は……はい、何も決まってはいませんし決めてもいません。ただ道なりに歩いて行くだけです。風の吹くまま気の向くまま、爽やかな空を仰ぎみては、思い出を流れる雲に乗せ、遥か遠くまで飛んでいけばいいなぁ、と、また霞んでくる目を擦りながら歩き続けるシルキーです。

歩き続けたその先に、小さな街が見えてきました。そうして行き交う人の数も増えてまいります。そこで道の端を注意しながら歩くシルキーですが、どうしても避けきれずに人とぶつかってしまうことがあります。そう、今はもう夕方、家路を急ぐ人たちで道は賑わってきました。

人と打つかってしまったシルキー、
「(どうもすみません)チッ」と舌打ちしながら先方に頭を下げました。しかし、打つかった相手はそんなシルキーを無視して行ってしまうのです。

まあ! なんて失礼な方でしょうか。いくら打つかったとはいえ、それはお互い様ではありませんか? いいえ、それでも相手を許してあげてください。何故なら相手からはシルキーの姿が見えていなかったようですから。ええ、いくらド派手でフルフリのメイド服を着ているシルキーとはいえ、誰でもその雄姿を見られる、というわけではないのです。逆に見えていたら恥ずかさ満点かもしれません。だって、その時代遅れの姿は、ちょっとねぇ、アレですから、ふふ。

因みにシルキーが舌打ちしたのは、別に怒っていたわけではなく、そうですね、単に癖のようなものです。それはきっと、お婆さんがそうしていたのを自然と真似るようになってしまったのでしょう。例えばよくお婆さんが「ああ、面倒だわ、チッ」とか「もう寝なくちゃ、チッ」と言っていたからでしょう。

行き交う人たちを掻き分け掻き分け、どんどん先に進むシルキーです。行く宛の無いシルキーですが、何事にも一生懸命な方ですから歩く時も全力で挑むのです。そうしてフリルを風になびかせながらストレート、カーブを器用に通り抜けると、視界が開けてきました。とうとう街の外れに到着、そこで脚を止めるシルキーです。

目の前には大きな海がプカプカ浮かぶ雲を従え、序でに太陽が沈んでいく真っ最中。それはそれは絶景です。ですが、シルキーにとってそれは大きな湖に見えたことでしょう。海というものを初めて見た感想は……特にありませんでした。

手前に目を移すと、ちょうどそこに白いベンチがあります。そこに腰掛けてゆっくり流れる時を感じては如何でしょうか。そうですね、結構です、とベンチに手を掛けるだけにしておくシルキー。それはまだ、貴方の住む街ではないから、というのが理由のようです。そうでなければ寛ぐわけにはいかないと、自分のルールを守っているのでしょう。

さあ、先を歩きましょう、と思いましたがこれ以上先には進むことは出来ません。さあ、どうしますか? はい、引き返します。今来た道を同じように引き返すシルキーです。ですがその途中でおっと、車に轢かれそうになりました。素早く動く四角い物体に驚き、空飛ぶ飛行機に腰を抜かし、その場で座り込んでしまいました。

時は既に多くのものを奪っていったのかもしれません。街で見かけるその全てがシルキーにとっては初めてなものばかり。途方にくれた、とでもいいましょうか、それともただ単に疲れただけかも。そんな曖昧さから目を回してしまったのかもしれません。

どうにかこうにか立ち上がったシルキーですが、どこかのお店の壁に寄りかかり、下を向いたまま動こうとはしません。でも、それも仕方のないことでしょう。今まで人のあまり居ない地域で過ごしてきたのですから、急に人が多く住む街に出てきたことは間違いだったのかもしれません。

見上げる夜空は街の灯りに邪魔され良くは見えません。風は大きな建物に遮られ、あらぬ方向から吹いてきます。そして様々な思いで歩き過ぎて行く人たちの存在がシルキーを消し去ろうとしています。こうしている間に多くの人が目の前を通り過ぎていきますが、誰もシルキーに視線を向ける人は居ないようです。

「やあ、お嬢さん」

いきなり壁ドンで声を掛けてくる人がいました。それに驚き、ハッとするシルキー、「(何の用でしょうか)チッ」とその人を見上げます。するとそこには長身でショートヘア、少々体を鍛えているのか体育会系の……オバさん、いえいえ、お姉さんのようです。

「貴女、メイドさん? そうだねよ、そうに決まってるよね、その格好だし」
「(あなたは誰ですか?)チッ」
「どうしたの? こんなところで。ああ、分かった。うんうん、言わなくていいよ、あー、そうだよね、言えないよね」
「(はあ)チッ」
「貴女、あれでしょう? ちょっと家事で失敗しちゃって、それで、ねー、怒られちゃったんだよね。それでー、えーっと、もうその家には戻りたくないって?」
「(全然、違います)チッ」
「ならさー、どう? うちに来ない? ああー、悪いことしないから、ね、ね、そうしましょうよ、ね、ほら、行く場所がないんじゃ仕方ないものねー」
「(間に合ってます)チッ」
「大丈夫だって、ほら、困ってる時はお互い様でしょう? 私、放っておけない質だからら。付いていらっしゃいな。どうせ戻るつもりなんてないんでしょう」
「(私にお構いなく)チッ」
「じゃあ、決まりね。そうそう、私もね、探してたのよメイドさん。でもね、いざ雇うとしてもね、私も初めてだからどうしたらいいのって。そうしたら、ほら、貴女が居るじゃない。これは運命よ、そう運命。私たちは出会うって決まってたのよ。ほら、貴女もそう思うでしょう? 思うよね、私もよ、びっくりだわ」
「(はあ)チッ」

こうして見知らぬ女性は、半ば強引にシルキーを連れ去るのでした。因みにシルキーは人の話を聞く時、いちいち頷いてしまう癖があります。それでオバさん、いえ、このお姉さんはシルキーが納得しているものと勘違いしたようです。ですが敢えてそれを否定しないところがシルキーらしいといえば言えるでしょう。何故ならシルキーは同意を持って肯定も否定もしますから。要は流れやすい性格とも言えるでしょう。そして更に付け加えるなら、語尾の『チッ』ですが、幸いにも街の音がそれを掻き消してしまい、お姉さんには聞こえていなかったようです。

ところで、シルキーは話せない訳ではありません。しかし長年、人の話を聞き入っていましたので、自然と聞き役に徹するような振る舞いを続けた結果、いつしか自分の思いを言葉にする仕方を忘れてしまったのでしょう。

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