#16 召喚士の涙

Tro

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6.彼女 現る

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 二階の部屋から青年を監視しているが、夜も更け監視部屋の中は真っ暗である。部屋の明かりを付けないのには訳があり、こちらの部屋を明るくすると青年側からは丸見えになってしまうからである。それに空き家であるので明かりがついていては怪しまれてしまうからでもある。だがこう暗くては、空腹であってもついつい睡魔に襲われるのは人としての性(さが)であろう、おやすみなさい。

 夢の中で私は例の如く、小さな部屋で女性の作った料理を頬張っていた。もちろん食事中は無言であるのだが、女性はそれらを含め嬉しそうに眺めるだけであった。そうして食べ終わった後、私は無言のまま部屋を出て、今にも崩れそうな階段を降りると、どこかに向かいながらその途中で眼が醒める、というのがいつもの夢であったが、今回は階段を降りたところで、今しがた出てきた部屋の方を意味もなく眺めていた。するとため息まじりで部屋のドアを少し開けた女性である。そしてその勢いで部屋から出てくるのではないかと思われた時、夢から覚めたのである。

「執政官殿、人が現れました」

 治安管理官の部下が寝起きの私に向かって声を掛けてきたのだが、なにやら青年の家の玄関に人が立っているとのこと。いや、立っているどころか今まさに家の中に入ろうとしているらしい。

「その者はいつどこから来たのだ?」

「それが、気が付いた時には既にいたのです。人物についてはここからはよく見えないので分かりませんが、服装からして女性かもしれません」

 辺りは暗いので見逃したのは仕方のないこととして、人が忽然と現れるとは考えられない。その者はどこから来たのか気になるが、女性となれば『ついに』ということか。

「たった一人なら問題ないだろう。我々が懸念している脅威とは明らかに違う。監視を続行せよ」

 とは、治安管理官である。それは正しい判断だが、その「たった一人」が女性であれば私としては大当たりである。しかし、それを今更訂正するのは気が引ける私は打ち明ける機会を密かに狙っていたりもした。

 監視対象の人物は玄関のドアを叩いたようだが、これでその人物が異国の者であることが分かる。我が国では皆、訪問の際は呼び鈴を鳴らすのが習慣であり、作法に違いがあるのはそういうことである。——いずれにせよ呼ばれた青年の反応が注目される。おそらく「あなたが僕のお嫁さんですか?」「はい、そうです。召喚されました」などの言葉を交わしたことだろう。そして少しの間をおいてスッと家の中に入ったそうだ。

 ——その後しばらく、青年の家では特に目立った動きは見られなかった。チラチラと見え隠れする家の中ではあるが、事情を知らぬ者であれば元々二人暮らしであったと思ったとしても不思議ではないだろう。この状況に業を煮やした治安管理官は退屈な監視から「帰る」と言い出したが、正確には「一旦戻る」である。だが私にとっては退屈どころか我慢の限界に達しようとしていたのだ。

「これ以上、放置していては大変なことが起こる。手遅れになる前に踏み込むぞ、治安管理官!」

「なにっ! ではあれが敵国の密偵であったか。やはりな。一目見た時からそう思っていたんだ」

 ——その後、青年宅に傾(なだ)れ込んだ治安管理官とその部下たちは青年を確保、一人の女性を保護した。青年には国家転覆の容疑、女性は……なんであったか詳細は忘れたかが、一緒に連れ出したことに間違いはない。治安管理官は「とりあえずこれで安心だ。多数の敵兵が召喚される前に対処できたことは運がいい。もしこれが——」と続けようとしたが、私は

「あの女性が召喚された者に間違いない。これで青年、いや、容疑者の罪状が確定だ」

「待て待て。女性一人を召喚しただけか? それは随分と話が違うじゃないか。危険人物なのだろう? 何かの手違いで別人を召喚したのではないか?」

「どのような噂が城内で広まっているのかは知らないが、召喚士というだけで重罪だ」

「そうなのか?」

「そういうことになるだろう。召喚士として……の能力を考えれば仕方ない。後は宜しく頼んだぞ」

 ——その後、青年と女性をそれぞれ取り調べた結果、おおよその事態が判明した。まず女性の方だが、自宅の玄関ドアを開けたところ、不思議なことにそれが他所の家の玄関に繋がっており、意図せずドアを開けてしまったそうだ。そこで躊躇していると住人の男性が現れ、とりあえず招かれたので家の中に入った。住人は料理の途中だったらしく、それならと女性も手伝うことになったそうな。たが、最終的には女性が大半を作ったらしく、住人は「生まれて初めてこんな美味しい料理を口にした」と言いながら涙を流して食べたそうだ。だがその時、大勢の人が玄関から侵入。それに驚いたのか、住人は座っていた椅子ごと後ろに倒れたのだという。

 一方、青年は自身が召喚士であることを頑(かたく)なに否定。よって召喚方法も不明であり、頭を冷やすようにと収監されているとのこと。私は青年の『人となり』をある程度知っていることもあり、青年が召喚士であるかどうかよりも、悪しき心を持ってさえいなければ問題ないと思っていた。しかし世間では『召喚士』という未知の存在に恐れおののき、極刑もやむなしという声がチラホラと聞こえ始めていた。
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