6 / 10
6.彼女 現る
しおりを挟む
二階の部屋から青年を監視しているが、夜も更け監視部屋の中は真っ暗である。部屋の明かりを付けないのには訳があり、こちらの部屋を明るくすると青年側からは丸見えになってしまうからである。それに空き家であるので明かりがついていては怪しまれてしまうからでもある。だがこう暗くては、空腹であってもついつい睡魔に襲われるのは人としての性(さが)であろう、おやすみなさい。
夢の中で私は例の如く、小さな部屋で女性の作った料理を頬張っていた。もちろん食事中は無言であるのだが、女性はそれらを含め嬉しそうに眺めるだけであった。そうして食べ終わった後、私は無言のまま部屋を出て、今にも崩れそうな階段を降りると、どこかに向かいながらその途中で眼が醒める、というのがいつもの夢であったが、今回は階段を降りたところで、今しがた出てきた部屋の方を意味もなく眺めていた。するとため息まじりで部屋のドアを少し開けた女性である。そしてその勢いで部屋から出てくるのではないかと思われた時、夢から覚めたのである。
「執政官殿、人が現れました」
治安管理官の部下が寝起きの私に向かって声を掛けてきたのだが、なにやら青年の家の玄関に人が立っているとのこと。いや、立っているどころか今まさに家の中に入ろうとしているらしい。
「その者はいつどこから来たのだ?」
「それが、気が付いた時には既にいたのです。人物についてはここからはよく見えないので分かりませんが、服装からして女性かもしれません」
辺りは暗いので見逃したのは仕方のないこととして、人が忽然と現れるとは考えられない。その者はどこから来たのか気になるが、女性となれば『ついに』ということか。
「たった一人なら問題ないだろう。我々が懸念している脅威とは明らかに違う。監視を続行せよ」
とは、治安管理官である。それは正しい判断だが、その「たった一人」が女性であれば私としては大当たりである。しかし、それを今更訂正するのは気が引ける私は打ち明ける機会を密かに狙っていたりもした。
監視対象の人物は玄関のドアを叩いたようだが、これでその人物が異国の者であることが分かる。我が国では皆、訪問の際は呼び鈴を鳴らすのが習慣であり、作法に違いがあるのはそういうことである。——いずれにせよ呼ばれた青年の反応が注目される。おそらく「あなたが僕のお嫁さんですか?」「はい、そうです。召喚されました」などの言葉を交わしたことだろう。そして少しの間をおいてスッと家の中に入ったそうだ。
——その後しばらく、青年の家では特に目立った動きは見られなかった。チラチラと見え隠れする家の中ではあるが、事情を知らぬ者であれば元々二人暮らしであったと思ったとしても不思議ではないだろう。この状況に業を煮やした治安管理官は退屈な監視から「帰る」と言い出したが、正確には「一旦戻る」である。だが私にとっては退屈どころか我慢の限界に達しようとしていたのだ。
「これ以上、放置していては大変なことが起こる。手遅れになる前に踏み込むぞ、治安管理官!」
「なにっ! ではあれが敵国の密偵であったか。やはりな。一目見た時からそう思っていたんだ」
——その後、青年宅に傾(なだ)れ込んだ治安管理官とその部下たちは青年を確保、一人の女性を保護した。青年には国家転覆の容疑、女性は……なんであったか詳細は忘れたかが、一緒に連れ出したことに間違いはない。治安管理官は「とりあえずこれで安心だ。多数の敵兵が召喚される前に対処できたことは運がいい。もしこれが——」と続けようとしたが、私は
「あの女性が召喚された者に間違いない。これで青年、いや、容疑者の罪状が確定だ」
「待て待て。女性一人を召喚しただけか? それは随分と話が違うじゃないか。危険人物なのだろう? 何かの手違いで別人を召喚したのではないか?」
「どのような噂が城内で広まっているのかは知らないが、召喚士というだけで重罪だ」
「そうなのか?」
「そういうことになるだろう。召喚士として……の能力を考えれば仕方ない。後は宜しく頼んだぞ」
——その後、青年と女性をそれぞれ取り調べた結果、おおよその事態が判明した。まず女性の方だが、自宅の玄関ドアを開けたところ、不思議なことにそれが他所の家の玄関に繋がっており、意図せずドアを開けてしまったそうだ。そこで躊躇していると住人の男性が現れ、とりあえず招かれたので家の中に入った。住人は料理の途中だったらしく、それならと女性も手伝うことになったそうな。たが、最終的には女性が大半を作ったらしく、住人は「生まれて初めてこんな美味しい料理を口にした」と言いながら涙を流して食べたそうだ。だがその時、大勢の人が玄関から侵入。それに驚いたのか、住人は座っていた椅子ごと後ろに倒れたのだという。
一方、青年は自身が召喚士であることを頑(かたく)なに否定。よって召喚方法も不明であり、頭を冷やすようにと収監されているとのこと。私は青年の『人となり』をある程度知っていることもあり、青年が召喚士であるかどうかよりも、悪しき心を持ってさえいなければ問題ないと思っていた。しかし世間では『召喚士』という未知の存在に恐れおののき、極刑もやむなしという声がチラホラと聞こえ始めていた。
夢の中で私は例の如く、小さな部屋で女性の作った料理を頬張っていた。もちろん食事中は無言であるのだが、女性はそれらを含め嬉しそうに眺めるだけであった。そうして食べ終わった後、私は無言のまま部屋を出て、今にも崩れそうな階段を降りると、どこかに向かいながらその途中で眼が醒める、というのがいつもの夢であったが、今回は階段を降りたところで、今しがた出てきた部屋の方を意味もなく眺めていた。するとため息まじりで部屋のドアを少し開けた女性である。そしてその勢いで部屋から出てくるのではないかと思われた時、夢から覚めたのである。
「執政官殿、人が現れました」
治安管理官の部下が寝起きの私に向かって声を掛けてきたのだが、なにやら青年の家の玄関に人が立っているとのこと。いや、立っているどころか今まさに家の中に入ろうとしているらしい。
「その者はいつどこから来たのだ?」
「それが、気が付いた時には既にいたのです。人物についてはここからはよく見えないので分かりませんが、服装からして女性かもしれません」
辺りは暗いので見逃したのは仕方のないこととして、人が忽然と現れるとは考えられない。その者はどこから来たのか気になるが、女性となれば『ついに』ということか。
「たった一人なら問題ないだろう。我々が懸念している脅威とは明らかに違う。監視を続行せよ」
とは、治安管理官である。それは正しい判断だが、その「たった一人」が女性であれば私としては大当たりである。しかし、それを今更訂正するのは気が引ける私は打ち明ける機会を密かに狙っていたりもした。
監視対象の人物は玄関のドアを叩いたようだが、これでその人物が異国の者であることが分かる。我が国では皆、訪問の際は呼び鈴を鳴らすのが習慣であり、作法に違いがあるのはそういうことである。——いずれにせよ呼ばれた青年の反応が注目される。おそらく「あなたが僕のお嫁さんですか?」「はい、そうです。召喚されました」などの言葉を交わしたことだろう。そして少しの間をおいてスッと家の中に入ったそうだ。
——その後しばらく、青年の家では特に目立った動きは見られなかった。チラチラと見え隠れする家の中ではあるが、事情を知らぬ者であれば元々二人暮らしであったと思ったとしても不思議ではないだろう。この状況に業を煮やした治安管理官は退屈な監視から「帰る」と言い出したが、正確には「一旦戻る」である。だが私にとっては退屈どころか我慢の限界に達しようとしていたのだ。
「これ以上、放置していては大変なことが起こる。手遅れになる前に踏み込むぞ、治安管理官!」
「なにっ! ではあれが敵国の密偵であったか。やはりな。一目見た時からそう思っていたんだ」
——その後、青年宅に傾(なだ)れ込んだ治安管理官とその部下たちは青年を確保、一人の女性を保護した。青年には国家転覆の容疑、女性は……なんであったか詳細は忘れたかが、一緒に連れ出したことに間違いはない。治安管理官は「とりあえずこれで安心だ。多数の敵兵が召喚される前に対処できたことは運がいい。もしこれが——」と続けようとしたが、私は
「あの女性が召喚された者に間違いない。これで青年、いや、容疑者の罪状が確定だ」
「待て待て。女性一人を召喚しただけか? それは随分と話が違うじゃないか。危険人物なのだろう? 何かの手違いで別人を召喚したのではないか?」
「どのような噂が城内で広まっているのかは知らないが、召喚士というだけで重罪だ」
「そうなのか?」
「そういうことになるだろう。召喚士として……の能力を考えれば仕方ない。後は宜しく頼んだぞ」
——その後、青年と女性をそれぞれ取り調べた結果、おおよその事態が判明した。まず女性の方だが、自宅の玄関ドアを開けたところ、不思議なことにそれが他所の家の玄関に繋がっており、意図せずドアを開けてしまったそうだ。そこで躊躇していると住人の男性が現れ、とりあえず招かれたので家の中に入った。住人は料理の途中だったらしく、それならと女性も手伝うことになったそうな。たが、最終的には女性が大半を作ったらしく、住人は「生まれて初めてこんな美味しい料理を口にした」と言いながら涙を流して食べたそうだ。だがその時、大勢の人が玄関から侵入。それに驚いたのか、住人は座っていた椅子ごと後ろに倒れたのだという。
一方、青年は自身が召喚士であることを頑(かたく)なに否定。よって召喚方法も不明であり、頭を冷やすようにと収監されているとのこと。私は青年の『人となり』をある程度知っていることもあり、青年が召喚士であるかどうかよりも、悪しき心を持ってさえいなければ問題ないと思っていた。しかし世間では『召喚士』という未知の存在に恐れおののき、極刑もやむなしという声がチラホラと聞こえ始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる