不幸と幸福の反覆

三毛猫マン

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私の姉は母親に置き去りにされずに済み、そのことを知らない姉はいつも通り過ごしていた。



しかし私にはその日以来、心に淀みのような感覚が残った。



土曜日と言えば毎週楽しみにしている祖父母の家に行く日だった。

ある日の土曜日、学校は昼で終わり自宅に帰ってきた。



姉はいつも通り寄り道をしながら帰ってくるので私よりは遅く帰ってくる。

姉が返ってきたころの午後に一本の電話が入る。



姉が応答すると何やら元気がない。

理由を尋ねると、祖父に用事が出来て迎えに来れないらしい。



私は土曜ぐらいはこの家にいたくないし、友達も向こうの地区にしかいない。

何とかならないものかと考えながら、母親のお風呂の準備を始めた。



15時過ぎたころだろうか。

私は姉に「歩いて行ったらどのぐらいの時間で着くの?」と尋ねると「一時間ぐらいじゃないかなあ」と答えた。



子供には時間の感覚などあまりないもので、一時間ならすぐに着くだろうと安易に考えた。



母親のお風呂、菓子パン、お茶を入れ母親を起こし、姉とは祖父が迎えに来たかのように振る舞い家を出た。



私は宝物の手作りの剣と着替えを持ち、姉はピンク色のパッチワークの鞄に荷物を入れ旅に出た。



自宅を出たのが16時だったと記憶している。



家を出て少し離れた市場を超え、父親の働いていた居酒屋を横目に歩き続けた。

そこから20分歩くと全長1km以上ある大橋を登り始めた。



橋の上は風が強く吹いていたのだが海が見渡せる絶景が広がる。

子供というのは集中力がないので、珍しい発見があればすぐに立ち止まってしまい、本来の目的を忘れてしまう。



しかしそんな旅のような景色はすぐに終わりを迎える。

夜がやってきたのだ。



私はどこを歩いているのかもわからない。

大橋を渡り、2つ目の橋を渡り、その辺りから祖父母の家の道順はわからない。



全ては姉にかかっていたのだが、私は疲れと荷物の重さで足が前に進まなくなる。

そこは2歳離れた姉である。



「荷物持ってあげるから頑張って前に進もう」と励ましてくれた。



2つ目の橋を越え、ひたすら歩く事一時間。

ようやく見覚えのある景色が見えてきた。



工場地帯だ。

3~4kmほどは工場が立ち並んでいる。



私が知っている道になったことで、まだまだ祖父母の家には程遠いことを感じ取る。

このあたりが丁度後半に差し掛かる位置だったが二人で無言で、ただひたすら前進していった。



工場地帯を超え次は薄暗い一本道、ここを抜ければもうすぐ祖父母の家だ。

少しだけだが元気が出てくる。



一歩、また一歩着実に近づいていきようやく祖父母の家のある町内の駅前通り。

家を見た瞬間疲れなど全て忘れていた。



玄関を開けようとすると鍵がかかっていた。

台所のある勝手口に回りドアを開けると祖母の声がする。



「どちらさまですか?」

私たちは勝手に歩いてきたので気まずくて入りにくかった。



祖母が勝手口まで歩いてきて私たちを見て「どうやってここまできたの?」と驚いている。私が「歩いてきた」というと涙を浮かべていた。



テレビでは「クイズダービー」が終わりを告げるところだったので4時間程度歩いていたのだ。



翌週にはこの家に来れたのだが、あの家にいたくないという思いと、祖父母の家の方が楽だし楽しいという2つの思いがこの結末につながったのだ。



それからは祖父が迎えに来れないということはなくなった。

翌週まで我慢できず、祖父母の家まで歩いてきた2人の孫を祖父母にはどのように映っていたのだろう。
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