7 / 116
選抜試験編
第7話 シグルド王子と重要任務
しおりを挟む
ベルのけたたましい音が部屋中に鳴り響いた。
「なんっだよ……」
上体を起こして目を擦りながら部屋を見回すが、室内はまだ暗く朝と言えるかまだわからない時間帯だった。
催促するようにベルを鳴らし続ける主を止めようと扉を開けると、目の前には仏頂面したカロリナが立っていた。どうやらご機嫌ななめのようだ。
「遅い! 何回鳴らしたと思っているののののののの!!」
なぜか「の」を連発しながら驚いた顔をするカロリナ。その目線とプルプルと震える指の先には、僕の体があった。
「あっ」
寝間着として使用している白いネグリジェのようなパジャマがはだけ、上半身はおろか下半身も少しだけだが露になっていた。寝惚けていたとはいえ、これは大変なミスだ。
「うわっ、悪い!」
慌てて後ろを向くと、急いで服を直す。
「なんで、そんな状態なのに気づかないのよ! それに普通きちんと服を着てから出るでしょ! 寝衣だけでも論外なのに、は、裸が出てるのは私の執事として、いえ一人の男性として許されないわよ!」
それはカロリナが急かすようにベルを鳴らしたからであって、さっき言ったことと矛盾するのではと思ったが、火に油を注ぐことになるので言わないことにする。
「ごめん!」
カロリナの口から呆れたような吐息が出る。
「いいわよ、もう。でも、昨日は寝癖に今日は寝衣──次からちゃんと気をつけなさい。それより、用件があるんだけど、身支度しながらでいいから聞きなさい」
「了解!」
そそくさと奥のベッドルームの方へ戻り、クローゼットから白シャツとワインレッドのズボンを取り出し、壁を背に見えないように着替える。
「今日の朝1限目の時間にシグルド王子から全生徒に向けた挨拶があるわ。挨拶の中身は省くけど、貴方にはマリーと共に式に参加してほしいの」
数秒間、沈黙が続いた。
「え、それだけ?」
「そう。だけど、重要な任務よ。私は王子と動くから気にしないでいいわ。朝食はマリーと取って。いい、絶対マリーから離れないでよ!」
「わ、わかりました」
厳しい口調に思わず敬語になってしまった。勢いよく扉が閉まり、カロリナが部屋から出ていく。よほど急いでいるようだったが。
シグルド王子と言えば、カロリナの兄でカールステッド家長子。何度かお見掛けして厳しそうな方だなという認識はあったものの、いったいなんでそこまでマリーを丁重に扱わなければいけないのかわからなかった。
まあ、でもまだ夜が明けきらない朝から命令が下ったんだから何かあるのだろう。──今日も1日忙しそうだ。
そう思いながら僕は紺のネクタイを強めに締めた。
身支度を整え食堂に向かうと、すでにマリーは席について小さくちぎったパンを口に運んでいるところだった。視線は向かいの誰もいない椅子に注がれており、こちらに気づく様子はなかった。
マリーの横の椅子を引いて座っても全く気づかない。ときおり憂鬱そうに息を吐くと、またパンやスープを口に運ぶ。
「はい、どうぞ~」
食膳してくれた給士の声でマリーはやっと隣に僕がいたことに気づいたようだ。こちらを見ると、恥ずかしそうにはにかんで頭をペコッと下げる。
「おはよう、マリー 。朝から真剣な顔してどうした?」
マリーは、食事の手を止めて苦笑いしている。ああ、ノートを持っていないのか。
「今日のこと、カロリナから聞いたの?」
そのブルーの瞳に明らかな動揺の色が浮かんだ。こくり、と小さく頷くマリー。やはり、僕の知らない何かがあるようだ。
目の前に出されたスープを銀のスプーンですくい、口へ運ぶ。薄味だが素材が活かされた豊潤な味わいが口いっぱいに広がっていく。マリーも僕に合わせて再びパンを食べ始めた。
よくドラマやアニメでは貴族階級とか王家とかが出てくると権力闘争が起こるイメージがある。
もしかすると、マリーはそんな闘いの渦に巻き込まれているのかもしれない。
カロリナもまだいろいろと話してくれていないことがありそうだしな。
「……マリーのこと、まだ知らないことはたくさんあるけど、マリーが頑張ってることだけは知ってるから。何があるのか知らないけど、きっと大丈夫だよ」
重くならないように軽くもなりすぎないように、日常会話のようにさらっとそう言ったのに、マリーは驚いた顔をして僕の顔をまじまじと見つめていた。
「いや、なんでもないんだ。マリーが頑張っているのは別にみんな知ってることだし──」
ふわりと優しい感触が僕の手を包んだから、その先の言葉は止まってしまった。重ねられた手からなぞるようにして腕と顔へ視線を上げていくと、陽だまりみたいな笑顔が浮かんでいた。
マリーはそっと手を離すと、空中に指で文字を描く。たぶん、ありがとうという言葉。
僕も上手くできてるかわからなかったが、どういたしましてと指を動かした。
「なんっだよ……」
上体を起こして目を擦りながら部屋を見回すが、室内はまだ暗く朝と言えるかまだわからない時間帯だった。
催促するようにベルを鳴らし続ける主を止めようと扉を開けると、目の前には仏頂面したカロリナが立っていた。どうやらご機嫌ななめのようだ。
「遅い! 何回鳴らしたと思っているののののののの!!」
なぜか「の」を連発しながら驚いた顔をするカロリナ。その目線とプルプルと震える指の先には、僕の体があった。
「あっ」
寝間着として使用している白いネグリジェのようなパジャマがはだけ、上半身はおろか下半身も少しだけだが露になっていた。寝惚けていたとはいえ、これは大変なミスだ。
「うわっ、悪い!」
慌てて後ろを向くと、急いで服を直す。
「なんで、そんな状態なのに気づかないのよ! それに普通きちんと服を着てから出るでしょ! 寝衣だけでも論外なのに、は、裸が出てるのは私の執事として、いえ一人の男性として許されないわよ!」
それはカロリナが急かすようにベルを鳴らしたからであって、さっき言ったことと矛盾するのではと思ったが、火に油を注ぐことになるので言わないことにする。
「ごめん!」
カロリナの口から呆れたような吐息が出る。
「いいわよ、もう。でも、昨日は寝癖に今日は寝衣──次からちゃんと気をつけなさい。それより、用件があるんだけど、身支度しながらでいいから聞きなさい」
「了解!」
そそくさと奥のベッドルームの方へ戻り、クローゼットから白シャツとワインレッドのズボンを取り出し、壁を背に見えないように着替える。
「今日の朝1限目の時間にシグルド王子から全生徒に向けた挨拶があるわ。挨拶の中身は省くけど、貴方にはマリーと共に式に参加してほしいの」
数秒間、沈黙が続いた。
「え、それだけ?」
「そう。だけど、重要な任務よ。私は王子と動くから気にしないでいいわ。朝食はマリーと取って。いい、絶対マリーから離れないでよ!」
「わ、わかりました」
厳しい口調に思わず敬語になってしまった。勢いよく扉が閉まり、カロリナが部屋から出ていく。よほど急いでいるようだったが。
シグルド王子と言えば、カロリナの兄でカールステッド家長子。何度かお見掛けして厳しそうな方だなという認識はあったものの、いったいなんでそこまでマリーを丁重に扱わなければいけないのかわからなかった。
まあ、でもまだ夜が明けきらない朝から命令が下ったんだから何かあるのだろう。──今日も1日忙しそうだ。
そう思いながら僕は紺のネクタイを強めに締めた。
身支度を整え食堂に向かうと、すでにマリーは席について小さくちぎったパンを口に運んでいるところだった。視線は向かいの誰もいない椅子に注がれており、こちらに気づく様子はなかった。
マリーの横の椅子を引いて座っても全く気づかない。ときおり憂鬱そうに息を吐くと、またパンやスープを口に運ぶ。
「はい、どうぞ~」
食膳してくれた給士の声でマリーはやっと隣に僕がいたことに気づいたようだ。こちらを見ると、恥ずかしそうにはにかんで頭をペコッと下げる。
「おはよう、マリー 。朝から真剣な顔してどうした?」
マリーは、食事の手を止めて苦笑いしている。ああ、ノートを持っていないのか。
「今日のこと、カロリナから聞いたの?」
そのブルーの瞳に明らかな動揺の色が浮かんだ。こくり、と小さく頷くマリー。やはり、僕の知らない何かがあるようだ。
目の前に出されたスープを銀のスプーンですくい、口へ運ぶ。薄味だが素材が活かされた豊潤な味わいが口いっぱいに広がっていく。マリーも僕に合わせて再びパンを食べ始めた。
よくドラマやアニメでは貴族階級とか王家とかが出てくると権力闘争が起こるイメージがある。
もしかすると、マリーはそんな闘いの渦に巻き込まれているのかもしれない。
カロリナもまだいろいろと話してくれていないことがありそうだしな。
「……マリーのこと、まだ知らないことはたくさんあるけど、マリーが頑張ってることだけは知ってるから。何があるのか知らないけど、きっと大丈夫だよ」
重くならないように軽くもなりすぎないように、日常会話のようにさらっとそう言ったのに、マリーは驚いた顔をして僕の顔をまじまじと見つめていた。
「いや、なんでもないんだ。マリーが頑張っているのは別にみんな知ってることだし──」
ふわりと優しい感触が僕の手を包んだから、その先の言葉は止まってしまった。重ねられた手からなぞるようにして腕と顔へ視線を上げていくと、陽だまりみたいな笑顔が浮かんでいた。
マリーはそっと手を離すと、空中に指で文字を描く。たぶん、ありがとうという言葉。
僕も上手くできてるかわからなかったが、どういたしましてと指を動かした。
0
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる