聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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選抜試験編

第18話 変幻自在なティンパニ

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 カロリナに代わり、声の通る声楽専攻のオルガ先生に名前を呼ばれたエドがフィールドに姿を現しすと、僕を含め拍手がパラパラとまばらに起こった。

 対するアニタ──ルイスの取り巻きその1がフィールドに上がると、割れんばかりの拍手が沸き起こる。エドからしたら完全にアウェイだ。

 だが、そんな状況にも関わらず、いや、そんな状況だからかもしれないが、エドは口元を横に引いた。

「なに余裕ぶってんのよ! 女のことばかり考えてるようなあなたが私に勝てると思っているの?」

 丁寧な物言いにしようとしつつも、ところどころガサツになってしまう。同じ貴族なのにカロリナやマリーとどうしてここまで違うのか。……いや、カロリナもときどき口が悪いが。

「なに? 俺から声を掛けられないから嫉妬してんのかい?」

「何言ってんの!? あなたなんかに声を掛けられなくてもいろんな男が私に──」

「これは失礼。てっきりボーイフレンドは一人もいないのかと」

「な、な、な、なんですって!!」

 僕の知ってる限り、エドもガールフレンドと呼ばれる存在はいたことがないような気がするが──とにかく冷静なエドに比べると、アニタは戦う前から感情を顕にしているところを見ると、戦闘が始まればエドが有利だろうと確信する。なにせエドの楽器は変幻自在なティンパニだ。

 エドとアニタに講師陣が楽器を運ぶ。エドの前には4つの太鼓を並べたティンパニが、アニタは光沢のある赤茶色のヴァイオリン属のヴィオラを手にする。

 「それでは、シンバルが鳴ったら戦闘開始です」

 エドはゆっくりと首を回すと、ティンパニを叩く2本のマレットを軽く握った。アニタも肩にヴィオラを乗せ、弓を置く。

 シンバルの音が弾かれた。すぐにアニタは演奏を始め、エドの周囲全てを埋め尽くすように風の刃が出現した。

「ただ、立ち尽くしているだけ? じゃあ、すぐに終わらせてあげますわ!」

 アニタが弓を引くと風の刃が一斉にエドに襲いかかる。実力に伴わない自信がある人ほど、先手必勝とばかりに何のためらいもなく初手で大技を使いたがるもの──カロリナの言葉だ。

 エドが目に止まらない速さでティンパニを滑らせるように打ち付けた。お腹に響く重低音がエドを囲む土の壁をつくり、刃の侵入を拒否する。

「え?」

 続いて滑らかな、それでいて力強い音を紡ぎ合わせると、驚愕のあまり対応を怠ったアニタに向かって土壁が一直線に伸びていく。

「え、うそ、ちょ!」

 そのままアニタは壁に押しやられ場外へ。シンバルが鳴り響き、エドの勝利を確定させた。

 観客は何が起こったのかわからなかったのか、数秒間静寂が続いていたが、カロリナ、そして教授陣が拍手したのをきっかけに満場の拍手へと広がっていく。

 エドは土の壁を取り除くと、場外に落ちたアニタに近寄ってその手を差し出した。

「レディだからな。傷がつかないように場外負けにしてやったぜ」

 しかし、その手ははたかれてしまう。

「ちょ、調子のってんじゃないわよ! もう一度やれば私が! 私が!」

 アニタは自力で起き上がると、乱れたブロンドヘアを直しながらルイスの元へ逃げ戻っていった。この共通する負けん気の強さがいつも一緒にいる由縁だろうか。

「やっぱり強いね。エドガーくんは」

 ルイスがアニタの肩を抱き、なだめている姿を見ていると、オーケ先生が感心したような声を出した。

「そうですね。授業では実力を出さないので、注目されていませんでしたが」

「まあ、あれだけ抜きん出ていれば残念ながら妬みをかう恐れもあるからね。この試験で実力が誰の目にも明らかになれば、敵も少なくなるかもしれない」

 そこまでエドが計算してやっているかどうかはわからない。どちらかというと、平民として生きてきた本能が上手い具合に作用しているだけのような気もするが。なんにせよ、褒められ、注目されるのは悪い気がしない。

 エドと入れ替わるように再びオルガ先生がフィールドに上がり、大声で名前を呼ぶ。

「ハルト! ドリス・レーヴ・ミュルダール!」

 自分の名前が読み上げられ、ビクッと体が震えた。ポケットに入れたヴェルヴを確認して、フィールドに向かう階段を降りていく。

「頑張れよ、ハルトくん」

 小声で声援を送ってくれたオーケ先生に頷きで応えると、向こう端に座っていたマリーに目を向ける。口を半開きにして神妙な面持ちでこちらを見ていたマリーは、僕の視線に気がつくと精一杯の笑顔で僕を送り出してくれた。

「緊張してんのか?」

「こんなところで緊張するわけないだろ」

 ニヤニヤしているエドとすれ違いざまにハイタッチして、フィールドへ上がった。同時に拍手が弾ける。もちろん僕に向けたものではなく、余裕の笑みを浮かべるドリス――ルイスの取り巻きその2に向けられたものだ。

「ろくに魔法も使えないのにみんなの前でさらし者にされて、かわいそう」

「ええ、誠に不甲斐ない限りでございます」

 そう言うと、僕は最大限の侮蔑を込めてにっこりと笑って見せた。
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