19 / 116
選抜試験編
第19話 風の礫と渦巻く炎
しおりを挟む
試合開始とともに、僕は全速力でドリスに向かっていった。
カロリナ曰く、勝利の鉄則は敵の動きを見極めること。どんな攻撃が得意なのか、どんな思考回路なのか、どんな音楽を奏でるのか──それらを見極めてから相手の動きに合わせた一撃を見舞う。が、その戦法は前の戦闘でエドが披露してしまった。ドリスもそのことは予想している可能性が高い。だから。
ドリスがチェロを弾くと同時に、ヴェルヴは真っ赤な刀身を現した。短剣と変わらぬ短さだが、襲ってくる風の礫《つぶて》をガードするにはうってつけだ。
「へ~あんなに大騒ぎだったのに、戦えるくらいにはそれを扱えるようになったんだ」
「ああ、カロリナとの特訓のおかげである程度コントロールが可能になった」
「カロリーナ様、だよね?」
弓の動きが速くなる。流れるようなレガートがドリスの周りに風の膜を発生させた。これでは刃が届かない。
ドリスは指で弦を弾いた。途端に膜の間から何かが飛び出た。咄嗟に剣で弾くも、それは頬を掠め観客席の壁に突き刺さった。アニタが使った刃とはまた違う。直線状に高速で進むあれは、言ってみれば、槍?
「よそ見してる場合じゃないんじゃない?」
再びレガートの合間に弦が何度も弾かれ、肩や腕に傷が走る。見えないそれを正確に捉えるのは難しく、弾くか避けるにしても完全に防ぎきることはできなかった。
さらに風の膜が常にドリスの周りを覆っていて、突き崩すのにも時間がかかる。攻めと守りが一体になった攻撃だ。
「どうしたの? やっぱり手も足も出ない? 大人しく降参した方が無駄に痛くなくてすむんじゃない?」
痛みか……。ちらりと観客席に目をやると、マリーが口元を手で覆い、不安げな表情をしていた。
「あまり心配させるわけにはいかないな」
教授陣のところにいるカロリナに視線を移すと、周りに気づかれぬよう一瞬だけウインクをしてくれた。大丈夫、という合図か。
「何言ってるの? 人の心配より自分の心配しなよ」
よくいる噛ませ犬の台詞みたいだな、と思いながらすっと目を閉じる。
「今度は何やってんの? 見えなきゃ戦えないじゃない!」
見えなくても視えるものはある。みんな当たり前かと思っていたが、それを知らない生徒もいるのか。やっぱり、カロリナの特訓はスパルタだったようだ。
「ふん、そんなに負けたいのなら終わらせてあげるわ!」
リズミカルに弾かれた弦の音は3種類。続けざまに迫る風の槍を最小限の動きで弾くと、痛みを気にすることなくそのまま直進していく。
三度《みたび》、流れるようなメロディが紡がれた。弓を持つ同じ右手で弦をつまむ場合、どんなに素早く動かしても、弦を指で弾くその瞬間にどうしても短い間が生まれてしまう。そう、ここだ。
剣を顔の正面に据え、イメージを込める。カロリナが創り出したドラゴンが放つ超高温の炎。
目を見開くと、予想通り渦巻く炎の剣が風の槍を貫いているのがわかった。弾いているのではない、真っ二つに裂いている。
「なっ、え?」
ドリスの態度に明らかに動揺が見えた。これ以上の手はもうないのだろう。
柄を強く握った。同時に頭の中にカロリナのドラゴンを始動させる。みるみるうちにナイフと変わらない長さだった短剣が巨大化し、火の粉が辺りを舞った。
ドリスの背丈の優に5倍はあるだろうヴェルヴを振り上げる。音楽は途絶え、風の膜は消え、その顔にはただ、恐怖の色だけが浮かび上がっていた。
そして、そのまま剣を振り下ろした。ドリスの真横を通り過ぎた一撃は石床にめり込み、表面が砕けた。
「だから言ったよね。ある程度コントロールできるようになったって。降参する?」
「……降参……します」
震える小声でドリスは降参を宣言した。震えているのは声だけじゃなく、体全体が小刻みに揺れていた。完全に格下だと思っていた相手に負けた、しかも降参させられるというやり方で負けたのだから、よほど、悔しかったんだろう。やはり、プライドが高いところがルイスの取り巻きらしいところだ。
「悪いな。どうしても勝っておきたい相手がいるんで」
だいぶ色を失った宝玉をヴェルヴから抜き取ると、観客席がざわついているのに気づいた。なるほど、誰もこんな展開になることを予想していなかったらしい。実力が知られていなかったエドはともかく、正規の手続きで入学したわけでも魔法を使えたわけでもない落ちこぼれが勝利したんだから、そんな反応になるのは当たり前か。
思わず深いため息が出てしまう。体はまだまだ戦えるが、疲れ切ったような気分だ。
さっさと舞台をあとにしようと早足で歩き始めると、後ろから拍手が聞こえた。足を止め、振り返ると小さなマリーが大きな拍手をしていた。目に涙を溜めながら。
次にカロリナが拍手をした。それにつられて少しずつ広がる拍手。仕方ない、という顔をしている者もいるが、笑顔を向けたり、歓声を上げながら手を叩く姿もあった。
僕はまた背を向けると、拍手から逃げるようにフィールドを下りた。──体が熱い。
カロリナ曰く、勝利の鉄則は敵の動きを見極めること。どんな攻撃が得意なのか、どんな思考回路なのか、どんな音楽を奏でるのか──それらを見極めてから相手の動きに合わせた一撃を見舞う。が、その戦法は前の戦闘でエドが披露してしまった。ドリスもそのことは予想している可能性が高い。だから。
ドリスがチェロを弾くと同時に、ヴェルヴは真っ赤な刀身を現した。短剣と変わらぬ短さだが、襲ってくる風の礫《つぶて》をガードするにはうってつけだ。
「へ~あんなに大騒ぎだったのに、戦えるくらいにはそれを扱えるようになったんだ」
「ああ、カロリナとの特訓のおかげである程度コントロールが可能になった」
「カロリーナ様、だよね?」
弓の動きが速くなる。流れるようなレガートがドリスの周りに風の膜を発生させた。これでは刃が届かない。
ドリスは指で弦を弾いた。途端に膜の間から何かが飛び出た。咄嗟に剣で弾くも、それは頬を掠め観客席の壁に突き刺さった。アニタが使った刃とはまた違う。直線状に高速で進むあれは、言ってみれば、槍?
「よそ見してる場合じゃないんじゃない?」
再びレガートの合間に弦が何度も弾かれ、肩や腕に傷が走る。見えないそれを正確に捉えるのは難しく、弾くか避けるにしても完全に防ぎきることはできなかった。
さらに風の膜が常にドリスの周りを覆っていて、突き崩すのにも時間がかかる。攻めと守りが一体になった攻撃だ。
「どうしたの? やっぱり手も足も出ない? 大人しく降参した方が無駄に痛くなくてすむんじゃない?」
痛みか……。ちらりと観客席に目をやると、マリーが口元を手で覆い、不安げな表情をしていた。
「あまり心配させるわけにはいかないな」
教授陣のところにいるカロリナに視線を移すと、周りに気づかれぬよう一瞬だけウインクをしてくれた。大丈夫、という合図か。
「何言ってるの? 人の心配より自分の心配しなよ」
よくいる噛ませ犬の台詞みたいだな、と思いながらすっと目を閉じる。
「今度は何やってんの? 見えなきゃ戦えないじゃない!」
見えなくても視えるものはある。みんな当たり前かと思っていたが、それを知らない生徒もいるのか。やっぱり、カロリナの特訓はスパルタだったようだ。
「ふん、そんなに負けたいのなら終わらせてあげるわ!」
リズミカルに弾かれた弦の音は3種類。続けざまに迫る風の槍を最小限の動きで弾くと、痛みを気にすることなくそのまま直進していく。
三度《みたび》、流れるようなメロディが紡がれた。弓を持つ同じ右手で弦をつまむ場合、どんなに素早く動かしても、弦を指で弾くその瞬間にどうしても短い間が生まれてしまう。そう、ここだ。
剣を顔の正面に据え、イメージを込める。カロリナが創り出したドラゴンが放つ超高温の炎。
目を見開くと、予想通り渦巻く炎の剣が風の槍を貫いているのがわかった。弾いているのではない、真っ二つに裂いている。
「なっ、え?」
ドリスの態度に明らかに動揺が見えた。これ以上の手はもうないのだろう。
柄を強く握った。同時に頭の中にカロリナのドラゴンを始動させる。みるみるうちにナイフと変わらない長さだった短剣が巨大化し、火の粉が辺りを舞った。
ドリスの背丈の優に5倍はあるだろうヴェルヴを振り上げる。音楽は途絶え、風の膜は消え、その顔にはただ、恐怖の色だけが浮かび上がっていた。
そして、そのまま剣を振り下ろした。ドリスの真横を通り過ぎた一撃は石床にめり込み、表面が砕けた。
「だから言ったよね。ある程度コントロールできるようになったって。降参する?」
「……降参……します」
震える小声でドリスは降参を宣言した。震えているのは声だけじゃなく、体全体が小刻みに揺れていた。完全に格下だと思っていた相手に負けた、しかも降参させられるというやり方で負けたのだから、よほど、悔しかったんだろう。やはり、プライドが高いところがルイスの取り巻きらしいところだ。
「悪いな。どうしても勝っておきたい相手がいるんで」
だいぶ色を失った宝玉をヴェルヴから抜き取ると、観客席がざわついているのに気づいた。なるほど、誰もこんな展開になることを予想していなかったらしい。実力が知られていなかったエドはともかく、正規の手続きで入学したわけでも魔法を使えたわけでもない落ちこぼれが勝利したんだから、そんな反応になるのは当たり前か。
思わず深いため息が出てしまう。体はまだまだ戦えるが、疲れ切ったような気分だ。
さっさと舞台をあとにしようと早足で歩き始めると、後ろから拍手が聞こえた。足を止め、振り返ると小さなマリーが大きな拍手をしていた。目に涙を溜めながら。
次にカロリナが拍手をした。それにつられて少しずつ広がる拍手。仕方ない、という顔をしている者もいるが、笑顔を向けたり、歓声を上げながら手を叩く姿もあった。
僕はまた背を向けると、拍手から逃げるようにフィールドを下りた。──体が熱い。
0
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる