聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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選抜試験編

第20話 マリーの決意と戦い

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「どう? 勝利した気分は」

 拍手に紛れてそっとカロリナが声を掛けてきた。ニヤニヤ笑ってるのがなんだか腹立たしい。

「カロリーナ様の過度なご指導ご鞭撻のおかげでございます」

「また、そういうことを。嬉しいときは素直に喜んだ方がいいわよ」

「ありがたい御言葉。頭の奥深くに大事にしまっておきます」

「このやろ──」

 カロリナの言葉を手で制すると、観客席に向かって歩いていく。これ以上のおしゃべりは生徒たちの前では不要だ。僕は、執事なのだから。

 同じ生徒たちからこちらに注がれた視線に気づかない振りをして、オーケ先生の元に戻ると、また拍手で出迎えられてしまった。

「いや、よくやったね! カロリーナ様の特訓の成果は素晴らしいじゃないか」

「はい」

 フィールドの修繕に当たる先生たちの様子を見ながら、適当に相づちをうつ。今回の戦闘で石床や壁の破損した部分が魔法でキレイになっていった。

「なに、気にすることはない。よくあることだよ。それよりもなぜヴェルヴを使ったんだい? それは二つ穴だが、実際には一つしか使っていないじゃないか」

「それは、カロリーナ様曰く、切り札は最後まで取っておけ、ということです」

 それに、初戦で手の内を全部見せていては、次の戦いで圧倒的に不利だ。

「そうか。しっかりそこまで考えて。まだ余裕がありそうだ」

 オーケ先生は太めのお腹を揺らしながら豪快に笑った。

 修繕がすみ、次の組み合わせの名前が呼ばれる。

「ルイス・カール・バルバロッサ! マリー・ジクスムント・ベルナドッデ・ユセフィナ・カールステッド様!」

「マリー!?」

 まさか、よりによってルイスと当たるとは。前の二つはルイスの取り巻きだったし、何か人間関係を組み合わせの換算に入れてでもいるんだろうか。

 ルイスが自信満々に、マリーはおどおどしながら階段を下りていく。ルイスは内心マリーを正式に叩きのめすことができてほくそ笑んでいるんだろうが、そう上手くはいかないだろう。マリーはかなりの魔法の使い手。音楽にも長けているし、リベラメンテを使えば僕なんかよりずっと高度な現象を起こすことが可能なはずだ。

「オーケ先生、マリーはどんな魔法を使うんですか?」

 なぜかすぐに返答はなかった。数秒経ってからようやく先生は髭でうずもれた口を開いた。

「マリー様はまだ魔法を使えないんだ」

 何を言ったのか一瞬理解に戸惑った。

「魔法を使えないって、リベラメンテでもダメだったんですか?」

 あのとき、中庭で僕が暴走したときに、偶然かもしれないが魔法は発動したはず。それなのに対象を問わないリベラメンテですら魔法が使えないなんて、そんなことは。

「いや。マリー様はリベラメンテを使うことを拒んだんだ。私も何度か進言したのだけれど、理由は教えてくれなかった。君がカロリーナ様と特訓している間、寝食を忘れたようにピアノに向かっていたが、結局一度足りとも魔法は発動しなかったよ」

「そんな」

 マリーとルイスがフィールドの上で相対した。拍手が起こることはなかった。誰もがマリーが魔法を使えないことを知っている。拍手なんてできるわけがないだろう。どんよりとした暗い雲が現れたかのように、空気は重苦しいものに変わった。

 用意されたピアノにマリーが座る。なんで、どうしてピアノを選択したんだ? 勝ち目がないのはわかっているのに。

「ハルトくん。きっとマリー様の意地なんだろうと思う。カールステッド家の人間として、どうしても純粋な魔法で戦う必要があったんだ」

「だからって、負けたらどうしようもないじゃないですか。カールステッドの意地もなにも意味がなくなってしまう。マリーは結局傷ついて、それで終わりじゃないですか。こんなことなんの意味もない」

 オーケ先生の分厚い瞼が見開かれた。

「それは違うぞ。それは、違う。魔法が使えまいが負けようが、傷つこうがマリー様は自分の意志であそこに立ったんだ。その覚悟は最大限尊重しなければならない」

 僕は首を何度も横に振った。わからない。できないなら逃げればいいじゃないか。みんなの前で恥をさらすくらいなら立ち向かう必要なんてない。

 マリーは譜面台に譜面を置いた。譜面にしてはやけに分厚い──いや、あれは譜面じゃなくて僕らの言葉を書き連ねたノートだ。

「マリー……」

 ルイスが手入れの行き届いたヴァイオリンを首と肩の間に乗せて、弓を持った。

「マリー様。何も無理して出場なさらなくとも。今からでもご辞退なさってもいいのではありませんか?」

 その問いにマリーは鍵盤の上に震える指を置くことで応えた。ルイスも弓を弦の上にそっと乗せる。

「わかりました。では、全力でお相手致します!」

 マリーの細く小さな指が鍵盤を押し込み、弾いた。
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