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記憶旅行編
第85話 動き出す思惑
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「女神ユセフィナの名において、今その癒しの光を示さん」
クラーラ王女は呪文を呟き、かざしていた手を僕の額の上に置いた。手の平から目が眩むほどの光が生まれ、体中を包んでいく。数秒後、光が消えたと思ったら、顔の痛みも体の冷たさも全てなくなっていた。ベッドから起き上がってもどこも異常を感じなかった。
「これが神聖魔法です。なかなか直接体験することはできないので貴重ですよ」
すっと立ち上がると、王女は側に置いた背の高い椅子へと座り、愉快そうに僕の顔を眺めた。
「もう大丈夫です。元々の綺麗な顔立ちに戻りました」
「ふん。元よりよくなったんじゃない?」
冷たい一言が突き刺してきた。なぜかさっきからベッドの見えるギリギリの位置から腕を組んで突っ立っているカロリナだ。
「それでカロリナはさっきからなんでそんなに怒ってるんですか?」
カロリナは睨み付けるように僕を見た。いや、気に入らないならクラーラ王女を見てくれよ。
「別に、怒ってないわ!」
「ははーん」
ガチャガチャと金属音が鳴る。クリスが円を描くように移動するたび、帯剣がぶつかって音を発していた。
「これは、嫉妬ですな」
「嫉妬?」
誰に、どういう理由で嫉妬してると言うのか。
「ち、違います!」
「どさくさに紛れてディサナスを抱き締めた。その光景を目の前で見てしまったもんだから、カロリーナ王女は。お前、悪い男だなぁ」
「いや、あれはあの場面ではもう仕方なかった」
「仕方なかったなら誰だって抱き締めるのかしら?」
トゲのある言葉を吐いたカロリナに視線が集中する。僕以外は好奇心という名の視線が。
「ち、違います!」
「顔が真っ赤になってるところがその言動を否定していると思いますが、 ともかく、これで敵の目的がはっきりしたわけですね」
王女の厳かな声色が浮わついた空気を引き締める。それに反するようにクリスが片手を上げた。
「なんでしょう」
「いえ、議論を深めるのは結構なんですが、ディサナスは大丈夫かなと」
「今話したように、ディサナスは、反乱軍の目的を話したあとすぐに眠りについた。あれだけの感情を吐き出して魔法を発動させたから、おそらく、かなりのエネルギーを消費したはず」
「私が言いたいのはそうじゃなくてだな。心のケアはどうなんだってことだ」
クリスはイラついたようにショートの髪をかいた。
「ハルトの話を聞く限り、想像したくはないがディサナスは暴行を受けていたんじゃないのか。それも複数の男に。院長だか反乱軍だか知らないが、殺してやりたいくらいだよ。何がされたかわかってるだろ? 封じていたその傷を無理矢理呼び起こしといてどう治すんだって聞いてるんだ」
クリスは、今にも腰にさげた得物を抜き出しそうな剣幕で近づいてきた。その後ろで唖然とした顔になってるカロリナ。
「ディサナスの中にいるノーラの話と、僕が肩に触れただけで無条件に魔法が発動したことを考えると、クリスの思っていることが起こったに違いない、と思う。すなわち、ディサナスは複数の男から暴行──それもおそらくは性的暴行を受けたんだ。それも何度も何度も」
確証はないが、初めに暴行、いや虐待をしたのが院長。それ以前にも人格は分裂していたのだろうが、たぶん、そのことがディサナスの人格をさらにバラバラにし、症状を重症化させた原因。
「目覚めたらディサナスに確認する必要はある。そのときの記憶が統合されたのかどうか」
「記憶が戻っていたらどうする?」
クリスはさらに顔を近づけてきた。両の目は野獣のような獰猛さに満ちていた。……もしかしたら、クリスの過去にも何かがあったのか?
「話を聴くしかない。じっくりと。また魔法で攻撃されるかもしれないが、それでも聴くしかない。ここが安全だと、ディサナスが思えるまで。過去のその出来事をディサナスが整理できるまで」
「ぷっ……」
突然噴き出したかと思ったら、お腹を抱えてクリスは笑い始めた。何がどうしてそうなったのかわからず、僕とカロリナは呆然と視線を交わし、クラーラ王女はクリスの心のうちを察したのか謎の微笑みを浮かべた。
「ハルトは本当におかしなやつだな。君みたいな男に出会ったことがないよ」
さらにひとしきり笑い終えると、涙を吹きながらクリスは息を吐いた。
「いくらハルトでもディサナスは話しづらいんじゃないか? ハルトとディサナスさえよければ私も力を貸そう。どうですか、王女」
クラーラ王女はしっかりとうなずいた。
「ディサナスさんに関しては、クリスが適任です。とはいえ、私たちにはもう時間がない。何ができるかはわかりませんが……ともかく、わだかまりも解けたところで、今後について話し合いを──」
勢いよく開け放たれたドアの軋んだ音のせいで王女の話は強制的に中断させられた。
「失礼。火急の事態です。最北、ノーゲスト市を含む複数の領地が襲撃されました」
クラーラ王女は呪文を呟き、かざしていた手を僕の額の上に置いた。手の平から目が眩むほどの光が生まれ、体中を包んでいく。数秒後、光が消えたと思ったら、顔の痛みも体の冷たさも全てなくなっていた。ベッドから起き上がってもどこも異常を感じなかった。
「これが神聖魔法です。なかなか直接体験することはできないので貴重ですよ」
すっと立ち上がると、王女は側に置いた背の高い椅子へと座り、愉快そうに僕の顔を眺めた。
「もう大丈夫です。元々の綺麗な顔立ちに戻りました」
「ふん。元よりよくなったんじゃない?」
冷たい一言が突き刺してきた。なぜかさっきからベッドの見えるギリギリの位置から腕を組んで突っ立っているカロリナだ。
「それでカロリナはさっきからなんでそんなに怒ってるんですか?」
カロリナは睨み付けるように僕を見た。いや、気に入らないならクラーラ王女を見てくれよ。
「別に、怒ってないわ!」
「ははーん」
ガチャガチャと金属音が鳴る。クリスが円を描くように移動するたび、帯剣がぶつかって音を発していた。
「これは、嫉妬ですな」
「嫉妬?」
誰に、どういう理由で嫉妬してると言うのか。
「ち、違います!」
「どさくさに紛れてディサナスを抱き締めた。その光景を目の前で見てしまったもんだから、カロリーナ王女は。お前、悪い男だなぁ」
「いや、あれはあの場面ではもう仕方なかった」
「仕方なかったなら誰だって抱き締めるのかしら?」
トゲのある言葉を吐いたカロリナに視線が集中する。僕以外は好奇心という名の視線が。
「ち、違います!」
「顔が真っ赤になってるところがその言動を否定していると思いますが、 ともかく、これで敵の目的がはっきりしたわけですね」
王女の厳かな声色が浮わついた空気を引き締める。それに反するようにクリスが片手を上げた。
「なんでしょう」
「いえ、議論を深めるのは結構なんですが、ディサナスは大丈夫かなと」
「今話したように、ディサナスは、反乱軍の目的を話したあとすぐに眠りについた。あれだけの感情を吐き出して魔法を発動させたから、おそらく、かなりのエネルギーを消費したはず」
「私が言いたいのはそうじゃなくてだな。心のケアはどうなんだってことだ」
クリスはイラついたようにショートの髪をかいた。
「ハルトの話を聞く限り、想像したくはないがディサナスは暴行を受けていたんじゃないのか。それも複数の男に。院長だか反乱軍だか知らないが、殺してやりたいくらいだよ。何がされたかわかってるだろ? 封じていたその傷を無理矢理呼び起こしといてどう治すんだって聞いてるんだ」
クリスは、今にも腰にさげた得物を抜き出しそうな剣幕で近づいてきた。その後ろで唖然とした顔になってるカロリナ。
「ディサナスの中にいるノーラの話と、僕が肩に触れただけで無条件に魔法が発動したことを考えると、クリスの思っていることが起こったに違いない、と思う。すなわち、ディサナスは複数の男から暴行──それもおそらくは性的暴行を受けたんだ。それも何度も何度も」
確証はないが、初めに暴行、いや虐待をしたのが院長。それ以前にも人格は分裂していたのだろうが、たぶん、そのことがディサナスの人格をさらにバラバラにし、症状を重症化させた原因。
「目覚めたらディサナスに確認する必要はある。そのときの記憶が統合されたのかどうか」
「記憶が戻っていたらどうする?」
クリスはさらに顔を近づけてきた。両の目は野獣のような獰猛さに満ちていた。……もしかしたら、クリスの過去にも何かがあったのか?
「話を聴くしかない。じっくりと。また魔法で攻撃されるかもしれないが、それでも聴くしかない。ここが安全だと、ディサナスが思えるまで。過去のその出来事をディサナスが整理できるまで」
「ぷっ……」
突然噴き出したかと思ったら、お腹を抱えてクリスは笑い始めた。何がどうしてそうなったのかわからず、僕とカロリナは呆然と視線を交わし、クラーラ王女はクリスの心のうちを察したのか謎の微笑みを浮かべた。
「ハルトは本当におかしなやつだな。君みたいな男に出会ったことがないよ」
さらにひとしきり笑い終えると、涙を吹きながらクリスは息を吐いた。
「いくらハルトでもディサナスは話しづらいんじゃないか? ハルトとディサナスさえよければ私も力を貸そう。どうですか、王女」
クラーラ王女はしっかりとうなずいた。
「ディサナスさんに関しては、クリスが適任です。とはいえ、私たちにはもう時間がない。何ができるかはわかりませんが……ともかく、わだかまりも解けたところで、今後について話し合いを──」
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