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悲しき声の行方
第一章 噂①
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病室へ入るなり、池沢健次は苦笑した。
友人の柴原龍二が、兄である柴原真人の顔を両手で挟んだからだった。
「夢人じゃあ、ねぇな」
現人が触れることによって、夢人は死体に戻る。
龍二は兄が夢人になっていないかと、確かめたのだった。
夢人とは、一度死んだにも関わらず、まるで生きている人間のように振る舞う人々のことである。見た目は生きている頃のそれと変わらないので、その人がとっくに亡くなっていることに気付く人も、なかなかいない。
現人は、そんな夢人に触れることで、彼、彼女たちを死体に戻すことが出来る。死体に戻った夢人は、本来の時間に進むので、腐っていることがほとんどだった。
健次と龍二は、この現人にあたる。
龍二の兄、 真人は現人ではないが、彼は幼少の頃から、この世ならざるモノが視えるらしい。夢人と関わることになったのも、この力のせいかもしれない、とは、本人の談である。
そしてその真人が、とある公園の石づくりの階段から落ちたと聞かされたとき、健次は本当に驚いたのだ。
「見舞いに訪れたと思えば、いきなり何しやがる」
彼に顔を挟まれたまま、真人は問う。龍二が兄を心配していたのは健次も知っている。
龍二も相当驚いたようで、健次に電話を寄越した彼は、動揺していた。
パニックになりかけた健次だったが、普段は落ち着いている龍二が動揺していたお陰で「落ち着いて」と声をかけることが出来たのである。
そのやり取りから、今、二人はこの場に駆けつけたのだ。
「階段から落ちて救急車に運ばれたって聞いたら、誰だって死にそうなのかと思う」
病室に入り、目の前にいた真人はケロッとして笑顔で挨拶してくれた。死にかけているのだと思い込んでいる龍二が、彼を夢人ではないかと疑ったのも仕方がないのかもしれない。
と、健次は思うことにした。
「でも、ほんとに大丈夫なんですか? 真人さん」
「ああ、足は骨折してるみたいなんだ。自分で落ちたなら、受け身を取れたけど、突然後ろから突き飛ばされてね」
「兄貴、また女を惚れさせたのか?」
「は?」
龍二が放つ言葉に、真人の顔はひくひくしている。怒りを抑えているのが健次にはわかった。
「兄貴は無自覚かもしんねぇけどな。女を惚れさせる才能がある。ほんの少し前だって、道を聞かれた女にストーカーされて、警察沙汰になっただろ。あ、もしかして、その女、諦めてねーんじゃね?」
「それはその人に失礼だからやめろ。今日まで何もなかったんだから、反省してるって」
「わかんねーだろ。大体兄貴は──」
「龍二、ごめん。ちょっといい?」
「なんだよ」
健次は片手を顔の高さまで挙げて、挙手をする。彼の手には花束が抱えられていた。
真人への見舞いの花だ。
実はずっと抱えたままだった。病室に入るなり、言葉も交わさず龍二が真人の顔を掴みに行ったので、花束を真人にあげるタイミングを失ったのだ。
「花瓶、どこ?」
「──知らん」
「綾香が来るから、そこに置いておいてくれる?」
真人の嫁の名だ。三才、年上だと言っていたな、と健次は思い出す。
言われた通りに花束を、引き出すタイプの机付きのラックへと置いた。
あとは綾香に任せよう。
健次は龍二の手を引いて、病室をあとにしようとする。
龍二自身は、まだ真人に言い足りないようで、少々抵抗をした。
「もぉう! ここに居たら龍二、エンドレス真人さんに小言言うでしょ?」
「今まで尻拭いしてきたのは誰だと思ってる!」
「分かった! その話、どこかのお店で聞くから! ここ病院!」
ぐぬぬっと、動かない龍二を引っ張っていたら、病院という単語に反応した龍二が、渋々健次の言うことに従った。
「じゃあ真人さん、お大事に」
ぐいぐいと龍二の背中を押しながら、健次は病室から出ていった。
友人の柴原龍二が、兄である柴原真人の顔を両手で挟んだからだった。
「夢人じゃあ、ねぇな」
現人が触れることによって、夢人は死体に戻る。
龍二は兄が夢人になっていないかと、確かめたのだった。
夢人とは、一度死んだにも関わらず、まるで生きている人間のように振る舞う人々のことである。見た目は生きている頃のそれと変わらないので、その人がとっくに亡くなっていることに気付く人も、なかなかいない。
現人は、そんな夢人に触れることで、彼、彼女たちを死体に戻すことが出来る。死体に戻った夢人は、本来の時間に進むので、腐っていることがほとんどだった。
健次と龍二は、この現人にあたる。
龍二の兄、 真人は現人ではないが、彼は幼少の頃から、この世ならざるモノが視えるらしい。夢人と関わることになったのも、この力のせいかもしれない、とは、本人の談である。
そしてその真人が、とある公園の石づくりの階段から落ちたと聞かされたとき、健次は本当に驚いたのだ。
「見舞いに訪れたと思えば、いきなり何しやがる」
彼に顔を挟まれたまま、真人は問う。龍二が兄を心配していたのは健次も知っている。
龍二も相当驚いたようで、健次に電話を寄越した彼は、動揺していた。
パニックになりかけた健次だったが、普段は落ち着いている龍二が動揺していたお陰で「落ち着いて」と声をかけることが出来たのである。
そのやり取りから、今、二人はこの場に駆けつけたのだ。
「階段から落ちて救急車に運ばれたって聞いたら、誰だって死にそうなのかと思う」
病室に入り、目の前にいた真人はケロッとして笑顔で挨拶してくれた。死にかけているのだと思い込んでいる龍二が、彼を夢人ではないかと疑ったのも仕方がないのかもしれない。
と、健次は思うことにした。
「でも、ほんとに大丈夫なんですか? 真人さん」
「ああ、足は骨折してるみたいなんだ。自分で落ちたなら、受け身を取れたけど、突然後ろから突き飛ばされてね」
「兄貴、また女を惚れさせたのか?」
「は?」
龍二が放つ言葉に、真人の顔はひくひくしている。怒りを抑えているのが健次にはわかった。
「兄貴は無自覚かもしんねぇけどな。女を惚れさせる才能がある。ほんの少し前だって、道を聞かれた女にストーカーされて、警察沙汰になっただろ。あ、もしかして、その女、諦めてねーんじゃね?」
「それはその人に失礼だからやめろ。今日まで何もなかったんだから、反省してるって」
「わかんねーだろ。大体兄貴は──」
「龍二、ごめん。ちょっといい?」
「なんだよ」
健次は片手を顔の高さまで挙げて、挙手をする。彼の手には花束が抱えられていた。
真人への見舞いの花だ。
実はずっと抱えたままだった。病室に入るなり、言葉も交わさず龍二が真人の顔を掴みに行ったので、花束を真人にあげるタイミングを失ったのだ。
「花瓶、どこ?」
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「もぉう! ここに居たら龍二、エンドレス真人さんに小言言うでしょ?」
「今まで尻拭いしてきたのは誰だと思ってる!」
「分かった! その話、どこかのお店で聞くから! ここ病院!」
ぐぬぬっと、動かない龍二を引っ張っていたら、病院という単語に反応した龍二が、渋々健次の言うことに従った。
「じゃあ真人さん、お大事に」
ぐいぐいと龍二の背中を押しながら、健次は病室から出ていった。
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