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シーツに投げ出した冷たい手。
その甲にアナタの指が触れた。
羽根が撫でる様に軽く、手の甲をなぞる指先。
戯れじみたその行為に、体が敏感に反応した。
手が感じたくすぐったさは、腕を伝ううちに甘く変化して、頭の中を痺れさせて、カラダの奥に熱い疼きを灯す。
そんな事、わたしに起こりうるはずが無いのに。
でも、変化は止まらない。
未知の感覚が怖くて、助けて欲しくて、虚空をさまよわせた指を、力強く掴む手があった。
視線を向けた先にいたのはアナタで。目が合うと微笑んだ。
「大丈夫、ぼくがいるよ」
告げる声に、波立っていた気持ちが落ち着いてくる。反面、カラダはますます火照りを増して震えた。
これから二人の間に起こる事への期待に、不安に、そして――悦びに。
「だから、一緒に」
囁くアナタの掌が、一糸纏わぬわたしのカラダを優しく這う。
わたしを求める熱を帯びた眼差しに小さく頷いて、静かに目を閉じた。
「マリア?」
男性の硬い声で名を呼ばれ、閉じていた瞼を開ける。無機質な台の上で仰向けに寝かされていたマリアは、きょろりと青い眼球を動かして声の主を探した。
「はい、博士」
いつも通り、そう返答する。
博士と呼ばれた白衣の青年は一瞬表情を強張らせた。そのままマリアの視線から逃げる様に背を向ける。
博士は黙ったまま両手をきつく握り締める。微かに震えるその拳を瞬きもせずに見詰めていると、ようやく口を開いた。
「ユメは、見られたかい?」
懇願にも、祈りにも似た声音で問われ、マリアは記憶を反芻する。
頭の中に再生されるのは、先程の光景。
全身を機械部品で構成されたマリアの体には起こり得ない変化が生じ、博士とマリアが仲睦まじく指を絡ませ合う。
それは、マリアの記憶領域には無いもので。だから。
「総合的に判断して、博士が『ユメ』と呼称するモノがマリアの頭の中に映し出されたと判断出来ます」
台から上半身を起こし、膝裏まで届く長い白髪を丁寧に整えた。博士がこの髪を気に入っているから、粗末に扱って傷付ける訳にはいかない。
マリアは慣れた動作で頭に、耳に、胸の中央に差し込まれたプラグを抜く。コードの先は、PCに繋がれていた。
ディスプレイに映し出されるのは複雑な波形や英数字の羅列。
これらのプログラムによって、機械仕掛けの存在であるマリアも『ユメ』を見る事が出来た。そう考えると、やはり博士は凄い御方だ、と評価を新たにする。
しかし、マリアの答えを聞いても博士の表情は硬いままだった。
マリアは考える。
外見こそ16歳前後の少女の姿をしているが、マリアはまだ『生まれて』3歳にも満たない――稼働時間はそれ程に短い。
己の内に蓄積したデータを元に博士の偉業を讃えたつもりだったのだが、言葉が足りなくて正しく伝わらなかった可能性がある。
「人間と同サイズの機体内に動力と頭脳を搭載。人間と同程度の自己判断能力を有する人工生命体『マリア』を完成させ、更に『ユメ』を見せる事に成功した。これは素晴らしい偉業です」
「マリア」
「これでまた一歩、わたしは博士の理想とする『ニンゲン』に」
「マリア!」
悲鳴じみた叫びに遮られ、マリアは口を噤む。機械の双眸の焦点を博士に合わせたまま、微動だにせず次の言葉を待った。
博士が振り向き、強張った手でマリアの手を掬い上げる。
指を絡めた。
先程見たユメが再現される。
「『ユメ』の中でぼくにこうされて、キミはどう思った?」
問われて、マリアの頭脳回路が活性化する。
「これが『マリアがより一層ニンゲンらしくなる為に、博士が必要と判断した事』なのだろう、と考えました」
青褪める博士の表情に、またしても己の説明不足が博士を失望させてしまったと反省しながらマリアは言葉を継ぐ。
「マリアが見たユメは、博士が作成したデータを元にしています。つまり、博士の意図が反映されている」
「ぼくの意図、か」
力無い呟きが、実験室の床に落ちる。繋がれていた指が解けた。
再び上げた博士の顔からは、全ての感情が抜け落ちていた。人間でありながら無機質なそのカオは、機械仕掛けのマリアそっくりで。
「この実験は失敗だ。よって今回のデータはキミの記憶層から破棄する。良いね?」
「はい、博士」
どうやら博士が期待していた結果は得られなかったらしい。
失敗して不要なモノは処分する。それは正しい決定だ。
再び台に横たわるマリアの体へ、博士が手ずからプラグを差し込んでいく。
薄暗い天井を見詰めて作業開始を待つマリアの聴覚が、囁きにも似た博士の声を捉えた。
「ヒトの願望は、アンドロイドの願望にはならないんだね・・・・・・マリア」
白衣の背中へ向けてその言葉の意味を問う直前、送り込まれたデータの奔流がマリアの中のユメの記録を白く塗り潰した。
その甲にアナタの指が触れた。
羽根が撫でる様に軽く、手の甲をなぞる指先。
戯れじみたその行為に、体が敏感に反応した。
手が感じたくすぐったさは、腕を伝ううちに甘く変化して、頭の中を痺れさせて、カラダの奥に熱い疼きを灯す。
そんな事、わたしに起こりうるはずが無いのに。
でも、変化は止まらない。
未知の感覚が怖くて、助けて欲しくて、虚空をさまよわせた指を、力強く掴む手があった。
視線を向けた先にいたのはアナタで。目が合うと微笑んだ。
「大丈夫、ぼくがいるよ」
告げる声に、波立っていた気持ちが落ち着いてくる。反面、カラダはますます火照りを増して震えた。
これから二人の間に起こる事への期待に、不安に、そして――悦びに。
「だから、一緒に」
囁くアナタの掌が、一糸纏わぬわたしのカラダを優しく這う。
わたしを求める熱を帯びた眼差しに小さく頷いて、静かに目を閉じた。
「マリア?」
男性の硬い声で名を呼ばれ、閉じていた瞼を開ける。無機質な台の上で仰向けに寝かされていたマリアは、きょろりと青い眼球を動かして声の主を探した。
「はい、博士」
いつも通り、そう返答する。
博士と呼ばれた白衣の青年は一瞬表情を強張らせた。そのままマリアの視線から逃げる様に背を向ける。
博士は黙ったまま両手をきつく握り締める。微かに震えるその拳を瞬きもせずに見詰めていると、ようやく口を開いた。
「ユメは、見られたかい?」
懇願にも、祈りにも似た声音で問われ、マリアは記憶を反芻する。
頭の中に再生されるのは、先程の光景。
全身を機械部品で構成されたマリアの体には起こり得ない変化が生じ、博士とマリアが仲睦まじく指を絡ませ合う。
それは、マリアの記憶領域には無いもので。だから。
「総合的に判断して、博士が『ユメ』と呼称するモノがマリアの頭の中に映し出されたと判断出来ます」
台から上半身を起こし、膝裏まで届く長い白髪を丁寧に整えた。博士がこの髪を気に入っているから、粗末に扱って傷付ける訳にはいかない。
マリアは慣れた動作で頭に、耳に、胸の中央に差し込まれたプラグを抜く。コードの先は、PCに繋がれていた。
ディスプレイに映し出されるのは複雑な波形や英数字の羅列。
これらのプログラムによって、機械仕掛けの存在であるマリアも『ユメ』を見る事が出来た。そう考えると、やはり博士は凄い御方だ、と評価を新たにする。
しかし、マリアの答えを聞いても博士の表情は硬いままだった。
マリアは考える。
外見こそ16歳前後の少女の姿をしているが、マリアはまだ『生まれて』3歳にも満たない――稼働時間はそれ程に短い。
己の内に蓄積したデータを元に博士の偉業を讃えたつもりだったのだが、言葉が足りなくて正しく伝わらなかった可能性がある。
「人間と同サイズの機体内に動力と頭脳を搭載。人間と同程度の自己判断能力を有する人工生命体『マリア』を完成させ、更に『ユメ』を見せる事に成功した。これは素晴らしい偉業です」
「マリア」
「これでまた一歩、わたしは博士の理想とする『ニンゲン』に」
「マリア!」
悲鳴じみた叫びに遮られ、マリアは口を噤む。機械の双眸の焦点を博士に合わせたまま、微動だにせず次の言葉を待った。
博士が振り向き、強張った手でマリアの手を掬い上げる。
指を絡めた。
先程見たユメが再現される。
「『ユメ』の中でぼくにこうされて、キミはどう思った?」
問われて、マリアの頭脳回路が活性化する。
「これが『マリアがより一層ニンゲンらしくなる為に、博士が必要と判断した事』なのだろう、と考えました」
青褪める博士の表情に、またしても己の説明不足が博士を失望させてしまったと反省しながらマリアは言葉を継ぐ。
「マリアが見たユメは、博士が作成したデータを元にしています。つまり、博士の意図が反映されている」
「ぼくの意図、か」
力無い呟きが、実験室の床に落ちる。繋がれていた指が解けた。
再び上げた博士の顔からは、全ての感情が抜け落ちていた。人間でありながら無機質なそのカオは、機械仕掛けのマリアそっくりで。
「この実験は失敗だ。よって今回のデータはキミの記憶層から破棄する。良いね?」
「はい、博士」
どうやら博士が期待していた結果は得られなかったらしい。
失敗して不要なモノは処分する。それは正しい決定だ。
再び台に横たわるマリアの体へ、博士が手ずからプラグを差し込んでいく。
薄暗い天井を見詰めて作業開始を待つマリアの聴覚が、囁きにも似た博士の声を捉えた。
「ヒトの願望は、アンドロイドの願望にはならないんだね・・・・・・マリア」
白衣の背中へ向けてその言葉の意味を問う直前、送り込まれたデータの奔流がマリアの中のユメの記録を白く塗り潰した。
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