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婚約破棄を言い渡されたので、大人しく実家へ帰ろうと思います
後編
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自室で手紙を読んでいたエディラは、ふと顔を上げて窓の外へ視線を投げた。小鳥のさえずりが心地良くて、軽く目を閉じて耳を傾ける。
「アルフレイド様は、まだお気付きになっていらっしゃらないのですね」
椅子に深く身を沈め、細い指を組んで独り言ちる。
眼裏に甦るのは、あの日、パーティー会場で最後に見たユーフィの姿。その表情。苛烈な眼差し。
アルフレイドの女癖の悪さはエディラも承知していた。
何度も諌めようとしたのだが、『いずれは愛人を囲う事になるのだから、それが早まっただけ』と思い直し、見て見ぬ振りを貫いた。
ただ、どれほど人間として最低であろうとも侯爵は侯爵。軽はずみな行動で失脚などされてもエディラが困る。一応仮にも将来の伴侶となる訳だし。
そういう事情もあって、アルフレイドに近付く女性には警戒を怠らなかった。
もっとも、たいていの場合はアルフレイドが女性に飽きてとっかえひっかえしていたから、表面上は何事もなく過ぎていたのだが。
そこにユーフィが現れた。
警戒心の薄い(と言うか皆無な)アルフレイドに代わり、エディラは常の通りユーフィの身元を調査させて……そして知ったのだ。
「アルフレイド様のおじい様がかつて陥れた一族、その生き残りがユーフィだった事に」
ユーフィの狙いが財産だったのか、アルフレイドの生命だったのか、侯爵家の地位だったのか、それとも他にあったのかは知らない。
逢引きする様子を見掛ける度に、ユーフィは蕩ける様な笑みを浮かべてアルフレイドにしなだれかかりながら、その空色の瞳には冷たい憎悪の光がちらついていた。
幸か不幸か、鼻の下を伸ばしていたアルフレイドは気付いていなかったが。
これはチャンスだ、とエディラは直感した。
アルフレイドがユーフィに熱を上げている間が勝負。
だからエディラはこれ見よがしに香水の調合や薬草の手入れに力を入れた。
敢えてユーフィに嫌味を浴びせて底意地の悪い女を演じた。
「ハーディス伯爵家は男児ばかり。娘がおらず、アルフレイド様に取り入る機会を掴めず苛立っていたそうですが……それが幸運でしたわね」
そこで、『庶民であるユーフィをハーディス伯爵家の養女として迎え入れ、アルフレイドの新たな婚約者に仕立て上げれば。ハーディス伯爵家の影響力は一気に増すだろう』と、お喋り好きな貴族達に噂話が流れるよう仕組んだ。
「アルフレイド様に直接『ユーフィに然るべき身分さえあれば問題はないのですが』と申し上げた時はお怒りになられましたけれど。爵位を継ぐ者として、身分差は避けて通れない問題ですし」
だが、怒りを買った甲斐あって、アルフレイドもユーフィの身分を確固たるものとする為に(無い知恵を絞って)奔走してくれた。自身に釣り合う家柄を血眼になって探し求め、最終的にハーディス伯爵家に辿り着いた。
素晴らしい行動力だ。
そして遂に、アルフレイドの口から婚約破棄を引き出した。
エディラの計算通りに。
「あちらも望みが叶ったみたいですし、何よりですわね――お互いに」
風の噂によると、今のところ二人は上手くやっているらしい。
ユーフィとて、早々に尻尾は掴ませないだろう。今、迂闊に動いてアルフレイドの身に何かあった場合、真っ先に疑われるのは彼女だ。
或いは本当にアルフレイドを愛してしまったのかも知れない。市井の女性が好む演劇や小説にはよく見られる話だ。
それならそれで構わない。
どちらにせよ、もはやエディラには関係ない事だ。
貴族の義務とは言え、愛の無い婚約を強いられていたエディラも、今はこうしてお気に入りの香水や薬草に囲まれて幸せに暮らせている。
だから。
「どうぞお幸せに」
心を込めて呟いて、エディラは足取り軽く部屋を後にした。
「アルフレイド様は、まだお気付きになっていらっしゃらないのですね」
椅子に深く身を沈め、細い指を組んで独り言ちる。
眼裏に甦るのは、あの日、パーティー会場で最後に見たユーフィの姿。その表情。苛烈な眼差し。
アルフレイドの女癖の悪さはエディラも承知していた。
何度も諌めようとしたのだが、『いずれは愛人を囲う事になるのだから、それが早まっただけ』と思い直し、見て見ぬ振りを貫いた。
ただ、どれほど人間として最低であろうとも侯爵は侯爵。軽はずみな行動で失脚などされてもエディラが困る。一応仮にも将来の伴侶となる訳だし。
そういう事情もあって、アルフレイドに近付く女性には警戒を怠らなかった。
もっとも、たいていの場合はアルフレイドが女性に飽きてとっかえひっかえしていたから、表面上は何事もなく過ぎていたのだが。
そこにユーフィが現れた。
警戒心の薄い(と言うか皆無な)アルフレイドに代わり、エディラは常の通りユーフィの身元を調査させて……そして知ったのだ。
「アルフレイド様のおじい様がかつて陥れた一族、その生き残りがユーフィだった事に」
ユーフィの狙いが財産だったのか、アルフレイドの生命だったのか、侯爵家の地位だったのか、それとも他にあったのかは知らない。
逢引きする様子を見掛ける度に、ユーフィは蕩ける様な笑みを浮かべてアルフレイドにしなだれかかりながら、その空色の瞳には冷たい憎悪の光がちらついていた。
幸か不幸か、鼻の下を伸ばしていたアルフレイドは気付いていなかったが。
これはチャンスだ、とエディラは直感した。
アルフレイドがユーフィに熱を上げている間が勝負。
だからエディラはこれ見よがしに香水の調合や薬草の手入れに力を入れた。
敢えてユーフィに嫌味を浴びせて底意地の悪い女を演じた。
「ハーディス伯爵家は男児ばかり。娘がおらず、アルフレイド様に取り入る機会を掴めず苛立っていたそうですが……それが幸運でしたわね」
そこで、『庶民であるユーフィをハーディス伯爵家の養女として迎え入れ、アルフレイドの新たな婚約者に仕立て上げれば。ハーディス伯爵家の影響力は一気に増すだろう』と、お喋り好きな貴族達に噂話が流れるよう仕組んだ。
「アルフレイド様に直接『ユーフィに然るべき身分さえあれば問題はないのですが』と申し上げた時はお怒りになられましたけれど。爵位を継ぐ者として、身分差は避けて通れない問題ですし」
だが、怒りを買った甲斐あって、アルフレイドもユーフィの身分を確固たるものとする為に(無い知恵を絞って)奔走してくれた。自身に釣り合う家柄を血眼になって探し求め、最終的にハーディス伯爵家に辿り着いた。
素晴らしい行動力だ。
そして遂に、アルフレイドの口から婚約破棄を引き出した。
エディラの計算通りに。
「あちらも望みが叶ったみたいですし、何よりですわね――お互いに」
風の噂によると、今のところ二人は上手くやっているらしい。
ユーフィとて、早々に尻尾は掴ませないだろう。今、迂闊に動いてアルフレイドの身に何かあった場合、真っ先に疑われるのは彼女だ。
或いは本当にアルフレイドを愛してしまったのかも知れない。市井の女性が好む演劇や小説にはよく見られる話だ。
それならそれで構わない。
どちらにせよ、もはやエディラには関係ない事だ。
貴族の義務とは言え、愛の無い婚約を強いられていたエディラも、今はこうしてお気に入りの香水や薬草に囲まれて幸せに暮らせている。
だから。
「どうぞお幸せに」
心を込めて呟いて、エディラは足取り軽く部屋を後にした。
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