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婚約者を妹に奪われたら、年下の王子様に求婚されました
前編
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「ごめんなさい、エシェルお姉様」
細い肩を震わせ、嗚咽で声を詰まらせながら少女が謝罪する。
「お姉様がユリアス様と婚約されていると分かっていても、それでも私は……っ」
波打つ美しい金髪、涙に濡れて宝石みたいに輝く青い瞳、整った顔立ち。可憐という形容詞がぴったりな少女が涙を零す姿は、大抵の男性の庇護欲を誘うだろう。
「キミが謝る事など一つもないさ、ローレイン」
現に、泣き崩れる少女・ローレインの小柄な体を優しく抱き寄せた青年・ユリアスは、慈愛に満ちた眼差しを少女へ注いだ後、振り向いて告げた。
見上げる双眸に浮かぶ、嫌悪と嘲りの色を隠さないまま。勝ち誇るかの様な嘲笑と共に。
「そういう訳で、お前との婚約を破棄する。エシェル」
色とりどりの薔薇が咲き乱れる庭園。
その東屋でエシェルは一人、霧雨を眺めていた。結い上げた金髪に湿気が絡み付いて重くなるが、もはやどうでも良い。
『お前との婚約を破棄する』
婚約者……否、今や元婚約者となったユリアスの言葉が延々と脳内にこだまする。
「それ程までに私の異相が厭わしかったのですか、ユリアス様」
深紅と青、色違いの瞳を両手で覆う。
この国の第一王子であるユリアスが、エシェルを毛嫌いしているのは承知していた。
バート伯爵家の長女であるエシェルは、生まれながらに左右の目の色が異なる異相の持ち主だった。
両親は生まれたばかりの娘の目を見て驚き、そして娘の将来を憂いて嘆いたという。
まるで腫れ物に触れるかの様に接する両親。あからさまに接触を避ける二歳年下の妹。嫌悪と嘲笑の眼差しを向ける貴族達。
不吉だ、薄気味悪いと誰もが忌み嫌ったエシェルの異相。しかし、その彼女を歓迎する者がいた。
ユリアスの父である国王だ。
国王は『異相は幸運をもたらす』という古い伝承を知っていた。そして信じていた。
『度重なる王位継承争いや天災で揺らいだ国を救う為、天から遣わされたに違いない』と、息子である第一王子ユリアスとの婚約を決めた。
周囲の者は反対したが、国王の決定には逆らえない。身分と年齢を考えればエシェルが一番相応しかった事もあり、婚約は強行された。
「初めてお会いしたあの日からずっと、あなたは一度も私と目を合わせては下さいませんでしたね」
引き合わされたのは十年前。ユリアス十歳、エシェル八歳の時。
ユリアスはエシェルの目を見るなり、翡翠色の双眸を見開いて驚きを露わにし……次いで顔を逸らした。『不吉な伯爵令嬢と噂の女はお前か』と、嫌悪に顔を歪めながら。
それでも王の決定には逆らえず、ここまで来た。
エシェルも令嬢として王子を立てる事に心を砕き、なるべく王子と目を合わせないよう、婚約者に不快な思いを抱かせないよう気を配った。
しかし、王が突然身罷った瞬間に全ての気遣いは水泡に帰した。
「まさか喪が明けるなり、私との婚約を破棄してローレインと婚約なさるなんて……」
漏れる声に絶望が滲む。
父王が病で突如身罷り、即位したユリアスが真っ先に行ったのはエシェルとの婚約破棄、並びにローレインとの婚約だった。
姉であるエシェルから見ても、伯爵令嬢と呼ぶに相応しい要素を兼ね備えた少女、ローレイン。
だが、彼女はただ愛らしいだけのお嬢様ではなかった。
容姿を磨く事は勿論、礼儀作法は完璧、何が己の武器となり得るか、どうすれば相手より優位に立ち回れるかを常に意識し、行動する。
持って生まれた身分や美貌に胡座をかかず、貪欲で強かだった。
ローレインには数多の婚約話が舞い込んでいた。しかし彼女は曖昧な返答に終始して婚約者選びを先送りしていた。恐らく、最高の結婚相手を探し求めていたのだろう。
そうやって時間を掛けて選り好みしているうちに、ローレインに結婚を申し込む男性の年齢層が変わっていった。
青年から壮年へ、果ては相手が再婚者であるケースも見られ始めた。
ある意味、当然とも言えよう。
伯爵令嬢ともなれば、早々に婚約していて当然。生まれながらに婚約者が決まっている事だって珍しくはない。
それなのに、ローレインは十代後半に差し掛かってなお婚約者がいないまま。
姉であるエシェルが異相の持ち主という事も相まって、『バート伯爵家の令嬢は姉妹揃って……』と妙な噂が立ち始めていた。
焦ったローレインが目を付けた男性は第一王子ユリアス。姉であるエシェルの、婚約者。
エシェルとローレインはバート伯爵令嬢。だから、どちらと結婚しても問題はない。それがユリアスの認識なのだろう。
異相の姉と、愛らしい妹。
一般的な感性の持ち主であればどちらを選ぶかは明白。
もはや涙も、恨み言も、嫉妬心すら湧き起こらない。
この時のエシェルは文字通り、精も根も尽き果てていた。
細い肩を震わせ、嗚咽で声を詰まらせながら少女が謝罪する。
「お姉様がユリアス様と婚約されていると分かっていても、それでも私は……っ」
波打つ美しい金髪、涙に濡れて宝石みたいに輝く青い瞳、整った顔立ち。可憐という形容詞がぴったりな少女が涙を零す姿は、大抵の男性の庇護欲を誘うだろう。
「キミが謝る事など一つもないさ、ローレイン」
現に、泣き崩れる少女・ローレインの小柄な体を優しく抱き寄せた青年・ユリアスは、慈愛に満ちた眼差しを少女へ注いだ後、振り向いて告げた。
見上げる双眸に浮かぶ、嫌悪と嘲りの色を隠さないまま。勝ち誇るかの様な嘲笑と共に。
「そういう訳で、お前との婚約を破棄する。エシェル」
色とりどりの薔薇が咲き乱れる庭園。
その東屋でエシェルは一人、霧雨を眺めていた。結い上げた金髪に湿気が絡み付いて重くなるが、もはやどうでも良い。
『お前との婚約を破棄する』
婚約者……否、今や元婚約者となったユリアスの言葉が延々と脳内にこだまする。
「それ程までに私の異相が厭わしかったのですか、ユリアス様」
深紅と青、色違いの瞳を両手で覆う。
この国の第一王子であるユリアスが、エシェルを毛嫌いしているのは承知していた。
バート伯爵家の長女であるエシェルは、生まれながらに左右の目の色が異なる異相の持ち主だった。
両親は生まれたばかりの娘の目を見て驚き、そして娘の将来を憂いて嘆いたという。
まるで腫れ物に触れるかの様に接する両親。あからさまに接触を避ける二歳年下の妹。嫌悪と嘲笑の眼差しを向ける貴族達。
不吉だ、薄気味悪いと誰もが忌み嫌ったエシェルの異相。しかし、その彼女を歓迎する者がいた。
ユリアスの父である国王だ。
国王は『異相は幸運をもたらす』という古い伝承を知っていた。そして信じていた。
『度重なる王位継承争いや天災で揺らいだ国を救う為、天から遣わされたに違いない』と、息子である第一王子ユリアスとの婚約を決めた。
周囲の者は反対したが、国王の決定には逆らえない。身分と年齢を考えればエシェルが一番相応しかった事もあり、婚約は強行された。
「初めてお会いしたあの日からずっと、あなたは一度も私と目を合わせては下さいませんでしたね」
引き合わされたのは十年前。ユリアス十歳、エシェル八歳の時。
ユリアスはエシェルの目を見るなり、翡翠色の双眸を見開いて驚きを露わにし……次いで顔を逸らした。『不吉な伯爵令嬢と噂の女はお前か』と、嫌悪に顔を歪めながら。
それでも王の決定には逆らえず、ここまで来た。
エシェルも令嬢として王子を立てる事に心を砕き、なるべく王子と目を合わせないよう、婚約者に不快な思いを抱かせないよう気を配った。
しかし、王が突然身罷った瞬間に全ての気遣いは水泡に帰した。
「まさか喪が明けるなり、私との婚約を破棄してローレインと婚約なさるなんて……」
漏れる声に絶望が滲む。
父王が病で突如身罷り、即位したユリアスが真っ先に行ったのはエシェルとの婚約破棄、並びにローレインとの婚約だった。
姉であるエシェルから見ても、伯爵令嬢と呼ぶに相応しい要素を兼ね備えた少女、ローレイン。
だが、彼女はただ愛らしいだけのお嬢様ではなかった。
容姿を磨く事は勿論、礼儀作法は完璧、何が己の武器となり得るか、どうすれば相手より優位に立ち回れるかを常に意識し、行動する。
持って生まれた身分や美貌に胡座をかかず、貪欲で強かだった。
ローレインには数多の婚約話が舞い込んでいた。しかし彼女は曖昧な返答に終始して婚約者選びを先送りしていた。恐らく、最高の結婚相手を探し求めていたのだろう。
そうやって時間を掛けて選り好みしているうちに、ローレインに結婚を申し込む男性の年齢層が変わっていった。
青年から壮年へ、果ては相手が再婚者であるケースも見られ始めた。
ある意味、当然とも言えよう。
伯爵令嬢ともなれば、早々に婚約していて当然。生まれながらに婚約者が決まっている事だって珍しくはない。
それなのに、ローレインは十代後半に差し掛かってなお婚約者がいないまま。
姉であるエシェルが異相の持ち主という事も相まって、『バート伯爵家の令嬢は姉妹揃って……』と妙な噂が立ち始めていた。
焦ったローレインが目を付けた男性は第一王子ユリアス。姉であるエシェルの、婚約者。
エシェルとローレインはバート伯爵令嬢。だから、どちらと結婚しても問題はない。それがユリアスの認識なのだろう。
異相の姉と、愛らしい妹。
一般的な感性の持ち主であればどちらを選ぶかは明白。
もはや涙も、恨み言も、嫉妬心すら湧き起こらない。
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