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傷痕を忌まれた侯爵令嬢に求婚したのは、英雄になった騎士でした
前編
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「ジュゼ、お前の結婚が決まった」
部屋を訪れるなり宣言した父に、ジュゼはティーカップを静かにテーブルに置いて藍色の双眸を眇めた。ドレスの袖から覗く両腕を掻き抱く。
「私の、ですか?」
「そうだ、お前のだ」
兄や妹達は既に全員結婚している為、今このアクラス侯爵家で未婚者はジュゼ一人。だから結婚の話を持ち掛けられるのも当然ジュゼに限られるのだが、彼女にとっては俄かには信じ難い。
「お相手の御方は?」
「リヴレス・ゾート殿。先日、凶悪な魔獣を討ち取って国王から感謝の御言葉を頂いた騎士だ」
その騎士の評判は、ジュゼも聞いていた。
四方を山に囲まれたこの小国で、隣国に通じる街道が走る森の中に幼獣が棲みついたのは約五年前。当初は野生動物だろうと気に留める者もいなかったらしい。しかし数ヶ月後、森の生物を喰らい尽くして腹を空かせた幼獣が街道を通る商人や行商隊を襲い始め、領民達はそれが野生動物などではないと気付いた。
住民の求めに応じて領主が退治に乗り出したものの失敗。
事態を重く見た国王は騎士団に討伐を命じて対策に乗り出したが、既に数多の人間を喰い殺していた魔獣は強力な力と知能を得て狂暴化しており、騎士団は壊滅に近い状態で撤退を余儀なくされたと聞く。
国王は報奨金を出して腕に覚えのある者を募り、魔獣を憎む者や一獲千金を夢見た者が次々と魔獣に挑み――倒れていった。
立ち向かう者が途絶え、餌となる人間を求めた魔獣が人里へ下りて来たと報告があったのは三か月前。付近の領民を避難させたものの、魔獣は更に餌を探して人間を追う。
魔獣の成長が比較的ゆっくりだった事は不幸中の幸いとは言え、このままでは街の中へ侵入されてしまう。
貴族達の間では『いっそ定期的に餌となる人間を供物として捧げてはどうか』と非人道的な意見さえ上がり始めていた。
誰もが絶望に諦めかけていた時、現れたのがリヴレス・ゾート率いる騎士団だった。彼は騎士達を統率して魔獣に挑み、見事その首を討ち取って凱旋した。
国王はその功績を称え、褒美としてリヴレスに領地を与えたという。
だが、その英雄が何故、自分に求婚を?
娘の不審さを見て取ったのか、父はジュゼの両腕を厭わしげに睨み付けた。
「英雄と称えられ、領地を得たところで所詮は一介の騎士に過ぎない。侯爵家の娘を娶って箔をつけたいのだろう」
有り得そうな話だ、とジュゼは皮肉な気持ちで納得する。
アクラス侯爵令嬢であり宰相の娘でもあるジュゼは現在二十二歳。普通の令嬢であればとっくに結婚している身分と年齢だ。しかし妹達は既に嫁いでいるのに、長女であるジュゼには婚約者すらいない。
理由は、彼女の両腕に刻まれた傷跡。幼い頃、魔獣に襲われた際に付いたものだ。当時、国内外の最高水準の医療技術を以て治療を施したが、結局傷を消す事は叶わなかった。
ジュゼは見目麗しい淑女で知識も豊富、人々を惹きつける魅力を備えている。しかし彼女に目を奪われた男性は誰しも腕の傷跡を見ると顔を歪めて目を背け、離れていった。
『政略結婚の駒として使い物にならないジュゼをようやく厄介払い出来る』父の顔にはそう書かれていると、ジュゼには見えた。
「理由はどうあれ、この話は王も御承知だ。良いな?」
高圧的に釘を刺し、父が部屋から出ていく。その後ろ姿を見送りながら、ジュゼはそっと目を伏せた。
部屋を訪れるなり宣言した父に、ジュゼはティーカップを静かにテーブルに置いて藍色の双眸を眇めた。ドレスの袖から覗く両腕を掻き抱く。
「私の、ですか?」
「そうだ、お前のだ」
兄や妹達は既に全員結婚している為、今このアクラス侯爵家で未婚者はジュゼ一人。だから結婚の話を持ち掛けられるのも当然ジュゼに限られるのだが、彼女にとっては俄かには信じ難い。
「お相手の御方は?」
「リヴレス・ゾート殿。先日、凶悪な魔獣を討ち取って国王から感謝の御言葉を頂いた騎士だ」
その騎士の評判は、ジュゼも聞いていた。
四方を山に囲まれたこの小国で、隣国に通じる街道が走る森の中に幼獣が棲みついたのは約五年前。当初は野生動物だろうと気に留める者もいなかったらしい。しかし数ヶ月後、森の生物を喰らい尽くして腹を空かせた幼獣が街道を通る商人や行商隊を襲い始め、領民達はそれが野生動物などではないと気付いた。
住民の求めに応じて領主が退治に乗り出したものの失敗。
事態を重く見た国王は騎士団に討伐を命じて対策に乗り出したが、既に数多の人間を喰い殺していた魔獣は強力な力と知能を得て狂暴化しており、騎士団は壊滅に近い状態で撤退を余儀なくされたと聞く。
国王は報奨金を出して腕に覚えのある者を募り、魔獣を憎む者や一獲千金を夢見た者が次々と魔獣に挑み――倒れていった。
立ち向かう者が途絶え、餌となる人間を求めた魔獣が人里へ下りて来たと報告があったのは三か月前。付近の領民を避難させたものの、魔獣は更に餌を探して人間を追う。
魔獣の成長が比較的ゆっくりだった事は不幸中の幸いとは言え、このままでは街の中へ侵入されてしまう。
貴族達の間では『いっそ定期的に餌となる人間を供物として捧げてはどうか』と非人道的な意見さえ上がり始めていた。
誰もが絶望に諦めかけていた時、現れたのがリヴレス・ゾート率いる騎士団だった。彼は騎士達を統率して魔獣に挑み、見事その首を討ち取って凱旋した。
国王はその功績を称え、褒美としてリヴレスに領地を与えたという。
だが、その英雄が何故、自分に求婚を?
娘の不審さを見て取ったのか、父はジュゼの両腕を厭わしげに睨み付けた。
「英雄と称えられ、領地を得たところで所詮は一介の騎士に過ぎない。侯爵家の娘を娶って箔をつけたいのだろう」
有り得そうな話だ、とジュゼは皮肉な気持ちで納得する。
アクラス侯爵令嬢であり宰相の娘でもあるジュゼは現在二十二歳。普通の令嬢であればとっくに結婚している身分と年齢だ。しかし妹達は既に嫁いでいるのに、長女であるジュゼには婚約者すらいない。
理由は、彼女の両腕に刻まれた傷跡。幼い頃、魔獣に襲われた際に付いたものだ。当時、国内外の最高水準の医療技術を以て治療を施したが、結局傷を消す事は叶わなかった。
ジュゼは見目麗しい淑女で知識も豊富、人々を惹きつける魅力を備えている。しかし彼女に目を奪われた男性は誰しも腕の傷跡を見ると顔を歪めて目を背け、離れていった。
『政略結婚の駒として使い物にならないジュゼをようやく厄介払い出来る』父の顔にはそう書かれていると、ジュゼには見えた。
「理由はどうあれ、この話は王も御承知だ。良いな?」
高圧的に釘を刺し、父が部屋から出ていく。その後ろ姿を見送りながら、ジュゼはそっと目を伏せた。
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