王子様は伯爵令嬢との婚約を破棄して、聖女様と結婚するそうですよ? 他

星山遼

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傷痕を忌まれた侯爵令嬢に求婚したのは、英雄になった騎士でした

後編

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 客人を迎える客間。その扉の前でひとつ深呼吸して、ジュゼは扉をノックした。内側から扉が開かれたので、中へ足を踏み入れる。
 侯爵家の伝統と威厳を誇示する為にしつらえられた、国内外の最高級品を集めて飾り立てた部屋。緻密な模様のカーペットを踏みしめて、室内にいた青年が立ち上がった。
 鋼色の短い髪、日焼けした浅黒い肌。服を纏っていてもうかがい知れる、鍛え上げられた肉体。
 これが、私の夫になる人。
 自分より頭二つ分も背が高い青年を見上げ、ジュゼが抱いた感想がそれだった。一歳年下の青年と聞いていたが、男と女でここまで体の作りが違うものなのかと、場違いに感心する。
 無言のまま立ち尽くすジュゼに痺れを切らしたのか、青年が大股で歩み寄る。ジュゼの眼前で立ち止まると、紅い双眸そうぼうを細めてジュゼの両腕へ視線をった。
 ジュゼは敢えて腕の傷跡が見えるドレスを着ていた。
 隠したところでどうせいつかは目に触れる。だったら妙な期待を持たせてしまうより、最初から知っておいてもらった方が相手の為だろうと考えたのだ。
 果たしてこの青年はどんな反応をするのか。緊張に体を強張こわばらせるジュゼの手を、青年が掬い上げる。目を見張るジュゼに、青年は破顔して言った。

「は?」
 砕けた口調と、妙に馴れ馴れしい態度に意表を突かれる。
 そもそも青年をこの部屋でのはジュゼの方なのだから、彼のセリフは間違っている。
 混乱するジュゼに、青年は首を捻った。
「ジュゼ・アクラス侯爵令嬢だよな?」
「は、はい」
「オレの事、分かるか?」
「リヴレス・ゾート様、ですよね?凶悪な魔獣を討ち取られたという」
 まだ上手く回らない頭で、どうにか答える。ジュゼの返答に、青年・リヴレスは頷いて肯定しながらも眉をひそめた。その反応を見てジュゼも困惑する。
 お互い、どう話を切り出せば良いのか分からず黙り込んでしまう。何か話さなければいけないのに、何を話すべきなのか分からない。切っ掛けを求めてせわしなく藍色の瞳を彷徨さまよわせていたジュゼは、リヴレスの腕に目を留めた。
 がっしりした腕に走る、大小さまざまな傷跡。過酷な戦闘を繰り返し、死線をくぐって生き抜いて来た証。きっとこの傷は全て、リヴレスの誇りなのだろう――ジュゼが己の両腕の傷跡を悔やまないのと同じ様に。
 ジュゼの視線を追って、リヴレスも自分の腕に目を落とした。そして、握っていたジュゼの手へ柔らかな眼差しを注ぐ。
「あの時、オレはアンタに約束した。『次はオレがお前を守る』と」
 真っ直ぐにジュゼを射抜く、強い眼差し。その瞳が、告げられた言葉が、ジュゼの記憶を刺激した。まるで雷に打たれたかの様に、脳裏に蘇る光景がある。
「あの時の、少年?」
 問うジュゼの声が震える。リヴレスは頷いた。ジュゼの脳裏に蘇った少年の面影に、眼前の青年の姿が重なる。
 ジュゼの腕の傷は十五年前、魔物に付けられたもの。
 当時、祖父に連れられて視察に赴いていた七歳のジュゼは、突如現れた魔獣に遭遇した。護衛に守られたジュゼには手が出せないと判断した魔獣は、侯爵一行を遠巻きに眺めていた子供達へ狙いを変えた。素早い魔獣の動きに足をすくませた子供達の頭上に魔獣の腕が振り上げられた時、護衛の囲みを抜け出したジュゼが駆け寄って子供達の盾となり、腕を鋭い爪でえぐられた。
 眼前に飛び散る己の血と、腕を襲った激痛は今でも生々しく記憶している。
 魔獣は護衛に討ち取られ、ジュゼは祖父に抱き上げられた。その時、祖父が『よくぞ民を守った』と褒めてくれたから、ジュゼは己の傷をいとわずにいられた。
 治療の為、急ぎ馬車へ運ばれるジュゼを追って、先程庇った子供達の一人が駆け寄った。護衛に取り押さえられながら叫んだ少年の声は、痛みと出血で意識が朦朧もうろうとするジュゼの耳にも届いた。
『次は、オレがお前を守るから!』と。
「下級騎士の子供でしかないオレが成り上がるには、武勲を立ててのし上がるのが一番手っ取り早い。あらゆる戦場に赴いて戦果を上げて、報奨を得て、わずかばかりだけれど領地と城を得て、身分を得て――ようやくアンタに手が届いた」
「・・・・・・だから『待たせたな』だったのね」
 目頭が熱くなる。たった一つの約束の為に、彼はここまで駆け上がってきてくれた。
「ありがとう」
「あの日、アンタに救われた連中は皆、騎士団に入団して剣の腕を磨いて、アンタに恩返し出来る機会を待っていたんだ」
 貴族社会の上下関係は残酷なまでに明確だ。一介の騎士でしかない彼や仲間達がここへ辿り着く為に、どれ程の苦労を重ねたのか。ジュゼには想像する事しか出来ないが、それでも生半可な事ではないと承知しているつもりだ。
「寝る間を惜しんで頑張った甲斐があったぜ。急がないと、アンタが他の誰かのものになっちまうからな」
「え?」
「アンタはお嬢様なんだし護衛は大勢いるだろうが、やっぱり好きなオンナは自分の手で守りたいだろ?」
 告げられた言葉の意味を捉えかねて、目をぱちくりさせる。が、理解した瞬間、声がひっくり返った。
「す、好きって、い、いつから?」
「最初からに決まってるだろ?こんなイイ女、この先絶対出逢えないって六歳のガキに確信させるとかマジで凄いよ、アンタは」
 手放しで賞賛されると気恥ずかしい。ジュゼの頬が紅く染まった。
「わ、私も見る目があったわね。こんな立派な騎士になる人を守ったのだから」
 負けじと言い返すと、リヴレスが噴き出した。ジュゼもつられて笑う。ひとしきり笑った後、リヴレスがジュゼの顔を覗き込んだ。
「で、オレと結婚してくれるか?」

 ジュゼは答える代わりに、背伸びしてリヴレスの唇に口付けた。
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