邪悪な血脈 サイコに抗いサイコに寄り添いサイコに生きる

庭 京介

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第一章 凄惨なる幕開け

1ー2 二つ目の惨殺死体

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 M署刑事課鬼頭龍一警部補は顔を歪め呟いた
「武藤、よく見とけ。沸き上がったホシに対する怒りを犯人逮捕にぶつけろ」
 武藤刑事は、唇を噛み締め頷いた。
 被害者が若い女性であることは辛うじて分かる。だが、全身刺創と血で人相がわからない。腹部の縦に走った深い裂創から内臓が剥き出しとなっている。死体の傍らに被害者のハンドバッグの中身がビニール袋に入れられ置かれてある。スマホ、財布、社員証、交通系ICカードである。財布の中の現金はある。物盗りではない。暴行目的でもなさそうである。殺しを目的にした犯行であることは間違いない。怨恨ではない。殺すことに意味がある快楽殺人であると、鬼頭は確信した。
 武藤も同じ思いを持ったようだ。
「内臓愛好家のサイコパスでしょうか?」
「いずれにしてもまともなやつじゃねえな。完全にいかれちまってる。ガイ者の身元は?」
 森山千秋、年は19才です。市内在住で保育士らしいです。
 直情型の鬼頭の怒りが身体に充満する。
「子供が好きなんか。自分の子供抱きたかっただろにな。堪んねえな。いいか、このガイ者の無念を胸を刻め。ホシにワッパ掛けるまでは休みはねえからな」

   翌日M署に捜査本部が立ち上がった。
 管理官のゲキの後、鑑識からの報告と初動捜査の結果報告があった。死亡推定時刻は2日前の午後9時から12時の間。死因は刺創による失血。刺傷の数は全身に渡り全32箇所、凶器は刃幅4センチ、刃長15センチの有尖片刃器ということであった。初動捜査で防犯カメラ映像と目撃情報の調査結果が報告されたが目ぼしいものはなかった。現場は、人気のない河川敷で防犯カメラもない場所であったが、犯行はまだ明るい午後である。身の丈を超えるヨシやオギが密集する河川敷に連れ出し全身に刃物を突き立て、返り血を大量に浴びて逃走したのであろう。大胆不敵な犯行である。

   会議終了後、班割が発表された。鬼頭の相棒は、長い刑事人生の中で初の女性であった。江森葵、26才。捜査本部入りした捜査一課三係の紅一点である。捜査本部からの班割説明でそれを知らされ強硬に抵抗したのであるがそれも実らず、強面でがさつなベテラン刑事と美形のアイドル風新人刑事のコンビが誕生した。
 二人の初仕事は被害者が勤めていた保育園の聞き込みであった。
 鬼頭にとっては憂鬱極まりない捜査本部での初陣となったが、その憂鬱は直ぐに解消された。そして、この若い女刑事の突出した才能を知ることとなる。
 保育園の前で鬼頭は立ち止まった。
「ええと・・・江森さんよ」
 鬼頭がボソリと呟くと、江森葵は歯切れのいい大声を返した
「葵でいいです。鬼頭さん、ひょっとしたら男の世界にズケズケ乗り込んで来た小娘と一緒でやりにくいったらねえや、って思ってませんか?顔に出てます」
 鬼頭は本心を突かれ顔色が変わった。鬼頭は取調室で被疑者に向けると同じ威圧感に満ちた視線を向けた
「ああそうだよ。悪かったな」
 葵も負けてはいない
「言っておきますが、私は刑事になった時に女を捨てました。男だと思って何でも命じて下さい」
 確かに、よく見ると黒いパンツスーツの下は泥で汚れた黒い運動靴である。髪の毛は後頭部で一本に束ねられている。
「じゃあ、葵。これから被害者の保育園の同僚に聞き込みをかける。お前に任すから思うようなやってみろ」
「分かりました」
 対応に出た事務員に被害者と仲のいい同僚という条件を付けると五年先輩の保育士を紹介してくれた。山形美登里と名乗った。
 葵の質問が始まった。自己紹介から森山千秋の生まれ、経歴へと女性らしいきめ細かい質問が続く。森山千秋は地元の高校を出て一年目で国家試験である保育士試験を受験する資格がないため資格を得るための実務経験を積んでいる最中であるということであった。
「森山さんが出勤されていないのはいつからですか?」
「昨日からです。一昨日は午後6時に退勤しています」
「森山さんはどこかに行かれるとか、誰かに会うとかおっしゃってませんでしたか?」
「お父さんを病院に連れていくとか言ってましたが」
「お父さまはどこがお悪かったのでしょうか?」
「森山さんは数年前にお母さんが病死してお父さんと二人暮らしらしいです。そのお父さんが若年性認知症を患っておられるらしくて、自分の娘の森山さんのことが分からなくなったり、夜に徘徊するようになったと言っていました」
「森山さんはどんな方でしたか?」
 山形美登里の淀みの無い返答が続く。
「子供好きで活発な子でしたよ」

「森山さんにはお付き合いしている男性はいらっしゃったのでしょうか?」
 山形美登里の口が途端に重くなった。暫しの間があった。
「好きな人はいたみたいです。ただ、相手の気持ちをまだ確かめてはいないようです。価値観を共有できる初めての男性だとかいってました」
「すると、本人は結婚まで視野に入れていた感じでしたか?」
「どうでしょう。お父さんのことがありますから、そこまでは考えていなかったのではないでしょうか」
「森山さんの周囲でトラブルのようなことはありませんでしたか?例えば、恋愛関係絡みや仕事関連で誰かの恨みを買っていたというようなことは?」
 山形美登里は少し考えてから
「ないと思います。誰かに恨みを買うような子ではありませんでしたし」

 保育園を出た二人は、現場周辺の目撃者探しの方に合流することとした。
 鬼頭が歩きながら呟いた
「保育士を目指しながら認知症の父親の面倒を見る心優しき女の子か。怨恨の線は無しのようだな」
 すると葵は、
「尊敬する大先輩に対して失礼とは思いますが」
「何を言うつもりか分からんが、お前尊敬する先輩とも失礼とも思っとらんだろう。俺はお前に遠慮せんから、お前も遠慮するな。俺に苦言を呈するなら遠慮はいらん。心にもない前段は省いていきなりぶつけてこい」
 やや堅めであった葵の表情が一転和らいだ。本音でのぶつかり合いは、正に葵の望むところであった。
「ではお言葉に甘えて。鬼頭さんは女性のこと、余りお分かりになってないと思います。森山さんは心優しき女の子なんかじゃありません。山形さんだって、多分森山さんのことよく思ってなかったと思います」
「どうして分かる?」
「お付き合いしてる男性のこと訊いた時の表情からそう感じました。実は来る前に森山さんが投稿したSNSを見てみました。ハンドルネームではなくて本名で参加するSNSです。そこから彼女の性格が読み取ることができました。ハッピーオーラを過剰に膨らませて撒き散らすタイプの女の子だったみたいです。それが、時として同姓の心を深くえぐる凶器になることがあるという認識も持たずに。それから、お父さんを利用しています。お父さんは認知症なんかではありません。認知症の父親を介護している健気で気立てのいい女の子を演じているわけです」
「何のために?」
「いいね、を貰うためです。コメントでは、偉いね、尊敬します、素晴らしい、凄い、が殺到します。本名で投稿しますから誹謗中傷の類いは滅多にありませんから」
「お前、それ調べたのか?」
「ええ、お父さんのことは今朝彼女の家の近所で聞いてきました。海外出張中のやり手商社マンだそうです。お母さんはいませんが、病死ではありません。家族を捨てて若い男と逃げたらしいです。ひょっとしたら、彼女ミュンヒハウゼン症候群かもしれません」
「何だ?それ?」
「可愛そうな人間を演じて同情を買い気持ちよさがる精神疾患です」
「分からんもんだな」
「はい、女はいくつもの顔を持ちます。特に彼女の場合は」
「分からんというのはお前のことだ。まあいい、続けてくれ」
「男がプライドの生き物なら女は見栄と虚栄心、そして嫉妬の生き物です。男はプライドのためなら人を刺しますし、女は嫉妬に狂って毒をも盛ります。自分にはそんな相手はいないのに年下の森山さんには相手がいる。それを森山さんから自慢気に聞かされて、もううんざりって目が語ってました」
「葵も嫉妬に狂うことがあるのか?」
「例えばクラス会にハッピーオーラ全開で現れた旧友が自慢話をします。夫はIT長者で高級住宅街でセレブ生活を満喫してるなんて話です。私はそんなとき、この人そんなに虚言や装飾品で着飾らなきゃならないほどに不幸なんだなって思っちゃいます。嫉妬よりも哀れみを感じます。見栄や虚飾も女特有です。本当に恵まれている女は、ハッピーオーラなんて振り撒きません。ただ、同期の女性警察官で能力に恵まれ出世街道をばく進していると知ったら穏やかではいられないとは思います。同期や後輩の女性警察官には負けたくありません。
 女の嫉妬は綺麗な言い方では表せません。はっきり言って醜悪です。それから、男同士と女同士とではつきあい方が全く違います。男同士は付かず離れずというつきあい方ができます。苦手な相手とでも柔軟なつきあい方ができます。ところか女同士は違います。好きか嫌いで中間がない。好きならトコトン密着したつきあい方をします。食事は勿論風呂もトイレも一緒です。しかし嫌いとなれば同じ空間の空気を吸うことさえ拒否します。好きになったら裏切りは許しません。正に可愛さ余って憎さ百倍です。コギャルのいじめはそんな思いが原点です」
「俺は男に生まれてラッキーだったな。しかし、お前本当に26才か?」
「それ、どういう意味ですか?一歩間違えるとセクハラになりますよ」
「おい、お前女捨てたんじゃなかったのか?俺は別にお前がフケてるとかブスだとかいってるんじゃねえよ。何でそんなに人間の奥深くにまで詳しいんだ」
「これは初級レベルです。失礼ながらこの程度で驚いていては、強かな犯人にしてやられてしまいますよ」
 鬼頭は返す言葉が見付からず、話を進める。
「ところでどうだ、この事件も嫉妬が絡んでいると思うか?」
「嫉妬かどうかわかりませんが、強い怨恨を感じます。でなきゃ、あんな執拗な刺し方しませんでしょう?」
「確かに強い怨恨はあるかもな。だが、最近は人を殺してみたい、人を解剖してみたい、そんな心理に衝き動かされて見ず知らずの人間を無惨に殺して解剖するやつもいるからな。となると、俺達の捜査のベースとなる鑑取りが通用せん。やりにくいよな」
「動機なき殺人・・・ですか?」
 葵が立ち止まった
「どうした?」
「動機なき殺人、例えば快楽殺人のようなものだったら、この一件で済んでいない可能性があります。
 葵はスマホを出し、インターネットアプリを立ち上げた。
『猟奇殺人 滅多刺し 腹切り裂き』と入力した。
 引っ掛かったのは、海外のシリアルキラー情報ばかりである。
 警察が市民に対し恐怖感を抑えるため、過激な情報は控えて発表した可能性が考えられる。
 キーワードを打ち直す。『刺殺事件 今年発生 関東』
「鬼頭さん、これ」
 葵がスマホを差し出した。
 二週間前に隣のS県内で刺殺事件が発生していた。被害者は22才の男性であり。腹部を刃物で刺されているという表現はあったが、めった刺しや腹を切り裂かれているという記載はない。事件はいまだに解決を見ていないようであった。
「この事件の犯行現場は隣の県とは言っても県境ですから、こちらの事件現場とは目と鼻の先です」
「これ、ありかもな。よし、上に上げて詳しい情報を取り寄せるか」
 許せるものなら、葵の体を思いきってハグしたかった。もう鬼頭の中では男の世界にズケズケ乗り込んできた小娘という先入観は完全に消し飛んでいた。
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