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第三章 狂気を宿した血脈
3ー1 依存からの逃避
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近石は疲れ切った身体を引きずるように久々の我が家に足を踏み入れた。真っ暗な部屋の中央に吊り下がった照明のスイッチをひいた。下着が詰まったバッグを放り投げた。六畳の部屋には何もない。来客はないから余分な食器類はないし、スーツ一着とジャージがあれば生活はできるのでタンスもない。下着は隅の段ボール箱に入っているし、スーツはカーテンレールに吊るせばいい。普段着兼寝間着のジャージは手の届く範囲に投げ捨ててある。部屋にある文明機器は、台所の小型冷蔵庫と年代物の2槽式洗濯機だけである。ジャージに着替え畳に仰向けになって読み掛けの本を手に取る。タイトルは『共依存』
一時間程読んでからスマホを手に取る。
「やあお袋、俺だ」
「俺って誰ね。あんた知ってて電話してるんね。あたしの息子は刑事なんよ。一人暮らしの年寄じゃ思うてなめとったらあかんよ」
近石の頬の筋肉が微かに緩んだ。
「そこまでガードが堅けりゃあ大丈夫だな。あんたの息子、近石忠夫だよ」
「どうしたんね。こんな時間に」
「おっと、もう一時か。起こしちまったか?」
「心配ないよ。こちとら睡魔がいつまで経っても来てくれんわ。もう、眠る気はのうなった。何事ね。今更お袋の声を聞きとうなったはなかろうが」
「教えてくれ。お袋は俺のこと恨んでるんじゃないか?」
「何ね、いきなり。恨んでるわけがなかろうが」
「俺がお袋の過干渉を嫌って家を出たことをさ」
「何古い話をしとるんね。まあ、確かにあん時は冷たい息子じゃ思うたよ。親の気持ちが何で分からんのじゃろうかって。じゃが、あれはあたしの間違いじゃった。親はいつまでも子供にまとわりついちゃあいかんのよ。子供ちゅうんは、親の元を離れんにゃあ成長せん。見てみい、仕事もせんと親の年金をあてにして生活しちょる怠けもんがようけおるそうじゃないの。あんたここにいても、そんな自堕落な人間にはならんかったとは思うが、そんな立派な刑事にもなれんかった。あんたはあれでよかったんよ」
「そうか、それを聞いて安心した。お袋、体は大丈夫か?」
「あたしのことは、心配いらん。あんたは仕事を、頑張りんさい」
「ところで、父さんは元気?」
途端にお袋の声のトーンが変わった
「何言うとんね。もうあん人のことは忘れんさい。あん人は父親なんかやない。赤の他人や。あんたの父親は交通事故で死んだんや。あんたが生まれて直ぐに。いつもそういっとろうね」
「ああ、そうだな。ごめんよ」
「何ね、あんた。仕事で何かあったんね。あんたは余計なこと考えんと、悪いやつらをようけ捕まえんとあかんやないの」
「ああ、分かってるよ。悪かったな」
「仕事一生懸命はええことじゃが、あんたええ人おらんのか?いつまでも独りっちゅうわけにもいかんじゃろうがね」
近石は一生独身を貫くつもりであるが、いまだに古い価値観に縛られている母に対しそれを口に出すことはなかった。
「あんた、あん人のこと気にしとるんか?もう気にせんでええで。赤の他人なんやから」
気にしていないと言えば嘘になるが、本音を言えば結婚によって発生する義務や責任が煩わしかった。刑事という仕事にのめり込む上で障害になりそうなことには全く興味が無かったのだ。
近石は強引に会話を断ち切った。
「お袋の元気な声を聞いて安心したよ。じゃあおやすみ」
「ああ、暇になったら帰ってきんさい」
近石は通話を切ると、目頭に手の甲を当てた。
一時間程読んでからスマホを手に取る。
「やあお袋、俺だ」
「俺って誰ね。あんた知ってて電話してるんね。あたしの息子は刑事なんよ。一人暮らしの年寄じゃ思うてなめとったらあかんよ」
近石の頬の筋肉が微かに緩んだ。
「そこまでガードが堅けりゃあ大丈夫だな。あんたの息子、近石忠夫だよ」
「どうしたんね。こんな時間に」
「おっと、もう一時か。起こしちまったか?」
「心配ないよ。こちとら睡魔がいつまで経っても来てくれんわ。もう、眠る気はのうなった。何事ね。今更お袋の声を聞きとうなったはなかろうが」
「教えてくれ。お袋は俺のこと恨んでるんじゃないか?」
「何ね、いきなり。恨んでるわけがなかろうが」
「俺がお袋の過干渉を嫌って家を出たことをさ」
「何古い話をしとるんね。まあ、確かにあん時は冷たい息子じゃ思うたよ。親の気持ちが何で分からんのじゃろうかって。じゃが、あれはあたしの間違いじゃった。親はいつまでも子供にまとわりついちゃあいかんのよ。子供ちゅうんは、親の元を離れんにゃあ成長せん。見てみい、仕事もせんと親の年金をあてにして生活しちょる怠けもんがようけおるそうじゃないの。あんたここにいても、そんな自堕落な人間にはならんかったとは思うが、そんな立派な刑事にもなれんかった。あんたはあれでよかったんよ」
「そうか、それを聞いて安心した。お袋、体は大丈夫か?」
「あたしのことは、心配いらん。あんたは仕事を、頑張りんさい」
「ところで、父さんは元気?」
途端にお袋の声のトーンが変わった
「何言うとんね。もうあん人のことは忘れんさい。あん人は父親なんかやない。赤の他人や。あんたの父親は交通事故で死んだんや。あんたが生まれて直ぐに。いつもそういっとろうね」
「ああ、そうだな。ごめんよ」
「何ね、あんた。仕事で何かあったんね。あんたは余計なこと考えんと、悪いやつらをようけ捕まえんとあかんやないの」
「ああ、分かってるよ。悪かったな」
「仕事一生懸命はええことじゃが、あんたええ人おらんのか?いつまでも独りっちゅうわけにもいかんじゃろうがね」
近石は一生独身を貫くつもりであるが、いまだに古い価値観に縛られている母に対しそれを口に出すことはなかった。
「あんた、あん人のこと気にしとるんか?もう気にせんでええで。赤の他人なんやから」
気にしていないと言えば嘘になるが、本音を言えば結婚によって発生する義務や責任が煩わしかった。刑事という仕事にのめり込む上で障害になりそうなことには全く興味が無かったのだ。
近石は強引に会話を断ち切った。
「お袋の元気な声を聞いて安心したよ。じゃあおやすみ」
「ああ、暇になったら帰ってきんさい」
近石は通話を切ると、目頭に手の甲を当てた。
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