カスタムキメラ【三章完結】

のっぺ

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第60話『疑念』

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 翌日の朝、俺は村はずれの草原にいた。
 すぐ近くにはイルンが立っており、片腕を前に突き出して身構えている。一度俺の方に目線が向けれられ、同時に頷き合う。紡がれたのは水魔法の詠唱で、薄い青色の波動が辺り一帯に満ち始めた。

「――――数多の生命に育みを与える母なる水よ。わが魔力を対価に顕現し、この手に集い巡り、大地を砕く水球となりたまえ!」

 魔力の水は素早く生成され、一メートルサイズの水球となった。威力増強のためか球面は高速回転しており、全体の形状が楕円形に変化した。
 イルンは片手で水球を保持し、離れた位置にある岩に狙いを定めた。押し出す形で腕が前に出ると、水球は時速五十キロ程度の勢いで射出された。

 聞こえてきたのはドンという衝撃音で、岩がバラバラに砕け散った。
 弾速は少々遅めだが、威力だけなら二角銀狼にも通用するレベルだった。

「ど、どうでしょうか? 今のは上手くできたと思うんですけど」
「あぁ、良い威力だと思うぞ。特に息切れしていないところを見るに、もっと数を撃ったり威力を高めることも可能なのか」
「はい、全然行けます! 今の水魔法は最大で五つ同時に展開できますし、一発に意識を集中すれば弾速を上げることもできます!」

 動きの遅い魔物なら単騎で十分に倒せそうだ。さすがは行商団の護衛を任されるだけはある、そう考えたところでアレと疑問符が浮かんだ。
 飛行能力を持ったワイバーンはともかく、まっすぐにしか動かない鎧猪に苦戦するものだろうか。魔力切れが理由かとも思ったが、あの時のイルンはだいぶ元気だった。思ったままの問いを投げると苦笑が返ってきた。

「…………情けない話ですが、実戦慣れしてなくて緊張してしまって。今の水球を撃とうとしたんですけど、生成の段階で弾け消えちゃったんです」
「故郷でそういうことはなかったのか?」
「特にありませんでした。だから改善の余地が見当たらない感じです。早く調子を戻さないと、ただのお荷物になってしまいます」

 無力感が更なる焦りを生み、実力の発揮を阻害しているようだ。俺自身があれこれと指導を行えれば良かったが、それは何とも難しい問題だった。

(俺の頭に浮かぶ魔法知識は感覚的なもので、言語化できるような代物じゃない。戦いの心構えに関しては人とキメラで別物だしな……)

 何か良い手はないかと思っていると、いつぞやのように魔法陣を見せて欲しいと頼まれた。言われるままに水レーザーを発射寸前で待機させると、イルンは目を輝かせて宙に浮かぶ紋様を観察し始めた。

「……やっぱり何度見ても美しいです。たぶん詠唱で使う言霊術式を魔力由来の文字や模様に変換して刻んでるんですよね。一度金型を作ってあるから再発動も魔力を通すだけで良くて、詠唱みたいな長い手順を必要としません。懸念となるのはこれそのものに膨大な魔力を使用してしまうことですけど、元々魔力を大量に持っていれば関係がなくなります。ある意味で実用性一辺倒の魔法芸術ですね」
「お、おう。そうだな」

 イルンの早口が何か凄かった。説明の内容は半分も理解できなかったが、一応術者本人の考察なので間違いはないと思った。
 魔法陣に没頭しているイルンを眺めていると、ハリンソが俺たちの元にきた。一通り商品の荷積みが終わった様子で、一時間後に村を出ると告げられた。

「村人たちが見送りをしたいと言っていました。準備が済んだら声を掛けて下さい」
「分かった。イルンの気が済んだらすぐ向かう」
「…………凄い集中具合ですね。この距離でも気づかないとは」
「これ以上ハリンソたちに迷惑は掛けられないって言ってたぞ。本人的には一分一秒でも早く強くなりたいってところじゃないか」

 一部イルンの心情を伝えると、ハリンソは呆気に取られた。イノシシ魔物の件を含め、イルンは契約分の活躍をちゃんとしていると口にした。

「確かにイノシシの群れは追い払えませんでしたが。クーさんとの出会う前に何体か倒してもらっていたんです。最初に遭遇した時は十匹以上もいました」
「……俺が出会った時は六匹だったから、最低でも四・五匹は倒してる計算か」
「えぇ、行商団の皆も感謝しております。その旨はきちんとお伝えしたんですが、逆に気負わせてしまったかもしれませんね。反省です」

 また折を見て感謝を伝えると言い、ハリンソは村に戻っていった。俺も後を追おうとするが、イルンの魔法陣観察は終わってなかった。
 試しに腕を左右に振ると、イルンも連動して揺れ動いた。続けて地面にドカッと腰を下ろすと、イルンも一緒に姿勢を落として伏せた。

「イルン、もう三十分したら村に戻るぞ」
「…………はい、お構いなく」
「イルン、魔法陣の研究はだいぶ進んだか?」
「…………はい、お構いなく」

 無反応さが面白く、髪の毛にそっと触れてみた。昨日の感じなら赤面の一つもありそうだったが、イルンは微動だにせずブツブツ呟いていた。

(……改めて青の勇者とは別人だよな。あっちは頼りなる先輩とか優秀な先生って感じだったけど。このイルンは純粋すぎるほど純粋な頑張り屋さんだ)

 数日分の出会いを振り返り、消えぬ感傷に浸った。脳裏に浮かんでくるのは別れ際の会話で、最期に耳にしたある言葉が脳裏をよぎった。

『……こんなことになるなら、あなたといきたかった。草原で出会って……、町に行って……、魔物を倒して冒険する。ずっとずっと……それだけをしたかった』

 俺はとっさに顔を上げ、だだっ広く続く草原を目に収めた。
 これから町に行って噂の酒場に行き、そこからどうするのかと考えた。

(護衛契約はハリンソが目的の町に着くまでだ。その先はイルブレス王国を目指す形になる。俺はイルンと……これからも冒険を続けるのか?)

 何もなければイルンともお別れのはず。でもそうはならない気がした。
 二人で魔物を倒して冒険し、人助けをして成り上がった先には何があるのか。数々のキメラを倒して捕食し、『最強』と呼ばれる時がくるのか。いずれ起きるという魔物の暴走災害に立ち向かい、何という称号で呼ばれることになるのか。

(………………まさか、な)

 背筋に薄ら寒いものを感じていると、服の裾がチョンと引かれた。見下ろした先にはいつも通りのイルンがいて、「どうしましたか?」と心配された。

「いや、何でもない。それより魔法陣はもういいのか?」
「はい! 何だか自分なりに応用できそうな感覚が掴めたんです。旅の途中で陣の図面を考えて、あれこれ試してみます。仕上がりを見てもらってもいいですか?」
「……あぁ、大丈夫だ」

 俺は淀む不安を気のせいだと切り捨て、一夜過ごした草原を後にした。
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