カスタムキメラ【三章完結】

のっぺ

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第69話『勇なる者たち』

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 …………クーさんと別れ、組合で用事を済ませ、ボクはあてもなく町を歩いていた。待ち合わせ時間は着実に迫っていたが、一向に星祈りの広場に近づけなかった。

(――――クーさんに酷いことをしてしまいました。勝手に師弟だなんだって舞い上がって、一方的に思いをぶつけて、あんなに困らせてしまって)

 カイメラさんから仲間になろうと誘われているのを見て、胸がギュッと締め付けられた。クーさんの口から断りの返事が出たのを見て、心から安堵が漏れた。そこで『自分はどうしようもなくこの人が好きになった』のだと分かった。

 最初は容姿の好みからくる一目惚れだったが、今は内面にも惹かれていた。誰かを助けようと迷いなく動くところや、優しく告げてきた「ありがとう」の言葉、別の世界を見ているような遠く切ない眼差し、すべてが胸を焦がしてきた。

「でもだからといって、一方的に要求をぶつけるのは卑怯です」

 恋は猪突猛進なものという。だが相手の気持ちも考えるべきだ。クーさんには果たさねばいけない使命があり、ボクに構っている余裕などない。
 あの時は妙案だと思って舞い上がったが、よくよく思い返せばとんでもなく失礼なことをしてしまった。もう元の仲には戻れないのではと辛くなった。

(ここで星祈りの広場に向かって、クーさんから関係の終わりを告げられる。そんな辛い痛みを負うぐらいなら、いっそ…………)

 最悪の思考に翻弄されていた時、通りの先でどよめきが聞こえた。
 遠方の空には黒いシルエットがあり、空から町へと急降下してきた。

「…………あれは」

 突如として町に現れたのは黒い鱗を身に纏ったワイバーンだ。魔除けの魔石の効力にも動じず、数件の建物を潰しながら着地した。
 黒鱗のワイバーンは物々しい威嚇声を上げ、口元に緋色の炎をため込み始めた。突然の事態に住民は動揺し、阿鼻叫喚の様相で走り出した。

「に、逃げろぉ!! 殺されるぞ!!」
「なっ、なんでこんな町中に魔物が!?」
「衛兵は! 早く対応できる奴を呼べぇ!!」

 狙いは人の密集地である大通りで、ボクも射線上にいた。大多数の人々は路地や道脇の建物へと逃げ込むが、子どもや足の遅い老人など一部逃げ遅れた者がいた。救助は間に合いそうになかった。

 ボクはすくむ足に力を入れ、手の震えを抑えてその場に残った。
 思い浮かぶのはクーさんの後姿で、その生き様を追うと決めた。

「隣に立つって言うなら! こんなところで退けません!!」

 右手に二重光輪の魔法陣を出現させ、左手にも同じ物を用意した。さらに両手をガシリと組み、全身の魔力を最大出力まで高めて詠唱を行った。

「――――水よ。わが魔力を対価とし、この手に集い巡り、諸人を守りたまえ!」

 魔法陣の力で詠唱が短縮され、ものの数秒で分厚い水の障壁が完成した。そこからさらに詠唱を足し、水の壁を一気に凍らせていった。
 イメージするのはクーさんが使う氷の四枚盾で、可能な限り術式を模倣した。作り上げたのはクローバーを模した氷の三枚盾で、それを前方向に動かした。そして逃げ遅れた者たちを全員影に入れたところで傘を広げた。

「早く! ボクが時間を稼ぐうちに逃げて!」

 怒鳴りつけるように言った瞬間、黒鱗のワイバーンが動き出した。予測通り大通りへと狙いを定め、溜め込んだ業火を勢い良く放射した。
 氷と炎がぶつかり合い、一帯には大量の水蒸気が立ち昇る。衝突の反動で飛び散る火の粉を水の膜で防ぎ、町への被害もなるべく抑えた。


「ガバロ……、グロロラァァ!!!」
「こんの……、いい加減にっ!!!」

 次第に氷の盾が耐えきれなくなり、表面にヒビが入り始めた。吹き荒れる熱波で身体があぶられるが、悲鳴一つ上げずに業火を防ぎ続けた。
 何とか放射終了まで耐えきるが、次の防御は無理だった。片腕は火傷のせいで痛く、急激な魔力の消費のせいか視界がぼやけた。こちらの消耗具合とは対比し、黒鱗のワイバーンは二射目の業火を溜め込んでいた。

「…………こんな終わりなら、クーさんに誇れますよね?」

 吐息混じりの諦めを口にし、石畳の上に両膝をついた。
 標的は完全にボクで、動かない方が周辺被害を抑えられそうだ。

 窮地の中で耳に届いたのは、黒鱗のワイバーンが発する絶叫だった。目線の先で巨体がゆっくりと落ち、ズンと地鳴りがした。夜空を突き抜けるのはまっすぐ伸びた水の線で、その美しい魔力の軌跡に目を奪われた。

「――――大丈夫か、イルン。助けにくるのが遅くなった」

 倒れかけた身体を支えてくれたのはクーさんだった。
 胸中にあった不安を断ち切ったのか、とても漢らしい顔立ちをしていた。

「――――はい。ずっとずっと、待ってました」

 目から涙をこぼすと、クーさんは指でそっと拭ってくれた。そしてボクの身体をゆっくりと地面に下ろし、「後は任せろ」と力強く宣言した。
 クーさんは背から翼を生やし、空に飛び上がった。黒鱗のワイバーンは怒り狂った様子で飛翔し、炎の螺旋を描きながら攻防戦を繰り広げた。


 …………俺は上空に飛び、黒鱗のワイバーンを引き付けた。よほど水レーザーで身体を貫かれたのがご立腹だったのか、思惑通り追ってきてくれた。だが、

「――――くそっ、速い!!」

 黒鱗のワイバーンの空戦能力は高く、水レーザーの照準が合わない。魔力消費を考慮すると一発も外せず、緊張の汗が頬を伝った。俺は相手の口から放たれる業火の連射を回避していき、煙幕胞子を使って一時身を隠した。

(…………こいつを倒すには動きを止める必要がある。継戦能力の高いキメラの姿で戦うべきだが、ワーウルフリザードもキメラオルトロスもここでは使えない)

 限られた時間で手段を探り、飛行しながら変身した。新たに作り上げるのはワイバーンを素体とした攻撃特化の形態で、『キメラギドラ』と名付けた。

黒翼竜(特異個体)
攻撃A  魔攻撃A+
防御B  魔防御B
敏捷A+ 魔力量A

クー(キメラギドラ)
攻撃B+ 魔攻撃A+
防御B  魔防御B
敏捷A  魔力量A

 頭と両肩にワイバーンの頭を配置し、火力を高めた。本来腕から生えている翼手は翼の部位に移動させ、空いた両腕には二角銀狼の上半身を生やした。

「――――ギウウ、ギウガウ!!」

 三つの口から炎の弾を連射するが、黒鱗のワイバーンは容易く回避した。悠々と加速・減速を繰り返し、徐々に距離を詰めてくる。接近に合わせて暴風を放つが、着弾直前に姿勢を傾けられて避けられた。

(空戦はそっちの領分、素人の俺じゃ敵にもならないってか!)

 警戒されているのは水レーザーのみ、他は脅威とみなされていなかった。それでも攻撃を続けていると、横から炎の弾が複数飛来してきた。

(――――っ!? なんだ!?)

 遠方から飛んできたのは二体のワイバーンで、黒鱗のワイバーンを援護した。他の特異個体と同じく下位種を従えているらしく、かなりの連携精度だった。

(もしやこいつら、農村を襲撃してきた奴の生き残りか? ボスを連れてきて別の町に襲撃って、戦闘意欲旺盛にもほどがあるだろうが!!)

 俺は翼をたたんで降下し、降り注ぐ炎の射線から逃れた。三本の首のうち二つを後方へと向け、反撃しつつ飛行を続けた。途中で増援のワイバーンを一体撃ち落とすが、喜ぶ暇もなく黒鱗のワイバーンが肉薄してきた。

「――――ギウガ、ギウウガ!!」
「――――ガバログ、グラァ!!」

 互いに咆哮を上げ、爪と牙による接近戦を行う。身体能力は計るまでもなく相手が上で、与えた倍のダメージをその身に受けてしまう。

(このままじゃ負ける。……なら!)

 俺は振るわれた爪をのけぞり避け、さらに急降下した。遭遇時にカイメラが言っていたが、こいつを倒すには「地上に引きずり下ろす」必要がある。高度を落として戦えばどめの瞬間を探れる。そう思った矢先のことだった。

(――――あれは?)

 町の一角にて、一定のリズムで瞬く光があった。まるで上空の俺に何かを伝えているようで、危険を承知で接近した。加速しながら光の下を通り過ぎて行くと、何故か頭の中にハリンソの声が響いてきた。

『――――クーさん、ハリンソです! 聞こえますか!』
『これは……、念話魔法か?』
『――――仕事仲間の冒険者に習得者がおり、力をお借りしました。もしかしたらお力になれるかと思った次第です!』
『……力? 何か策があるのか』

 会話中にも黒鱗のワイバーンは業火を放ち、俺の肉体を焼いてくる。炎魔法耐性があってもかなりの痛みで、気を張らねば墜落してしまいそうだ。
 俺は撃ち合いで時間稼ぎをし、念話を介してハリンソ側の手段を確認した。確かにこの戦いを決める一手となりそうで、一か八かに頼ると決めた。

『そっちの案に乗る。あと何分稼げばいい!』
『一通り準備は済んでいます。一分あれば発射可能です!』

 俺は作戦を確実なものとするため、残った下位種ワイバーンを全力で倒した。攻撃の途中に首一本を喰い破られるが、時間稼ぎは十分だ。

『――――準備ができました。いつでも行けます!』
『――――絶好のタイミングだ! 思いっきりぶっ放せ!!!』

 ありったけの声で叫ぶと、町の一角から火の玉が高く撃ち上がった。それは俺の背後を飛び越していき、一定の高さまでくると炸裂した。
 鳴り響くのはギィィィンという耳鳴り音で、凄まじい閃光が発生した。辺り一帯は真昼がごとき明るさとなり、黒鱗のワイバーンは一時的に視力を失った。

 俺は全速力で接近し、力の限り掴み掛かって噛み付いた。続けて植物魔物のツタを身体に巻き付けていき、圧倒的な空戦能力をも奪ってみせた。

(好き放題やりやがって、ここからがお返しだ!!)

 翼を大きく羽ばたかせ、地表へ急降下していった。悪あがきとして業火を身体に吹かれるが、ここが正念場だと決めて耐え続けた。途中でツタが焼き切れてしまうが、体勢を立て直す暇を与えず叩き落とした。

(俺の前に現れたことを後悔しやがれ!!)

 俺は残った魔力を使い、氷の四枚盾を出現させた。それを分裂させて飛ばし、黒鱗のワイバーンの身動きを封じた。せいぜい数秒程度の足止めだったが、必殺の一撃を当てるには十分過ぎる時間を得た。

(――――潰れろぉぉぉぉぉ!!!)

 片腕を岩石巨人の腕にし、力の限り突き込んだ。氷の四枚盾はすべて破壊されるが、回避するより早く拳は相手の胴体へとめり込んだ。
 辺り一帯には衝撃音が鳴り響き、土煙に混じって血しぶきが舞った。視線の先で黒鱗のワイバーンは痙攣し、弱弱しく炎を吹いて脱力した。

(…………俺の、俺たちの勝ちだ)

 圧倒的な実力差があったが、仲間と力を合わせて勝利を手にした。
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