カスタムキメラ【三章完結】

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第70話『師弟』

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 …………ふと目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。似たような景色を見るのはこれでもう三度目で、また光の玉に呼ばれたのだと即理解した。

『――――おい、どこかにいるんだろ?』

 虚空に向かって呼び掛けを行うと、目の前に光の粒子が集まった。
 やはり現れたのは光の玉だったが、いつもより明るさが弱かった。

『やぁ、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ』
『そういうお前は、ちょっと弱弱しい感じだな』
『……バレちゃったか。だいぶ気をつけたつもりだったんだけど』
『今にも消えそうな感じだからな。そっちで何かあったのか?』

 そう質問すると光の玉は少し黙った。告げられたのは『俺との会話はこれで最後になる』という予想外の発言であり、さすがに面喰った。

『簡単に言うなら寿命かな。実はこの空間を維持しているのも精一杯なんだ』
『…………お前、寿命とかあったのか』
『それはあるよ。森羅万象、すべてのモノには寿命がある。生命の源たる宇宙だっていずれは崩壊を迎える。それが原初から続く理さ』
『死なない奴もいるだろ。お前を使役している神とか』
『……まぁ、そうだね。彼はかなり長生きしているね』

 微妙に歯切れ悪く言い、光の玉は話題を変えた。内容は俺がこの世界に転移してからの出来事で、『だいぶ大変だったね』とねぎらわれた。俺は『だいぶどころじゃなかった』と肩をすくめて言い、ここでしか聞けない疑問を投げた。

『知っているなら教えて欲しいんだが、俺は元の歴史で白の勇者だったのか?』
『違うよ。三百年前の歴史にいたのはアレス・ローレイルという男さ。お人よしという名の優柔不断で、自分の手を汚したくないから不殺を心掛けた。軟弱な男だよ』
『……そっか、じゃあその話を聞いた上で知りたいことがあるんだが』
『ん? なんだい?』

 俺は光の玉をジッと見つめ、確信を持って告げた。

『――――お前の正体は白の勇者だろ。館で一緒に暮らした俺の友人のアレスじゃなく、元の歴史で活躍したアレス・ローレイルってところか?』

 光の玉……、白の勇者は明らかな動揺を見せた。もうその反応が解答と同義であり、俺は真実を突きつけるように根拠を述べていった。
 第一に光の玉の雰囲気と口調はアレスそっくりだった。声音は魔法か何かで変えているようだが、直で話せば本人だと気づける。第二の理由は二人がした俺への名づけで、どちらも俺を『キメラ君』と呼び、断ると凄く残念がった。

『……でもそれだけで僕がアレスだとは断定できない』
『別に違うって言うなら好きにしろ。でも俺はもうお前を白の勇者として扱う。その上で知りたいんだが、なんで元の世界で青の勇者を止めなかった。どんなに切羽詰まっていたとしても、お前の声ならちゃんと届いたはずだろ』
『僕の声、姿は君にしか見えないんだ。だから……』
『無理だったってことか。そういう事情があるならしょうがないか』

 怒らないのか、と言われて首を横に振った。仮に忠告や伝言をお願いしたとしても、青の勇者は話を聞かなかったと思われる。下手したらいらぬ怒りを買い、より悲惨な結末を迎えていた可能性だってありえた。
 俺にとっては青の勇者が信じた白の勇者がまともな奴だった。それだけで十分だ。その上で『イルンを俺に任せてもいいのか?』と聞いてみた。

『……何も思わないかって言われたら嘘になるけど、特に言うことはないよ。彼女はもう僕の知るイルン・フェリスタじゃない。同じ人間として扱うのはどちらの彼女に対しても失礼だ。ちゃんと君自身の気持ちで向き合って欲しい』
『分かった。肝に銘じておく』

 即答すると白の勇者は嬉しそうにした。ちゃんと青の勇者を大切にしていたのだと分かり、あの結末が少しでも報われた気がした。
 聞きたいことは山ほどあったが、時間が無さそうなので諦めた。俺は今後注意するべきこと、警戒すべき相手は誰かと質問してみた。

『…………本当の黒幕、白いキメラに関しては何とも言えない。僕も知ることができなかったんだ。だけど黒幕に繋がる人物なら心当たりがある』
『それは、誰だ?』
『僕の父親である、レイス・ローレイルさ。レイスはイルブレス王国の重鎮として活動し、魔物の封印術式にも関わっていた。一見すると人当たりの良い人物だけど、裏ではかなりの悪事を働いていた。君の明確な敵だよ』
『……レイス・ローレイルか。覚えておく』

 大きな手掛かりを得たところで白の勇者の身体が揺らいだ。これ以上の会話は無理そうで、最期を看取ることにした。何か言い残したことはないかと聞くと、白の勇者は短い時間で熟慮し、俺に一つだけお願いしてきた。

『もし元の時代に戻って、青の勇者と会うことがあったら伝えて欲しい。三百年も辛い思いをさせてすまなかったと、迎えに行けなくて本当に申し訳なかったって』
『…………それじゃ足りないんじゃないか?』
『足りない?』
『あいつが一番欲しかった言葉は、お前の本心だろ。どう想っているかも伝えずに別れることになったから、あそこまで話がこじれたんじゃないのか?』
『…………それは』

 思い当たる節があるようで、白の勇者は黙りこくった。
 そうして光が消えかけ寸前まで来た時、ポソッと声が聞こえた。

『――――……だ。後はよろしく頼む』

 その表情は分からなかったが、きっと複雑な顔をしているのだろう。俺は預かった伝言を脳裏で反芻し、白の勇者へと別れを口にした。

『じゃあ俺は行ってくるぜ。もうくだらないことで迷わない』
『うん、行ってくるといい。君たちの旅路に幸あらんことを』

 空間の明るさが一気に高まり、視界には何も映らなくなった。
 白の勇者の声が聞こえなくなり、意識が覚醒へと向かっていった。


 ふと目を開けると、朝焼けで白んだ空と薄い雲が見えた。場所は黒鱗のワイバーンを倒した草原で、昨夜は討伐したまま眠りについたのだと思い出した。

(……二角銀狼を倒した朝もこんな感じだっけか、懐かしいな)

 寝返りを打とうとし、後頭部が持ち上がっていることに気づいた。人肌特有の温かさと柔らかさがあり、膝枕をしてもらっているのだと分かった。
 目線を前から上へ向けていくと、イルンの顔が見えた。表情は陽光の影になってよく分からなかったが、優しく微笑んでいるだろうと理解した。

「おはよう、イルン」
「おはようございます。クーさん」
「…………どうしてここに?」
「待っても町に戻らなかったので探したんです。おおよその方角は分かっていたんですけど、だいぶ町から離れていたので捜索に時間が掛かりました」

 その言葉で顔を上げると、遠くに町の輪郭が見えた。起伏の多い草原で人間ひとりを探すのは至難の業で、よく見つけてくれたなと感謝した。
 身体を起こして目線を合わせると、何故か顔の半分を手で覆い隠された。よく見てみると前髪に隠れた箇所の肌が赤く、痣みたいな状態になっていた。どうしたのかと問うと、昨夜の戦いで負った火傷の跡だと教えてくれた。

「名誉の負傷です。生きているだけで儲けものですね」
「……それは、もう治せないのか?」
「いえ、優秀な治癒魔法使いなら完治できるそうです。組合がイルブレス王国の魔法病院宛の紹介状を書いてくれるそうなので、悲観的に考えることはないです」
「……じゃあ何でまだ目元を隠しているんだ」

 そう言うとイルンはビクついた。最初は火傷の具合が酷いのかと思ったが、そうではなかった。どういうわけかイルンの青い瞳は片目だけ赤く変色していたのだ。

「急激に火の魔力を浴びた影響です。人の髪色や瞳には魔力属性の性質が出やすいんですけど、今回のコレみたいに外的要因で変色することがあるんです」
「そんな状態で視力は大丈夫なのか?」
「ちょっとだけ、本当にちょっとだけ見えづらくなりました。でも完全に見えなくなったわけじゃありませんし、これも治癒魔法で改善できます」

 だから大丈夫、と言ってイルンは笑ってみせた。だがさっきの肌に関する返答と違い、目の方は『改善』と言っていた。きっと元の視力に復帰する望みは薄く、瞳の色も見知った青色に戻ることはないのだと分かってしまった。

「…………ごめんな、イルン」
「なっ、なんでクーさんが謝るんですか? 昨夜の戦いに関してなら、ボクが勝手に前へ出て負傷しただけです。むしろ助けに来てくれて嬉しいぐらいです!」
「…………それでも、ごめん」

 酒場で自暴自棄にならず、すぐ広場に行けばこうはならなかった。イルンは本当に俺の責任ではないと感じているようだが、申し訳なさは消えなかった。
 何かできることはないか聞いてみると、イルンは考え込んだ。そして俺の顔をチラチラ見つめ、居住まいを正して向き合い、強い意志と共に告げてきた。

「――――ボクを、クーさんの弟子にして下さい。同じ目的を持って日々を過ごして、互いを高め合っていける。そんな関係になっていただけませんか」

 そのお願いに焦りの感情はなく、確固たる意志が伝わってきた。本気で俺を信じ、共に歩んで行きたいと願っていた。俺も逃げずに応えると決めた。
 イルンとの出会いから今日までを振り返り、今後も一緒にいたいと感じた。カイメラからの誘いは断る形になるが、少しも惜しい気持ちは湧かなかった。

「俺が教えられることなんてほとんどないが、それでもいいのか?」
「構いません。ボクはクーさんの、師匠の志を学びたいんです」
「なら格好悪いところは見せられないな。常に気を張らなきゃだ」
「ボクも期待に応えられるよう、本気で頑張ります!」

 決意を交わし合い、正式に『師弟』となった。師から弟子へと技術を学ばせる普通の関係ではなく、共に足りないモノを補って成長していこうと固く誓った。

「――――これからよろしくな、イルン」
「――――はい、よろしくです。師匠!」




――――― ――――― ―――――

 これで四章は終了です。お疲れ様でした。
 ここまで読んで下さった方々に心からの感謝を述べさせていただきます。

 それで誠に申し訳ないのですが、五章を執筆するのは一時中止となります。私自身の腕がやや腱鞘炎気味なこと、職場の繁忙期が夏であること、資格取得等で時間が取れない等々の諸事情が重なったためです。
 一応あと二話ほど日常回を投稿しようと思ってますが、それもいつになるか分かりません。お待ちいただけたら幸いです。

 長くなりましたが、四章までお付き合い下さり本当にありがとうございました。
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