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約束

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訳もわからず牢獄から飛び出した。
シルベニスタ家の執事が言っていたように、牢獄を出ると、魔導で表された矢印が浮かんでおり、王宮の出口まで案内している。

必死に王宮内を駆け抜ける。
しかし、僕は途中で見つけてしまった。
初めてユリナ姫に贈ったピンクの薔薇の魔道具が備え付けられた扉を。

そこはまさしく、エリナ姫の自室。

エリナ姫に一目会いたい。
しかし、エリナ姫の自室の扉には魔導で大きくバッテンが描かれている。

恐らく、シルベニスタ家の執事が、あらかじめ予想して寄り道しないように描いておいたのであろう。

だが、気持ちは止められない。
その優しい忠告を無視して、扉に近づく。
扉は鍵がかかっていて開かなかった。
仕方なく、外から声をかける。

「エリナ様……」
「アスカ!? アスカなの!?」
「はいそうです。ご無事でしたか」
「私は無事よ、それよりも貴方は?」
「僕も無事です。ある人のおかげで今から王宮から脱出します」
「シルベニスタの計らいね」
「エリナ様ご存知なんですか?」
「先程、私のところにシルベニスタの執事が来て、アスカを逃すことを伝えられたわ。
そして、アスカとの思い出の品をドアの前に飾っておくから渡すように言われたわ」

なんだ、もう、丸っとすべてお見通しなわけだ。
僕が何があろうとも、エリナ姫の部屋がわかれば立ち止まることを。

「エリナ様、僕は必ず貴方の元へ戻ってきます。
ですからどうかご無事でお過ごし下さい」
「分かってるわ、アスカ、ずっと貴方を待っております。どうか神のご加護があらんことを。
それと、扉についてるバラに袋がぶら下がっているでしょ。
少ないですが、お金が少し入っています。
逃げる時の資金に使ってください。
あと、そのバラも持って行ってください。
私とアスカの唯一の繋がりとして‥‥‥」

扉をみるとたしかに袋がぶら下がっていた。中には10万円ほど入っていた。

「何から何までありがとうございます。
それでは、時間がありませんので僕はもう行きます。
エリナ様、愛してます」
「アスカ、私も愛してます」

そういうと、また走り出した。
いつか必ず舞い戻り、ユリナ姫と幸せな時間を過ごすことを決意しながら……。


——
走って、走って走った。
王宮から出て、路地、下水道ととにかくあらゆる経路で逃げ続け、とにかく王宮から離れることを徹底した。
そして、横浜方面へと逃げ続けた。
横浜ならば、シルベニスタ家の領地である。
僕を逃がそうとしてくれたシルベニスタ家の領地ならば他の場所より安全だろうと言う算段である。

次の日、ようやく横浜に着いた。
路地裏で身を潜めながら休憩していると、目の前に新聞が捨てられていた。


『お姫様をたぶらかしたアレン・ナータ少年に死刑執行』


と、見出しが書かれていた。
おかしい。
僕の名前ではない。
しかも、すでに死刑も執行されたことになっている。

何が起きたのか定かではなかったが、恐らくシルベニスタが仕組んだことだろう。
とりあえず、さらに遠く逃げるために歩き出す。
人に紛れるためにオフィス街をワザと抜ける。

突然不可解なことが起こった。

ポケットに入れていた姫様のピンクのバラの花弁が光り出したのである。
この花弁は、魔導が供給されないと光らない仕組みになっているはずなのに、自動的に光ってしまっている。

「はっ!」

あることに気づく。
濃すぎる魔導が空間を満たす時、人が魔導具に触らなくても、魔導具に魔導が供給されることを。

「誰!?」

異様な気配を感じて後ろを振り返る。
50 mほど後ろにフードを被った150 cmくらいの人影がこちらを見ている。

——やばい、追っ手だ

僕はまた駆け出した。全速力で。
それに呼応するように、フードを被った人影はマントをはためかせながら追ってくる。それもものすごいスピードで。

オフィス街を選んだことがあだになった。
見通しが良すぎて、撒けそうにない。
仕方なく、路地に入り、入り組んだ構造で、追っ手を撒こうとする。

必死に走り続けること数刻。
もう一度後ろを振り返り、追っ手を確認すると、すでに姿は見えなくなっていた。
僕は少し安堵しながらゆっくり前を向くと‥‥‥

『ぼふっ』

っと何か柔らかいものに当たった。


「あらあら、こんな激しいファーストインプレッションは初めてだよ。少年」

柔らかい物それは、女性の胸であった。
僕は、見ず知らずの背が高くワンピースを着た茶髪の色素の薄い肌に、大きな瞳を持っている女性の胸にダイブしていたのである。

「あ、すみません」

後退りながら謝り、再び走ろうとすると‥‥‥

「逃すか!」

といって、また胸の中に顔を埋められた。

「ユミさん、捕まえてくれましたか?その子逃げ足が速くて、老体には応えました」

後ろから、柔らかく、可愛い声が聞こえてくる。
ずっと僕を追ってきたローブを被った人影だ。
その人影は、ローブを脱ぐと、そこには、髪は明るい紫色の髪をふわふわと揺らしながら、ジト目の15歳くらいの容姿をしたいわゆるロリっ子が魔法使いっぽい格好をして帽子をかぶり、杖も持って現れた。

「少年~、師匠に激しい運動させちゃダメだぞ」

と、言いながらユミと呼ばれている女性は僕に軽くデコピンした。

「いて!」

痛そうなそぶりを見せると、ケラケラと楽しそうにユミは笑っている。

「はいはい、ユミさん、お遊びはそこらへんにして、この子も訳が分からず戸惑ってるから、ちゃんと説明してあげましょうよ」
「はーい、師匠」

そう言うと、2人は僕の方を向いた。
そして、背が低い方のジト目のロリッ子が話し始める。

「初めまして、帝級攻撃魔導士のソイニー・ウイグリドです。そして、こちらは上級防御魔導士のユミ・クルルギで、私の弟子です」
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