ゴッドチャイルド

虎うさぎ

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「当たり前だ。俺たちは英雄だぞ」
 自分を自分で《英雄》だと口にすると、どうしてこんなに安っぽく聞こえてしまうのだろう。レジは頭痛を覚えてこめかみを抑えた。
「うーんと。じゃあさ、三人目の居場所は知ってる?」
「三人目、だと?」
「そ、三人目。ほら、噂であるじゃん。『魔王を倒したゴッドチャイルドは三人いた。だけど、魔王を倒した直後、三人とも消息を絶ってしまった』ってね。お前らがその中の二人だって言うんなら、三人目はどこに行っちゃった訳?」
 レジの質問に対し、マタイとハルルクは互いの顔を見合わせた。それから自信たっぷりに答える。
「確かにそんな根も葉もない噂が流れている事は俺たちも知っている。だが、それはデマだ。魔王を倒した時も、その後も、俺たちはずっと二人だった。三人目など初めから存在しない」
 きっぱりとした口調で断言されて、レジはぎょっとした。ここまで言い切られてしまうと、いっそ清々しい。
「すげぇな、お前ら」
 レジが感嘆とも呆れとも取れるため息を吐くと、マタイとハルルクはやっと俺たちの凄さがわかったかとまた胸を張った。
「さぁ、その風を解いて、さっさと消えろ」
 マタイとハルルクが村の方へと近づいて行く。風の檻の中で、村の男たちが緊張した面持ちで彼らを睨んでいた。
「どうした。早くしろ」
 檻の前に着いてもレジがなかなか能力を解除しないので、マタイが苛立たしげな声を上げた。だが、レジはなんの反応も見せない。マタイの表情は徐々に険しくなっていく。
「俺は気が短いんだ。早くしろ!」
 耳障りなガナリ声に軽く肩を竦めて見せてから、レジは敢えておどけた調子で答えた。
「すみませんねぇ、英雄様。解いてあげたい気持ちは山々なんですが、それ、作るのは一瞬でも、消すには最低でも三日はかかるんですわ」
 もちろん、そんなのは嘘である。レジが念じれば、村の男たちを取り巻く風の檻など瞬きの内に消し去る事が出来た。マタイもそれくらいわかっているようで、眉をしかめながら言った。
「その程度の戯言、俺に通じるとでも思っているのか」
「さぁ、どうでしょう。でも、そんな事は関係ないですよね」
「何?」
 マタイの額に青筋が浮く。レジは作り笑顔でにこりと微笑んだ。
「だってあなたは伝説の英雄、我らが救世主。オレのような小物が作った風の檻なんて、容易く壊してしまえるでしょうから」
 マタイとレジの間に見えない火花が散った。
「よくわかった。小僧、てめぇをミンチにして風を消してやる」
「おお怖い」
 術者を倒す事で風の檻を消すと決めたマタイに、レジはわざとらしく怖がって見せた。
「この俺に喧嘩を売った事、あの世で後悔するがいい!」
 マタイは気を失っているエルドを脇に抱えたまま、空いている方の手の平をレジに向けた。爆発を遠隔操作できるようで、マタイはその場を動くことなく、レジの足元に転がる石を起爆させた。レジが寸でのところで横に飛んで避ける。
 人質を取られている為、思うように戦えないでいるが、レジは強い。放っておいても負ける事はないだろう。問題はロディだった。
 マタイとレジがにらみ合うその後方で、ロディもまたハルルクと対峙していた。
 氷を操る能力を持ったゴッドチャイルド、ハルルク。彼は、氷で作った槍を手にロディに狙いを定めている。
「お前もゴッドチャイルドなのか? いいぜ、遠慮しないで能力を使って見せろよ」
 細身の眼鏡男ハルルクは嫌らしく口の端を上げて笑った。ロディ相手に負ける訳がない。そう確信した余裕の笑みだった。
 だが、安い挑発に乗ってホイホイ手の内を晒すほど、ロディも馬鹿ではない。ロディは近くに転がっていた誰かの剣を拾って、相手との間合いを測った。
 こうして戦場に立つのは5年ぶりである。鍛錬と呼べるものも一切してこなかった。戦いの勘は完全に鈍ってしまっている。その勘を取り戻す為には、とにかく戦うしかなかった。実戦の中で自分を磨く。昔のロディもそうしていた。だからロディは、相手が仕掛けてくる前に動いた。右に左に突いては剣を振り回す。だが、切先はハルルクに当たるどころかかすりもしなかった。
「どうしたどうした、そんなもんか」
 ハルルクの槍がロディ目がけて伸びてきた。リーチの長さを利用したしなやかで鋭い攻撃。まるで変幻自在の鞭のような動きがロディを襲う。
「くっ」
 ロディは防戦一方を強いられた。
 避けきれなかった突きが少しずつ、けれど確実にロディの身体を傷つけて行く。
 キン、と高い金属音がして、ロディの剣が遠くに弾かれた。
「口ほどにもない」
 痺れる腕を抑えるロディの首元に氷の槍が突きつけられた。
「ロディ!」
 風の檻の中からアリシアが叫んだ。
 観戦している村の男たちの間に、諦めの色が広がっていく。
「まずは一匹」
 ハルルクの口が三日月型に歪んだ。槍を持つ手に力を込めて、ロディの首を貫くつもりだ。だがその前に、ロディは切先から顔を避けるのと同時に槍を掴んだ。
「なに!?」
 ハルルクが間抜けな声を上げる。
 ロディはすかさず槍を引き寄せると、ハルルクの顔面を
「ぐほっ」
 殴った。
 ハルルクの身体がイナバウアーをするように後方に大きくのけぞる。ロディはハルルクを警戒しながら飛ばされた剣を拾いに行った。剣を取ったロディの拳は、赤く腫れ上がっていた。敵を殴って自分もダメージを負うなんて、無様にもほどがある。ロディは己の至らなさに唇を噛んだ。
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