ゴッドチャイルド

虎うさぎ

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 マタイとハルルクは強いか弱いかで言ったら、強い方の人間に分類される。だが、かつて、まだエレナが生きていた頃。この二人程度の能力者は山ほど居た。その多くは、魔王との戦いの中で命を落としていったが、ロディとレジが勝てないような相手ではなかった。それなのに、今のロディときたらそんな相手に手も足も出せないでいる。
 5年と言うブランクは、想像以上にロディの肩に重たくのしかかっていた。
「ったく、何やってんだよ、あのバカ!」
 マタイと交戦しながら、レジが悪態を吐く。
「気持ちで負けてんじゃねーよ、くそっ」
「よそ見をするな、風使い!」
 レジは、舌打ちした。ロディの加勢をする為には、目の前のマタイを片付けてしまわないといけない。けれども、人質になっているエルドが邪魔で、思うように戦う事が出来ない。
 そうこうしている間にも、ハルルクが体勢を立て直してロディを睨んだ。
「何すんだ、このガキが!」
 鼻から血を流し、目は怒りで血走っている。殴られた衝撃で眼鏡も曲がり、片側のレンズが割れてしまっていた。
「八つ裂きにして、ミンチにしてやる」
 ハルルクが両手を地面につけると、そこから氷の刃が生まれた。巨大なツララが地面から聳える形で、ハルルクの手元からロディに向かって次々と生えてくる。まともに喰らえば串刺しにされてしまうだろう。しかし、逃げてもそれは追いかけてきた。ロディの足より、生えるスピードの方が速い。このままでは追いつかれる。ぞっとした時、ロディの身体を一陣の風が襲った。
 レジだ。レジがマタイと交戦しながらロディに向かって風を飛ばしたのだ。ロディの身体は風に突き飛ばされる形で氷山に空いた横穴へと転がって行った。痣が沢山できたが、お蔭で串刺しは回避できた。
「逃がすか!」
 礼を言う間もなくハルルクの次の攻撃がロディに降りかかる。洞窟に入った事で今度は天井にツララを生み出して降らせてきたのだ。ロディは剣でそれらを弾きながら洞窟の奥へ追いやられて行った。恐らく、ハルルクはこのままロディを行き止まりまで追い詰める腹積もりだ。ロディはなんとかそれを阻止してそこから逃げ出そうとしたが、外に出るどころか、洞窟の奥へと逃げるのが精一杯だった。外から「バカ野郎」という声が聞こえたが、それが誰のもので、誰に対するものなのか考える余裕すらなかった。

「ぐ!」
 何本目かになる氷の刃がロディの左腕に刺さった。
 血だらけになりながら、それでも奥へと逃げる。
「なぜ能力を使わない」
 後を追ってくるハルルクが不思議そうに尋ねてきた。
「まさかお前、ゴッドチャイルドじゃないのか?」
 ロディは無言のまま足を進めた。答えなかったのは、あえてそうしたからではなく、「答えられなかった」からだ。
 5年前までのロディは、ハルルクの言う通り紛れもなくゴッドチャイルドだった。だから魔王討伐の兵士として旅をさせられたし、エレナやレジとも知り合ったのだ。だけど、その能力でエレナの命を奪ってしまってから、ロディは力を使う事を怖れるようになってしまった。そのせいだろうか。ロディは先ほどから何度も能力を使おうとしているのに、力が発動する気配が少しもない。稀に、強いショックを受けたゴッドチャイルドは能力を失う事があると聞いた事があるけれど、もしかしたらロディもそうなのではないだろうか。そんな疑念が胸をしめていた。
 やがて、洞窟の奥の方に淡い光が見えてきた。てっきり奥は行き止まりだとばかり思っていたけれど、実はこの穴は向こう側まで貫通していて、外と繋がっていたのだろうか。だとしたら、一先ず袋小路に追い詰められる心配はなくなる。ロディはふらつきそうになる足を叱咤しながら先を急いだ。
 光に近づくにつれ、ロディはなんだか不思議な感覚にみまわれた。視覚的な明るさだけでなく、胸が高揚するような、温かな何かを感じるようになったのだ。そして、その正体は、すぐにわかった。
洞窟の最奥。ロディが行きついたその場所は、外ではなく、やはり行き止まりだった。ヒカリゴケに明るく彩られたそこには澄んだ泉があり、清浄な空気に満ちていた。そして何より、この泉からは、エレナの気配が感じられた。
ここは、村人が神の泉と崇める神聖な洞窟。先ほどまで、エルドを人質に取ったマタイやハルルクとレジが戦っていた場所。ロディは導かれる様に泉の淵に立った。
 水面に映る自分の顔に驚く。ひょろりと痩せた頼りない身体に、覇気を感じさせない情けない面構え。これが自分かと無性に恥ずかしくなる。ロディの居るこの村にも鏡はあったし、氷に反射した自分の姿を見る機会は少なからずあった。けれども、心を閉ざしていたロディは、村に来てから一度もまともに自分の姿を直視した事がなかった。
ロディは改めて水面に映る自分の顔を食い入るように見つめた。12歳の時の自分の方がよっぽど精悍な顔つきをしていたように思う。レジは、よくこんな自分を直ぐに「かつての仲間ロディ」であると気が付けたものだと感心してしまう。畑仕事が出来るだけの筋肉はついていたが、これは酷すぎる。目の当たりにした現実に、ロディの心は重たくなった。
 こんな軟弱そうな男を、どうして村長は次の長にしようと考えられたのだろう。こんな甲斐性のない男の世話を、どうしてアリシアはいつも焼いてくれていたのだろう。
 ここに来て、エレナの気配を感じられた事は嬉しかった。だけど素直に喜べない。仮にエレナが生きていてこの洞窟のどこかに隠れていたとしよう。彼女との再会はロディの望むところではあるけれど、今は会いたくなかった。今の自分を見られたくない。そう思ってしまったのだ。
「どうした、そんなところにうずくまって。観念でもしたのか」
 遅れてやって来たハルルクが、小馬鹿にした口調で語りかけてきた。
「それともあれか? お前もここでパワーアップしようと考えてるのか? ふん、いいぜ、飲めよ。その水を飲むだけで力は上がる。もっとも、お前みたいな雑魚の力なんて、上げたところでたかが知れてるけどな」
「水を、飲む?」
 確かにこの泉の水からはエレナの気配がする。けれど、それ以上に強く彼女を感じるのはもっと別の場所。
「飲めよ」
 ハルルクが一歩こちらに近づいた。ロディは警戒して半歩後ろに下がる。
「ほら、飲めって言ってるだろ!」
 泉に手をつけようとしないロディに、ハルルクは苛立ったように攻撃を仕掛けてきた。氷の槍で突いて来たのだ。かわそうとしたロディだったが、ここに来るまでに負った怪我のせいで思うように動けず、足を踏み外して盛大な水しぶきを上げながら泉の中へと落ちてしまった。
「ははははは、言い様だな」
 ハルルクの高笑いが膜の向こうから聴こえた。水が、耳から、鼻から入ってくる。落ちる前は足がつきそうな程浅く見えた泉だったが、いざ身を投じてみると奈落に通じるのではないかと思えるほど深く感じられた。服は瞬く間に水を吸い、手足をばたつかせる事も出来ないまま身体は沈んで行った。口の中にも容赦なく水が流れ込んでくる。苦しい。このまま死ぬのだろうか。村人へ何の恩も返せないまま、情けない姿のまま、レジの期待に少しも応えられないまま、惨めに死ぬのだろうか。死んだらどうなるだろう。マタイとハルルクの事はレジが倒してくれるだろうか? 死後の世界に逝けば、エレナとまた会うことが出来るだろうか?
 瞼を閉じれば、この村に来る前の記憶が走馬灯のように蘇った。




―――
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