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「これで良かったのか?」
小さくなっていくロディとレジの背中を見つめながら村長は孫娘に声をかけた。孫娘もまた、ロディの背を目でおいながら答える。
「いいの」
彼女の目は赤く腫れていた。今も、その大きな瞳には涙が溜っている。
「ロディは早く『エレナ』って人のところに行きたかったみたいだし、それに……」
アリシアは、先ほどのロディの表情を思い出していた。
―――――「ありがとう、アリシア」
そう言ってくれた時の彼は笑っていた。この5年、ずっと傍にいたアリシアでさえ初めて見た笑顔だった。エレナという少女の存在が、彼の中でどれほど大きく、かけがえのない物であるか、そう思い知らされるには充分すぎる笑みだった。
「それに、彼はこんな小さな村で燻っていて良い人じゃないわ。それがわかったから、皆も彼を追い出す事に賛成してくれたんでしょ」
村の男たちが束になっても敵わなかったマタイとハルルク。それをロディはあっという間に倒してしまった。あれほどの実力を持った人間を村に閉じ込めておくのは酷というものだ。
村長は、必死に涙を堪えている孫娘の横顔を見つめ、そっと目を細めた。
「それでも、どこに居ても、彼がわしたちの『家族』である事には変わりない。わしにとっては可愛い孫じゃよ。ロディも、お前もな」
「………………………うん」
アリシアの頬を、大粒の涙が転がり落ちた。その震える手を、エルドが取る。彼はロディが消えて行った地平を見つめながら言った。
「おいら、強くなるよ。村のやつらにも、ゴッドチャイルドにだって負けないくらいウンと強くなる。口先ばかりじゃなくて、ちゃんと」
アリシアの手を握るエルドの指に力がこもる。
「だから、もう泣くな」
熱を帯びたエルドの目が、アリシアを射抜く。
「生意気」
普段はぎゃーぎゃー騒ぐことしか能のない年下の男の子の滅多に見せない大人びた態度に、アリシアはくすりと笑った。
「そういう偉そうな事は、このくらい大きくなってから言ってよね」
「うわっ」
アリシアは、エルドと繋がった方の手を思いきり上に持ち上げた。アリシアより背の低いエルドは、つま先立ちになって体勢を崩す。
「なんだよ、子供扱いしやがって」
「だって、子供だし?」
「今に見てろよ、アリシアより大きくなって見下ろしてやるからな」
騒ぎながら村に戻って行く子供たちの背中を、村長は笑顔で見送った。空を仰げば、澄んだ青が目に眩しい。若者たちの門出にはちょうどよい日和だった。
「元気での。ロディ」
老人の声は、風に融けて高い空へと吸い込まれていった。
††††††††††††††††††
村を離れ、ミッテ広場を訪れたロディとレジは、マタイとハルルクが英雄の名を語る偽者であった事、また村人たちが彼らを捉えている事を噂にして流した。こうしておけば、ロディやレジが何もしなくても兵士が勝手にマタイとハルルクの身柄を引き取りに行ってくれるだろう。
「ほんじゃ、行きますか」
「ああ」
フリーレン共和国でするべき事を終えた二人は、東の国を目指して歩き出した。ロディの肩には、小さくなったエレナの魂。それにエレナの意志は宿っていないようだけれど、エレナの能力は持ち合わせていた。旅の仲間としてとても心強い存在だ。
それから東の国までの長い道中、ロディは失くしてしまった戦いの勘を取り戻す為、訓練を積んだ。エレナを取り戻す為、寝る暇も惜しんで身体を鍛え続けた。
そして半年後。二人は《紅蓮の魔導師》と対峙することになる。
《紅蓮の魔導師》は新たな時代の魔王と呼ばれるだけの事はあり、手強かった。流石のロディも、一度は破れ、撤退を余儀なくされたほどだ。けれども、諦めずに技を磨き、ついには《魔導師》を打ち破る事に成功する。
レジに見送られ、ぼろぼろになって、ようやくたどり着いた城の最奥。そこにエレナの肉体は眠っていた。クリスタルのような硬質な何かで全身を覆われた彼女の身体は、5年前と少しも変わらない姿をしていた。魂と肉体が切り離されたあの時から、彼女の時は止まってしまったのだ。
彼女を前にして、ロディは初めて恐怖に足をすくませた。もし魂を戻してもエレナが目覚めなかったら? もし彼女が無事に目を覚ましても、自分の事を忘れていたら? 別人のようになっていたら?
考えても仕方のない不安が波の様に押し寄せてきた。
キュウ。
小動物の姿をしたエレナの魂が、ロディの手の中で可愛らしく小首を傾げて鳴いた。
自分の肉体を前にしてもいつもと変わらないそれの様子に、ロディも平静を取り戻す。
「お前とも、これでお別れだな」
魂が肉体に戻れば、この子も消えてしまうだろう。そう思うと、酷く寂しくもあった。けれど、この子はもともとエレナの一部なのだ。それがあるべき場所に還るだけ。そう自分を振るい立たせ、ロディは、エレナの魂を、彼女へ近づけた。
目も開けていられない程の閃光が辺りに満ちる。それは温かな光だった。
ロディは必死に光の中心に目を凝らした。エレナの肉体は、魂は、一体どうなったのか。ロディが見守る中、光は徐々に治まって行き、やがて結果を教えてくれた。
彼女を覆っていた硬質な何かは消え去り、魂が擬態していた生き物もいなくなった。部屋に残されたのはロディと、そしてエレナだけ。
ロディは恐る恐る彼女に近づいた。生きているのか自信がなかったのだ。息を確かめようと、彼女の口元に手のひらを近づけた時だった。長いまつ毛が震え、若草色の瞳が顔を出した。ロディは驚いてそのまま固まってしまった。若草色の瞳は暫く天井をさ迷ったあと、ロディを映す。じっと見つめられ、ロディはだらだらと冷や汗をかいた。彼女がもし5年前のままなら、きっと成長した自分に気づかないはずだ。なにせ、当時のロディはまだ12歳の子供だったのだから。今のエレナからして見らた、自分はただの不審者なのではないか。今さらながらロディはその事に気が付いた。
だけど、そんなロディの心配とは余所に、彼女はふっと微笑んだ。
「おはよう、ロディ」
それは、ロディがずっと見たいと思っていた彼女の笑顔だった。
ロディもつられる様にくしゃりと笑った。
「おはよう、エレナ」
††††††††††††††††††
小さくなっていくロディとレジの背中を見つめながら村長は孫娘に声をかけた。孫娘もまた、ロディの背を目でおいながら答える。
「いいの」
彼女の目は赤く腫れていた。今も、その大きな瞳には涙が溜っている。
「ロディは早く『エレナ』って人のところに行きたかったみたいだし、それに……」
アリシアは、先ほどのロディの表情を思い出していた。
―――――「ありがとう、アリシア」
そう言ってくれた時の彼は笑っていた。この5年、ずっと傍にいたアリシアでさえ初めて見た笑顔だった。エレナという少女の存在が、彼の中でどれほど大きく、かけがえのない物であるか、そう思い知らされるには充分すぎる笑みだった。
「それに、彼はこんな小さな村で燻っていて良い人じゃないわ。それがわかったから、皆も彼を追い出す事に賛成してくれたんでしょ」
村の男たちが束になっても敵わなかったマタイとハルルク。それをロディはあっという間に倒してしまった。あれほどの実力を持った人間を村に閉じ込めておくのは酷というものだ。
村長は、必死に涙を堪えている孫娘の横顔を見つめ、そっと目を細めた。
「それでも、どこに居ても、彼がわしたちの『家族』である事には変わりない。わしにとっては可愛い孫じゃよ。ロディも、お前もな」
「………………………うん」
アリシアの頬を、大粒の涙が転がり落ちた。その震える手を、エルドが取る。彼はロディが消えて行った地平を見つめながら言った。
「おいら、強くなるよ。村のやつらにも、ゴッドチャイルドにだって負けないくらいウンと強くなる。口先ばかりじゃなくて、ちゃんと」
アリシアの手を握るエルドの指に力がこもる。
「だから、もう泣くな」
熱を帯びたエルドの目が、アリシアを射抜く。
「生意気」
普段はぎゃーぎゃー騒ぐことしか能のない年下の男の子の滅多に見せない大人びた態度に、アリシアはくすりと笑った。
「そういう偉そうな事は、このくらい大きくなってから言ってよね」
「うわっ」
アリシアは、エルドと繋がった方の手を思いきり上に持ち上げた。アリシアより背の低いエルドは、つま先立ちになって体勢を崩す。
「なんだよ、子供扱いしやがって」
「だって、子供だし?」
「今に見てろよ、アリシアより大きくなって見下ろしてやるからな」
騒ぎながら村に戻って行く子供たちの背中を、村長は笑顔で見送った。空を仰げば、澄んだ青が目に眩しい。若者たちの門出にはちょうどよい日和だった。
「元気での。ロディ」
老人の声は、風に融けて高い空へと吸い込まれていった。
††††††††††††††††††
村を離れ、ミッテ広場を訪れたロディとレジは、マタイとハルルクが英雄の名を語る偽者であった事、また村人たちが彼らを捉えている事を噂にして流した。こうしておけば、ロディやレジが何もしなくても兵士が勝手にマタイとハルルクの身柄を引き取りに行ってくれるだろう。
「ほんじゃ、行きますか」
「ああ」
フリーレン共和国でするべき事を終えた二人は、東の国を目指して歩き出した。ロディの肩には、小さくなったエレナの魂。それにエレナの意志は宿っていないようだけれど、エレナの能力は持ち合わせていた。旅の仲間としてとても心強い存在だ。
それから東の国までの長い道中、ロディは失くしてしまった戦いの勘を取り戻す為、訓練を積んだ。エレナを取り戻す為、寝る暇も惜しんで身体を鍛え続けた。
そして半年後。二人は《紅蓮の魔導師》と対峙することになる。
《紅蓮の魔導師》は新たな時代の魔王と呼ばれるだけの事はあり、手強かった。流石のロディも、一度は破れ、撤退を余儀なくされたほどだ。けれども、諦めずに技を磨き、ついには《魔導師》を打ち破る事に成功する。
レジに見送られ、ぼろぼろになって、ようやくたどり着いた城の最奥。そこにエレナの肉体は眠っていた。クリスタルのような硬質な何かで全身を覆われた彼女の身体は、5年前と少しも変わらない姿をしていた。魂と肉体が切り離されたあの時から、彼女の時は止まってしまったのだ。
彼女を前にして、ロディは初めて恐怖に足をすくませた。もし魂を戻してもエレナが目覚めなかったら? もし彼女が無事に目を覚ましても、自分の事を忘れていたら? 別人のようになっていたら?
考えても仕方のない不安が波の様に押し寄せてきた。
キュウ。
小動物の姿をしたエレナの魂が、ロディの手の中で可愛らしく小首を傾げて鳴いた。
自分の肉体を前にしてもいつもと変わらないそれの様子に、ロディも平静を取り戻す。
「お前とも、これでお別れだな」
魂が肉体に戻れば、この子も消えてしまうだろう。そう思うと、酷く寂しくもあった。けれど、この子はもともとエレナの一部なのだ。それがあるべき場所に還るだけ。そう自分を振るい立たせ、ロディは、エレナの魂を、彼女へ近づけた。
目も開けていられない程の閃光が辺りに満ちる。それは温かな光だった。
ロディは必死に光の中心に目を凝らした。エレナの肉体は、魂は、一体どうなったのか。ロディが見守る中、光は徐々に治まって行き、やがて結果を教えてくれた。
彼女を覆っていた硬質な何かは消え去り、魂が擬態していた生き物もいなくなった。部屋に残されたのはロディと、そしてエレナだけ。
ロディは恐る恐る彼女に近づいた。生きているのか自信がなかったのだ。息を確かめようと、彼女の口元に手のひらを近づけた時だった。長いまつ毛が震え、若草色の瞳が顔を出した。ロディは驚いてそのまま固まってしまった。若草色の瞳は暫く天井をさ迷ったあと、ロディを映す。じっと見つめられ、ロディはだらだらと冷や汗をかいた。彼女がもし5年前のままなら、きっと成長した自分に気づかないはずだ。なにせ、当時のロディはまだ12歳の子供だったのだから。今のエレナからして見らた、自分はただの不審者なのではないか。今さらながらロディはその事に気が付いた。
だけど、そんなロディの心配とは余所に、彼女はふっと微笑んだ。
「おはよう、ロディ」
それは、ロディがずっと見たいと思っていた彼女の笑顔だった。
ロディもつられる様にくしゃりと笑った。
「おはよう、エレナ」
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