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第2章 違えられた未来(後編)
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華音は救急車で県立の総合病院に運ばれた。処置が終わり点滴に繋がれた華音の手を彬従はずっと握り締めていた。意識は戻らず、青ざめた顔色はそのままだった。
「華音はどう?」
祐都と恵夢がやってきた。
「安静にしていれば大丈夫らしい。」
「そうか、とりあえず良かった。」
「でも検査の結果は教えてくれないんだ。大変な病気だったら……!」
「大丈夫だよ。今、俺の親父が来て院長と話してる。何かあれば教えてくれるよ。」
祐都がうなだれる彬従を慰めた。
「遅くなってすまなかったね。茉莉花は会議が終わらないから、俺が代わりに来たよ。」
祐都の父、石月恭弥が病室に入ってきた。
「アキ、着替えておいで!そんな血まみれじゃ華音が目を覚ましてびっくりするよ。」
恭弥に言われ、彬従はハッと自分の姿を見て青ざめた。
「着替えは持ってきてるよ。汚れ物は私が洗ってくるわ。」
恵夢が彬従を促した。
「自分で洗うから大丈夫だよ。」
「そういうの、女の子の方が落とすの慣れてるのよ。」
彬従はふと動揺した。
「そうか、俺、血を見ただけで結構ゾッとした。」
「アキが怖がったなんて聞いたら、華音が驚くよ!」
「うわっ内緒にして!あいつ絶対笑うから!」
恵夢と軽口を叩き合い、彬従は普段の落ち着きを取り戻した。
病室から彬従達がいなくなると、恭弥は息子の祐都にスッと目を向けた。
「華音はすぐに高塔家の専属病院に転院させる。」
「こっちの病院の方が設備が整っているんじゃない?」
「実はずいぶん前から治療を受けているんだ……あの子の伯母と同じ病気で。」
「そんなこと、初めて聞くよ!」
祐都は驚いた。華音の伯母は若くして亡くなっていたはずだ。
「父さんとアキの親父さんと華音の伯母さんは幼なじみで同級生だったよね。」
「そうだ……英梨花の時と同じことが起きなければいいんだが。」
「まさか、死んだりしないよね?」
「英梨花が死んだのは、高塔家の重圧に押し潰されたからだ。」
恭弥は遠い目をした。
「あれからアキは変わってしまった……親父の彬智の方だけどな。優しいヤツなんだ、本当は。英梨花の後を追って死ぬんじゃないかと心配だった。彼女を一途に愛していたからね。」
「それなのに、アキのお母さんと結婚したの?」
「祐都、お前も覚悟しておきなさい。高塔の人間に自由な人生は無い。」
自分より背が高くなった息子の頭を、恭弥はグシャリと撫でた。
「これからどんなことが起きても自分を見失わないように、そして、華音と彬従を支えてやりなさい。」
「何だよ、何が起きるって言うんだよ!」
祐都は父親の手を掴んだ。
「転院の手続きをしてくる。」
頭を小さく振り息子の手を解くと、恭弥は病室をあとにした。
その夜、彬従は茉莉花に呼ばれて高塔の屋敷を訪れた。書斎のドアを開けると、茉莉花の横に父親の彬智が立っていた。
「彬従、今日は華音の面倒をみてくれてありがとう。おかげで大事にならなくて済んだわ。」
茉莉花に椅子を勧められ、彬従は腰かけた。父親が無言で腕組みしているのが気になる。
「あなたに話しておかなければいけないことがあります。」
茉莉花は静かに語り掛けた。
「前から分かっていたことだけど、華音は子供が産めない身体なの。だからもう、華音を惑わせないでちょうだい。」
ハッキリと良く通る声で告げられ、彬従は全身の血がずぅんと引いていくのを感じた。
「どういうことか分かりません。」
「キスしたりベッドにもぐり込んだり、あなたの恋愛ごっこに華音をつき合わせないで。」
「俺は華音を弄んでいる訳じゃありません!」
「お前のしていることは、この先華音を苦しめるだけなんだ。」
父親の言葉に、彬従はあからさまに苛立った。
「アキは黙っていて。彬従と話が出来なくなる。」
茉莉花は年上の彬智をビシリと叱りつけた。
「彬従、あなたがこれから誰と恋しようがあなたの好きになさい。でも、然るべき年齢になったら高塔の一族に相応しい相手と結婚してもらいます。華音とは別の女性とね。」
茉莉花の声はあくまで穏やかだった。しかし、声とは裏腹に中身は辛辣だった。
「あなたは高塔の家を守るために生まれてきたの。才能を活かして華音を支えてやって。」
彬従は呆然と立ち上がり、書斎をあとにした。
街の中心部にそびえたつ高層ビルの最上階に高塔ホールディングスの社長室はあった。そのドアを石月恭弥は叩いた。
「失礼、少し時間はあるかい?」
「どうしたの?朝から珍しいわね。」
茉莉花は書類から目を上げた。
「華音の具合はどう?」
「精密検査をしているところよ。」
「やはりエリと同じなのか?」
「まだわからない、しばらく落ち着いていたのに……」
茉莉花は顔を曇らせた。
「ところで祐都に聞いたんだが、彬従を県外の高校に進学させようとしているそうじゃないか。」
「華音は相変わらず彬従に振り回されているもの。」
茉莉花はふっとため息を吐いた。
「これ以上、二人をそばにいさせらない。エリとアキの二の舞になる。」
「認めてやれば良いじゃないか。華音と彬従は小さな頃からお互いを必要とし合っているんだ。」
「でも、吉良の血を絶やす訳には行かない。」
「アキの血を引く子供なら、他にもいるだろう?」
恭弥はスッと目を細め茉莉花を見据えた。恭弥が言わんとしていることは分かる。だが真実を告げることはない。茉莉花は唇を噛んだ。
「……季従のこと?キョウは知らないの?あの子はアキの子供じゃないわ。」
恭弥は愕然とした。
「アキは自分の子だと言っていたぞ?」
茉莉花はふと恭弥を見つめ、小さく頭を振ると固く目を閉じた。
「あの頃、アキ達の夫婦関係は破綻していた。あの女は誰とも分からない男の子を産んで、産まれたばかりの季従をアキに押し付けて逃げたのよ。あの女と結婚しなければ、アキがあんなに傷つくことは無かったのに……」
「結婚すると決めたのはアキだ。夫婦のことはお互いさまだよ。梢子は最後まで悩んでいた。アキに愛されようと必死だった。なのに彼女を受け入れなかったのはアキの方だ。」
恭弥は彬従の母親だった女を思い返し、ふと動揺した。茉莉花は窓辺に歩み寄り外を眺めた。
「彬従はあの女に似ている。見た目はアキそっくりなのに、炎のように気性が激しくて自分を曲げない所が……」
「だから華音との交際を認めないのか?」
「華音にエリと同じ想いをさせたくないだけよ。」
「華音とエリじゃ性格が違う。あの子は強い。」
「そうかしら。」
「前から聞こうと思っていたんだが……」
恭弥は茉莉花を見つめた。
「今でもマリはアキが好きなのか?」
「バカなこと言わないで。昔も今もアキはエリのものよ。」
茉莉花の返事は素っ気なかった。
「隠し事はもう終わり?俺だけいつも蚊帳の外だな。」
「キョウにだけは幸せで居て欲しいのよ。」
「親友だと思っていた奴らの苦しみも知らず、一人だけ脳天気にかい?」
ヒラヒラと手を振り社長室を出て、恭弥は窓の外に目をやった。
「季従が……まさか……」
疑惑の火種が胸の奥に燻った。それはやがて大きな炎となり、過去の自分を問い質さずにはいられなくなった。
華音が退院する日、彬従は屋敷の前で帰りを待ち侘びた。やがて黒塗りの社用車が門の前に止まり、中から華音が降りてきた。
「アキ?こんな所で何してるの?」
あっけらかんと華音が尋ねた。
「具合はどう?」
「もう大丈夫!10日も学校休んじゃった。でも明日から行けるよ!」
「茉莉花さまは付き添いじゃなかったの?」
「お母さんは仕事が忙しいから……退院の手続きは会社の人がしてくれたの。」
「だったら俺が迎えに行ったのに。」
「産婦人科って妊婦さんばっかりよ。それにオバチャン達の質問攻めが強烈なの。アキみたいなイケメンがいたらなおさらよ。」
ケラケラと華音は笑い声を上げた。
「無理するなよ。俺にはホントのこと言っていいんだからね。」
すると華音は笑顔を消し、彬従の胸に飛び込んだ。
「病院なんか大嫌い。周りの人に興味本位であれこれ聞かれて、検査は凄く痛くて。でも心配するからお母さんにも誰にも言えなかった……」
「バカだな、なんで俺に言わないんだよ。独りでがんばらなくてもいいんだよ。」
「ありがとうアキ。今日逢えて良かった。」
華音はうれしそうに笑いかけた。
「そういえば、県大会ベスト4だったんだね。」
「惜しかったんだ。優勝したチームと準決勝で当たって、さすがに強かった。」
「アキが凄くかっこ良かったってみんながメールしてきたよ。」
「また応援に来て。もっとかっこいいところ見せてやるから。」
「もー、そう言うのが軽いのよ!」
「いいじゃん!」
可笑しそうに大きな声で彬従は笑った。
華音は吸い込まれるように彬従を見つめた。
「お母さんに私のこと聞いた?」
「何を?」
彬従はいつもと同じ笑顔で答えた。
「……キスして。」
「何だよ突然。華音から誘うとか珍しいな。」
「キスして!」
華音は目を閉じた。彬従は優しく唇を重ねた。
「俺、華音以外の女なんか絶対好きにならないから。」
華音はハッとした。
「お母さんに聞いたんでしょ!?」
「俺は何も聞いてないっ!」
彬従は目を逸らした。
「もう二度とアキとはキスしない!」
溢れ出した涙を見られたくなくて、華音は走り出した。
放課後の体育館で、彬従はぼんやりとシュート練習を続けていた。
「アキ、本当に県外の高校に進学するの?」
祐都が心配そうに尋ねた。部活前、彬従が学年主任の榎倉に説教されているのを見かけたからだ。
「俺、華音やヒロトと同じ高校がいい。ずっと一緒にいたい……」
「アキと別々の高校なんて、俺も行きたくない。」
二人はしばらく黙々とリングにボールを打ち込んだ。
「そういえば、華音はまたしばらく入院するって。」
彬従はハッと顔を上げた。
「ケンカしてて知らなかった。」
「早く仲直りしなよ。メグも気にしてた。」
「ヒロトはいいな。華音と同じ高校に行けて……」
「父さんにこの先華音をサポートする立場になれって言われた。俺もいつか高塔財閥の一員になるから。」
「お前はそれでいいの?」
「華音を助けてやれるならいいかなって。あいつは高校に行きながら会社の手伝いをして、大学卒業と同時に社長に就任するらしい。」
「そんな、無茶苦茶だよ!」
彬従は怒りに震えた。
「でも華音はそれを受け入れているんだ。」
祐都はふと彬従を見つめた。
「父さんに言われたんだ。高塔家に関わる人間に自由な人生は無いって。」
「酷い言い方だな。家を守るためだけに生きるのか?」
「俺達は高塔家を守るのが使命だ。アキだって分かってるだろ。」
「俺が分かってるのは吉良家が種馬の家系だってことだよ。」
祐都は意を決して彬従を見た。
「自分の人生が思い通りにならないのなんて俺らだけじゃない。華音の方がずっと辛いんだ。」
親友の言葉は彬従の胸をぐっと突き刺した。
「俺はお前のように悟り切って生きられない……」
「その方がアキらしいよ!」
祐都は明るい笑い声を上げた。
学校帰り、彬従は華音を見舞いに病院を訪れた。
ベッドの上の華音は青白い顔で微笑んだ。
「この前ごめんね。怒ったりして…」
「そんなこと気にしてないよ。でも、具合悪いこと、俺に隠さないでよ。」
彬従はそっと華音の頬に手を当てた。心無しかひんやりとする。不意に目頭が熱くなった。
「大丈夫。期末テストまでには退院するから。」
「無理しちゃダメだ。勉強で分からない所は俺が教えてやるよ。」
「アキに教えてもらえるなら安心ね。」
華音はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべ、彬従の胸に抱きついた。
―――キスの先に行けなくてもいい、華音が幸せになれるなら……
熱い衝動を彬従はぐっと堪えた。
小さく儚げな華音の身体を、彬従はいつまでも胸の中で温めていた。
「華音はどう?」
祐都と恵夢がやってきた。
「安静にしていれば大丈夫らしい。」
「そうか、とりあえず良かった。」
「でも検査の結果は教えてくれないんだ。大変な病気だったら……!」
「大丈夫だよ。今、俺の親父が来て院長と話してる。何かあれば教えてくれるよ。」
祐都がうなだれる彬従を慰めた。
「遅くなってすまなかったね。茉莉花は会議が終わらないから、俺が代わりに来たよ。」
祐都の父、石月恭弥が病室に入ってきた。
「アキ、着替えておいで!そんな血まみれじゃ華音が目を覚ましてびっくりするよ。」
恭弥に言われ、彬従はハッと自分の姿を見て青ざめた。
「着替えは持ってきてるよ。汚れ物は私が洗ってくるわ。」
恵夢が彬従を促した。
「自分で洗うから大丈夫だよ。」
「そういうの、女の子の方が落とすの慣れてるのよ。」
彬従はふと動揺した。
「そうか、俺、血を見ただけで結構ゾッとした。」
「アキが怖がったなんて聞いたら、華音が驚くよ!」
「うわっ内緒にして!あいつ絶対笑うから!」
恵夢と軽口を叩き合い、彬従は普段の落ち着きを取り戻した。
病室から彬従達がいなくなると、恭弥は息子の祐都にスッと目を向けた。
「華音はすぐに高塔家の専属病院に転院させる。」
「こっちの病院の方が設備が整っているんじゃない?」
「実はずいぶん前から治療を受けているんだ……あの子の伯母と同じ病気で。」
「そんなこと、初めて聞くよ!」
祐都は驚いた。華音の伯母は若くして亡くなっていたはずだ。
「父さんとアキの親父さんと華音の伯母さんは幼なじみで同級生だったよね。」
「そうだ……英梨花の時と同じことが起きなければいいんだが。」
「まさか、死んだりしないよね?」
「英梨花が死んだのは、高塔家の重圧に押し潰されたからだ。」
恭弥は遠い目をした。
「あれからアキは変わってしまった……親父の彬智の方だけどな。優しいヤツなんだ、本当は。英梨花の後を追って死ぬんじゃないかと心配だった。彼女を一途に愛していたからね。」
「それなのに、アキのお母さんと結婚したの?」
「祐都、お前も覚悟しておきなさい。高塔の人間に自由な人生は無い。」
自分より背が高くなった息子の頭を、恭弥はグシャリと撫でた。
「これからどんなことが起きても自分を見失わないように、そして、華音と彬従を支えてやりなさい。」
「何だよ、何が起きるって言うんだよ!」
祐都は父親の手を掴んだ。
「転院の手続きをしてくる。」
頭を小さく振り息子の手を解くと、恭弥は病室をあとにした。
その夜、彬従は茉莉花に呼ばれて高塔の屋敷を訪れた。書斎のドアを開けると、茉莉花の横に父親の彬智が立っていた。
「彬従、今日は華音の面倒をみてくれてありがとう。おかげで大事にならなくて済んだわ。」
茉莉花に椅子を勧められ、彬従は腰かけた。父親が無言で腕組みしているのが気になる。
「あなたに話しておかなければいけないことがあります。」
茉莉花は静かに語り掛けた。
「前から分かっていたことだけど、華音は子供が産めない身体なの。だからもう、華音を惑わせないでちょうだい。」
ハッキリと良く通る声で告げられ、彬従は全身の血がずぅんと引いていくのを感じた。
「どういうことか分かりません。」
「キスしたりベッドにもぐり込んだり、あなたの恋愛ごっこに華音をつき合わせないで。」
「俺は華音を弄んでいる訳じゃありません!」
「お前のしていることは、この先華音を苦しめるだけなんだ。」
父親の言葉に、彬従はあからさまに苛立った。
「アキは黙っていて。彬従と話が出来なくなる。」
茉莉花は年上の彬智をビシリと叱りつけた。
「彬従、あなたがこれから誰と恋しようがあなたの好きになさい。でも、然るべき年齢になったら高塔の一族に相応しい相手と結婚してもらいます。華音とは別の女性とね。」
茉莉花の声はあくまで穏やかだった。しかし、声とは裏腹に中身は辛辣だった。
「あなたは高塔の家を守るために生まれてきたの。才能を活かして華音を支えてやって。」
彬従は呆然と立ち上がり、書斎をあとにした。
街の中心部にそびえたつ高層ビルの最上階に高塔ホールディングスの社長室はあった。そのドアを石月恭弥は叩いた。
「失礼、少し時間はあるかい?」
「どうしたの?朝から珍しいわね。」
茉莉花は書類から目を上げた。
「華音の具合はどう?」
「精密検査をしているところよ。」
「やはりエリと同じなのか?」
「まだわからない、しばらく落ち着いていたのに……」
茉莉花は顔を曇らせた。
「ところで祐都に聞いたんだが、彬従を県外の高校に進学させようとしているそうじゃないか。」
「華音は相変わらず彬従に振り回されているもの。」
茉莉花はふっとため息を吐いた。
「これ以上、二人をそばにいさせらない。エリとアキの二の舞になる。」
「認めてやれば良いじゃないか。華音と彬従は小さな頃からお互いを必要とし合っているんだ。」
「でも、吉良の血を絶やす訳には行かない。」
「アキの血を引く子供なら、他にもいるだろう?」
恭弥はスッと目を細め茉莉花を見据えた。恭弥が言わんとしていることは分かる。だが真実を告げることはない。茉莉花は唇を噛んだ。
「……季従のこと?キョウは知らないの?あの子はアキの子供じゃないわ。」
恭弥は愕然とした。
「アキは自分の子だと言っていたぞ?」
茉莉花はふと恭弥を見つめ、小さく頭を振ると固く目を閉じた。
「あの頃、アキ達の夫婦関係は破綻していた。あの女は誰とも分からない男の子を産んで、産まれたばかりの季従をアキに押し付けて逃げたのよ。あの女と結婚しなければ、アキがあんなに傷つくことは無かったのに……」
「結婚すると決めたのはアキだ。夫婦のことはお互いさまだよ。梢子は最後まで悩んでいた。アキに愛されようと必死だった。なのに彼女を受け入れなかったのはアキの方だ。」
恭弥は彬従の母親だった女を思い返し、ふと動揺した。茉莉花は窓辺に歩み寄り外を眺めた。
「彬従はあの女に似ている。見た目はアキそっくりなのに、炎のように気性が激しくて自分を曲げない所が……」
「だから華音との交際を認めないのか?」
「華音にエリと同じ想いをさせたくないだけよ。」
「華音とエリじゃ性格が違う。あの子は強い。」
「そうかしら。」
「前から聞こうと思っていたんだが……」
恭弥は茉莉花を見つめた。
「今でもマリはアキが好きなのか?」
「バカなこと言わないで。昔も今もアキはエリのものよ。」
茉莉花の返事は素っ気なかった。
「隠し事はもう終わり?俺だけいつも蚊帳の外だな。」
「キョウにだけは幸せで居て欲しいのよ。」
「親友だと思っていた奴らの苦しみも知らず、一人だけ脳天気にかい?」
ヒラヒラと手を振り社長室を出て、恭弥は窓の外に目をやった。
「季従が……まさか……」
疑惑の火種が胸の奥に燻った。それはやがて大きな炎となり、過去の自分を問い質さずにはいられなくなった。
華音が退院する日、彬従は屋敷の前で帰りを待ち侘びた。やがて黒塗りの社用車が門の前に止まり、中から華音が降りてきた。
「アキ?こんな所で何してるの?」
あっけらかんと華音が尋ねた。
「具合はどう?」
「もう大丈夫!10日も学校休んじゃった。でも明日から行けるよ!」
「茉莉花さまは付き添いじゃなかったの?」
「お母さんは仕事が忙しいから……退院の手続きは会社の人がしてくれたの。」
「だったら俺が迎えに行ったのに。」
「産婦人科って妊婦さんばっかりよ。それにオバチャン達の質問攻めが強烈なの。アキみたいなイケメンがいたらなおさらよ。」
ケラケラと華音は笑い声を上げた。
「無理するなよ。俺にはホントのこと言っていいんだからね。」
すると華音は笑顔を消し、彬従の胸に飛び込んだ。
「病院なんか大嫌い。周りの人に興味本位であれこれ聞かれて、検査は凄く痛くて。でも心配するからお母さんにも誰にも言えなかった……」
「バカだな、なんで俺に言わないんだよ。独りでがんばらなくてもいいんだよ。」
「ありがとうアキ。今日逢えて良かった。」
華音はうれしそうに笑いかけた。
「そういえば、県大会ベスト4だったんだね。」
「惜しかったんだ。優勝したチームと準決勝で当たって、さすがに強かった。」
「アキが凄くかっこ良かったってみんながメールしてきたよ。」
「また応援に来て。もっとかっこいいところ見せてやるから。」
「もー、そう言うのが軽いのよ!」
「いいじゃん!」
可笑しそうに大きな声で彬従は笑った。
華音は吸い込まれるように彬従を見つめた。
「お母さんに私のこと聞いた?」
「何を?」
彬従はいつもと同じ笑顔で答えた。
「……キスして。」
「何だよ突然。華音から誘うとか珍しいな。」
「キスして!」
華音は目を閉じた。彬従は優しく唇を重ねた。
「俺、華音以外の女なんか絶対好きにならないから。」
華音はハッとした。
「お母さんに聞いたんでしょ!?」
「俺は何も聞いてないっ!」
彬従は目を逸らした。
「もう二度とアキとはキスしない!」
溢れ出した涙を見られたくなくて、華音は走り出した。
放課後の体育館で、彬従はぼんやりとシュート練習を続けていた。
「アキ、本当に県外の高校に進学するの?」
祐都が心配そうに尋ねた。部活前、彬従が学年主任の榎倉に説教されているのを見かけたからだ。
「俺、華音やヒロトと同じ高校がいい。ずっと一緒にいたい……」
「アキと別々の高校なんて、俺も行きたくない。」
二人はしばらく黙々とリングにボールを打ち込んだ。
「そういえば、華音はまたしばらく入院するって。」
彬従はハッと顔を上げた。
「ケンカしてて知らなかった。」
「早く仲直りしなよ。メグも気にしてた。」
「ヒロトはいいな。華音と同じ高校に行けて……」
「父さんにこの先華音をサポートする立場になれって言われた。俺もいつか高塔財閥の一員になるから。」
「お前はそれでいいの?」
「華音を助けてやれるならいいかなって。あいつは高校に行きながら会社の手伝いをして、大学卒業と同時に社長に就任するらしい。」
「そんな、無茶苦茶だよ!」
彬従は怒りに震えた。
「でも華音はそれを受け入れているんだ。」
祐都はふと彬従を見つめた。
「父さんに言われたんだ。高塔家に関わる人間に自由な人生は無いって。」
「酷い言い方だな。家を守るためだけに生きるのか?」
「俺達は高塔家を守るのが使命だ。アキだって分かってるだろ。」
「俺が分かってるのは吉良家が種馬の家系だってことだよ。」
祐都は意を決して彬従を見た。
「自分の人生が思い通りにならないのなんて俺らだけじゃない。華音の方がずっと辛いんだ。」
親友の言葉は彬従の胸をぐっと突き刺した。
「俺はお前のように悟り切って生きられない……」
「その方がアキらしいよ!」
祐都は明るい笑い声を上げた。
学校帰り、彬従は華音を見舞いに病院を訪れた。
ベッドの上の華音は青白い顔で微笑んだ。
「この前ごめんね。怒ったりして…」
「そんなこと気にしてないよ。でも、具合悪いこと、俺に隠さないでよ。」
彬従はそっと華音の頬に手を当てた。心無しかひんやりとする。不意に目頭が熱くなった。
「大丈夫。期末テストまでには退院するから。」
「無理しちゃダメだ。勉強で分からない所は俺が教えてやるよ。」
「アキに教えてもらえるなら安心ね。」
華音はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべ、彬従の胸に抱きついた。
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