落ちる花(アルファポリス版)

みきかなた

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第1章 終わりの始まり

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茉莉花は身を乗り出し窓の外をのぞいた。

二階にある彼女の部屋からは同じ敷地の中に立つ隣りの屋敷の玄関が見える。そのドアが開き、一つ年上の姉の英梨花が中から出てきた。しかし腰に絡んだ腕に引き戻され、再び現れた時、姉は一人では無かった。

幼なじみの彬智が姉を抱きしめキスを降らせる。二人は笑いながら愛撫を続けた。

クッと唇を噛む。気が付くと夏の初めなのに身体が凍ったように冷たくなっていた。明け方からずっと窓を開け、姉が現れるのを待ち続けていたからだ。

胸が痛い。愛し合う英梨花と彬智を見るたびにキリキリ心が切り刻まれる。

自分でもバカなことをすると自覚している。傷つくのは分かっているのに彼らの姿を確認せずにはいられない……

「お母さんがアキを隣のお屋敷に住まわせたりするからだわ……」

大きくため息を吐き、高校の制服に着替えて階下へ降りて行く。すると、英梨花が頬を染め笑顔で家に戻ってきたところに出くわした。

「エリったら朝帰り?お母さんが出張で家にいないからって、いやらし~!」

妹の追求にハッと顔を上げ、英梨花は照れたように笑った。

「おはようマリ。お母さんには言わないで!」

「どうしようかなぁ?」

「お願いよ!この前欲しがっていたワンピースならあげる!」

「……急がないと学校に遅れるわよ。」

「本当だ、もうこんな時間!」

英梨花は古い柱時計を見上げ、慌てて階段を駆け上がり自室に飛び込んだ。

花のような甘い香りが廊下に残る。清らかで美しい英梨花に似合いの香り……

明け方まで抱き合っていたのだろうか。首筋から胸にかけて赤い斑点が鮮明に浮かんでいた。まだ処女の自分には眩しい愛の証……

茉莉花はぷいと横を向き、ダイニングに入って食卓についた。

「おはよう、マリ。」

良く通る低音を響かせて彬智がダイニングに入って来た。茉莉花や英梨花と同じ高校に通う彼は、ひと月ほど前から隣りの屋敷で一人暮らしを始め、毎日この高塔の屋敷に食事を取りにやって来る。

背の高いスラリとした肢体、すっきりと細い顔に収まる凛とした大きくて印象的な瞳、高くスッと通った鼻梁、薄く引き締まった唇、短く切りそろえた柔らかな髪。彼の何もかもが見惚れるほどに美しい。『高塔の珠玉』と呼ばれる吉良家の血を引く彬智は、まさに宝石のように輝いてみえた。

「おはよう、アキ。半熟の目玉焼きがアキので、固焼きはエリのよ。」

「うん、もう間違えないよ。エリに怒られるから。」

「アキちゃん、遠慮しないでね。食べたいものがあったら何でも言ってちょうだい。」

高塔家の家事を仕切っている家政婦の美智代が彼に話しかけた。

「いつもすみません。」

「私のフルーツも食べて。いっぱい食べて元気を出して。」

「それはマリが食べなよ。あとはちゃんと残さず食べるから。」

「イイからあげる。」

「分かったよ、ありがとう。」

軽い笑い声をあげ茉莉花から皿を受け取ると、彬智は優雅な仕草で朝食を口に運ぶ。その姿にまた心が震える。

茉莉花はトーストを齧り、自分の動揺を悟られないように目を伏せた。

そばに座る彼からは姉と同じ花のような香りがした。ああそうだ、アキの家のお風呂場の石鹸の匂いだ。なぜかふと吐息が漏れた。

制服に着替えた英梨花もやってきて、何事も無かったように彬智とおしゃべりをしながら食事をとる。

美しい彬智と美しい英梨花……お似合いの二人だ。

「おはよー!」

勢いよくドアが開き、彬智と同じ制服姿の少年が飛び込んできた。やってきたのは幼馴染みの石月恭弥。彬智と英梨花の同級生で、毎日のように迎えに来るのだ。

「アキ、まだ飯食ってるのか!早くしろよ、朝練があるんだぞ!」

「だからキョウ、俺はバスケ部の部員じゃないのに。」

「アキがいないと地区大会を勝ち進めないよ。これが最後なんだ、頼むよ!」

「キョウったら、三年生なのに部活ばっかりね。勉強は大丈夫なの?」

「ちぇ、お袋みたいなこと言うなよ。大丈夫、エリとアキと同じ大学に進むよ。だからアキ、しばらく付き合って!」

「ねえ、アキが試合に出るなら、私も応援に行くわ。」

「それなら頑張ろうかな。」

「あーあー!エリの頼みならあっさり引き受けるんだな!」

「それはそうだよ。」

むくれた恭弥に彬智はニコリと微笑む。同い年の彼らは小さな頃から仲が良かった。

遅くなりますよと美智代に弁当を渡され、英梨花たちのあとについて、茉莉花も学校に向かった。

「マリ、鞄貸して。俺の自転車に乗せてやる。」

「あ、ありがと……」

恭弥がさっと彼女の鞄を掴み、荷かごに乗せる。ニコリと微笑む爽やかな笑顔につられ、茉莉花も微笑んだ。彬智と同じくらい整った顔立ちの恭弥は、高校でも人気を二分する少年だ。



高校に着くと茉莉花は姉たちと別れ二年生の教室に向かった。なぜか三年生の恭弥もついてくる。

「おはよう、マリ!」

昇降口で親友の樫村美織がやって来た。そばには彼氏の安住晃輔が当然のように寄り添っている。茉莉花の後ろにいる恭弥を見つけ、美織と晃輔はニンマリと笑った。

「キョウ先輩、またマリと一緒なんですか?」

「別に、マリにくっついてきたんじゃない。晃輔を呼びに来たんだよ。お前、大会が近いんだから、朝練サボるな!」

「言い訳しなくていいのに!」

ニヤニヤ笑う晃輔の襟を掴むと、恭弥は引きずるように連れて消えた。

「ねー!マリとキョウ先輩って仲がいいよね?」

「そうかな?キョウはアキを誘いに来るのよ。バスケ部の大会が近いから。」

「それだけじゃ無いと思うよ?」

「美織や晃輔と一緒にしないでよー!」

キャッキャと笑いながら教室に入り、席に着くと一時間目の教科書を取り出した。

「アキ先輩の様子はどう?お父さんとお母さんが亡くなってずいぶん落ち込んでいたけれど……」

美織に尋ねられ、茉莉花はふと手を止めた。

「やっと落ち着いてきたよ……お隣のお屋敷で暮らすのも慣れたみたい。」

「家族全員がいきなり事故で死んじゃうなんて……私なら耐えられない!」

「でも……そばにエリがついているから、アキも安心なのよ。」



彬智の両親はこの春に交通事故で亡くなった。優秀な彼を巡って遠縁の関係者たちがこぞって養子縁組を申し込んだが、茉莉花の母の藍咲がそれを許さず彬智を自ら引き取った。彬智の父親・吉良隆彬は高塔財閥の重役の中でも五大老と呼ばれる要職にいた。高塔財閥の当主で一族を統率する藍咲は、彬智に父の後を継がせるべく養育すると説明した。

茉莉花は知っていた……母の藍咲と吉良隆彬の間には、かつて特別な感情があったのだと……彬智が引き取られた時、屋敷の使用人たちがひそひそと話していたのを偶然聞いてしまったのだ。



「そうだ、美織は晃輔の応援に行くよね?」

「当然よー!晃輔は私の応援がなきゃ活躍できないもの。」

「あー、惚気ないでよ!……私も応援に行っていい?」

「どうしたの?いくら誘っても興味ないって言っていたのに!」

「晃輔のカッコイイ姿を私も見たくなったのよ。」

「やだー!私の晃輔に手を出さないでよ!美人のマリに言い寄られたら、晃輔もクラクラしちゃうもの!」

「そんなはずないじゃない~!」

アハハと笑い胡麻化した。本当の目的は彬智の応援だ。でも、それを誰にも知られたくはない。

「高塔!」

担任の中川が教室に青い顔で飛び込んできた。

「どうかしましたか?」

「お前のお姉さん、三年の高塔英梨花だよな?」

「そうですが……」

「大変だ!お姉さんが教室で倒れて酷い出血なんだ。今救急車を呼んだ。家の人に連絡がつかないそうだが、親御さんと連絡は取れるか?」

「エリが……!?」

慌てた茉莉花はガタンと椅子を倒し、教室から駆け出した。

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