落ちる花(アルファポリス版)

みきかなた

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第4章 思い出を重ねる日々

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彬智は高塔家の隣の屋敷で一人暮らすことになった。

彼が早く元の生活に戻れるようにと茉莉花は毎日献身的に尽くした。掃除や洗濯、食事の世話は、使用人に任せず自らこなし、何よりも彬智を優先する心遣いに努めた。

ガリガリにやせ細っていた彬智は、やがてふっくらと肉がつき始め、顔色も以前のような艶を取り戻し、穏やかな笑顔を見せるようになった。

勉強にも身が入るようになり、塾へも毎日通い、来年の大学受験に向け浪人生活を始めた。



ある日、部屋に籠もり机に向かっていた彬智に、茉莉花は差し入れを持って行った。

「アキ、ケーキを焼いたの。一緒に食べよう。」

「へえ、イイ匂いだね!」

「オレンジケーキよ。エリも気に入ってくれたの。」

一口食べた彬智は「美味い!美味い!」と大袈裟なほど褒めちぎった。

「お願い、また作って!」

「う、うん……喜んでくれて、嬉しいわ。」

彬智の笑顔が眩しくて、茉莉花は顔から火が出るかと狼狽えた。

「そうだマリ、今から少し出掛けない?」

「いいわよ。どこへ?」

「俺にとって大切な場所。」

机の上の問題集をそそくさと片付け、彬智は茉莉花を屋敷から連れ出した。



バスに乗り、向かった先は市内の大きな公園だった。木々には若葉が茂り涼やかな風を運ぶ。

「ここで、俺とエリは初めてデートしたんだ……」

大きな目を細め、懐かしそうに彬智は呟いた。

「良かったら、これからも一緒にエリとの思い出の場所に行ってくれる?俺とマリが、同じ思い出を共有出来るように……」

そう言って彬智は大きな手を差し出すと、慌てる茉莉花の手を掴み恋人繋ぎをして並木道を歩き出した。

……まるでデートだわ……

茉莉花はのんびり歩く彬智の横顔に見惚れた。

「こ、この公園が、初デートの場所だなんて、意外、だった。」

いけない、焦って舌を噛んでしまった、茉莉花は慌てて口元を押さえた。

「だよね!でもこの場所が好きなんだって……お父さんと遊んだ唯一の場所だから……」

ハッとした……そうだ、記憶も定まらない昔、先を走る英梨花を追いかけて、父に手を引かれ歩いたことがある。

「小さいマリが自分を追いかけて来るのが可愛かったって、エリは何度も何度も話していた……」

彬智はふと空を見上げた。爽やかな青空が広がっている。

「向こうの噴水のところで休憩しよう。」

はしゃいだように笑いながら茉莉花の手を引っ張りドンドン先を進む。子供のような彬智に茉莉花はまた胸を焦がした。

ベンチに茉莉花を座らせると、彬智は近くの売店に行きそこでジュースを買った。二人並んでジュースを飲みながら噴水の水しぶきを眺めた。

「マリ、ありがとう、今まで俺を支えてくれて……だけど、これからは俺がマリを支えるよ。」

「えっ?」

「エリの葬式の時もその後も、マリは泣かなかっただろう……俺を慰めるために……俺が不甲斐なかったから……でももう無理しなくていいからね。俺の前で泣いていいからね。」

彬智の真っ直ぐな優しい瞳が茉莉花を捕らえた。

「アキ……」

自然に涙が零れ落ちる。

「私とエリは、いつも二人きりだった……お母さんはいつも仕事が忙しくて家にいなくて、お父さんのことは記憶にも無くて……お手伝いさんは交代で面倒をみてくれるけど、時間がくればみんな自分のおうちに帰っていって……だから寂しかった……エリがいなくなって寂しかった……」

ふわりと痩せた胸に埋もれた。彬智が背中に回した腕で茉莉花を閉じ込めた。

「これからは俺がいる。エリの代わりに俺がマリのそばにいるよ。」

「アキ……アキっ……!」

茉莉花はとめどなく流れる涙を留めることが出来なかった。彬智の細い指が髪を擽る。柔らかな唇がつむじや額に押し付けられる。しなやかな腕に抱き留められる……

「マリも俺も独りじゃない。これからは俺がマリの居場所になる。」

癒される心地よさに身を任せ、茉莉花は彬智の胸に縋りついた。



ひとしきり泣いてまたバスに乗り、高塔の屋敷に戻った。

ドアを開けた途端、茉莉花と彬智は揃って驚きの雄叫びを上げた。待ちくたびれていたのは、東京の大学に行った恭弥だったのだ。

「お前ら、二人揃ってどこに行っていたんだよ!つか、久しぶりに逢うんだからもっと喜べ!」

「キョウ!突然どうしたの?」

「何だよ!連絡くれたら家で待っていたのに!」

「大学が連休で休みになったから帰省したんだ。アキのことも、気になっていたし……」

「キョウがいなくて寂しかったよ。」

「俺という存在の有り難みがよーく分かっただろ?」

ヘヘッといつものように快活に笑う恭弥を間に挟んで、茉莉花と彬智は歓喜した。

リビングで三人くっつきあって、逢えなかった間の身の上話を語り合った。

「東京の暮らしはどう?」

「まあまあだ。ここよりは刺激的で楽しいよ。アキもマリも、東京の大学に進学しようよ。そうしたらまた一緒に遊べるぜ。」

「いいね!」

三人は愉しげな未来を想像してケラケラ笑い合った。

「そうだ、知ってる?神崎財閥の跡取り息子、アイツと知り合いになったんだ。同じ大学で同じ学部なんだ。」

「……もしかして、大貴?」

「そうそう!気の好い奴で、一緒に良く遊び歩いているんだ。」

茉莉花の頭に整った顔立ちながら気障な言動の多かった神崎大貴の姿が浮かんだ。年令は彬智たちと同じはず。

この地方の経済を牛耳る高塔家と同様に、近隣で一二を争う勢力を持つ神崎家とは昔から友好関係にあった。幼いころ、母の藍咲に連れられ、経財界のトップたちが催すプライベートなパーティーなどで、同じように両親のお供で来ていた大貴と遊んだ記憶が蘇った。

「だけど、大貴って女癖が悪いって評判じゃなかった?それで前に高校を退学させられそうになったはず……」

「そうだね、そういう意味では派手な遊びをする奴かな?」

「キョウ、影響されて悪いことしちゃダメよ!」

「やだな、俺を信用しろよ!そうだアキ、今から俺の家に来いよ。父さんも母さんも、お前の顔を見たがっていたんだ。」

「ああ、そうする……石月のおじさんやおばさんにも迷惑掛けてばかりだ……」

「気にするな。二人ともアキが元気なら喜ぶさ。」

恭弥がポンと元気良く背中を叩くと、彬智は嬉しそうにニコリと微笑んだ。彼が荷作りに部屋を出ていくと、茉莉花と恭弥は二人きりになった。

「ね……その……あのさ、マリ……」

「何?」

なぜか口籠り戸惑う恭弥を、茉莉花は不思議そうに眺めた。

「あ、あの……さ、もしかして、アキとその……エッチ、した?」

「そんなことするわけないでしょっ!」

慌てた茉莉花はじたばた手を振り回し叫んでしまった。

「そうか、ならいいんだ……だって、マリとアキ、前よりすんげえ仲が良くなったから……」

「私たちは何でもないよ……アキと私は、エリの思い出で繋がっているの……」

ふと口を噤み、恭弥は真剣な眼差しを茉莉花に向けた。

「マリ、お願いだ。俺がここに戻って来るまで、誰のものにもならないで。」

ポカンと口を開け、茉莉花は恭弥を穴が開くほど見つめた。照れたように顔を赤らめ、荷物を持って戻ってきた彬智の首を掴み、恭弥はドスドスと足音を立て屋敷を出て行った。



夏が来て、塾の講習や模擬テストに明け暮れた。茉莉花は彬智とテーブルを挟んで毎日のように問題集に取り組んだ。

秋には高校最後の文化祭で盛り上がり、それが終われば受験モード一色になる。

冬が来て、出願大学を決める時期が来た。

ある日、茉莉花と彬智は揃って藍咲に呼ばれ、彼女の書斎を訪れた。

「あなたたち、進学する大学は決めたの?」

「お母さん、私とアキは東京の大学に進学したいと思います。キョウと共に学びたいの。」

「彬智はともかく、茉莉花はここに残りなさい。」

愕然とする茉莉花の背中を、彬智はそっと支えた。

「茉莉花は高塔の唯一の後継者よ。大学に行きながら我が社の業務内容を勉強してもらうわ。」

「……分かりました。」

それ以外に答えは無い。母はもう決定しているのだから。

「では俺も、地元の国立大学に進学します。」

「彬智は恭弥と同じ大学に行くのよ。そして卒業後は高塔の将来を支えてちょうだい。」

彬智は返事をしなかった。そして心配する茉莉花にそっとウィンクしてみせた。



年が明け、茉莉花と彬智はそれぞれ志望大学を受験した。合格通知が届いて、初めて茉莉花は彬智のウィンクの意味を知った。

「アキ!なんで私と同じ大学から合格通知が来ているの!?」

「それは、俺がマリと同じ大学に行くからだよ。」

「だって、お母さんが……」

「受かっちゃったんだからしょうがない。あ、キョウにはすっごく怒られた。俺を裏切ったのかってね。」

クスクスといたずらっ子のように笑う彬智に、茉莉花は呆れた。藍咲ももう一年浪人しろとまでは言わず、彬智と茉莉花は晴れて共に地元の大学で新生活を始めることとなった。



四月、入学式が行われ、茉莉花の手を引いて彬智は大学の敷地をゆっくりと進んだ。

「ここに来るのが夢だった……エリと一緒に……」

目の前に霞に煙る青空が広がっていた。彬智はぼんやりと空を眺め口を結んだ。

……エリの代わりでいい、アキと一緒にいられるのなら……

繋いだ手を握り返し、茉莉花もまた一歩足を踏み出した。

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