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02 王都での騒動
しおりを挟む三人組に因縁を付けられ、わけのわからない理由で殺されそうになったところを、死霊のクロゼルに俺は救われたのだった。
俺は彼ら三人の死体を前に少し考え込んでいた。
彼らの一人が大量の銀貨を持っていたのである。
「何も問題ないではないか。奴らはお前を殺そうとしたのだぞ」
「しかしなぁ……。これってネコババみたいなものだろ?」
なんとなく悪いことをしているような気がする。
「物は考えようだ。慰謝料と思えば良いのじゃ。お前はそれだけの迷惑をこうむったのじゃから。それに、お前は無一文ではないか。これからどうするのじゃ? 先立つものが必要じゃろう?」
「……まぁ、そうかもしれないなぁ。じゃぁ、お前らすまんが、この金はいただいて行く。お前たちが悪いんだからな! 恨むなよ。ナンマンダブ……」
どう考えても悪いのは奴らだ。あれこれ考えるのはよそう。
俺は銀貨がつまった革袋を死体から取り上げた。ずっしりと重い。
「なぁクロゼル、人は死んだらどうなるんだ? お前も元人間なんだろ?」
「フフフ……、そうじゃの。死ぬとその者の魂は魂の根源に帰るのじゃ、普通はな。そこで他の魂と混ざり合って一つになる。しばらくそこで休んで、時期が来ればまたバラバラに分裂して、この世のどこかに生れ落ちるということじゃ。それをひたすら繰り返す」
「普通はってことは、普通じゃない道もあるんだな?」
「そのとおりじゃ。例えば私は魂の根源へは戻らず、ずっとこの世をさまよっておる。それと、私に食われたあの者どもの魂は、完全に消滅したから心配いらんぞ」
「じゃぁ、あの三人が化けて出てくることはないのか。お前が残ったのはこの世に未練があったってこと?」
「……私がどうだったのか、それはもはや思い出せぬわ。何百年も昔の話だからの」
「ふ~ん、そうなのか」
クロゼルと何だかんだと話しながら、テクテク歩いて街の門の前までやって来た。日の出までまだ時間がありそうだ。
門の上に街の名が書かれている。
「この街はアルキナというらしいぞ」
「ほぉ、言葉と文字は覚えておるのだな?」
「よく分らんが、どうもそうらしい。それにしても、腹減ったなぁ」
「フフフ……、肉体があると不便だの」
しばらくすると、朝の早い商人たちがポツポツとやって来た。
そのうちの一人から硬いパンを買い、かじりながら開門を待った。
『あぁ、温かいスープが欲しいところだな』
『ここは私の記憶では王都のはずじゃ。宿でも飯屋でもたいていはあるだろう』
『そうか、クロゼルは何百年もこの世にいたんだったな』
俺はクロゼルと無言で会話をした。
クロゼルは俺の心が読めるし、クロゼルの声は周りには聞こえないのだ。
死んでなおこの世に何百年もとどまり、指先一つで人を殺せる死霊。そんな恐ろしい存在が、俺のすぐそばどころか、俺の影の中にいる。
最初はビビったが、命を助けてもらえたし、今となってはむしろ頼もしくもある。いまさら恐れても仕方がないし、開き直って仲良くやった方が楽だしな。
この先どうなるかは分からないが、いきなり誰かに殺されることはないはずだ。
『フフフ……、イチロウの考え方はなかなか合理的じゃな。この世界の者たちとは何かが違う』
『そうなのか?』
『もしかしたら、お主は別な世界からやって来たのかもしれぬ』
『えぇ!? 別な世界って……』
あまりにも突拍子がなさすぎる。まぁ、とりあえずは目先のことに集中しよう。まともな飯を食って、まともな寝床で眠りたい。考えるのはそれからだ。
夜が明けて街の門が開いた。
周りの人たちに続いてぞろぞろと街に入った。
特に入場の手続きなどはないようだった。
『ここは王都ゆえ、人や物の出入りも多い。とても出入りの管理などやってられんということじゃろう。治安もそれ程悪くはないであろうし、必要がないのかもしれぬな』
『いやでも、俺いきなり殺されそうになったし』
『あれは運が悪かったの、フフフ……』
宿屋はすぐに見つかった。
食事付きで一泊銀貨一枚。高いのか安いのか判断が付かないが、面倒なのでそこに決めた。
温かい飯を食ったら眠くなった。
俺はそのまま部屋に戻って眠ることにした。
「そういえば、俺が寝てる間はクロゼルはどうしてるんだ?」
「私は眠る必要がないからの、ただそこにいるだけじゃ。影の中もそれなりに広いしの」
「お前は俺の影にくっついてるんだろ? 部屋を真っ暗にして、影を消したらどうなるんだろうな」
「……ふむ。おそらくその間、私は存在しないことになると思うが」
「ちょっとやってみるか」
俺は窓の鎧戸を閉めて、入口の扉の下にシーツを詰めて部屋を真っ暗にしてみた。
「クロゼル?」
返事がない。俺のすぐそばにあった気配が消えている。
しばらくしてから、また部屋を明るくする。
俺の影ができると、クロゼルがスッと姿をあらわした。
「どうだった?」
「む? 何がじゃ?」
「いや、今さっき部屋を真っ暗にして影を消してみたんだよ。消えてる間はどんな感じなんだ?」
「……うむ、その間の記憶は全くないの。お主が扉の下にシーツを詰めるのは見ておったが、急に場面が飛んだような感じかの」
「なるほど、そうなるのか……。まぁ、とりあえず俺は寝る」
「子守唄でも歌うか?」
クロゼルが俺をからかう。意外と冗談好きなのかね。
「いや、大丈夫だから」
俺はストンと眠りに落ちた。
目を覚ますと、次の日の朝になっていた。やはり疲れていたんだろうな。
宿を出て街をブラブラする。
当面の金はあるが、それでもいずれは無くなってしまうだろう。どこかで職でも探しておいたほうが良いんだろうな。とか思いながらも、当てもなく街をさまよう。
「なぁ、クロゼル。あそこに立ってる人って……」
「ふむ、あれは死霊になりたての者じゃな」
俺は十字路の真ん中でぼぉっと立つ女が気になっていた。道行く人たちは全く目に入らないらしく、女の体を素通りして行く。犬猫は何かを感じているらしいが……。
「ずっと姿勢が変わらないが、生きてるのかな」
「もちろん死んでおるわぃ。死んでしばらくは夢うつつで、あんなものじゃ」
「しばらくって?」
「だいたい数十年かの。そのまま根源に帰る者もおるが、自我を取り戻して私のようになる者もおる」
「ふ~ん。同じ死霊でもクロゼルとは見た目は大分違うな」
「死んですぐは、生前の姿を保つ者が多いからの」
「死霊のまま何百年もさまようと、クロゼルみたいになるのか?」
「そうじゃ」
俺はその死霊の前に立って、顔を覗き込んだ。
どこを見ているのか、焦点があってない虚ろな表情をしている。
「このまま数十年か……」
きゃぁ!っと悲鳴が聞こえた。
何やら通りの向こうが騒がしい。
事故でもあったのか、人だかりができ始めている。
キラキラの豪華な馬車のそばに、女が二人倒れている。年恰好からして母子かな。その周りに鎧を着た騎士が数人。
「紋章からして、あれは王族の馬車じゃな」
「あの馬車にはねられたのか?」
「……いや、違うようだの」
野次馬の話からすると、国王の馬車の前を横切った母子が捕まっているらしい。無礼討ちとかなんとか、物騒な文言が聞こえてくる。
馬車の中から声がした。
「この者どもの首をはねよ!」
騎士がすぐに命令を実行して、母親と思われる女の首が胴から離れた。
あっという間とはこのことだ。野次馬からキャーっと悲鳴が漏れる。
マジかよ……。
いくら王様といっても、これは無茶苦茶だろ。
次に娘が騎士の前に連れてこられた。
俺は無意識のうちに道に落ちていた石を拾い、騎士に投げつけていた。
騎士のヘルメットに石が当たり、ガァンという音が響き渡る。
「ふざけんな、ボケがぁ!」
叫び声をあげた俺に、周りの視線が集まる。
「おい、イチロウ、これはちょっとマズイ状況だぞ」
騎士たちが俺を見つけて、野次馬を押しのけて走って来た。
あぁ、これはしくじったな……。
俺は逃走を試みるが多勢に無勢、すぐに捕まってしまい、国王の馬車の前に引きずって連れて行かれた。
馬車の中には、尊大を絵に描いたような男がいた。
そして俺を指さして言う。
「この者も打ち首にせよ」
「王様か何様か知らんが無茶苦茶だろ! ふざけんな!」
「無礼者が!」
俺の後ろに控えていた騎士が、金属の小手で俺の頭を殴りつけた。
ゴッ!
目から火が出た。糞痛てぇ……。
「虫けら同然の分際で余にものを申すというのか、不愉快極まりないわ。さっさと始末せよ」
馬車に乗った王が騎士に指示をした。
俺は無理やり剣を構えた騎士の前にひざまずかされた。
「すまん、クロゼル!」
「あぁ、分かっておるわぃ。仕方のない奴よ……」
クロゼルが一人一人指をさして行くと、俺の周りにいた騎士たちがものも言わずに崩れ落ちた。ガシャガシャと鎧と石畳が衝突する音が鳴り響く。
王は何が起こったか分からず、口をあんぐりと開けて固まっている。
「きゃぁぁぁぁ!!」「うわぁぁぁ!!」
固唾をのんで見守っていた野次馬たちが悲鳴を上げて、辺りが大混乱になった。
俺はその隙に、まだ無事だった娘を助け起こして、手を引いてその場を逃げ出したのだった。
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